少女たちの髪の毛における、短い話を。
*
「ちょっと、料理する手で髪をいじらないの」
永遠亭の台所に入ったやいなや、永琳は調理台の前に立つ鈴仙に放った言葉である。
「あ、師匠。その、すみません・・・」
「もう、長い髪なんだから、調理するときはまとめるように前にも言ったでしょう」
「でも、ええと・・・」
鈴仙は言葉がどもらせると動きも鈍くなったので、永琳はつべこべ言わないの、と料理に集中するよう促す。
「結ばないなら切りなさい。てゐより短くしてあげるわ」
「ちょっ、おかっぱになっちゃいますから!嫌ですよ!」
鈴仙は全力で拒否すると、永琳は一切表情を変えずに彼女を一瞬だけ見ると、並んで調理台に立って作業にかかった。
彼女から音速で伝わった殺気に鈴仙は身震いをしたのは言うまでも無い。
「で、どうしてそんなにのばしているのかしら?」
永琳は気まぐれに聞いてみる。鈴仙は手を洗って水気は払うと、そっと己の毛先をつまむ。
「・・・てゐが、長い髪がいいって」
永琳はぴた、と手の動きを止めるとゆっくりと隣にいる少女のほうを見る。
幸い誰も永琳の顔を見る者がいなくてよかったものの、
あろうことが口を半開きにして、その天才の肩書きにひびが入っても可笑しくない間の抜けた表情をしていた。
「長い髪に顔を埋めるのが、いいんだって」
鈴仙は特別笑みも怒りも、その顔に浮かべることなく、淡々と言った。
しかし、そこから微かに感じ取れるはにかみの空気に、永琳はやっと瞬きをすることを思い出した。
新た手の詐欺かしら。しかしながらそのような台詞を用いて騙す用件が見当たらない。
あるとしたら結婚詐欺ぐらいしか思い当たらず、そう、と小さく言うと作業に戻った。
*
「あ、ああ、あー」
「慧音、大丈夫か?」
妹紅は頭の上に手を当てて小さくうめく慧音の傍に寄る。
「今日、子供たちに髪を引っ張られてな・・・ちょっと痛かった」
「しっかり叱っておけよ?調子にのってまたされるぞ」
「うん、でもな。ああも無邪気な笑顔で『先生の髪きれい』とか言われると、どうも殺がれてしまって」
はは、と苦笑いした慧音は被り物を頭にのせて横を見やると、白髪の少女がそっぽを向いていた。
「どうした、妹紅。気分でも悪いのか?」
顔を覗き込むと、深い紅い瞳が慧音を出迎えた。
気分は悪くないようだが、どうやら機嫌が良くないように見える。
もしかして、朝食のメニューが一昨日と同じだったのがまずかったのだろうか、
と慧音が考えているといきなり頭が片方に傾いた。
頭皮に負荷がかかっているのことに気づき、痛い痛いと口をぱくぱくさせた。
下方に視線をやると自分の髪の束に指を絡ませてひっぱる白い手の存在に気づく。
「も、もこー・・あ、ちょ、抜けるから」
「・・・抜けちゃえばいいんだ」
「え?」
「抜けないなら、ばっさり切り落してやる」
「ええ!?」
妹紅の突然の暴言に目を丸くして慌てていると、徐々に引っ張られる力が弱まっていった。
「誰かに触られるぐらいなら、切り落したのを、私が持ってる」
台詞は終わりのほうにいくほど、か細くなっていった。
慧音は少し頭をさげて妹紅に言葉をかけようとしたら、今度は頭の正面から激しい衝撃をくらった。
妹紅が彼女に頭突きをお見舞いしたのだ。痛くはないのだが、脈絡のない妹紅の行動に慧音は終始驚きの連続である。
「わ、私に頭突きしたんだから、子供たちにも、し、しっかり叱るんだ、ぞ・・・」
そういうと、彼女は自分の頭を抱えてしゃがみこんだ。予想範囲内の痛みであろう。
ふう、と息を漏らすと慧音も屈んで、妹紅に顔を近づけた。
「私が妹紅に怒られてしまってはしょうがない。次はやられる前に頭突きをしておくよ」
にっこりと笑う慧音を妹紅は少し潤わせた目で見た。
「別に、慧音の髪なんてどうでもいいんだからな」
「はいはい」
「あと、髪の毛いらないからな!」
「まあ使い道がないだろう。あ、でも誰かに触られないようにするために、結い上げてしまうか・・・切ってしまうのも手だな」
「それは駄目だ」
慧音は怪訝そうに妹紅を見る。
「・・・さっき、私の髪の毛なんてどうでもいいと聞いたはずだが」
「慧音を見送るときにみる、その、髪が揺れる後姿が好きなんだ」
と、言うと妹紅は顔を燃え滾る炎のように真っ赤にすると、慧音の後ろに回って、背中に抱きついた。
もう、こんな髪の毛燃やしてやる!と背中から伝わってくる妹紅の言葉に
慧音はくすくす笑いながら、自分の髪の毛をいとおしげに撫でた。
*
「そういえば、どうして魔理沙は髪の毛のばしているの?」
ベッドの上に横になって書物を読む少女に対して、身体を火照らせたアリスが問う。
湯浴みからあがったアリスは頭にタオルをかぶせ、ベッドの傍にある椅子に腰掛けた。
「んー?なんていうか、切りそろえるのが面倒」
「あ、そんなもんなの」
「それと、女の子だからだぜ!」
「性別を間違えられないためっていうこと?」
「あと、長い髪には魔力が宿るっていうだろ?それをちょっと実践中なんだな」
魔理沙は身体を起こして盛大に欠伸をした。アリスは静かにタオルで濡れた髪の毛を挟む。
「で、魔力は宿ったの?」
「ん~、私の後姿を見て、何人も惚れずにはいられないぜ!て、とこかな」
「殺意がわく、の間違いじゃないかしら?」
魔理沙の後姿を思い浮かべると同時に一生借りるぜ、という言葉が再生されて、アリスは複雑そうな顔をした。
当の本人はというと、でもこのうねり具合が鬱陶しくなるときがあるんだよな、直毛になる薬とかないかなー。
と、自分の金色の髪をまじまじと見ている。
その様子をアリスは見ていると、視界の隅に入る己の髪の毛をちらりと見る。
かわりばえのしない色に、肩までの長さと、取り立てて普通の髪型、髪質である。
一方魔理沙の髪はというと、透きとおる黄玉の輝きを髣髴させ、彼女が動くたびにその存在はより一層煌いている。
「・・・私も、のばしてみようかしら」
意図せず漏れたアリスの言葉に、魔理沙は敏感に反応した。
「アリスに長髪は似合わないよ」
「あ、うん、そうよ、・・・ね」
魔理沙の言葉に思わずうな垂れたアリスの視界は、自分の髪の色と少しの暗がりで埋め尽くされた。
何かを期待したわけでもないのに、胸の内では彼女の言葉が反芻し、悲しみがじわじわと近寄ってくる。
その様子を見た魔理沙は少女の白い手首を勢いよく自分の方に引き寄せた。
アリスはその勢いのまま体重移動をさせて、ベッドの上で魔理沙と向かい合って座る体勢となる。
「あ、あの」
言葉が出てこず対応に困っているアリスの首元に、魔理沙は自分の頭を摺り寄せた。
「勘違いするな。今の長さがベストだと言っているんだ」
静かに語る魔理沙と、彼女の身体の密着具合にアリスは身の置場がなかった。
「まず、私はアリスの髪の合間から見える、この首筋が気に入っている」
知らないだろう?と、得意げに笑みをこぼす彼女にアリスはいまいち状況が読めず忙しなく瞬きをした。
「長髪ではお前の首元や襟足は完全に見えなくなるだろう?」
それでは意味が無い。風が吹けば靡く髪の向こうに合間見える肌色がとても重要なのだ、と諭すように魔理沙は言った。
要約すると髪が織り成す肌のチラリズムと言ったところだな、と笑いを漏らす。
アリスは彼女の言うことを理解する前に頬を染め始める。
「そして」
そっと魔理沙は顔を持ち上げると、彼女たちの視線の間にはお互いの似通う色彩の繊維と、その向こうに見えるガラス玉。
泣きそうになっていたアリスに至極幸せそうに微笑む魔法使いは、刹那の沈黙を迎える前に言葉を紡ぐ。
「少し俯き気味の時に前髪からのぞくアリスの瞳と目合うのが、魔理沙様のマイブームだ」
*
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「ちょっと、料理する手で髪をいじらないの」
永遠亭の台所に入ったやいなや、永琳は調理台の前に立つ鈴仙に放った言葉である。
「あ、師匠。その、すみません・・・」
「もう、長い髪なんだから、調理するときはまとめるように前にも言ったでしょう」
「でも、ええと・・・」
鈴仙は言葉がどもらせると動きも鈍くなったので、永琳はつべこべ言わないの、と料理に集中するよう促す。
「結ばないなら切りなさい。てゐより短くしてあげるわ」
「ちょっ、おかっぱになっちゃいますから!嫌ですよ!」
鈴仙は全力で拒否すると、永琳は一切表情を変えずに彼女を一瞬だけ見ると、並んで調理台に立って作業にかかった。
彼女から音速で伝わった殺気に鈴仙は身震いをしたのは言うまでも無い。
「で、どうしてそんなにのばしているのかしら?」
永琳は気まぐれに聞いてみる。鈴仙は手を洗って水気は払うと、そっと己の毛先をつまむ。
「・・・てゐが、長い髪がいいって」
永琳はぴた、と手の動きを止めるとゆっくりと隣にいる少女のほうを見る。
幸い誰も永琳の顔を見る者がいなくてよかったものの、
あろうことが口を半開きにして、その天才の肩書きにひびが入っても可笑しくない間の抜けた表情をしていた。
「長い髪に顔を埋めるのが、いいんだって」
鈴仙は特別笑みも怒りも、その顔に浮かべることなく、淡々と言った。
しかし、そこから微かに感じ取れるはにかみの空気に、永琳はやっと瞬きをすることを思い出した。
新た手の詐欺かしら。しかしながらそのような台詞を用いて騙す用件が見当たらない。
あるとしたら結婚詐欺ぐらいしか思い当たらず、そう、と小さく言うと作業に戻った。
*
「あ、ああ、あー」
「慧音、大丈夫か?」
妹紅は頭の上に手を当てて小さくうめく慧音の傍に寄る。
「今日、子供たちに髪を引っ張られてな・・・ちょっと痛かった」
「しっかり叱っておけよ?調子にのってまたされるぞ」
「うん、でもな。ああも無邪気な笑顔で『先生の髪きれい』とか言われると、どうも殺がれてしまって」
はは、と苦笑いした慧音は被り物を頭にのせて横を見やると、白髪の少女がそっぽを向いていた。
「どうした、妹紅。気分でも悪いのか?」
顔を覗き込むと、深い紅い瞳が慧音を出迎えた。
気分は悪くないようだが、どうやら機嫌が良くないように見える。
もしかして、朝食のメニューが一昨日と同じだったのがまずかったのだろうか、
と慧音が考えているといきなり頭が片方に傾いた。
頭皮に負荷がかかっているのことに気づき、痛い痛いと口をぱくぱくさせた。
下方に視線をやると自分の髪の束に指を絡ませてひっぱる白い手の存在に気づく。
「も、もこー・・あ、ちょ、抜けるから」
「・・・抜けちゃえばいいんだ」
「え?」
「抜けないなら、ばっさり切り落してやる」
「ええ!?」
妹紅の突然の暴言に目を丸くして慌てていると、徐々に引っ張られる力が弱まっていった。
「誰かに触られるぐらいなら、切り落したのを、私が持ってる」
台詞は終わりのほうにいくほど、か細くなっていった。
慧音は少し頭をさげて妹紅に言葉をかけようとしたら、今度は頭の正面から激しい衝撃をくらった。
妹紅が彼女に頭突きをお見舞いしたのだ。痛くはないのだが、脈絡のない妹紅の行動に慧音は終始驚きの連続である。
「わ、私に頭突きしたんだから、子供たちにも、し、しっかり叱るんだ、ぞ・・・」
そういうと、彼女は自分の頭を抱えてしゃがみこんだ。予想範囲内の痛みであろう。
ふう、と息を漏らすと慧音も屈んで、妹紅に顔を近づけた。
「私が妹紅に怒られてしまってはしょうがない。次はやられる前に頭突きをしておくよ」
にっこりと笑う慧音を妹紅は少し潤わせた目で見た。
「別に、慧音の髪なんてどうでもいいんだからな」
「はいはい」
「あと、髪の毛いらないからな!」
「まあ使い道がないだろう。あ、でも誰かに触られないようにするために、結い上げてしまうか・・・切ってしまうのも手だな」
「それは駄目だ」
慧音は怪訝そうに妹紅を見る。
「・・・さっき、私の髪の毛なんてどうでもいいと聞いたはずだが」
「慧音を見送るときにみる、その、髪が揺れる後姿が好きなんだ」
と、言うと妹紅は顔を燃え滾る炎のように真っ赤にすると、慧音の後ろに回って、背中に抱きついた。
もう、こんな髪の毛燃やしてやる!と背中から伝わってくる妹紅の言葉に
慧音はくすくす笑いながら、自分の髪の毛をいとおしげに撫でた。
*
「そういえば、どうして魔理沙は髪の毛のばしているの?」
ベッドの上に横になって書物を読む少女に対して、身体を火照らせたアリスが問う。
湯浴みからあがったアリスは頭にタオルをかぶせ、ベッドの傍にある椅子に腰掛けた。
「んー?なんていうか、切りそろえるのが面倒」
「あ、そんなもんなの」
「それと、女の子だからだぜ!」
「性別を間違えられないためっていうこと?」
「あと、長い髪には魔力が宿るっていうだろ?それをちょっと実践中なんだな」
魔理沙は身体を起こして盛大に欠伸をした。アリスは静かにタオルで濡れた髪の毛を挟む。
「で、魔力は宿ったの?」
「ん~、私の後姿を見て、何人も惚れずにはいられないぜ!て、とこかな」
「殺意がわく、の間違いじゃないかしら?」
魔理沙の後姿を思い浮かべると同時に一生借りるぜ、という言葉が再生されて、アリスは複雑そうな顔をした。
当の本人はというと、でもこのうねり具合が鬱陶しくなるときがあるんだよな、直毛になる薬とかないかなー。
と、自分の金色の髪をまじまじと見ている。
その様子をアリスは見ていると、視界の隅に入る己の髪の毛をちらりと見る。
かわりばえのしない色に、肩までの長さと、取り立てて普通の髪型、髪質である。
一方魔理沙の髪はというと、透きとおる黄玉の輝きを髣髴させ、彼女が動くたびにその存在はより一層煌いている。
「・・・私も、のばしてみようかしら」
意図せず漏れたアリスの言葉に、魔理沙は敏感に反応した。
「アリスに長髪は似合わないよ」
「あ、うん、そうよ、・・・ね」
魔理沙の言葉に思わずうな垂れたアリスの視界は、自分の髪の色と少しの暗がりで埋め尽くされた。
何かを期待したわけでもないのに、胸の内では彼女の言葉が反芻し、悲しみがじわじわと近寄ってくる。
その様子を見た魔理沙は少女の白い手首を勢いよく自分の方に引き寄せた。
アリスはその勢いのまま体重移動をさせて、ベッドの上で魔理沙と向かい合って座る体勢となる。
「あ、あの」
言葉が出てこず対応に困っているアリスの首元に、魔理沙は自分の頭を摺り寄せた。
「勘違いするな。今の長さがベストだと言っているんだ」
静かに語る魔理沙と、彼女の身体の密着具合にアリスは身の置場がなかった。
「まず、私はアリスの髪の合間から見える、この首筋が気に入っている」
知らないだろう?と、得意げに笑みをこぼす彼女にアリスはいまいち状況が読めず忙しなく瞬きをした。
「長髪ではお前の首元や襟足は完全に見えなくなるだろう?」
それでは意味が無い。風が吹けば靡く髪の向こうに合間見える肌色がとても重要なのだ、と諭すように魔理沙は言った。
要約すると髪が織り成す肌のチラリズムと言ったところだな、と笑いを漏らす。
アリスは彼女の言うことを理解する前に頬を染め始める。
「そして」
そっと魔理沙は顔を持ち上げると、彼女たちの視線の間にはお互いの似通う色彩の繊維と、その向こうに見えるガラス玉。
泣きそうになっていたアリスに至極幸せそうに微笑む魔法使いは、刹那の沈黙を迎える前に言葉を紡ぐ。
「少し俯き気味の時に前髪からのぞくアリスの瞳と目合うのが、魔理沙様のマイブームだ」
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色々と甘々でご馳走さまでした!
そうか内服薬なら伸びた髪も真っ直ぐになるな。十年分を一つ下さい。
いいものを読ませて頂きました!