乾いた音が白玉楼に響いた。平手の主が幽々子で、受け手は紫。与えたのは死でなく、痛み。
「……痛かった?」
「ええ、とても」
交じり合うのは友にしか見せられぬ笑み。真意を掴ませない薄い笑みではない。泣き顔混じりの笑み。
「用は、それだけ」
「そう、じゃあまたね」
紫はスキマを開き、しずやかにその中へ消えていく。
† † † † †
一部始終を見ていた式は主に声をかけようとする。制したのは紫の手。その影で見えない主の顔。
「私は、最低の友よね」
主の声に沈黙で答える藍。もはや頭を上げることもできない。主の涙は見てはいけないものだ。
「そうでしょう? 友の無上の願いを壊したのよ? あの子にはもう、永遠の死と生しかない」
藍は己の唇をしっかと噛んでいた。そうでなければ主の悲しみに飲まれるから。血の味がする。
「答えなさい、藍。私は最低の友よね?」
「憚りながらお答えします。私には友と呼べる存在がおりません。ですからその問いにお答えするのは不可能です」
「……これだから式というのは……」
愚かしい、その声はついに出なかった。続く藍の答えで。
「ですが、ご主人様は偉大なる妖怪でございます。妖怪はその心こそに従うもの。であるとするならば、ご主人様はご主人様としてなんら間違った決断をされてはいません」
「友の願いを踏みにじっても?」
「ご主人様はご友人を喪いたくなかったのでしょう?」
「その結果が友に永遠の苦痛を味合わせることになっても?」
「それはまだ確定事項ではありません」
「藍、私はどうしたらいいの?」
「……今は、ただただ泣けばいいと思いますよ」
紫は藍の懐に顔を預けた。優しい式はその頭をそっとかき抱く。紫は藍の言葉どおりわんわんと泣いた。
この頬の痛みが消えることは、きっと、ない。
† † † † †
「手が、痛い」
「あんなに力いっぱい叩きましたからそれは……」
朴訥な庭師は主の言葉をそのまま受け取ってしまう。
「手が、痛いの。妖夢」
「ゆ……。……申し訳ありません。今すぐ氷をお持ちいたします」
見てしまった。主が今まで見せたことのない笑みを。涙でぐしゃぐしゃになったいつものようにあろうとする幽々子の笑みを。
妖夢は駆ける。永遠に見つからない氷、心の痛みを抑える氷など無いことは彼女でも解っている。駆けながら泣いていた、優しい主の名を呼んで。
幽々子は紫を打った手を眺める。真っ白な肌、痛みの赤が歪んだ視界になおさら鮮やかに見える。
友は何より自分に存在してほしかった。最大の友情が最大の願いを押し潰すことが解っていても、あえてその道を選んでくれた。その顔を、強く打った。
この手の痛みは、もう消えそうに、ない。
† † † † †
西行の桜はもう二度と満開にはならないだろう。
境界の大妖怪と亡者の姫君はお互いの大事な何かを無くしたと思っている。
いつかは気付くだろう。だから今は泣くがいい。
二人が永遠の絆を繋ぐ、優しい痛みを得たことを知るまでは。
「……痛かった?」
「ええ、とても」
交じり合うのは友にしか見せられぬ笑み。真意を掴ませない薄い笑みではない。泣き顔混じりの笑み。
「用は、それだけ」
「そう、じゃあまたね」
紫はスキマを開き、しずやかにその中へ消えていく。
† † † † †
一部始終を見ていた式は主に声をかけようとする。制したのは紫の手。その影で見えない主の顔。
「私は、最低の友よね」
主の声に沈黙で答える藍。もはや頭を上げることもできない。主の涙は見てはいけないものだ。
「そうでしょう? 友の無上の願いを壊したのよ? あの子にはもう、永遠の死と生しかない」
藍は己の唇をしっかと噛んでいた。そうでなければ主の悲しみに飲まれるから。血の味がする。
「答えなさい、藍。私は最低の友よね?」
「憚りながらお答えします。私には友と呼べる存在がおりません。ですからその問いにお答えするのは不可能です」
「……これだから式というのは……」
愚かしい、その声はついに出なかった。続く藍の答えで。
「ですが、ご主人様は偉大なる妖怪でございます。妖怪はその心こそに従うもの。であるとするならば、ご主人様はご主人様としてなんら間違った決断をされてはいません」
「友の願いを踏みにじっても?」
「ご主人様はご友人を喪いたくなかったのでしょう?」
「その結果が友に永遠の苦痛を味合わせることになっても?」
「それはまだ確定事項ではありません」
「藍、私はどうしたらいいの?」
「……今は、ただただ泣けばいいと思いますよ」
紫は藍の懐に顔を預けた。優しい式はその頭をそっとかき抱く。紫は藍の言葉どおりわんわんと泣いた。
この頬の痛みが消えることは、きっと、ない。
† † † † †
「手が、痛い」
「あんなに力いっぱい叩きましたからそれは……」
朴訥な庭師は主の言葉をそのまま受け取ってしまう。
「手が、痛いの。妖夢」
「ゆ……。……申し訳ありません。今すぐ氷をお持ちいたします」
見てしまった。主が今まで見せたことのない笑みを。涙でぐしゃぐしゃになったいつものようにあろうとする幽々子の笑みを。
妖夢は駆ける。永遠に見つからない氷、心の痛みを抑える氷など無いことは彼女でも解っている。駆けながら泣いていた、優しい主の名を呼んで。
幽々子は紫を打った手を眺める。真っ白な肌、痛みの赤が歪んだ視界になおさら鮮やかに見える。
友は何より自分に存在してほしかった。最大の友情が最大の願いを押し潰すことが解っていても、あえてその道を選んでくれた。その顔を、強く打った。
この手の痛みは、もう消えそうに、ない。
† † † † †
西行の桜はもう二度と満開にはならないだろう。
境界の大妖怪と亡者の姫君はお互いの大事な何かを無くしたと思っている。
いつかは気付くだろう。だから今は泣くがいい。
二人が永遠の絆を繋ぐ、優しい痛みを得たことを知るまでは。
そんなふうには感じられなかったけど
これ好きな話です。俺には書けない
こんなお話自分は好きです。
どこに不備があるのでしょうか?
こんな感じのお話好きですよ
作者さんの名前はよく見かけますね
次も期待
だからどうか続きを書いてくださいお願いします
本当にお願いします。いやマジで。この場面をテーマにした作品をほとんど見たことが無いのです。
だがそれがいい