Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

良い旅毛玉気分

2008/06/21 14:43:11
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注:この毛玉は、プチ作品集27の『吾輩は毛玉である』シリーズの毛玉です。読んでない人はそちらを先にどうぞ。









吾輩は毛玉である。名前は無い。
だが今日は、名前が無い事が実に素晴らしい可能性を秘めている事に気付いたので、業務日誌にそれを記そうと思う。


最近自分が軒先や床下で眠らせてもらっている博麗神社だが、今日は何かの準備が有るそうで、完全に立ち入り禁止となったのが、そもそもの始まりである。
ここの神社の常連らしい白黒魔法使いや酔いどれ子鬼、「ゆかりん」を名乗る妖怪等も霊夢の立ち入り禁止宣言を受け、「今日は別の所に行こう」と言っていたのだから、よほどの理由なのだろう。

だが、生憎と自分は空を飛ぶのが苦手だ。もっとはっきり言うと下手である。
一週間の間の神社生活や、紅魔館での掃除生活では何一つ不自由しなかったが、ここに来て自分の一番の弱点が最大の悩みとなってしまった。
今、自分は生命の危機に、またもや瀕している。
この間の夕方だって、『そーなのかー』と喋る暗黒の球体に喰い殺されるところだった。
神社から伸びる長い長い石段を、一段一段降りる度に残機が一つ減るとしても、絶対に生きては戻れまい。
この神社に参拝者が来ないのは、きっと自分と同じように、石段を一歩登る度に殺されかける(あるいは殺される)と知っての懸命な判断なのだろう。


神社からは出なくてはいけない。
死ぬ訳にも行かない。
『両方』出来る訳が無い。


が、霊夢の言う事である。
簡単な……毛玉にも出来るような解決方法が、そこに存在するからこそ、特に何か説明をせずに立ち入り禁止を命じたのだろう。
事実、いとも簡単に、こんな一言で決着はついた。




ゆかりん、ゆかりん、たすけてゆかりん。



助けてくれた。




そもそも自分の話が相互に通じる時点で、高い力を持つ妖怪である事は確定的である。
美鈴さんはかなりの力を持っている上に、意思の疎通にも便利な能力を持つ妖怪。
この前の蓬莱人も、非常に強い力を持っているのは見て分かった。
そして彼女……ゆかりん改め八雲紫と名乗る彼女は、幻想郷でも上から二本指に入ると豪語している妖怪(二本指のもう一人は秘密らしい)だと言うではないか。
その上、優しさや親切さが全身からあふれ出している。

これほどの人(妖怪だが気にしない)なら、きっと助けてくれるはず。
と言う考えのもと、宇詐欺のトンデモアドバイスを自分なりに改善してみたところ、両腕で抱きしめて全身全霊で助けてくれた。ちょっと苦しかった。
渡る幻想郷に鬼は無し。子鬼は居るが悪い奴では無い。

白黒だって鬼では無い。あれは鬼畜なだけだ。




紫さん(「気軽に『ゆかりん』って呼んでもいいのよ?」とは言われたが)の提案によって、その日は一日かけて幻想郷一周旅行に出る事になった。
神社に近いところから、幻想郷の様々な場所を遊覧飛行しながら、最後は紫さんの親友が居るらしい冥界で一泊する。
人間ならば決して出来なかっただろうこんな旅行が出来る。
その素晴らしい現実に、自分は己が毛玉である事を天に感謝した。
何か変な色の物が見えた気がするが、気にしない。


業務日誌を忘れないように持って来て、いざ幻想郷一周旅行の始まりである。


最初に向かったのは、紅魔館からも見える、「魔法の森」と言うところ。
夜と言わず昼と言わず、妖怪や危険な野生動物がうろついている上に、鬱蒼とした青黒い視界が広がる場所。
不慣れな者は、人間でなくても迷ったまま数日放浪してしまうか、妖怪などに喰い殺されてしまう危険な一帯でもある。
と言っても、今回は紫さん(「ゆかりんって呼んでくれないの?」と言われた)と言う頼もしくも心優しいガイドさんがついている。何一つ心配事は無い。
ただ、自分を抱きしめたまま飛ばれるとちょっと苦しい。

ふよふよと二人で飛んでいると、これまたふよふよと前方から毛玉の一団が飛んで来た。
何か揃って話をしているようなので、木陰に隠れて聞いてみる事になった。
盗み聞きは好きでは無いのだが、紫さんに無理やり引っ張って行かれた。

「冬が終わるぞー。」
『おわるぞー。』
「レティ姉さんが居なくなるぞー。」
『ねーさんがいないぞー。』
「チルノの苦手な季節が来るぞー。」
『冬じゃなくなるぞー。』

どうやら、湖の辺りに住んでる毛玉達らしい。
確か、あの辺の毛玉は冬以外の季節になると、チルノが冬恋しさにカエル以外に毛玉も凍らせようとするらしい、と妖精メイドが噂していた筈だ。

「凍らされるかも知れないなー。」
『冬毛の毛玉からやらされるぞー。』

いくら生命力旺盛な毛玉と言っても、痛いのは嫌だし凍らされるのも嫌だ、と言う事だろうか。
この感性は毛玉に共通するものなのだろうか?

「リリー姉さんの手伝いに行くぞー。」
『てつだわないと冬毛のままだぞー。』

よく見れば、どの毛玉も揃って、ちょっとだけ春を持っている。
この春をリリーと言う春妖精に届けると、その春を幻想郷に伝えるついでに冬毛から夏毛に変えてくれる、と言う仕組みなのだろうか?
幻想郷の中では、毛玉も自然の中に生きる動物の一つなのかも知れない。
そんな事を二人で考えながら、魔法の森を後にした。


次に向かったのは、「迷いの竹林」。
ここを抜ければ永遠亭らしいが、今回はそこまで行かず、竹林の中を散策する。
背の高い竹は太陽の光を適度に遮り、流れる風は魔法の森とは違って清らか。
見通しはそんなに良くないが、道が荒れていたりはしていないし、道さえ分かっていれば快適な散歩道になるだろう。
人参を持っていれば、それに惹かれて子供の妖怪兎がやって来たりもするのだろうか?
ただ、宇詐欺には気をつけないといけない。

ここの毛玉は実に奇妙である。
同じ毛玉でも、理解するのが少々困難な方法で会話をするのである。

《G9よりHQ、来訪者1。0オール。現状を維持する。》
《こちらA2、アウト1。R3A0。これより警戒態勢に入る。》
《B2よりA2、ロック1。警戒を継承する。》

どうも良く分からないが、ゆかりん(「ゆかりんって呼んでくれないと泣いちゃうから」と言われた)の説明が有ってやっと理解が出来た。
竹林の毛玉は、鈴仙と言う妖怪兎の能力を、永遠亭の協力で借りているのだそうだ。
一定期間おきに「ヤゴコロ印の能力維持薬」を飲まないと普通の毛玉に戻ってしまうが、薬さえ飲んでいれば、おたがいに『波長』を使って簡単な意識共有が出来るらしい。
だが、毛玉の体で波長を操るのは負担になるので、記号化した言葉を使って出来るだけ短く会話を済ませようとしている。
その結果、部外者には理解できない不思議な会話が成立するのだそうだ。
『プリセット無線』とやらの理論を応用して作られた『ケダマネットワーク』と言うシステムだそうだが、自分にはさっぱり分からない。

ゆかりんが翻訳してくれたが、さっきの毛玉はこう言う事を言っていたらしい。

「G(竹林外側)9番ポイントから本部(永遠亭)へ連絡します、攻撃の意思の無い来客を1人確認しました。永遠亭への危険性、攻撃性共に有りません。このまま警備を続けます。」
「A(竹林永遠亭側)2番ポイントから連絡します、永遠亭からの事前連絡が無い外出を1人確認しました。永遠亭への危険性は3、攻撃性は0。この外出者に対して警戒を始めます。」
「B(Aの一回り外側)2番ポイントよりA2番ポイントへ連絡します、今連絡された1人を確認しました。こちらが警戒を行うので、A2番ポイントへ戻って下さい。」

これだけの内容をあの短い会話に組み込めるのだから、実に凄い。
このシステムを作ったのは、永遠亭の「師匠」だと言う。
遠足の時は笑顔を絶やさず兎達の相手をしていたが、本当は普段、かなり苦労しているのでは無いだろうか。
今度会えた時には、何か手伝いたいものだと思いながら、竹林を後にした。



「ちょっと先に冥界に行っておきたいんだけれど、いい?」
ゆかりんがそう提案したのがきっかけで、他の場所へ行く前に冥界に寄る事になった。
冥界に行くには、その周囲を常に囲んでいるかのように漂う雲海を突破しなくてはならない。
旅行の一環として、ゆかりんと一緒に雲海を抜ける事になったのだが。



その雲海には、魔物が住んでいた。
それは毛玉。
当然、毛玉である以上は、その能力は毛玉として考えられる範囲のものしか無い。
なのに。




『ぼくら天下の雲海毛玉!』

何故……



『きみが冥界へ行くのなら!』

この毛玉達は……



『てめえの屍越えて逝けオラァ!!』

ドップラー効果付きの大合唱で叫び倒しては去って行くと言う、異常なまでのうっとおしさを持つのだろうか……。

『大きく避けるなひよっこが!敵弾は避けるな、誘導して避けろ!』
『ボムれない奴は素人だ!ボムる奴はよく訓練された素人だ!』
『撃って来たら撃ち返す!撃たないチキンは撃ち落とす!』

言っている事が割と正しいのが余計に腹が立つ。
まあ、今の自分は旅行で守られている身。
ゆかりんが居れば万事安心である。



「落ちたら危ないから、しっかり捕まえておいてあげるわね。あまり暴れないで。」
ゆかりんが何かとても幸せそうな笑顔で飛んでいるのが、ちょっと不安ではあったが。


―業務日誌のページがここで終わっている。次のページに続きが有るようだ。―
『苦しい時にはボムを撃て!ボムが無ければ喰らっても良い!だが諦めるな!
生き延びようとする本能を、戦おうとする意志を、避けようとする根性を、プレイヤーの根性を、絶対に忘れるな!
何度でもやり直して、何度でも出直して来い!何度でも迎えに出て、何度でも撃ち落としてやる!』
~雲海毛玉、誰へともなく~

毛玉の旅、もうちょっとだけ続くんじゃ。
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
>落ちたら危ないから、しっかり捕まえておいてあげるわね
・・・待て!俺も一緒に捕まえてくださ(ぴちゅーん
2.名前が無い程度の能力削除
雲海毛玉達の言うことが突き刺さる~
3.名前が無い程度の能力削除
永琳ってやっぱすごいんだなぁ。

ボムるボムらないという以前に、ボムがあることを忘れる俺はなんなのでしょう?
この雲海毛玉さんならきっと、教えてくれるはず!
4.名前が無い程度の能力削除
毛玉……この毛玉になりたいような……

でもすぐ死ぬのは勘弁な!
5.名前が無い程度の能力削除
なぜこの毛玉は愛しいのか。それは非力なのに正しいから。
6.名前が無い程度の能力削除
各種の毛玉たちが色々と美味しいなぁ
7.名前が無い程度の能力削除
やめて! 妖4面のトラウマを掘り返さないで!!
8.名乗ることができない程度の能力削除
うぉーお帰りなさいーっ!!続きも楽しみです*

幻想郷各所の毛玉の生態の描写、実に面白い。
特に雲海毛玉がツボwww間違ってないから困るwww

それはそうと「ゆかりん」自重w
9.名前が無い程度の能力削除
俺は諦めん 待ってろよ雲海毛玉
10.名前が無い程度の能力削除
>自分を抱きしめたまま飛ばれると
毛玉が羨ましい…本当に良い旅夢気分。
主人公の毛玉以外も素晴らしい毛玉ですね。雲海毛玉の言葉に耳が痛い。あそこはボムと森羅結界が無いとミスするからなあ。
ところで業務日誌がほとんど日記になっているのは、毛玉の業務はみんなに可愛がられることだからですか?
11.名前が無い程度の能力削除
とりあえず満面の笑みを浮かべて毛玉をギューッと抱き締めながら頬擦りしているゆかりんを幻視したら死んだ