私は思った。
こんな数奇もたまには悪くない。
私は思った。
これが平和な日常だと言うのなら悪くない。
私は思った。
これが平和な世界なんだと。
この窮屈を享受する事こそが生きることなのだと……。
この幸せに満足することこそが生きるという事なのだと……。
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宛先:[email protected](3チーム全員)
差出人:[email protected](博麗霊夢)
タイトル:【作業報告】上白沢宅(依頼)
本文:各位
お疲れ様です。
博麗です。
先日のメールで仰っていた人里の『上白沢』宅、木造建築の点検は問題なく終了しました。
ただ老朽化が著しい部分などもあったため手持ちの資材で応急処置し
後日また伺うことになりました。
なお、契約は締結していますので支払い等に関しては問題ありません。
・点検内容
各部屋の床板、畳の腐食
水周りの腐食
etc...マニュアル通りです。
・機器更新
発注のあったTOT○の様式陶磁器便器の設置。
妖精の奇襲で破損した窓枠の修繕。
・発生
和室の土壁の風化
↑シート貼り付けにより対応。後日修繕しますので決済お願いします。
以上です。
添付:決済願い.pdf カタログ.pdf 見積書.xls
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さん付け運動開催中!!
詳細は [email protected] まで!!
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「送信……っと」
カチ。
送信完了のコマンドが開き、ウィンドウを閉じる。
履歴をリロードし、送信したメールを確認。
…………問題なし。
「ふう……」
コキコキと首を鳴らす。
PCの画面とにらめっこを続けていて体が強張っている。
本日五枚目の報告メール。
その前には一件十数ページの報告書を打っていた。
キーボード操作にはなれたのだが堅苦しい文章に自分で辟易していた。
体にフィットするスーツが息苦しい。
唯一楽なのはこの椅子ぐらいだろうか。
神社にも一つ欲しいぐらいだ……座椅子なら。
「何が『お賽銭と信仰は自ら勝ち取るべき』よすきま妖怪め」
紫が持ってくる話は大抵ろくなことが無い。
春度の収集や思い付きの宴会。
天子騒動の時だって二度目に神社を壊したし……。
このボーダー商事だって彼女が飽きれば終わりなのだ。
飽きるのはかまわないけど、その皺寄せがこっちに来るのはごめんだわ。
私はやる気は無かったのだが、紫の言葉に感銘を受けて(騙されて)東風谷早苗も営業(広報中心)をしていた。
もともと外交的な彼女はもうリピーターが付いたようだ。
ますます紫の心変わりの影響が大きくなる。
「バスターしたいのは山々だけど、相手には人間も居るしねえ」
突発的な思い付きを大きな波にしてしまうのが得意な紫だ。
いまやボーダー商事は幻想郷を支える存在になりつつあった。
「『幻想』郷が聞いて呆れるわ」
幻想は所詮幻想でした……なんか嫌な感じね。
『五時なのかーちんちん』
いろいろと混ざったチャイムが鳴る。
っと、定時か……
目の前のPCの液晶に『システム設定の保存終了』と言う文字が流れ、弾幕をイメージしたスクリーンセーバーが流れる。
液晶の電源を落とし、今日の仕事はこれで終了だ。
(PC本体は23時にバックアップを取るので常時起動)
基本的にボーダー商事は残業、仕事の持ち帰りはない。
その点では『外の世界』よりいい条件なのだろう。
「あ、そういえば魔理沙たちに誘われてたんだっけ」
今日は25日。給料日で、飲み会の約束をしていた。
「おーい! さっさと行こうぜ霊夢!!」
「はいはい。少し待ちなさいな」
私たちは小さくも評判の良い鰻屋に向かった。
「ミスティア? 予約してたボーダー商事だけど」
「はーい。こちらにどうぞ」
ミスティアローレライ。彼女こそがこのちんちん屋台の主だ。
初めて会ったときは弾幕の応酬だったが、今では客であったり友達であったりする、気のいい奴だ。
「ご注文は何にしますか?」
『とりあえずビールで!!』
満場一致だった。
最初の乾杯の後、各々好き勝手に注文をする。
予算を決めてのことだから問題は無い。
店の確保以外は基本的に紫(社長)がやっている。
何だかんだって言ってみんな楽しんでいるようだ。
「霊夢~飲んでるか~?」
「うわ、もう酒臭いわよ魔理沙」
「ん? よってないんだぜ?」
肩を組んでくる。重い……。
「酔って無くても絡んでくるでしょ。他あたりなさい! アリスとかパチュリーとか」
「あいつらちびちび飲むし絡み辛いし仕事の話ばっかりしてるんだよ察せよ~」
ああもう、うっとおしいな。
「でも……」
ま、少しは感謝してあげようかしらね。紫?
・
・
・
「っでさあ! 紅魔館の門番のザルな事ザルな事!!」
「魔理沙さん酔ってます? よく本人の前でそんなことを……」
魔理沙め、構って貰えないと思ったらもうあんな所にいる。
中国がげんなりしていた。営業チームではいつもの事なので放っておこう。
「だからこの機器の運用を見直して!」
「馬鹿ね。こっちの魔導機関の改定が先でしょう?」
「いえいえハードに問題がですね」
こちらは魔導機器開発、保守チーム。アリス、パチュリー、にとりはこんな席でまで仕事の話をしていた。
余程今の仕事が性に合っているみたいね。
「だから八坂神社の特集も入れてくださいと!」
「社の広報の全然関係ないじゃないですか!!」
「家建てたら儀式必要でしょ!? 解ったら八坂神社を」
「ああもう! くどいですよ早苗さん!!」
あっちは広報部。
……早苗、あんたって娘は。
かいがいしくて涙が出てくる。
助け舟なんてもちろん出さないけど。
「だからねえ!? 私のカリスマが今の仕事じゃ活かしきれないのよ!!」
「姉さま落ち着いて。姉さまが話しかけている相手は一升瓶よ?」
「何が『れみりあうー』よ! うー!!」
「だからお姉さま落ち着いてってば!!」
レミリアとフランドール。なかなかシュールな光景だ。
嗚呼、レミリアをなだめるフランドールだなんて。
ちなみに仕事での業績はフランドールの方が上だ。
『すべてを破壊する程度の能力』はこと取り壊しにおいては他の追随を許さない速度。
ローコスト&クイック。逆にレミリアは無能だった。
お得意先に悪い運命を教えて怒らせたり、尊大な態度で反感を買ったり。
善意やそうでないものがが完全に裏目にでて伸び悩んでいる。
まったく、面白い姉妹だと思う。
「どうかしら? 霊夢」
「どうって何がよ、紫」
ニヤニヤした顔の紫がいつの間にか隣に居た。
「『外』の企業を真似てみたんだけど面白くなかった?」
「つまらなくは無いけど窮屈ね。縁側でお茶飲んでる方が性にあってるわ」
このすきまを調子付かせたくないので、否定的な答えを返す。
「あらあら」
「ま、たまにはいいでしょ。変な事したら速攻で針ぶち込むけど?」
「あら怖い」
「あら白々しい」
最近は平和なものだった。
紅い霧も出なければ春も来た。
不自然な月や紅い彼岸花の乱咲きもない。
新しい神様も訪れたりなんかしていないし、妙な地震も起きない。
今までは必要に迫られていた弾幕ごっこも最近はご無沙汰だった。
物騒なのが好きなわけではないのだけれど、体を動かしたいなとは思っていた。
「サークルでも作ってみようかしらね?」
「あら? 乗り気じゃない」
「うるさいわね、もう」
うん、サークルか。
悪くない。私はニヤ付きそうな頬を押さえながらビールを呷った。
続く……かも
主はそれなりの規模の企業に勤めているとみた。