気づいたとき、人形遣いのアリスは夢の中にいた
周りには淀んだ川や空があり
自分の傍にいる筈の人形たちは見当たらず
ひどくやせ細った猫や
ひどく人相の悪い兎や
ひどく性格の曲がった帽子屋などに出会った
それはとても居心地の悪い夢であったが
不思議と醒めたいとは思わない夢だった
「役に立つものがあったらキープしておけ。捨てていいのは」
「『愚かさだけ』。もう聞き飽きたわ」
そう呟くと、猫は奇妙な笑みを残して消え去った
そこで、アリスの夢は終わった
「・・・・・はぁ」
全く妙な夢を見たものだ
どこかの心理学者に夢診断してもらったらなんて答えるかしら?
などと考えていると、ふとシャツのボタンがはずされて下着が捲くられているのに気づく
暑くて知らずのうちに脱いだのかしらんと首を振ると
何故か胸のところにへばりついていた上海と蓬莱の襟元をつかんで
そっと机の上に置き、窓を思い切り開けて息をつく
「・・・いい天気ねー・・・」
ゆるやかに風が吹き、空が果てしなく蒼く広がっている
時折飛んでいる鳥たちも、実に心地よさそうだった
ふとアリスは、とにかく誰かと一緒に居たくなった
体を起こすと、さっさとシャワーを浴び
髪を整え、いつもの服に着替えると
机の上においてあったものを丁寧に鞄に仕舞い
「上海、蓬莱。行くわよ」
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
ふよふよと浮かぶ二体の人形を肩に乗せ
アリスはのんびりと家を出た
アリスは、午前中神社でお茶を飲むのが好きだった
昔はあんな苦いものを飲むのは気が引けていたが
今となっては、渋みの中に広がるほんのりとした甘さを気に入っていた
「悪いわね、面倒なこと手伝わせて」
「別にかまわないわ。どうせいつも似たようなことをしているし」
お茶をすすりながら、ちくちくと針を動かすアリス
今日は、所々問題のある巫女服修繕のお手伝い
元々裁縫は得意なので、そう大変な作業でもなかった
「さすがねぇ、その速さは」
「そうかしら?あ、上海、そこの針とって」
「シャンハーイ」
とことこと小さな針を丁寧につまむと
危なくないよう持ち替え、そっとアリスに手渡す
「はい。ありがと」
針を受け取り布に刺すと
そっと手のひらに上海を載せ、優しく頬にキス
弛緩する上海
吹き出す鼻血
染まる巫女服
「あら霊夢。いけないわ、せっかくおめでたい服だったのに有り難さが半減ね」
「心配ないわ。これが染まっても、代わりはあるもの」
それもそうか、と頷き再び針を動かすアリス
二人でやっている事もあり、作業は思いのほか早く終わった
のんびりとお茶菓子を頂いていると、ふと思い出し
「ああそうだ。忘れてたわ」
「何を?」
「今日は一つ、持ってきたものがあるの」
そういうと、鞄を膝の上に置いてごそごそ探り
綺麗に畳んである巫女服を取り出した
「アリスに一着貸してたかしら?」
「そういうわけじゃなくて」
アリスは袖を持って大きく広げると
「いい素材が手に入ってね。ちょっと作ってみたの」
「あなたが?」
「ええ。これから暑くなるでしょ? 通気性がいい服のほうがいいと思って」
先日、時間が有り余っていたので、実家に手紙とお菓子を贈ったら
感動した魔界神が、あちら由来のものを山のように送ってきた
原稿用紙20枚ほどのお礼の手紙にはやや閉口したが
荷の中に薄く魔力の通っている布をみつけたので、編みこんでみたわけだ
「少し冷却の効果もあるから、夏には丁度いいと思うわよ?」
「・・あ、そう。ま、気が向いたら着させてもらうわ」
「・・ええ。そうして頂戴」
アリスは少し寂しそうに微笑むと
裁縫道具を仕舞って立ち上がった
「もう行くの?もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「まだ行くところがあるから。それじゃ、またね」
「はいはいさよなら」
ふわふわと飛んでいくアリスを見送った霊夢は
ふと腕の中にある巫女服を眺めると
少し頬を染め、ほうっと恍惚めいた息をつき
ぎゅうっと、強く抱きしめた・・・
アリスは、昼間図書館で談笑するのが好きだった
湿気の多い館内も、慣れればそう気にもならないし
知識人が自分の質問に、的確に答えてくれるのは心地よかった
「どうぞ」
「あら、ありがとう」
ふと顔を上げると、小悪魔が紅茶を注いでくれていたので礼を言う
図書館の主の使い魔である小悪魔は、アリスにも大層優しかった
なんでも、アリスがいる時はパチュリーの体調もなかなかよいのだとか
何故かはしらないが、自分のおかげで気分が優れるのであれば結構な事だ
「ああそうだ。この間借りた本返しとくわ」
「もう少し借りていてもいいけど?」
「有りがたいけど、もう一通り読み終わったから」
「そう。だったら適当にしまっておいてくれる?」
「わかったわ」
紅茶を一口啜ると、パチュリーの横を通り本棚へ歩く
・・・と
「・・・・?」
「どうしたの?」
「・・・パチュリー。あなた洗髪剤でも変えた?」
「え?」
きょとんとした顔で本から顔をあげるパチュリー
すると、そこにはすぐ目の前にアリスの顔があった
「あ、アリス?!」
「なんとなく甘い香りもするし・・・バニラの実かしら?」
「ちょ、ちょっと・・・」
すんすんと香りを確かめるように、顔を近づけてくるアリスに
顔を赤らめながら、必死にそっぽを向いて耐えるパチュリー
「・・・あら、失礼」
若干はしたない事を自覚したのか、一つ咳払いをして離れるアリス
「・・・・別に。あと、香りの件はきっと、香水を変えたからかしらね」
平然とすまし顔で答えるパチュリー
でも、頭の中はとってもノーレッジ
口からぱっちゅぱっちゅ溢れてきそう
「あ、そうそう」
その様子にも気づかずに、ごそごそと鞄の中を探ると
一冊の古びた本を取り出して、パチュリーに差し出した
「? なによこれ」
「この間里帰りした時に見つけてね。いつものお礼にと思って。とっておいて」
「ふーん・・・・・?」
パチュリーはぱらぱらとしばらく読み耽っていたが
読み進めるうちに顔色を変えていった
「これ・・・エノク書じゃない!」
「そうよ。さすが動く図書館さんね」
席に戻り、音も立てずに紅茶をすするアリスに、パチュリーは慌てて
「だ、だって・・・なんでこんな、これってそんな簡単にやりとりするものじゃないでしょう?」
「いいのよ。私はグリモワールの方が合ってるし。あくまでいつものお礼よ」
「・・・そう・・」
パチュリーはじっと本の表紙を眺めていたが、息をつくと机の上に軽く置いて
「・・・・ま、暇ができたら読んでみるわ」
「そうして頂戴」
くすくすとアリスは笑うと、立ち上がって帰り支度を始めた
「もう帰るの? まだはやいんじゃない?」
「残念だけど、まだ寄るところがあるから。それじゃあね」
「はいはい」
軽く手を振ってから、小悪魔に軽く会釈して図書館を後にするアリス
「・・・・・・・・・」
パチュリーは本から目だけをわずかにあげて、アリスの去っていく様を見送っていたが
出て行ったことを確認してから、アリスの残した本を手に取ると
そっと額に表紙をあて、熱っぽい吐息を漏らした・・・
それを見ていた小悪魔は、そっとパチュリーを後ろから抱きしめた
次の瞬間、パチュリーのロイヤルフレアが炸裂したが
こぁちゃんはがんばる子だったので灰は残りました
アリスは、夕方霧雨邸で魔理沙の武勇伝を聞くのが好きだった
今までどんな異変を見てきたか、そしてそれをどうやって解決したか
明らかな脚色も多かったが、それを得意そうに話す魔理沙を見ているのは楽しかった
「そう!それで、悪あがきをする輝夜にだな、私がとどめのマスタースパークを・・・」
「・・・それ、私が回り込んだんじゃなかったかしら?」
「そうだったか?きっと思い違いだろ」
「なによそれ」
苦笑しながら、出されたお茶菓子をつまむ
「おお、アリス。そんなにお菓子を食ってると太るぞ」
「まだ二、三枚つまんだだけじゃない」
「私の食べる分がないんだぜ」
「それなら自分のをちゃんとわけときなさいよ」
やれやれ、といった風にそばの小皿に何枚か分けてやる
「はい」
「サンキュー」
へへへと腕を伸ばして小皿を受け取ろうとする魔理沙
が・・・
「あっ、やべ!」
「あーあー・・・」
うっかりひじを当ててしまい、紅茶のカップをひっくり返してしまった
「全くもう・・・大丈夫?」
「あー・・・ま、ほっときゃ乾くだろ」
ぱたぱたとスカートをはたきながら苦笑する魔理沙
「染みになっちゃうじゃないの・・・ほら、ちょっとじっとしてなさい」
「うえぇ?!あ、アリス?!」
「こら。動かないの」
「あ、あう・・・・・」
ポケットからハンカチを取り出し、せっせと紅茶のあとを拭ってやるアリス
魔理沙は居心地悪そうに天井を見上げ
「あー、アリス・・? それぐらい自分でやれるんだぜ・・?」
「あんた放っておいたらどうせそのまんまじゃないの」
「いや、だけどさ・・・」
そ、そんな・・微妙なところまで手を伸ばさない欲しいんだぜ・・・っ!
「はい、おしまい」
「あ、ありがとなんだぜ」
あっさり終わってしまい、ほっとするやら残念やら
心の中はとっても乙女
なかなかな微妙な年頃なのです
「あら、もうこんな時間」
「もう帰るのか? ・・・と、泊まっていってもいい気がするんだぜ?」
「明日人形劇の依頼がきてるからね。調整もしなきゃいけないから」
「そうか・・・それじゃあまた明日だな」
「ええ」
荷物をまとめ、ドアを開けて出て行くアリス
魔理沙はやや名残惜しそうにその背を見ていたが
不意にアリスが振り向いて戻ってきた
「ん? どうしたアリス」
きょとんと尋ねたのもつかの間
つかつかと間を詰められると
なぜか次の瞬間、魔理沙はアリスの腕の中に居た
「・・・・・・・・へ?」
突如起こった現象に、呆然とする魔理沙
斜め上には、目を閉じたアリスの顔
僅かに漂う、暖かい香水の香り
背中に回された、優しい腕
そして体に触れる、柔らかいむにゅっとした胸の感触・・・・
「な・・・ななななななななぁ?!」
ようやく事を理解し、慌てて引き離す魔理沙
「なにするのよ」
「な、なにって、こっちがなんなんだ!」
息をぜいぜいはきながら抗議すると
「だって・・・あんた、この間あげた私とあなたの人形、私が来る前に抱きしめてたじゃない」
「な・・・み、見てたのか・・・・・っ」
気恥ずかしさのあまり、真っ赤になって帽子を目深におろす魔理沙
「あんまりにも幸せそうだったから、ついお返ししてあげたくなっちゃって・・」
「な・・・な・・・・・っ」
口をパクパクさせて、酸素不足の河童のような動きをしていた魔理沙だったが
ようやく口を閉じてじっとアリスを見据えると・・・・
~混符 「スターダストスパーク」~ 【BGM.恋色裁判 ~ 人の心弄びし少女 】
「なにするのよ!!弾幕は常識に則ってしなさいよ!!」
「うるさい!帰れ!帰ってくれ!!帰ってください!!!」
真っ赤になって星やレーザーを撒き散らし、半泣きになって攻撃してくる魔理沙
「なんなのよまったく!」
アリスはどうにこうにか滅茶苦茶な攻撃をよけきると
間をぬって自分の家へと帰っていった
「はぁ・・・はぁ・・・」
ようやく高ぶっていたものを抑えると、深々とため息をつく魔理沙
アリスの去っていった彼方を見上げると
「やっちゃったなぁ・・・・」
ぼそりと漏らし、またため息
いくら照れ隠しは可愛い仕草といっても、これはやりすぎだ
魔理沙さん反省
「にしても・・・」
首元にそっと手を当て赤くなる
あったかかった腕の中
自分より少し背の高いアリス
アリスのそばはいい匂いがして
当たってた胸はやわらかくて・・・・
「・・・っあー!!」
魔理沙は軽く頭をかきむしると
走って家の中に入り、アリスからもらった人形を思い切り抱きしめて
ベッドにダイブしてごろごろとのた打ち回るのであった・・・・
「ただいまー」
家の明かりをつけて一息つくと
「アリスオカエリー」
「アリスー」
「アリスー」
「はいはい、ただいま」
わらわら寄ってくる人形に微笑みかけ、そっと頭を撫でてやる
「仏蘭西、露西亜。明日の洋服の手直ししてみたから、ちょっとこっちにきて」
「フラーンス」
「ロシアー」
とことこやってくる二体を招きよせ、丁寧に服を変えてやる
「よっと・・・はい、できた。なかなか綺麗になったんじゃない?」
「フランスー!」
「ロシアーン」
嬉々としてくるくると回る二体
・・・こうやって、家に帰れば人形たちが優しく出迎えてくれる
「・・・・はぁ」
それでもアリスは、どこか寂しかった
こうやって人形達が動くのも、自分が半ば無意識で動かしているに過ぎない
自分はまだ、完全に命を吹き込む事ができないでいる
稀に、本当に自律しているのでは、と思うこともあるが・・・
・・・いや、行き過ぎた期待は虚しくなるばかりだ
「・・・さて、そろそろ寝ましょうか」
調整も終わり、食事を終えて入浴を済ませると
一つ欠伸をしてベッドへともぐりこんだ
「それじゃ、おやすみなさい」
枕元には、上海人形と蓬莱人形
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
頷いて返事をする二体に微笑みかけると、そっと電気を消した
どうか、また明日は
少しでも気の置けないような友人ができますように・・・
翌日、アリス家の前に大量のお菓子やマジックアイテムが置いてあったのだが
アリスは傘をかぶせて廻ったお地蔵さんからのお礼と考えたので
とりあえず映姫に感謝をしておいた
その頃、映姫がくしゃみをして
小町に風邪かと心配され
就業後小町がおぶってかえり
映姫が誘ってにゃんにゃんな結果になったのは、また別のお話・・・・
これは以前の風邪話の流れを汲んでいるんですよね?
実は自立している人形とツンデレな周囲の人妖(特に霊夢か?)、
そして周りのツンを額面通りに受け取り寂しくなって、前回の様に空回りして風邪を引くアリス。
この擦れ違った関係が大好きです。・・・でも何で改行無し?
次回作も期待してます!
愛されてるアリス良いなぁ
他の方々とアリスの組合せも読んで見たい気がします。
あと、こぁ頑張れ蝶頑張れ、応援してる!
このすれ違いは見ていてニヤニヤできますねぇ。
周りを魅了しているアリスもいいものですね。
天然気味なアリスが素敵です
愛されアリスは素晴らしい。
こーゆーアリスもいいね!
ちょっと気がついた。
>頷いて返事をする二体に微笑みかけると、そっと電気を消した
……灯り、とかの方がよかったような(ぉ
無自覚愛されアリスと乙女魔理沙はやっぱり最高だと思いますね。うぎぎ!
何となく作者とは語り合えそうな気がしました。
そして兎に角続きが読みたくなりましたね。
続きが出るのを心待ちにして待ってますね~
そして映姫様と小町のお話が気になります!!
周りがツンデレ過ぎるw そして自我を持つ変態人形達w
ニャンニャン閻魔様に期待しました。