※緋想天のねたばれあります
緋想天をしていないと話がわからないところがあります
ピピピピピ!
無機質な音が朝の静けさを乱す。
その音に反応してベッドから身を起こす人物がいる。
淡いグリーンのパジャマに身を包んだ東風谷早苗が、ぐっとのびをして眠気をとばす。
早苗の朝は早い。五時を過ぎるくらいに毎日起きている。
目を覚ました早苗は、眠気をとるために禊もかねて水を浴び汗を流す。
昨日は宴会でお酒を飲み、眠気が強い。それを水の冷たさでなんとか追い払う。
そして次に本殿で座禅を組んで、修行を一時間。これは幻想郷に来る前からやっていたこと。しかし霊夢に負けて、修行により身が入るようになった。自身の力に自信があったのに負けたことが悔しかったという理由もあるが、今後何かあったときのために力をつけておいたほうがいいと考えての修行だ。
今日は朝食当番なので、早めにきりあげ台所へと向かう。
これらはすべて室内で行われたので早苗はまだ異変に気付いていない。
気付いたのは境内の掃除をしようと外に出たとき。
「あれ?」
いつもならば社正面から眼下に見える森や湖が、同じ目線で見えた。なにか樹の種類も違う気がした。
見間違いかなと目を擦っても風景は変わらず、はじめに見たまま。回りを見てさらにおかしいとわかった。
「山じゃない?」
そう守矢神社が山から平地に移動していた。
早苗は箒を投げ捨て走る。今の時間ならば二人はまだ今でくつろいでいるはずだ。
「神奈子様! 諏訪子様!」
「どうした?」
「なにをそんなに慌ててるのさ」
「どうして神社を動かしたんですか!?」
神社の移動は幻想郷にくるとき一度していて、そこから今回も二人が動かしたと考えても不思議ではない。
しかし二人はその問いに不思議そうな顔をしている。
「神社を動かした?
諏訪子あんたそんなことしたのかい?」
「いやそんなことしてないよ。する意味もないし。
だいたい神社動かしたの何百年も前のことで、早苗が知ってるはずないんだけど?」
「数百年前って……私たち幻想郷にきたばかりじゃないですか!」
早苗の言葉に二人は怪訝な表情になる。
「早苗こそ何言ってるのさ。
私たちはここに四百年前にきたんだ、それからずっとここで暮らしてきた」
「変な夢見たんじゃないのか?」
「……夢ですか?」
「落ち着いてごらん。妙にリアルな夢を見て混乱しているだけなんだろ」
「そう……なんでしょうか」
落ち着くためもう一度座禅しますと言って本殿に向かう早苗を二人は見送った。
少なくともその様子から、神社が移動したことを二人は怪しんでもいないとわかる。
本殿で座禅を組み考え込む早苗は、やはり神社は移動しているとしか思えなかった。
昨日里から帰ってくるとき山を眺めながら飛んだ記憶がしっかりとある。その後の天狗や山に住む妖怪との宴会の記憶もある。
「よし!」
落ち着いて考えておかしいと判断した早苗は行動することにした。
動けばなにかわかるかもしれない、そう思ったのだ。
まだ居間にいた二人に出かけてきますと告げて早苗は山に向かって飛ぶ。
移動してみてわかったが、神社がある位置は霧の湖のそば。紅魔館があった場所だ。そこに元からあった紅魔館はない。
移動中、勝負を仕掛けてきた氷の妖精に勝ち、湖を越える。
山の麓に来てさあ登ろうかと思ったとき、風が吹き荒れ射命丸文が姿を現した。
「警告です。引き返すのなら怪我はさせません……って早苗さんじゃないですか。
山になにか用事ですか? もしかして八坂様からなにか言付けでも?」
「文さん。いえ言付けとかじゃないんですが……」
文の様子から自分がここにいるのはおかしいのだとわかった。
しかし早苗にとっては、この山が幻想郷で一番落ち着く場所。それは今もそう感じていて、やはりあそこに神社があるのはおかしいのだと確信した。
「それならばどうして山に入ろうと?」
「いえそれは……」
「それは?」
「えっと…………そう! 文さんに聞きたいことがあって、文さん新聞記者だから色々知ってるでしょう?」
ちょっと苦しいかなと思った早苗。文もちょっと不審だなと考えているが、気にしないことにした。
「聞きたいことって何ですか?」
「守矢神社っていつごろ幻想郷にきたんでしたっけ?」
「たしか四百年くらい前でしたよ。あのときはちょっとした騒動でしたねぇ。
八坂様と洩矢様が暴れて、新聞に書くねたに困りませんでしたから。最近はすっかり大人しくなられて、また暴れてくれませんかね~」
そしたらまた新聞を書くのにと言う文に早苗は表面上は笑みを浮かべて、心の中でどうなっているのだろうと考える。
聞きたいことはそれだけかと聞いてくる文に、ほかのことも聞こうかと思っていると、山から誰かが飛んできて二人のそばに降り立つ。
銀髪でメイド服を着た人は、早苗は一人しか知らない。
ただどうして山から来るのかわからない。
「十六夜さん?」
「貴方に自己紹介したことあったかしら?
そんなことはどうでもいいわね。
貴方にお嬢様から伝言よ。
『もう少しこの状況を楽しみたいから急がなくていいわ』だそうよ。
たしかに伝えたわ」
それだけ言って帰ろうとする咲夜の腕を掴んで早苗はとめる。
その言い方だとレミリアは今起きていることを知っているように思えたからだ。
ヒントになりそうな人を逃すつもりはなかった。
「どういうことなんですか?」
「どういうことって?」
「伝言のことです」
「意味がわからないわね。
伝言の意味なら私にはわからないわよ。私はただ貴方に伝えろと命じられただけ」
「……そうですか。
やっぱり山中にあるのは紅魔館ですか?」
「なにがやっぱりなのよ。
あなたも知ってるはずでしょ。幻想郷に来てお嬢様が起こした紅霧異変のことは、そこの天狗が記事にしたんだから。
その記事に紅魔館の所在も書かれてたわよ?」
早苗が腕を放したことで聞きたいことはないのだろうと判断した咲夜は、紅魔館へと帰っていく。
咲夜を追ってレミリアに直接事情を聞きたい早苗だが、文が通してくれないだろうと思い追うのは諦めた。
とりあえず早苗は山から離れることにした。
なにかネタを持っている早苗に、話しを聞きたそうにしている文に別れを告げて、向かう先は博麗神社。
その早苗のあとを追うことなく文は山に帰っていった。天狗が信仰する神様の巫女を記事にするのは不味いかもしれないと判断したからだ。えらく残念そうな雰囲気を漂わせてはいたが。
早苗が博麗神社に向かったのは、異変解決といえば霊夢だと思ったからだった。
霊夢ならは何か変化を感じとっているのではと、期待を胸に秘めて飛ぶ。
途中でおなかをすかせて襲い掛かってきたルーミアを撃退して博麗神社にたどり着く。
そこにいたのは霊夢ではなく、ごく最近知り合った永江衣玖。のんびりと境内を掃除している最中だ。
その手馴れた掃除の様子を見て、霊夢がいないかもしれないと不安が湧く。
「早苗? こんにちわ。何か用事ですか?」
早苗に気付いた衣玖が声をかける。
「こ、こんにちわ。霊夢いますか?
「いつものように縁側でお茶を飲んでますよ」
「そうですかぁ」
いたんだ、よかったぁと心底安心する早苗。
安心した早苗は衣玖がここにいることを珍しく思い、聞いてみる。
「永江さんはどうしてここに?」
「いつものように衣玖さんと呼ばないのですか?
それに私はここに住んでますから、いてもおかしくないでしょう?」
「え?」
ここは大丈夫だと思い込んでいたところに、また異変が起きていて戸惑う。
そのせいか思ったことをそのまま口に出してしまう。
「ここに住んでいるのは霊夢をのぞくと、萃香さんだけでしょ?」
「萃香さんっていうと天界にいる鬼のことですよね?
どうしてあの鬼が神社に住んでるだなんて思うんです?」
「そ、そうでしたっけ? 今日おかしな夢を見てそれで記憶がごっちゃになってて。
おかしなこと言ってすみません」
混乱しつつもどうにか話をあわせようと適当に言いつくろう。
それを衣玖は信じたようで、よほどリアルな夢だったんですねと微笑みを浮かべる。
掃除を続ける衣玖から離れて霊夢のところへ向かう。
「霊夢も異変に気付いているといいけど」
そうであってほしいと願い足早に向かう。
「霊夢!」
のんびりといつもどおりの雰囲気でお茶を飲む霊夢に、つい強い口調で呼びかける。
「なによ? そんなに切羽詰った様子でどうかしたの?」
「なにかおかしなことが起きていると思うんだけど、あなたは何か感じてない?」
「おかしなこと?
……なにも感じないわね。早苗の気のせいじゃないの?」
「ほんとに?」
「ほんとよ。何事も起きてなくて平和。
幽々子が何か企んでいるわけじゃなし、神奈子が遊びにきてもない、萃香がなにか異変を起こそうともしてない。
ほら平和な日でしょ?」
霊夢の言葉におかしな点があることはすぐに気付いた。
西行寺のお嬢様がなにかを企むということは滅多にないし、神奈子が宴会以外で博麗神社に遊びにくることもない。
霊夢も気付いていないとなると、自分が間違っているのかと早苗は思えてきた。
まだ眠っていて夢の中なのか、平行世界にでもきたのか、永遠亭の薬の実験台にでもなって記憶がおかしくなったのか。
そんなことを考えて思い出した。レミリアは自分と同じで気付いていたということを。
ほかにも気付いている人がいるかもしれない、そう考えた早苗はその誰かを探すため飛び立った。
「なんなのよ?」
霊夢はそんな早苗を呆然と見送るだけだ。
その霊夢の後ろに隙間が開いたことに気付いたものは、誰もいない。
早苗が次に向かったのは里。
里は動いておらず、いつもと同じようにそこあった。
博麗神社のこともあるので、見た目変わっていなくてもどこかしら変わっていそうなので、油断はできない。
早苗は稗田家に向かう。人の記憶が変わっているが、書物はどうなのかと思いついたからだ。
「急に来てすみません」
「かまいませんよ。稗田家の資料は誰にでも見ることができますから」
早苗を出迎えた家人に案内され、阿求と対面しここにきた理由を告げる。
それに阿求は嫌な顔せずに、にこやかに応じた。
「見たい資料はどんなものですか?
膨大な数がありますから、私が探して持ってきますよ」
「えっとそれじゃ、地図かどこに何があるか記された資料をお願いします」
「わかりました。少しお待ちください」
そう言って阿求は部屋を出ていく。
阿求が資料を探している間、早苗は出されたお茶とお茶菓子を飲み食いして待つ。
少しして、いくつかの資料を持った阿求が戻ってきた。
「こちらが地図と資料になります。
私は隣の部屋にいますから、見終わったら言ってください」
「ありがとうございます」
何も聞かずに去る阿求に礼を言い、資料を見始める。
まず始めに見たのは地図。
机に広げ、幻想郷全体が簡単に記された地図を、自分の記憶と照らし合わせながら見ていく。
「地図もかわってる」
阿求から渡された地図は、早苗の記憶とはいくつか違う部分があった。
守矢神社と紅魔館の位置が入れ替わっているのは、すでに知っている。さらに違うのは魔法の森に魔理沙とアリスの家がないこと。
次に見た資料も同じだった。魔法の森には誰も住んでいないと記されている。
もっと驚くこともわかった。
幻想郷の有名どころの主人がかわっていたのだ。
白玉楼主人は天人の比那名居天子。従者はかわらず魂魄妖夢。八雲家主人は、西行寺幽々子。式二人はかわらずそこにいる。香霖堂には店番兼商人見習いとして、霧雨魔理沙。天界には伊吹萃香。
それら以外には変化はなさそうだ。
「どうなってるの?」
おかしいとはわかるものの、なぜこんなことになったのかわからない。
ここで悩んでも仕方がないと思い早苗は再び動くことにした。
阿求に礼を言って稗田家を出る。
阿求は早苗が見ていたものを片付ける前に、ぱらぱらと流し読みをして気がついた。
地図や資料が新しいのだ。古く見えるように細工されてはいるものの、日頃から資料に触れている阿求には違いがわかった。
書き直したという記憶はない。それなのに新しいということに首を傾げ、元の場所に戻す。
疑問を抱えたまま阿求は幻想郷縁起編纂を開始する。
早苗は寺子屋に来ている。
変化したものばかり追うのではなく、変化の無い場所にもなにかあるかもしれないと考えた。
そして変化の無い場所で一番近いところが、上白沢慧音のいる寺子屋だった。
「珍しい客だな」
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「私で答えられることならば答えるよ」
「えっとですね」
そこで早苗は詰まる。どう聞けばいいだろうかと。
いままでのように率直に聞いても、また同じような反応が返ってくるだけだと簡単に推測できる。
「どうした?」
「えーと」
聞きたいけれど聞き方に迷い口ごもる。
その早苗を慧音は少し怪しみつつ不思議そうに見ている。
「どう言えばいいのか」
「聞きたいことを言葉にしてもらわないと、答えようがないのだがな」
「……今日、なにかおかしなことがおきてません?」
いい案が思いつかない早苗は、結局これまでと同じように聞いてみることにした。
「おかしなこと?」
慧音の表情が少しだけ驚いたというものになる。
それはすぐになんでもないという表情に戻ったが、早苗は見逃さなかった。
「何か知ってるんですか!?
昨日と今日で建物の位置が変わってたり、人の立ち位置が変わってて、私なにがなんだか!」
事情を知っていそうな人に出会い、心に溜め込んでいた不安や困惑が一気に湧き出る。
どうなっているのか教えてほしいと心を込めて頼むが、
「知っては……いる。でも言えない。
言えるとしたら明日には元通りということだ。
だからお前が動く必要はないんだ」
「私は動かなくてもいい?
意味がわかりません!」
「すまないな。これ以上は言えないんだ」
二人はじっと見つめあう。早苗はもっと聞きたそうにして、慧音は目に謝罪の色を浮かべて。
五分ばかり粘った早苗は、これ以上は本当に聞きだせそうにないと判断し、慧音に頭を下げて寺子屋を出て行った。
寺子屋を出たあとも早苗は幻想郷中を飛び回る。
明日には元に戻る、動かなくてもいいと言われても、本当にそうなのか保証は無い。それに抱えた不安は慧音の言葉では晴れてくれなかった。
もしかするとずっとおかしなままでいることになる。その違和感を抱えたまま過ごしていくのは嫌だった。それに神奈子や諏訪子や山の皆との思い出が偽りのままなのも嫌だった。
情報を求めて人に話しを聞いてまわる。
人々の反応は三種類に分かれた。何も気付いていない人、慧音と同じ反応を示した永琳、面白そうにヒントを出した幽々子と萃香の三種類。
木陰に腰を下ろして休憩しつつ、もらったヒントを踏まえて状況を整理してみる。
出されたヒントは、被害の有無と出会えていない人。
早苗は言われて気付いた。異変にしては被害がないことに。
異変と言っても建物と人が移動しただけ。話に聞いた紅霧で覆われ日が地に届かない、夜が明けないなどという実害は今のところない。
早苗は気付いていないが、被害はむしろでないようにされている。例えば彼岸周辺が動けば、必ず厄介ごとが起こる。動かせない人と場所を動かさず、動かせる人と場所のみが移動している。
会えていない人にも心当たりがある。それは八雲紫。早苗は幻想郷中の有名人に一通り会ってきた。その中で紫には出会えていないし、稗田家の資料でもその所在については知ることができなかった。
「八雲さんが今回の黒幕として、どこにいるかわからないと問いただすこともできない」
「探す必要はないわ」
行き詰った早苗の目の前に隙間が開き、そこから紫が現れる。
黒幕と考えていた人物のあっさりとした登場に早苗は驚く。
「まさかあなたが記憶を保ったままでいられるなんてね」
「出てきたということは説明してもらえるんですよね」
「ええ。霊夢が来るまでまだ時間はありそうだし」
「霊夢が来る?」
「今回の異変は偽物よ。
私と八意永琳と上白沢慧音の三人がかりで、霊夢のためにわざと起こしたもの」
それだけではなんのことだかさっぱりわからない早苗は、黙ったまま先を促す。
「一ヶ月ほど前に天人が起こした騒動のことは知ってる?」
「地震がどうとかですよね? 霊夢から聞きましたけど」
「それであってるわ。
その騒ぎの際に色々な人物が動いたのよ。私も含めてね。
萃香や幽々子が一番に気付いたのかしらね? それにひきかえ霊夢はわりと遅かった。動き出すのもね。
異変解決が仕事なのに迅速に動かないって考え物だと思わない?
解決しても被害が大きければ、解決した意味はあるのかしら?
今回は被害が出る前に解決できた。でも次はどうだと思う?
だから私は偽の異変を起こすことにしたの。幻想郷に被害が起こる可能性を減らすため、一ヶ月前のお仕置きを兼ねて霊夢を鍛えることを目的としてね。
異変を装いでもしないと、あの子を鍛えることなんてできないから」
早苗は気付く。慧音と永琳の謝罪に隠された意味を。
本来ならば気付かずに終っていた異変に巻き込み、無闇に不安を与えたことに対しての謝罪だったのだと。
「どうして私は気付いたのでしょうか?」
「原因は二つ。守矢神社に対して仕掛けた記憶操作が甘かったこと。これは宴会で八坂と洩矢の神が酔っ払ってて、強く仕掛けなくても大丈夫だと判断した私のミスね。
もう一つは、あなたの修行の成果。日頃の成果が出たのだから喜びなさいな」
「はあ」
そうは言われても複雑な思いだった。手加減されて、それを打ち破ったからと言って素直には喜べない。
「霊夢が異変に気付いていなかったのは?」
「仕掛けを破れなかったから。仕掛けと言ってもあなたにかけたものより強いわよ」
「異変を起こすのに一ヶ月かけたのは?」
「準備期間。下準備に時間がかかってね。
稗田家の偽資料を作ったり、八意永琳が幻想郷中にばらまく薬を作ったり、上白沢慧音が白沢化する時期に合わせる必要もあったし」
「動いていない場所があるのは?」
「里は人や建物がたくさんあって動かすのが大変なのよ。永遠亭は八意永琳が動かすのを嫌ったから。彼岸周辺は閻魔たちの業務に差し支えが出るでしょう? そのことで説教なんかされたくなかったの」
「永琳さんと慧音さんがよく協力しましたね?」
「八意永琳は希少な材料を渡して、大規模な薬品散布ができると言ったら協力してくれたわ。
上白沢慧音は、早く異変解決できるようになるとそれだけ里に被害がでないと言ったら協力してくれた。
八意永琳は薬品を使って、上白沢慧音は歴史をいじってもらい記憶を誤魔化してもらったの。さすがに私一人で幻想郷中に細工するのは骨が折れるから。
二人があなたに事情を話さなかったのは、あなたから霊夢に偽の異変だと伝わらないようにするため」
「アリスさんや魔理沙さんについては?」
「アリス・マーガトロイドは記憶を操作して一時的に帰郷してもらったのよ。魔理沙は異変解決に乗り出さないため、そして霊夢に協力しないように魔法が使えるということを忘れさせ香霖堂に移した。
二人の家は隠してあるわ」
「幽々子さんと萃香さんとレミリアさんが事情を知っていたのは?」
「幽々子には私が話したから。萃香は知らないわ。レミリアは運命を見て偶然知ったんでしょう。
他に聞きたいことは?」
一番聞きたいことがわかっているかのように紫は聞く。
早苗は不安の原因となっていることを言葉に出す。
「本当に明日になれば元に戻りますか?」
「ええ。異変は一日限り」
「神社は山に帰って、神奈子様と諏訪子様、山の皆さんたちと過ごせるようになれるんですね?」
「ええ、明日になればすべて元通り」
故郷がなくなるかもしれないという不安、思い出が戻ってこないかもという不安は、ようやく晴れた。
それは紫の言葉に嘘が感じられなかったから。
もしかすると紫が演技で嘘を隠し切ったかもしれない。だがそれを早苗は見抜けなかったので、ほっと胸をなでおろす。
これが霊夢ならば、紫が嘘をついていた場合、直感でうさんくさいと判断しただろう。
けれどこれは意味の無い問答だ。本当に紫の言葉に嘘はないのだから。
「そろそろ霊夢がくるわね」
紫の視線の先にこちらに向かってくる霊夢が見える。
早苗の目には小さな点にくらいしか見えないが、紫にはいつもの巫女服を煤けさせ飛んでいる姿が見えている。
これは慧音、永琳、幽々子、萃香、レミリア、文たちと弾幕勝負をしてきたからだ。
「これから霊夢と弾幕ごっこするんだけど見ていく?」
「いえ、帰ります」
「そう。お疲れ様」
きちんと労わりの感情が込められた言葉を背に、早苗は家族のもとへ帰る。
「やっとみつけたわよ! 異変の原因はあんたでしょ!」
「さあ、どうかしらね?」
「話す気はないって言うのね。いいわ、力づくで話させてやるんだから!」
「ふふ、できるかしら?」
離れる早苗の耳にこんな会話が聞こえてくる。
だけどそこは霊夢が主役の舞台で、早苗の出番はない。
作られた舞台のタネがわかっている演目を見る気にもなれず、早苗は一度も振り向かずに守矢神社へと飛んでいった。
緋想天をしていないと話がわからないところがあります
ピピピピピ!
無機質な音が朝の静けさを乱す。
その音に反応してベッドから身を起こす人物がいる。
淡いグリーンのパジャマに身を包んだ東風谷早苗が、ぐっとのびをして眠気をとばす。
早苗の朝は早い。五時を過ぎるくらいに毎日起きている。
目を覚ました早苗は、眠気をとるために禊もかねて水を浴び汗を流す。
昨日は宴会でお酒を飲み、眠気が強い。それを水の冷たさでなんとか追い払う。
そして次に本殿で座禅を組んで、修行を一時間。これは幻想郷に来る前からやっていたこと。しかし霊夢に負けて、修行により身が入るようになった。自身の力に自信があったのに負けたことが悔しかったという理由もあるが、今後何かあったときのために力をつけておいたほうがいいと考えての修行だ。
今日は朝食当番なので、早めにきりあげ台所へと向かう。
これらはすべて室内で行われたので早苗はまだ異変に気付いていない。
気付いたのは境内の掃除をしようと外に出たとき。
「あれ?」
いつもならば社正面から眼下に見える森や湖が、同じ目線で見えた。なにか樹の種類も違う気がした。
見間違いかなと目を擦っても風景は変わらず、はじめに見たまま。回りを見てさらにおかしいとわかった。
「山じゃない?」
そう守矢神社が山から平地に移動していた。
早苗は箒を投げ捨て走る。今の時間ならば二人はまだ今でくつろいでいるはずだ。
「神奈子様! 諏訪子様!」
「どうした?」
「なにをそんなに慌ててるのさ」
「どうして神社を動かしたんですか!?」
神社の移動は幻想郷にくるとき一度していて、そこから今回も二人が動かしたと考えても不思議ではない。
しかし二人はその問いに不思議そうな顔をしている。
「神社を動かした?
諏訪子あんたそんなことしたのかい?」
「いやそんなことしてないよ。する意味もないし。
だいたい神社動かしたの何百年も前のことで、早苗が知ってるはずないんだけど?」
「数百年前って……私たち幻想郷にきたばかりじゃないですか!」
早苗の言葉に二人は怪訝な表情になる。
「早苗こそ何言ってるのさ。
私たちはここに四百年前にきたんだ、それからずっとここで暮らしてきた」
「変な夢見たんじゃないのか?」
「……夢ですか?」
「落ち着いてごらん。妙にリアルな夢を見て混乱しているだけなんだろ」
「そう……なんでしょうか」
落ち着くためもう一度座禅しますと言って本殿に向かう早苗を二人は見送った。
少なくともその様子から、神社が移動したことを二人は怪しんでもいないとわかる。
本殿で座禅を組み考え込む早苗は、やはり神社は移動しているとしか思えなかった。
昨日里から帰ってくるとき山を眺めながら飛んだ記憶がしっかりとある。その後の天狗や山に住む妖怪との宴会の記憶もある。
「よし!」
落ち着いて考えておかしいと判断した早苗は行動することにした。
動けばなにかわかるかもしれない、そう思ったのだ。
まだ居間にいた二人に出かけてきますと告げて早苗は山に向かって飛ぶ。
移動してみてわかったが、神社がある位置は霧の湖のそば。紅魔館があった場所だ。そこに元からあった紅魔館はない。
移動中、勝負を仕掛けてきた氷の妖精に勝ち、湖を越える。
山の麓に来てさあ登ろうかと思ったとき、風が吹き荒れ射命丸文が姿を現した。
「警告です。引き返すのなら怪我はさせません……って早苗さんじゃないですか。
山になにか用事ですか? もしかして八坂様からなにか言付けでも?」
「文さん。いえ言付けとかじゃないんですが……」
文の様子から自分がここにいるのはおかしいのだとわかった。
しかし早苗にとっては、この山が幻想郷で一番落ち着く場所。それは今もそう感じていて、やはりあそこに神社があるのはおかしいのだと確信した。
「それならばどうして山に入ろうと?」
「いえそれは……」
「それは?」
「えっと…………そう! 文さんに聞きたいことがあって、文さん新聞記者だから色々知ってるでしょう?」
ちょっと苦しいかなと思った早苗。文もちょっと不審だなと考えているが、気にしないことにした。
「聞きたいことって何ですか?」
「守矢神社っていつごろ幻想郷にきたんでしたっけ?」
「たしか四百年くらい前でしたよ。あのときはちょっとした騒動でしたねぇ。
八坂様と洩矢様が暴れて、新聞に書くねたに困りませんでしたから。最近はすっかり大人しくなられて、また暴れてくれませんかね~」
そしたらまた新聞を書くのにと言う文に早苗は表面上は笑みを浮かべて、心の中でどうなっているのだろうと考える。
聞きたいことはそれだけかと聞いてくる文に、ほかのことも聞こうかと思っていると、山から誰かが飛んできて二人のそばに降り立つ。
銀髪でメイド服を着た人は、早苗は一人しか知らない。
ただどうして山から来るのかわからない。
「十六夜さん?」
「貴方に自己紹介したことあったかしら?
そんなことはどうでもいいわね。
貴方にお嬢様から伝言よ。
『もう少しこの状況を楽しみたいから急がなくていいわ』だそうよ。
たしかに伝えたわ」
それだけ言って帰ろうとする咲夜の腕を掴んで早苗はとめる。
その言い方だとレミリアは今起きていることを知っているように思えたからだ。
ヒントになりそうな人を逃すつもりはなかった。
「どういうことなんですか?」
「どういうことって?」
「伝言のことです」
「意味がわからないわね。
伝言の意味なら私にはわからないわよ。私はただ貴方に伝えろと命じられただけ」
「……そうですか。
やっぱり山中にあるのは紅魔館ですか?」
「なにがやっぱりなのよ。
あなたも知ってるはずでしょ。幻想郷に来てお嬢様が起こした紅霧異変のことは、そこの天狗が記事にしたんだから。
その記事に紅魔館の所在も書かれてたわよ?」
早苗が腕を放したことで聞きたいことはないのだろうと判断した咲夜は、紅魔館へと帰っていく。
咲夜を追ってレミリアに直接事情を聞きたい早苗だが、文が通してくれないだろうと思い追うのは諦めた。
とりあえず早苗は山から離れることにした。
なにかネタを持っている早苗に、話しを聞きたそうにしている文に別れを告げて、向かう先は博麗神社。
その早苗のあとを追うことなく文は山に帰っていった。天狗が信仰する神様の巫女を記事にするのは不味いかもしれないと判断したからだ。えらく残念そうな雰囲気を漂わせてはいたが。
早苗が博麗神社に向かったのは、異変解決といえば霊夢だと思ったからだった。
霊夢ならは何か変化を感じとっているのではと、期待を胸に秘めて飛ぶ。
途中でおなかをすかせて襲い掛かってきたルーミアを撃退して博麗神社にたどり着く。
そこにいたのは霊夢ではなく、ごく最近知り合った永江衣玖。のんびりと境内を掃除している最中だ。
その手馴れた掃除の様子を見て、霊夢がいないかもしれないと不安が湧く。
「早苗? こんにちわ。何か用事ですか?」
早苗に気付いた衣玖が声をかける。
「こ、こんにちわ。霊夢いますか?
「いつものように縁側でお茶を飲んでますよ」
「そうですかぁ」
いたんだ、よかったぁと心底安心する早苗。
安心した早苗は衣玖がここにいることを珍しく思い、聞いてみる。
「永江さんはどうしてここに?」
「いつものように衣玖さんと呼ばないのですか?
それに私はここに住んでますから、いてもおかしくないでしょう?」
「え?」
ここは大丈夫だと思い込んでいたところに、また異変が起きていて戸惑う。
そのせいか思ったことをそのまま口に出してしまう。
「ここに住んでいるのは霊夢をのぞくと、萃香さんだけでしょ?」
「萃香さんっていうと天界にいる鬼のことですよね?
どうしてあの鬼が神社に住んでるだなんて思うんです?」
「そ、そうでしたっけ? 今日おかしな夢を見てそれで記憶がごっちゃになってて。
おかしなこと言ってすみません」
混乱しつつもどうにか話をあわせようと適当に言いつくろう。
それを衣玖は信じたようで、よほどリアルな夢だったんですねと微笑みを浮かべる。
掃除を続ける衣玖から離れて霊夢のところへ向かう。
「霊夢も異変に気付いているといいけど」
そうであってほしいと願い足早に向かう。
「霊夢!」
のんびりといつもどおりの雰囲気でお茶を飲む霊夢に、つい強い口調で呼びかける。
「なによ? そんなに切羽詰った様子でどうかしたの?」
「なにかおかしなことが起きていると思うんだけど、あなたは何か感じてない?」
「おかしなこと?
……なにも感じないわね。早苗の気のせいじゃないの?」
「ほんとに?」
「ほんとよ。何事も起きてなくて平和。
幽々子が何か企んでいるわけじゃなし、神奈子が遊びにきてもない、萃香がなにか異変を起こそうともしてない。
ほら平和な日でしょ?」
霊夢の言葉におかしな点があることはすぐに気付いた。
西行寺のお嬢様がなにかを企むということは滅多にないし、神奈子が宴会以外で博麗神社に遊びにくることもない。
霊夢も気付いていないとなると、自分が間違っているのかと早苗は思えてきた。
まだ眠っていて夢の中なのか、平行世界にでもきたのか、永遠亭の薬の実験台にでもなって記憶がおかしくなったのか。
そんなことを考えて思い出した。レミリアは自分と同じで気付いていたということを。
ほかにも気付いている人がいるかもしれない、そう考えた早苗はその誰かを探すため飛び立った。
「なんなのよ?」
霊夢はそんな早苗を呆然と見送るだけだ。
その霊夢の後ろに隙間が開いたことに気付いたものは、誰もいない。
早苗が次に向かったのは里。
里は動いておらず、いつもと同じようにそこあった。
博麗神社のこともあるので、見た目変わっていなくてもどこかしら変わっていそうなので、油断はできない。
早苗は稗田家に向かう。人の記憶が変わっているが、書物はどうなのかと思いついたからだ。
「急に来てすみません」
「かまいませんよ。稗田家の資料は誰にでも見ることができますから」
早苗を出迎えた家人に案内され、阿求と対面しここにきた理由を告げる。
それに阿求は嫌な顔せずに、にこやかに応じた。
「見たい資料はどんなものですか?
膨大な数がありますから、私が探して持ってきますよ」
「えっとそれじゃ、地図かどこに何があるか記された資料をお願いします」
「わかりました。少しお待ちください」
そう言って阿求は部屋を出ていく。
阿求が資料を探している間、早苗は出されたお茶とお茶菓子を飲み食いして待つ。
少しして、いくつかの資料を持った阿求が戻ってきた。
「こちらが地図と資料になります。
私は隣の部屋にいますから、見終わったら言ってください」
「ありがとうございます」
何も聞かずに去る阿求に礼を言い、資料を見始める。
まず始めに見たのは地図。
机に広げ、幻想郷全体が簡単に記された地図を、自分の記憶と照らし合わせながら見ていく。
「地図もかわってる」
阿求から渡された地図は、早苗の記憶とはいくつか違う部分があった。
守矢神社と紅魔館の位置が入れ替わっているのは、すでに知っている。さらに違うのは魔法の森に魔理沙とアリスの家がないこと。
次に見た資料も同じだった。魔法の森には誰も住んでいないと記されている。
もっと驚くこともわかった。
幻想郷の有名どころの主人がかわっていたのだ。
白玉楼主人は天人の比那名居天子。従者はかわらず魂魄妖夢。八雲家主人は、西行寺幽々子。式二人はかわらずそこにいる。香霖堂には店番兼商人見習いとして、霧雨魔理沙。天界には伊吹萃香。
それら以外には変化はなさそうだ。
「どうなってるの?」
おかしいとはわかるものの、なぜこんなことになったのかわからない。
ここで悩んでも仕方がないと思い早苗は再び動くことにした。
阿求に礼を言って稗田家を出る。
阿求は早苗が見ていたものを片付ける前に、ぱらぱらと流し読みをして気がついた。
地図や資料が新しいのだ。古く見えるように細工されてはいるものの、日頃から資料に触れている阿求には違いがわかった。
書き直したという記憶はない。それなのに新しいということに首を傾げ、元の場所に戻す。
疑問を抱えたまま阿求は幻想郷縁起編纂を開始する。
早苗は寺子屋に来ている。
変化したものばかり追うのではなく、変化の無い場所にもなにかあるかもしれないと考えた。
そして変化の無い場所で一番近いところが、上白沢慧音のいる寺子屋だった。
「珍しい客だな」
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「私で答えられることならば答えるよ」
「えっとですね」
そこで早苗は詰まる。どう聞けばいいだろうかと。
いままでのように率直に聞いても、また同じような反応が返ってくるだけだと簡単に推測できる。
「どうした?」
「えーと」
聞きたいけれど聞き方に迷い口ごもる。
その早苗を慧音は少し怪しみつつ不思議そうに見ている。
「どう言えばいいのか」
「聞きたいことを言葉にしてもらわないと、答えようがないのだがな」
「……今日、なにかおかしなことがおきてません?」
いい案が思いつかない早苗は、結局これまでと同じように聞いてみることにした。
「おかしなこと?」
慧音の表情が少しだけ驚いたというものになる。
それはすぐになんでもないという表情に戻ったが、早苗は見逃さなかった。
「何か知ってるんですか!?
昨日と今日で建物の位置が変わってたり、人の立ち位置が変わってて、私なにがなんだか!」
事情を知っていそうな人に出会い、心に溜め込んでいた不安や困惑が一気に湧き出る。
どうなっているのか教えてほしいと心を込めて頼むが、
「知っては……いる。でも言えない。
言えるとしたら明日には元通りということだ。
だからお前が動く必要はないんだ」
「私は動かなくてもいい?
意味がわかりません!」
「すまないな。これ以上は言えないんだ」
二人はじっと見つめあう。早苗はもっと聞きたそうにして、慧音は目に謝罪の色を浮かべて。
五分ばかり粘った早苗は、これ以上は本当に聞きだせそうにないと判断し、慧音に頭を下げて寺子屋を出て行った。
寺子屋を出たあとも早苗は幻想郷中を飛び回る。
明日には元に戻る、動かなくてもいいと言われても、本当にそうなのか保証は無い。それに抱えた不安は慧音の言葉では晴れてくれなかった。
もしかするとずっとおかしなままでいることになる。その違和感を抱えたまま過ごしていくのは嫌だった。それに神奈子や諏訪子や山の皆との思い出が偽りのままなのも嫌だった。
情報を求めて人に話しを聞いてまわる。
人々の反応は三種類に分かれた。何も気付いていない人、慧音と同じ反応を示した永琳、面白そうにヒントを出した幽々子と萃香の三種類。
木陰に腰を下ろして休憩しつつ、もらったヒントを踏まえて状況を整理してみる。
出されたヒントは、被害の有無と出会えていない人。
早苗は言われて気付いた。異変にしては被害がないことに。
異変と言っても建物と人が移動しただけ。話に聞いた紅霧で覆われ日が地に届かない、夜が明けないなどという実害は今のところない。
早苗は気付いていないが、被害はむしろでないようにされている。例えば彼岸周辺が動けば、必ず厄介ごとが起こる。動かせない人と場所を動かさず、動かせる人と場所のみが移動している。
会えていない人にも心当たりがある。それは八雲紫。早苗は幻想郷中の有名人に一通り会ってきた。その中で紫には出会えていないし、稗田家の資料でもその所在については知ることができなかった。
「八雲さんが今回の黒幕として、どこにいるかわからないと問いただすこともできない」
「探す必要はないわ」
行き詰った早苗の目の前に隙間が開き、そこから紫が現れる。
黒幕と考えていた人物のあっさりとした登場に早苗は驚く。
「まさかあなたが記憶を保ったままでいられるなんてね」
「出てきたということは説明してもらえるんですよね」
「ええ。霊夢が来るまでまだ時間はありそうだし」
「霊夢が来る?」
「今回の異変は偽物よ。
私と八意永琳と上白沢慧音の三人がかりで、霊夢のためにわざと起こしたもの」
それだけではなんのことだかさっぱりわからない早苗は、黙ったまま先を促す。
「一ヶ月ほど前に天人が起こした騒動のことは知ってる?」
「地震がどうとかですよね? 霊夢から聞きましたけど」
「それであってるわ。
その騒ぎの際に色々な人物が動いたのよ。私も含めてね。
萃香や幽々子が一番に気付いたのかしらね? それにひきかえ霊夢はわりと遅かった。動き出すのもね。
異変解決が仕事なのに迅速に動かないって考え物だと思わない?
解決しても被害が大きければ、解決した意味はあるのかしら?
今回は被害が出る前に解決できた。でも次はどうだと思う?
だから私は偽の異変を起こすことにしたの。幻想郷に被害が起こる可能性を減らすため、一ヶ月前のお仕置きを兼ねて霊夢を鍛えることを目的としてね。
異変を装いでもしないと、あの子を鍛えることなんてできないから」
早苗は気付く。慧音と永琳の謝罪に隠された意味を。
本来ならば気付かずに終っていた異変に巻き込み、無闇に不安を与えたことに対しての謝罪だったのだと。
「どうして私は気付いたのでしょうか?」
「原因は二つ。守矢神社に対して仕掛けた記憶操作が甘かったこと。これは宴会で八坂と洩矢の神が酔っ払ってて、強く仕掛けなくても大丈夫だと判断した私のミスね。
もう一つは、あなたの修行の成果。日頃の成果が出たのだから喜びなさいな」
「はあ」
そうは言われても複雑な思いだった。手加減されて、それを打ち破ったからと言って素直には喜べない。
「霊夢が異変に気付いていなかったのは?」
「仕掛けを破れなかったから。仕掛けと言ってもあなたにかけたものより強いわよ」
「異変を起こすのに一ヶ月かけたのは?」
「準備期間。下準備に時間がかかってね。
稗田家の偽資料を作ったり、八意永琳が幻想郷中にばらまく薬を作ったり、上白沢慧音が白沢化する時期に合わせる必要もあったし」
「動いていない場所があるのは?」
「里は人や建物がたくさんあって動かすのが大変なのよ。永遠亭は八意永琳が動かすのを嫌ったから。彼岸周辺は閻魔たちの業務に差し支えが出るでしょう? そのことで説教なんかされたくなかったの」
「永琳さんと慧音さんがよく協力しましたね?」
「八意永琳は希少な材料を渡して、大規模な薬品散布ができると言ったら協力してくれたわ。
上白沢慧音は、早く異変解決できるようになるとそれだけ里に被害がでないと言ったら協力してくれた。
八意永琳は薬品を使って、上白沢慧音は歴史をいじってもらい記憶を誤魔化してもらったの。さすがに私一人で幻想郷中に細工するのは骨が折れるから。
二人があなたに事情を話さなかったのは、あなたから霊夢に偽の異変だと伝わらないようにするため」
「アリスさんや魔理沙さんについては?」
「アリス・マーガトロイドは記憶を操作して一時的に帰郷してもらったのよ。魔理沙は異変解決に乗り出さないため、そして霊夢に協力しないように魔法が使えるということを忘れさせ香霖堂に移した。
二人の家は隠してあるわ」
「幽々子さんと萃香さんとレミリアさんが事情を知っていたのは?」
「幽々子には私が話したから。萃香は知らないわ。レミリアは運命を見て偶然知ったんでしょう。
他に聞きたいことは?」
一番聞きたいことがわかっているかのように紫は聞く。
早苗は不安の原因となっていることを言葉に出す。
「本当に明日になれば元に戻りますか?」
「ええ。異変は一日限り」
「神社は山に帰って、神奈子様と諏訪子様、山の皆さんたちと過ごせるようになれるんですね?」
「ええ、明日になればすべて元通り」
故郷がなくなるかもしれないという不安、思い出が戻ってこないかもという不安は、ようやく晴れた。
それは紫の言葉に嘘が感じられなかったから。
もしかすると紫が演技で嘘を隠し切ったかもしれない。だがそれを早苗は見抜けなかったので、ほっと胸をなでおろす。
これが霊夢ならば、紫が嘘をついていた場合、直感でうさんくさいと判断しただろう。
けれどこれは意味の無い問答だ。本当に紫の言葉に嘘はないのだから。
「そろそろ霊夢がくるわね」
紫の視線の先にこちらに向かってくる霊夢が見える。
早苗の目には小さな点にくらいしか見えないが、紫にはいつもの巫女服を煤けさせ飛んでいる姿が見えている。
これは慧音、永琳、幽々子、萃香、レミリア、文たちと弾幕勝負をしてきたからだ。
「これから霊夢と弾幕ごっこするんだけど見ていく?」
「いえ、帰ります」
「そう。お疲れ様」
きちんと労わりの感情が込められた言葉を背に、早苗は家族のもとへ帰る。
「やっとみつけたわよ! 異変の原因はあんたでしょ!」
「さあ、どうかしらね?」
「話す気はないって言うのね。いいわ、力づくで話させてやるんだから!」
「ふふ、できるかしら?」
離れる早苗の耳にこんな会話が聞こえてくる。
だけどそこは霊夢が主役の舞台で、早苗の出番はない。
作られた舞台のタネがわかっている演目を見る気にもなれず、早苗は一度も振り向かずに守矢神社へと飛んでいった。
しかも天子との対戦で後先考えずに要石の件を軽く了承しちゃうし
挙げ句、再建されている途中の神社をすぐそばで見てたのに仕込みに気付いてなかったですから、お仕置きもやむなしなのかな
対戦モードのゆかりんの共通セリフが全てを物語ってたのかもしれませんね
それはそれとして、流石に修行してたとはいえ早苗さんが大丈夫で二柱の記憶操作は出来たっていうのは唸ってしまいました
むしろ二柱も協力者で、早苗や天狗たちへの記憶操作との辻褄合わせのため、かかったフリをしてただけってほうが良かった気がしました
記憶操作に関しては、酔った二柱<<<酔ってなくて修行もしてた早苗 で問題ないと思いますよ~。「手加減されて、それを打ち破ったからと言って」と明記されていますし。
難しいんですよね、この手の偽セカイ系とでもいう作風。世界が変化してるから何かおおごとになってるんじゃないかと見せかけておいて、実は大したこと無かったですよ、というやつ。下手を打つと「別にそこまでせんでも」と思いかねないんですよ。
その点、この作品はきちんと筋が通っていて良かったと思いました。
でも座禅って神道では使わなくないかな? 元々は仏道の修行では……いや、ミシャグジ様についてはあまり知らないから細かいところはわかりませんが。