妹紅の独白
今日、わたしは死んだ。
鮮やかで忌々しい弾幕に貫かれて。
墜ちたのは確かなのだけど、冷たい大地は感じなかった。
たぶん空中で息絶えたからだと思う。
死んでいた身体が燃え上がり、不死鳥のように蘇るのだという。
わたしはそれを見られない。
だってその時わたしは生きていないのだから。
意識など存在しない無から徐々に浮かび上がる。それは眠りから覚めるのに似ている。
…そして今日も、私は生き返る。
* * *
「死」と言う事象が排除された人間。
「老」と言う概念が削除された人間。
それはもう人間じゃない。
不老不死の化け物よ。
限りある生を一生懸命に生きようとするのが人間でしょ?
わたしは死なない。終わりのない生をだらだらと生きてきた。
だからわたしは化け物なのよ。
化け物になったばかりの時は人恋しくて人里で暮らした。
でもそのうち不老か不死がバレて追い出され、心も身体も傷ついた。
何十年もそんな日々が続いた。
やがてわたしは人と関わるのをやめた。
だって、関わってしまえば遅かれ早かれ化け物と言われ拒絶されるのよ?
そのたびに傷ついていく身体は不死でも、心は不死でないと気づいたから。
どれだけ傷を負っても治らない。降り積もっていく。
幻想郷にたどり着いて宿敵に出会うまで、わたしの感情…心は死んでいた。
長い間誰とも関わらなかったから、だんだん平坦になっていった。
それがあいつを見た瞬間「怒り」と「憎しみ」で心が生き返ったの。
それからしばらくわたしはその二つの感情と殺し合いで日々を過ごした。
あの夜変わった奴に出会うまでは…。
* 出会い *
青みを帯びた銀の髪。
藍色の独特な意匠のワンピース。
頭にのせた変な帽子。
瞳に宿るのは驚き。
しかしそれはすぐに凛としたものに変わる。
―大丈夫か?!
不死者以外と最後に言葉を交わしたのはいったいどれくらい前だったかしら?
いつからか時を数えることをやめていたからわからなかった。
その日の殺し合いはわたしの負けで、常人なら死んでしまうようなひどいケガだった。
とは言ってもわたしにとっては放っておけば数時間、一度死ねばすぐにでも治る程度。
辺りには血溜まりができ、肉の焦げる匂いや鉄の匂いが充満していた。
マトモな奴なら近づくことさえ厭う空間だったのに、少女は躊躇うことなく靴を血に浸した。
―よかった…まだ息はあるみたいだな。
わたしがそれに驚いている間に少女はわたしの生存を確認する。
そして、ただの少女にしては強い力でわたしを背にのせて歩き出した。
―何があったか知らないが、ひとまず私の家で手当てをしてやるからな。
おそらくわたしを安心させようとした言葉に混じる単語。
家?少女の、人の…家?人。ヒト。ひと。
ケガのせいで遅れていた思考がやっと現状を理解した。
人と関わりたくない。もう傷つくのはイヤ!
押し込めていた恐怖があふれ出して、わたしの身体を駆け巡る。
言い訳めいた言葉をいくつもぶつける。身体の上げる悲鳴を無視して動く。
がむしゃらに暴れて必死に拒んだのに、少女がわたしを離すことはなかった。
本当に心の底から拒絶していたなら、
名乗り合ってすらいないこの赤の他人を燃やせばそれで事足りたのに。
わたしはそうしなかった。
それは彼女に悪意がないことがわかったからかもしれないし、
わたしに触れてくれたかもしれないし、
数えられないくらいほど接していなかった他人の温もりを感じたからかもしれなかった。
それが出会い。その時からわたしの心の片隅に奇妙な少女が存在し始めた。
* 始まり *
不老不死になって初めて化け物ではなく人間だと言われた。
治癒力の高さに驚く少女へ自嘲気味に呟いた言葉は、
何の根拠もない言葉に打ち消される。
―違う!貴女は人間だ。悲しいことを言うんじゃない!
少女にしては珍しく、冷静さを欠いた荒い声。
わたしは何とも言い返さず、ただ沈黙が辺りを満たした。
少女は懇願するようにわたしを見た。
それまでは決して見せなかった、哀しげで弱々しい表情。
どうして、どうしてこの子は他人のことにここまで必死になれるの?
どうしてただの居候に優しい言葉をかけてくれるの?
どうして化け物であるわたしを人間だと言うの?
―それは…それは…貴女の瞳の奥には確かに光があるからだ。
慎重に選ばれた言葉は、わたしの中にストンと落ちた。
響いたわけでもなく、届かなかったわけでもない。
ただそうなんだと思った。違う誰かがそこにいるみたいだった。
…そんなわたしの様子に少女はしゅんとうなだれた。
己の言葉がわたしに響かなかったことが分かったかのようだった。
確かにわたしの心は彼女の言葉に震えなかったけど、欠けたピースがカチリとはまった気がした。
わたしはまだ人間なの?
幼い容姿のまま千年を生き、何の罪もない人間を殺めたこのわたしが?
人々から化け物と呼ばれるわたしが人間だと言うの?
この子はわたしを「人間」と呼んでくれるの?
…本当はとても嬉しかったのだと思う。
そんなこと言ってくれる人は今までいなかったから。
でもひねくれてしまったわたしは素直に伝えることができなくて。
その言葉の代わりに名前を伝えることにした。
こんな穏やかな雰囲気の中で名乗るなんて、初めてかもしれない。
記憶を辿れば血生臭い所に立ち、まだ動いている者達の冥土の土産に名乗るわたし。
今いるところとは正反対。
心の有りようも正反対。
相手が向けてくれるものも正反対。
名乗る理由も正反対。
死者への手向けではなく、これから築く新しい関係のために。
「そういえば、まだ名乗っていなかったわね」
「わたしは妹紅、…藤原妹紅よ」
* 気付いた心 *
あの日心に住み着いた少女はいつの間にかわたしにとって大切な人になっていた。
いや。いつの間にかなんかじゃない。
あの子がわたしの名前を呼ぶたび、
あの子がわたしを見つめるたび、
あの子がわたしに笑いかけるたび、
どんどん惹かれていった。
存在が大きくなっていった。
でもわたしはそれに気づかなかった。
何故ならそれは今まで誰にも感じたことがないものだったから。
* 今 *
―妹紅は今、幸せなのか?
少女に出会って変わった生活。
あの出会いから何年経っただろう?
変わらぬ姿でたたずむ少女に問いかけられる。
遙か昔のわたしには首を横に振るしか出来ない。
でも、今、ここにいるわたしは…。
あなたが無意識に振りまくもの。
あなたがわたしに分けてくれたもの。
あなたがわたしにくれたもの。
あなたがわたしに気付かせてくれたもの。
わたしに欠けていたものを補ってくれたあなたがいるから。
この気持ちはまだ打ち明けてはいないけど。
胸を張って言える。
大好きなあなたに。
「わたしは今、幸せよ」
……でもでも、両思いになれたらもっと幸せになれるよね?
今日、わたしは死んだ。
鮮やかで忌々しい弾幕に貫かれて。
墜ちたのは確かなのだけど、冷たい大地は感じなかった。
たぶん空中で息絶えたからだと思う。
死んでいた身体が燃え上がり、不死鳥のように蘇るのだという。
わたしはそれを見られない。
だってその時わたしは生きていないのだから。
意識など存在しない無から徐々に浮かび上がる。それは眠りから覚めるのに似ている。
…そして今日も、私は生き返る。
* * *
「死」と言う事象が排除された人間。
「老」と言う概念が削除された人間。
それはもう人間じゃない。
不老不死の化け物よ。
限りある生を一生懸命に生きようとするのが人間でしょ?
わたしは死なない。終わりのない生をだらだらと生きてきた。
だからわたしは化け物なのよ。
化け物になったばかりの時は人恋しくて人里で暮らした。
でもそのうち不老か不死がバレて追い出され、心も身体も傷ついた。
何十年もそんな日々が続いた。
やがてわたしは人と関わるのをやめた。
だって、関わってしまえば遅かれ早かれ化け物と言われ拒絶されるのよ?
そのたびに傷ついていく身体は不死でも、心は不死でないと気づいたから。
どれだけ傷を負っても治らない。降り積もっていく。
幻想郷にたどり着いて宿敵に出会うまで、わたしの感情…心は死んでいた。
長い間誰とも関わらなかったから、だんだん平坦になっていった。
それがあいつを見た瞬間「怒り」と「憎しみ」で心が生き返ったの。
それからしばらくわたしはその二つの感情と殺し合いで日々を過ごした。
あの夜変わった奴に出会うまでは…。
* 出会い *
青みを帯びた銀の髪。
藍色の独特な意匠のワンピース。
頭にのせた変な帽子。
瞳に宿るのは驚き。
しかしそれはすぐに凛としたものに変わる。
―大丈夫か?!
不死者以外と最後に言葉を交わしたのはいったいどれくらい前だったかしら?
いつからか時を数えることをやめていたからわからなかった。
その日の殺し合いはわたしの負けで、常人なら死んでしまうようなひどいケガだった。
とは言ってもわたしにとっては放っておけば数時間、一度死ねばすぐにでも治る程度。
辺りには血溜まりができ、肉の焦げる匂いや鉄の匂いが充満していた。
マトモな奴なら近づくことさえ厭う空間だったのに、少女は躊躇うことなく靴を血に浸した。
―よかった…まだ息はあるみたいだな。
わたしがそれに驚いている間に少女はわたしの生存を確認する。
そして、ただの少女にしては強い力でわたしを背にのせて歩き出した。
―何があったか知らないが、ひとまず私の家で手当てをしてやるからな。
おそらくわたしを安心させようとした言葉に混じる単語。
家?少女の、人の…家?人。ヒト。ひと。
ケガのせいで遅れていた思考がやっと現状を理解した。
人と関わりたくない。もう傷つくのはイヤ!
押し込めていた恐怖があふれ出して、わたしの身体を駆け巡る。
言い訳めいた言葉をいくつもぶつける。身体の上げる悲鳴を無視して動く。
がむしゃらに暴れて必死に拒んだのに、少女がわたしを離すことはなかった。
本当に心の底から拒絶していたなら、
名乗り合ってすらいないこの赤の他人を燃やせばそれで事足りたのに。
わたしはそうしなかった。
それは彼女に悪意がないことがわかったからかもしれないし、
わたしに触れてくれたかもしれないし、
数えられないくらいほど接していなかった他人の温もりを感じたからかもしれなかった。
それが出会い。その時からわたしの心の片隅に奇妙な少女が存在し始めた。
* 始まり *
不老不死になって初めて化け物ではなく人間だと言われた。
治癒力の高さに驚く少女へ自嘲気味に呟いた言葉は、
何の根拠もない言葉に打ち消される。
―違う!貴女は人間だ。悲しいことを言うんじゃない!
少女にしては珍しく、冷静さを欠いた荒い声。
わたしは何とも言い返さず、ただ沈黙が辺りを満たした。
少女は懇願するようにわたしを見た。
それまでは決して見せなかった、哀しげで弱々しい表情。
どうして、どうしてこの子は他人のことにここまで必死になれるの?
どうしてただの居候に優しい言葉をかけてくれるの?
どうして化け物であるわたしを人間だと言うの?
―それは…それは…貴女の瞳の奥には確かに光があるからだ。
慎重に選ばれた言葉は、わたしの中にストンと落ちた。
響いたわけでもなく、届かなかったわけでもない。
ただそうなんだと思った。違う誰かがそこにいるみたいだった。
…そんなわたしの様子に少女はしゅんとうなだれた。
己の言葉がわたしに響かなかったことが分かったかのようだった。
確かにわたしの心は彼女の言葉に震えなかったけど、欠けたピースがカチリとはまった気がした。
わたしはまだ人間なの?
幼い容姿のまま千年を生き、何の罪もない人間を殺めたこのわたしが?
人々から化け物と呼ばれるわたしが人間だと言うの?
この子はわたしを「人間」と呼んでくれるの?
…本当はとても嬉しかったのだと思う。
そんなこと言ってくれる人は今までいなかったから。
でもひねくれてしまったわたしは素直に伝えることができなくて。
その言葉の代わりに名前を伝えることにした。
こんな穏やかな雰囲気の中で名乗るなんて、初めてかもしれない。
記憶を辿れば血生臭い所に立ち、まだ動いている者達の冥土の土産に名乗るわたし。
今いるところとは正反対。
心の有りようも正反対。
相手が向けてくれるものも正反対。
名乗る理由も正反対。
死者への手向けではなく、これから築く新しい関係のために。
「そういえば、まだ名乗っていなかったわね」
「わたしは妹紅、…藤原妹紅よ」
* 気付いた心 *
あの日心に住み着いた少女はいつの間にかわたしにとって大切な人になっていた。
いや。いつの間にかなんかじゃない。
あの子がわたしの名前を呼ぶたび、
あの子がわたしを見つめるたび、
あの子がわたしに笑いかけるたび、
どんどん惹かれていった。
存在が大きくなっていった。
でもわたしはそれに気づかなかった。
何故ならそれは今まで誰にも感じたことがないものだったから。
* 今 *
―妹紅は今、幸せなのか?
少女に出会って変わった生活。
あの出会いから何年経っただろう?
変わらぬ姿でたたずむ少女に問いかけられる。
遙か昔のわたしには首を横に振るしか出来ない。
でも、今、ここにいるわたしは…。
あなたが無意識に振りまくもの。
あなたがわたしに分けてくれたもの。
あなたがわたしにくれたもの。
あなたがわたしに気付かせてくれたもの。
わたしに欠けていたものを補ってくれたあなたがいるから。
この気持ちはまだ打ち明けてはいないけど。
胸を張って言える。
大好きなあなたに。
「わたしは今、幸せよ」
……でもでも、両思いになれたらもっと幸せになれるよね?
なんというか「え?ここで終わるの!?」的な・・・