前回のあらすじ
湖毛玉は能天気。
竹林毛玉はSOPな傭兵もしくは二万と一体の生体無線網。
雲海毛玉はうっとおしくも優しい熱血教官。
ゆかりん。
ゆかりんが冥界に向かったのは、付き合いの長い友人の亡霊、西行寺幽々子に確認したいことが有ったかららしい。
詳しく聞きたかったが、内容は秘密と釘を刺されては仕方が無い。
だがまあ、その表情から察するに、何か良いことが有ったのだろう。
特に追及せずに、下界へ降りて行った。
その時起こった事をありのままに記そう。
『ゆかりんに抱えられていた筈が、いつのまにか残機が減っていた』
催眠術だとか超スピードなんてモノですらない。
もっと恐ろしいものを直に味わった。
あえて言うならば、それは優しい死の抱擁。
ゆかりんが自分を抱き締める腕に、少しずつ緩やかに力が加わっていた。
やがてそれは脱出はおろか、抵抗するための動作さえ、全て単なるちょっとした身動ぎに変換してしまう檻となる。
ささやかな抵抗は、子供が母親に甘えてすり寄るような愛情表現として認識され、それに応える腕の動きは静かに命を削る。
生き残ったのは奇跡に近い。
パチュリー様が業務日誌に仕込んでいたらしい警報の術が起動し、ゆかりんがそれを敵襲と勘違いして自分を強くきつく抱き締めたまま周囲を警戒したが、近くに居たのが鰻屋台の店主だけだったので、偶然にゆかりんの両腕の力が抜け、その間に脱出が出来たのだ。
先に記した状況を「羨ましい」と抜かす者は、畳に仰向けに寝転がってから、自身の体重の二百や三百倍を越える真綿に潰されてから出直すが良い。
か弱く小さい毛玉の身には、死はあまりに身近なのだ。
さて、ミスティアと言う名の店主に出会った拍子に、自分の過失に気付いたゆかりんは、「ごめんね、少し頭を冷やしてくるわ」と言って、近くの木陰に座って両眼を閉じた。
一方の店主はと言えば、いつの間にか居なくなっている始末。
まあ事情を知らないので仕方が無いのだが。
どうしたものかと虚空を見ていると、近くの川から水音に紛れて毛玉特有の声での会話に気付いた。
「うなぎー!」
「捕まえろ、そっち行った!」
「弾ぁ足りとらん!撃て撃て!」
川では毛玉達が、大声をあげながら(普通は毛玉以外にはあまり聴こえないのだが)鰻を捕まえようとしている様だった。
なるほど、大型弾を撃てる毛玉と弾数に自信の有る毛玉が鰻の進路を限定し、連射や狙い撃ちを得意とする毛玉が鰻を撃って気絶させる。
残る毛玉は隊列を組み、流れて来る鰻を回収する、ただの人海戦術ではない熟練の動きだ。毛玉の海だが気にしない。
やはり毛玉の強みは数だけでは無く、その統率と連携にこそ有る。生命力はあくまでもおまけに過ぎない。
誰でも毛玉でも死ぬのは嫌だ。
しかし、その辺の事情は鰻でも共通らしい。
暫く眺めていると、鰻の内の一匹に、奇妙な動きを見せるものが出てきた。
素早い動きで大型弾をかわし、狙いの甘い弾幕を掻い潜り、毛玉の猛攻の中を紙一重で生き延びる一匹。
あれこそが、雲海毛玉の言う「本能と意思と根性を忘れていない」存在なのか。
遂には弾幕を全て回避し、残すは鰻回収を担当する毛玉隊のみ。
最後に待ち受ける関門に向かい、更に速度を上げる鰻。
対する毛玉達は、覚悟を決めるかのように互いに頷き合う。
直後、幾つもの音が重なった。
毛玉は一斉に水面へと突撃し、鰻の最後の抵抗を捩じ伏せようと試みる。
それを見切っていた鰻は、水面から空へと水を切り裂き飛翔する。
鰻も自分も、そして毛玉達も、勝負が決したことを悟った。
三つの確信の内、現実になったのは一つだけ。
『一度敗北した』毛玉の隊列は、水面に自らを叩き付けたその反動で残機を一つ捨て、全方位へ撃ち返した。
鰻は勝利の証である『川の中への再着水』に至ること無く、大量の撃ち返し弾が水面に作る弾幕の床に倒れ、力無くぷかりと浮かんだ。
ほんの十秒足らず。
その間に、これ程までの戦いを演じた毛玉達は、何事も無かったかのように再び鰻狩りを始めた。
歓声も無ければ安堵も無い。
ここの毛玉達にとって、あの程度の残機のやり取りは日常だとでも言うのだろうか?
気になって仕方が無かったので、紅魔館の仕事に役に立つかもしれないと言う期待と共に、鰻狩りを終えた毛玉達に話しかける事にした。
が。
「急げ!早く今日の分を!」
「邪魔するな!」
と一蹴されてしまい、仕方なく後を追ってみる事になった。
文字通り蹴られて踏まれたが、この際多少の犠牲は気にしないことにする。
毛玉達は収穫した鰻を運び、全力で飛ぶ。
しかし、その一心不乱な様子は、とても大漁を喜んでいるようには見えない。
こうまで速く飛んでいるのに、どの毛玉も全て一声も喋らない。
不自然なほどに静かな、鰻の籠を運ぶ毛玉の津波。
その速度はだんだんと速くなり、そこらの妖精程度では追い付けないような領域にまで踏み込んでいた。
実際、自分はこの辺で脱落しかけていて、根性と好奇心だけですがりついているような状態だった。
それでも毛玉達を見失わずに済んだのは、その毛玉津波が急に止まったからだ。
しかも、先程までとはうって変わって、それぞれが声を荒げ、今までの整然とした動きの代わりに混乱と叫びが毛玉達を支配している。
死者の様なうめき声をあげる毛玉、恐怖を顕わにし一目散に逃げ出す毛玉、何かが吹っ切れたかのように涙を流して笑う毛玉。
最早、何と表現すれば良いのか分からない光景だった。
「歌だ……!」
「来るぞおおおお!!」
恐怖と狂気が入り混じった声を号砲に、全ての毛玉が籠を放り出して逃げ出した。
残っているのは、何も知らない第三者が見れば、「何故かそこに置いてある」としか思えないであろう、鰻入りの籠を除けば、自分だけである。
他の毛玉は、後も残さず消え去っていた。
そう言えば、籠を運んでいた毛玉が去り際に『死にたくなければ逃げろ』と言うようなことを言っていた気がした。
しかし、得てしてそんな重要な事に気付いた瞬間にこそ、脅威が目の前に現れるものである。
少なくとも、パチュリー様から読んでおくように言われた本は大半がそうだった。
実際に自分の目の前に現れた、羽根と爪を持つ、毛玉達が恐れて逃げて行った原因たるは。
「大~ぉ波ぃ、小波~。」
紅魔館でもその味に人気がある、鰻屋台の店主ミスティアであった。
彼女は当然のように籠の前に降り立つと、慣れた手つきで籠の中身を確認し、笑顔で籠を持って帰って行った。
「くるっとまわってリヴァイアサーン。」
どうも、その歌い方を聞く限り、彼女にとっては『鰻入りの籠を拾って持って帰る』と言うのは日常的な事らしい。
何か突発的な事が有ると、彼女の歌は(ただでさえ吹き飛んでいるのだが)急激に方向転換する、と妖精メイドが噂をしていたので、これは確かだろう。
ならば気になるのは、本物の脱兎顔負けの勢いで逃げて行った毛玉達である。
どうして毛玉達は、あんなに酷い恐慌状態に陥ったのだろうか。
騒霊ならともかく、店主の歌は面白くて腹筋を痛める程度の威力しか無い筈なのだが?
すっかり酔いが醒めたらしいゆかりんに聞いてみると、彼女はその能力を使って、逃げて行った毛玉達の会話を聞かせてくれた。
「今日も辛うじて生還することが出来た。これに関しては喜んで良し。」
「我々の事情の分かっていない新米が居たようだが、最終的にどうなったか報告をせよ。」
「あれは我々のような川沿いの毛玉では無い様子。今回は警告を無視して“夜の幻惑者”に接触したが、幸運にも見逃されたとのこと。」
「つまり、あれは新米ですら無かった。これで相違無いな。」
「しかし、“幻惑者”の機嫌が良かったらしいな。」
「うむ。かの“幻惑者”がその本来の力を発揮すれば、その歌を聞いたあらゆるものが歌に従ってしまうと聞く。」
「確か、その力を抑えるべく、普段は歌詞をあえて破壊して歌っているとか。実に恐ろしきものである。」
「左様。我々に残された生きる道は、鰻を生贄に献上し、引き換えに我々を滅ぼす理を失わせるのみ。」
『嗚呼、恐ろしきかな。』
最も恐ろしいのは誤解の力である。
湖毛玉は能天気。
竹林毛玉はSOPな傭兵もしくは二万と一体の生体無線網。
雲海毛玉はうっとおしくも優しい熱血教官。
ゆかりん。
ゆかりんが冥界に向かったのは、付き合いの長い友人の亡霊、西行寺幽々子に確認したいことが有ったかららしい。
詳しく聞きたかったが、内容は秘密と釘を刺されては仕方が無い。
だがまあ、その表情から察するに、何か良いことが有ったのだろう。
特に追及せずに、下界へ降りて行った。
その時起こった事をありのままに記そう。
『ゆかりんに抱えられていた筈が、いつのまにか残機が減っていた』
催眠術だとか超スピードなんてモノですらない。
もっと恐ろしいものを直に味わった。
あえて言うならば、それは優しい死の抱擁。
ゆかりんが自分を抱き締める腕に、少しずつ緩やかに力が加わっていた。
やがてそれは脱出はおろか、抵抗するための動作さえ、全て単なるちょっとした身動ぎに変換してしまう檻となる。
ささやかな抵抗は、子供が母親に甘えてすり寄るような愛情表現として認識され、それに応える腕の動きは静かに命を削る。
生き残ったのは奇跡に近い。
パチュリー様が業務日誌に仕込んでいたらしい警報の術が起動し、ゆかりんがそれを敵襲と勘違いして自分を強くきつく抱き締めたまま周囲を警戒したが、近くに居たのが鰻屋台の店主だけだったので、偶然にゆかりんの両腕の力が抜け、その間に脱出が出来たのだ。
先に記した状況を「羨ましい」と抜かす者は、畳に仰向けに寝転がってから、自身の体重の二百や三百倍を越える真綿に潰されてから出直すが良い。
か弱く小さい毛玉の身には、死はあまりに身近なのだ。
さて、ミスティアと言う名の店主に出会った拍子に、自分の過失に気付いたゆかりんは、「ごめんね、少し頭を冷やしてくるわ」と言って、近くの木陰に座って両眼を閉じた。
一方の店主はと言えば、いつの間にか居なくなっている始末。
まあ事情を知らないので仕方が無いのだが。
どうしたものかと虚空を見ていると、近くの川から水音に紛れて毛玉特有の声での会話に気付いた。
「うなぎー!」
「捕まえろ、そっち行った!」
「弾ぁ足りとらん!撃て撃て!」
川では毛玉達が、大声をあげながら(普通は毛玉以外にはあまり聴こえないのだが)鰻を捕まえようとしている様だった。
なるほど、大型弾を撃てる毛玉と弾数に自信の有る毛玉が鰻の進路を限定し、連射や狙い撃ちを得意とする毛玉が鰻を撃って気絶させる。
残る毛玉は隊列を組み、流れて来る鰻を回収する、ただの人海戦術ではない熟練の動きだ。毛玉の海だが気にしない。
やはり毛玉の強みは数だけでは無く、その統率と連携にこそ有る。生命力はあくまでもおまけに過ぎない。
誰でも毛玉でも死ぬのは嫌だ。
しかし、その辺の事情は鰻でも共通らしい。
暫く眺めていると、鰻の内の一匹に、奇妙な動きを見せるものが出てきた。
素早い動きで大型弾をかわし、狙いの甘い弾幕を掻い潜り、毛玉の猛攻の中を紙一重で生き延びる一匹。
あれこそが、雲海毛玉の言う「本能と意思と根性を忘れていない」存在なのか。
遂には弾幕を全て回避し、残すは鰻回収を担当する毛玉隊のみ。
最後に待ち受ける関門に向かい、更に速度を上げる鰻。
対する毛玉達は、覚悟を決めるかのように互いに頷き合う。
直後、幾つもの音が重なった。
毛玉は一斉に水面へと突撃し、鰻の最後の抵抗を捩じ伏せようと試みる。
それを見切っていた鰻は、水面から空へと水を切り裂き飛翔する。
鰻も自分も、そして毛玉達も、勝負が決したことを悟った。
三つの確信の内、現実になったのは一つだけ。
『一度敗北した』毛玉の隊列は、水面に自らを叩き付けたその反動で残機を一つ捨て、全方位へ撃ち返した。
鰻は勝利の証である『川の中への再着水』に至ること無く、大量の撃ち返し弾が水面に作る弾幕の床に倒れ、力無くぷかりと浮かんだ。
ほんの十秒足らず。
その間に、これ程までの戦いを演じた毛玉達は、何事も無かったかのように再び鰻狩りを始めた。
歓声も無ければ安堵も無い。
ここの毛玉達にとって、あの程度の残機のやり取りは日常だとでも言うのだろうか?
気になって仕方が無かったので、紅魔館の仕事に役に立つかもしれないと言う期待と共に、鰻狩りを終えた毛玉達に話しかける事にした。
が。
「急げ!早く今日の分を!」
「邪魔するな!」
と一蹴されてしまい、仕方なく後を追ってみる事になった。
文字通り蹴られて踏まれたが、この際多少の犠牲は気にしないことにする。
毛玉達は収穫した鰻を運び、全力で飛ぶ。
しかし、その一心不乱な様子は、とても大漁を喜んでいるようには見えない。
こうまで速く飛んでいるのに、どの毛玉も全て一声も喋らない。
不自然なほどに静かな、鰻の籠を運ぶ毛玉の津波。
その速度はだんだんと速くなり、そこらの妖精程度では追い付けないような領域にまで踏み込んでいた。
実際、自分はこの辺で脱落しかけていて、根性と好奇心だけですがりついているような状態だった。
それでも毛玉達を見失わずに済んだのは、その毛玉津波が急に止まったからだ。
しかも、先程までとはうって変わって、それぞれが声を荒げ、今までの整然とした動きの代わりに混乱と叫びが毛玉達を支配している。
死者の様なうめき声をあげる毛玉、恐怖を顕わにし一目散に逃げ出す毛玉、何かが吹っ切れたかのように涙を流して笑う毛玉。
最早、何と表現すれば良いのか分からない光景だった。
「歌だ……!」
「来るぞおおおお!!」
恐怖と狂気が入り混じった声を号砲に、全ての毛玉が籠を放り出して逃げ出した。
残っているのは、何も知らない第三者が見れば、「何故かそこに置いてある」としか思えないであろう、鰻入りの籠を除けば、自分だけである。
他の毛玉は、後も残さず消え去っていた。
そう言えば、籠を運んでいた毛玉が去り際に『死にたくなければ逃げろ』と言うようなことを言っていた気がした。
しかし、得てしてそんな重要な事に気付いた瞬間にこそ、脅威が目の前に現れるものである。
少なくとも、パチュリー様から読んでおくように言われた本は大半がそうだった。
実際に自分の目の前に現れた、羽根と爪を持つ、毛玉達が恐れて逃げて行った原因たるは。
「大~ぉ波ぃ、小波~。」
紅魔館でもその味に人気がある、鰻屋台の店主ミスティアであった。
彼女は当然のように籠の前に降り立つと、慣れた手つきで籠の中身を確認し、笑顔で籠を持って帰って行った。
「くるっとまわってリヴァイアサーン。」
どうも、その歌い方を聞く限り、彼女にとっては『鰻入りの籠を拾って持って帰る』と言うのは日常的な事らしい。
何か突発的な事が有ると、彼女の歌は(ただでさえ吹き飛んでいるのだが)急激に方向転換する、と妖精メイドが噂をしていたので、これは確かだろう。
ならば気になるのは、本物の脱兎顔負けの勢いで逃げて行った毛玉達である。
どうして毛玉達は、あんなに酷い恐慌状態に陥ったのだろうか。
騒霊ならともかく、店主の歌は面白くて腹筋を痛める程度の威力しか無い筈なのだが?
すっかり酔いが醒めたらしいゆかりんに聞いてみると、彼女はその能力を使って、逃げて行った毛玉達の会話を聞かせてくれた。
「今日も辛うじて生還することが出来た。これに関しては喜んで良し。」
「我々の事情の分かっていない新米が居たようだが、最終的にどうなったか報告をせよ。」
「あれは我々のような川沿いの毛玉では無い様子。今回は警告を無視して“夜の幻惑者”に接触したが、幸運にも見逃されたとのこと。」
「つまり、あれは新米ですら無かった。これで相違無いな。」
「しかし、“幻惑者”の機嫌が良かったらしいな。」
「うむ。かの“幻惑者”がその本来の力を発揮すれば、その歌を聞いたあらゆるものが歌に従ってしまうと聞く。」
「確か、その力を抑えるべく、普段は歌詞をあえて破壊して歌っているとか。実に恐ろしきものである。」
「左様。我々に残された生きる道は、鰻を生贄に献上し、引き換えに我々を滅ぼす理を失わせるのみ。」
『嗚呼、恐ろしきかな。』
最も恐ろしいのは誤解の力である。
こいつらにはかなわないぜ
川の毛玉は良くも悪くも純粋ですね。
いや被害妄想が凄まじいのか?
それにしても良い「普段は恥ずかしいのでこういう時思っくそ縫いぐるみを抱き締めて堪能してる」ゆかりん。
>鰻屋台の店主ミスティア
八目鰻屋台の店主ミスティア
細かくてすいませんが前半のほう「身動き」が「身動ぎ」になっているところが。
でもそれがおっぱいなら我らは喜んで潰されるだろう!
単に物凄く怖がりなだけです。ただ、永夜2面を見ての通り、一致団結しやすいだけで。
>いいゆかりん
罪袋「ゆかりんは少女sy(スキマ」
>八目鰻
川毛玉「美味ならば良し!」
>身動ぎ
「みうごき」と同じ意味で、「みじろぎ」と読みます。
日誌書きの毛玉は表現が古くさい感じなので。
>それがおっぱいなら
~閻魔様が見てる~
前回羨ましいと書きました。すみませんでした。
作者様、あんたはどういう発想をすれば毛玉をこんな主人公にできるんだ?