※ ※ ※
「うふふっ、やったわ!」
小高い丘の上で、厄神の鍵山 雛は、腰の手を当てて、にっこりと微笑んでいた。
「とうとうやったのね……」
感慨深く、丘から見える人間の里を見下ろす。
今、私がいる丘を見た人はビックリするでしょうね。
だって、今日の私の体の周りには、いつもより多く厄が漂っているんですもの。
そう、この厄は……
目の前に見える人間の里はおろか、幻想郷のすべての厄なんですもの。
今、幻想郷に厄と呼べるものは、私の体の周りに漂っている物だけよ。
あとは、どこに行っても、厄はないの。
つまり、今幻想郷にいるすべての人間や妖怪、神様達は、誰一人として不幸な人はいないのよ。
丘の上で、腰に手を当てたまま、私は思い浮かべたわ。
誰一人として、泣いたり、悲しんだりする顔をみない世界。
そして、全員が笑顔で過ごしている世界。
ああ、これこそ私が望んでいた理想の世界よ。
手を組み、目を瞑り、天を見上げて祈る。
さて、じゃあ今からこの厄を山の上にいる神様達に届けないと!
私は上機嫌で、妖怪の山の山頂へと向かっていったの。
※ ※ ※
「うわっ、雛ちゃん! 今日はすごい厄があるね~」
「あ、にとり!! えへへ、これはね……、幻想郷にあった厄全部なんだよ~」
「だからかぁ~、いつもより多くってビックリしたよ」
「うん、だから今から山の上の神様達に届けてくるの。 帰ってきたら遊びましょ!」
「うん、わかった! じゃあ気をつけてね!」
「じゃあね、にとり!」
樹海を抜けた先にある滝の近くで河童の河城 にとりに会ったの。
いつも、ここで良く会うのよ。
いつも通りの挨拶だけど、友人の少ない私にとっては、大切なお友達。
私の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振って見送ってくれているわ。
私も、にとりの姿が見えなくなる寸前の所で、一度立ち止まり、にとりに手を振る。
「さて、じゃあ行きますか」
そして、私は山を登る。
※ ※ ※
何かおかしいの。
え? 何がおかしいのって?
それはね、いつも厄を持っていく山の神様のいる神殿での事なの。
いつも私が厄を渡す神様がいるんだけど、今日に限って、何か悲しそうな顔をしているの。
それもね、私が「はい、今日の厄は幻想郷にあったすべての厄です」って言ってから、顔色が変わったの。
良い事じゃないの?
だって、幻想郷にいる命ある者すべてが、幸せに暮らせるのよ?
厄なんて、有ってもいらない物なんでしょ?
そのいらない物がここにすべて有るのよ。
それなのに、なんで悲しそうな顔をするのよ……、分からないわ。
けど、それは私の何か思い過ごしなのかもしれないわね。
だって、今日から幻想郷のすべての人達は不幸にならずに笑顔で過ごせるんだもの。
うん、きっと私の思い過ごしよ。
それじゃ、私の体の周りにあるすべての厄をお渡しいたします。
キチンと管理して、少しでも厄が漏れて人間の里に行かない様にお願いいたしますね。
そして、私はすべての厄を、その神様に渡して山を降りたの。
※ ※ ※
【翌日】
よく寝たわ。
昨日は良い事をしたから、目覚めがいいわ。
さてと、じゃあ着替えてから今日も厄を集めに……
あ、そうか!
もう幻想郷に厄はないから、集めに行かなくってもいいんだわ。
だったら、厄が無くなって笑顔が溢れている里を見に行かなくっちゃ!!
そう思い、朝食を食べて着替えてから、いつも厄を集めにいく時間と同じ時間に家を出る。
森を抜ける途中にある池に寄り、そこに集まっている人の厄を取ろうと……
『あ、そうか! もうここに来る人達にも、厄はないんだっけ』
手を伸ばして、厄を取ろうとして、フッとその事を思い出し、その手を引っ込める。
『うふふっ、今日も明日も……それ以降も、毎日が良い一日になるわよ』
池の近くにある大きな大木の裏で、池に来ていた人が帰るのを見送りながら、私はにっこりと微笑んでいた。
「さてと……、そろそろ池に来ていた人達も帰ったかしら?」
池を見ると、もう誰もいない。
「それじゃあ、里の方へ行って見ますか!」
私は、ニッコリと微笑みながら、森を抜けて人間の里の近くへ向かって行ったわ。
※ ※ ※
人間の里から、ちょっとだけ離れた所にある小高い丘の上。
ここからなら、人間の里の中はちょっとだけど、中の様子が見えるの。
私は目を凝らして、その里の中の様子を見てみたの。
元気良く走り回っている子供達がいるわ。
まだ、上手に走れない年齢の子供もいたけど、私が見ている限り、一度も躓いて転ぶ事もなかったし、
怪我をする様子もなかったわ。
他の子供達も同様で、危ないと思う様な事が一度も無くって、見ていてすごい安心したの。
やっぱり、厄が無いって言うのは、いいわね。
もし、厄が少しでもあったら、あそこにいた子供達の中の何人かは、転んでひざを擦り剥いたり、
ちょっとしたイザコザで喧嘩になってしまったかもしれないわ。
やっぱり、厄がないっていうのは、いい事なのよ。
私は、その子供達の遊んでいる光景を笑顔で見守っていたの。
そして、ちょっとだけ目線をずらしてみる。
今度は里の中の大通り。
たくさんの人が往来する中でも、誰一人としてぶつかる事も無く、往来しているわ。
急ぎの飛脚みたいな人が、すごい早さで走っていったけど、それでも誰一人としてぶつかる事もなく、
まるで何事も無かったかの様に、たくさんの人が往来しているわ。
これも、私が厄をすべて取ったおかげね。
ああ、私は本当に良い事をしたのね。
そう思いながら、私は自分の家に戻って行ったの。
※ ※ ※
それから数日。
厄といえば、神様達のいる山の上から、ちょっとずつ漏れてきている厄があるくらいね。
まったく! あれほどキチンと管理してくださいって言ったのに!!
このまま放っておいたら、また厄が人間の里に行ってしまうわ!
折角、里の人間達が笑顔で過ごしているのに、厄が行ったらまた悲しんでしまう人間が増えてしまうわ!
そう思い、私は自分の家の周りで、山の上から漏れて流れてくる厄を集め回ったの。
数日前まで、私の体の周りには一切厄がなかったのに、このせいで、また私の体の周りに厄が漂い始めたわ。
私は、ちょっと不機嫌な顔をしながら、妖怪の山を登って行ったの。
厄を返すのはもちろん、折角私が全部集めて、人間達が笑顔で過ごしている里に厄が行かない様に、
再度注意をしにね。
「ここから漏れた厄をお返しに来ました!」
いつも厄を渡す神様に、ちょっと不機嫌そうに言いながら私は自分の体の周りに漂っている厄をその神様に渡したの。
……え? なんでまた悲しそうな顔をするのよ?……
ねぇ? なんで?
私は良い事をしているんでしょう?
それなのに、何で私をそんなに悲しそうな顔で見るのよ?
なんで人間の幸せを願って頑張った私にそんな顔を見せるのよ?
理由を聞こうとしても、その神様は私から厄を受け取ったら、逃げる様に奥に隠れてしまったわ。
……私、何か間違った事しているの?……
私は、複雑な気持ちで山を降りて行ったわ。
※ ※ ※
さらに数日後。
もっぱら、私の仕事は、妖怪の山の山頂から漏れて流れてくる厄を集めること。
何か日に日に、その漏れて流れてくる厄の量が多くなってきているのは気のせいかしら?
私は、少しでも厄が人間の里に行かない様にと、一生懸命に漏れて流れてくる厄を集め回ったわ。
集め終わったら、すぐに妖怪の山の山頂に向かって、集めた厄を返すの。
まったく、どんな管理をしているのよ!
あの漏れて流れ出た厄が少しでも人間の里に行ってしまったら、悲しむ人間が増えてしまうのよ!
私は自分の体の周りを漂っている厄を睨み付けながら、山頂を目指す。
「こんな物があるから、人間が悲しむんじゃない!」
まるで汚い物を見るかの様な目で厄を睨み付け、罵声を浴びせる。
「はい、本当にキチンと管理してください! 少しでも人間の里に行ってしまったら、大変な事になるんですよ!!」
山頂に着いた私は、いつも厄を渡す神様に、強い口調で注意したの。
だってそうじゃない?
いくら偉い神様でも、人間を不幸にするって分かっている物を無造作に垂れ流すなんて、許せないもの。
それに、その厄は私が一生懸命、人間の幸せを願って集めたものよ。
今、幻想郷には厄が存在していないのよ。
つまり、私が理想として追い求めていた世界なのよ。
すべての人達が笑顔で過ごしている世界よ。
神様達だって、それは理想の世界のひとつなんでしょう?
だったら、キチンとその厄を管理して、絶対に漏らさない様にしてください!
私は、不機嫌な気持ちのまま、山を降りて行ったの。
※ ※ ※
さらに数日後。
朝に目覚めると、何か体が重いの。
何か調子でも悪いのかしら?
最近、山の上から漏れて流れてくる厄が前よりも増えたから、ちょっと頑張りすぎたのかな?
「よいしょっと」
掛け声を出してから、布団から起き上がる。
起き上がっても少し休まないと、立ち上がれないわ。
息使いも荒いわ。
どこか調子が悪いんだわ。きっとそうよ。
やっとの事で立ち上がり、いつもより時間が掛かってしまったけど、なんとか着替えてから、家の外に出たの。
「……また厄が漏れているのね……」
家の周りの樹海の地面の所に、薄っすらと黒い塊がゆっくりと森の外に向けて移動しているのが見えたわ。
調子が悪いのは分かっているけど、ここで休んだら折角平和に暮らしている人間の里にまた厄が行ってしまうわ。
私が望んでいた「みんなが笑顔で過ごしている世界」が、崩れてしまうわ!
そう思い、調子が悪いのを分かっていながら、厄を集め回ったわ。
ちょっと無理をしたけど、人間の里には厄はまったく行っていないわ。
よかったわ。
フゥ、今日は疲れたわ。
それに体も重いし……
今日は早めに休んで、明日この厄を山の上に戻しに行きましょう。
【次の日】
昨日にも増して体が重たいわ……
何か病気なの?
けど、厄を集めないと……
本当は立っているのもやっとの事だっていうのは、自分でも分かっているわ。
厄を集めるのに、自分の力を使うのだって、体力を消耗しているって事も分かっているわ。
でも、人間を守る為には、私がここで山から漏れて流れてくる厄を食い止めないといけないの!
私は地面に落ちているちょうどいい大きさの木の枝を杖の代わりにしながら、歩き回り厄を集め回ったわ。
かなり時間が掛かったけど、今日もなんとか流れ出てきていた厄をすべて集められたわ。
「よかった」って、安堵したけど、明日はどうなるかは分からないわ。
今日も早めに休みましょう。
そうよ、明日にはきっと回復しているわ。
【その次の日】
朝、目覚めてからやっとの事で、起き上がり、鏡を見てみたの。
鏡に映った自分を見て、ビックリしたわ。
何よ、鏡に映っているのは一体誰よ?
私はあんなにやせ細っていないわ。
それに、目の下のドス黒い隈は一体何よ。
それに生気の無い目……
私は一体何の病気なの?
まるで別人の様になった鏡に映った自分の顔を見ながら思ったわ。
「今日は休もうかしら?」って。
けど、私が休んだら一体誰が厄を集めるっていうの?
ダメよ、休めないわ。
もう、意地なのかもしれないわ。
けど、やっぱり人間の里に厄が行ってしまうのは、許せないわ。
一歩を歩みだすのも大変な位に体力が落ちていたけど、杖をなんとか上手く使って、厄を集めに出かけたわ。
先日から、山の方に厄を返していないから、今日は漏れて流れてくる厄は少なかったわ。
そうだわ!
こうやって、厄を私が確保してしまえば、山から漏れて流れ出てくる事はないわ!
そう思い、私はなんとか厄を集め回ったの。
少しの段差を超えるのにも、息が上がってしまう程に体力が落ちていたけど、
人間の里に厄を行かせない! という強い意志のお陰で、なんとか今日も無事に流れ出てきたすべての厄を集め終わったわ。
「そうよ、こうやって私が厄を確保してしまえば、山の上に預けた厄は底を付くわ」
その考えは当たっていたわ。
その日以降、山の上から流れ出てくる厄は少なくなっていったの。
「ほら、予想通りね」
私は、杖に体重を預けながら、ゆっくりと歩き、今日も山頂から流れ出てきた厄を集め回ったわ。
そんな日が数日続いたの。
……そして……
私の体の周りには、今までに自分ですら見たことがない位に厄が漂っていたわ。
家の中は、おかげで真っ暗よ。
私は、目が覚めて起き上がる。
今が朝なのか、夜なのか? それすらこの厄のせいでまったく分からないわ。
けど、目覚めたって事は、朝なのでしょうね?
私は布団から起き上がる……! 起き上がれないわ。
ひじを付いて、なんとか上半身だけでも起き上がる。
これだけでも息が上がるわ。
荒い呼吸を整えて、足を布団の外に出して、枕元にあった杖を使って立ち上がろうとしたの。
「痛い!」
杖を持つ手に力が入らなくって、滑ってしまって、転んでしまったの。
そうして、何度が挑戦してやっと立ち上がれたわ。
もう、すでに汗だくになっていたわ。
そして何とか着替えて、杖を使って家の外に出て、森の中を見てみたの。
「……厄が……ないわ……」
そうよ、もう山の上から漏れてきた厄が微塵もないの。
「山の上の預けた厄が尽きたんだわ」
私は喜んだわ。
これで、この先ずっと人間達は不幸になることなく笑顔で過ごしていられるわ!!
やっと、自分が追い求めていた世界になったのね……
私は安堵したわ。
もう、これで厄と呼ばれる物は、今の私の体の周りにある物以外は存在しないわ。
人間の幸せを守る為に、絶対にこの厄は誰にも渡さない!
例え、神様だろうと、なんだろうと、絶対に!
そう強く思い、私は悲鳴を上げている体を休める為に家に帰ったわ。
※ ※ ※
妖怪の樹海と呼ばれた薄暗い森の中。
その中にある、小さな池。
以前まで、そこの池には厄神様がいらっしゃり、参拝する人間の厄を取ってくださっていた。
が、人間の里……、いや、幻想郷自体から、「厄」と呼ばれる物が無くなって以来、
厄神様を信仰する人間が減ってきていた。
それもそのはず。
「厄が存在しないのだから」
以前まで、毎日池に参拝していた人間も、厄が無くなってから段々と少なくなり、
日を追うごとに、その人数が減っていった。
熱心に参拝していた人も、次第にご利益という物がなくなってきているという事に気が付き始める。
理由は簡単。
「厄がなくなったので、どんな事をしても絶対に不幸にならない事がわかったから」
そうなると、人間というものは都合良く解釈をする。
「だったら、参拝しても意味がないのでは?」
そして、数日後。
その池に参拝する人間が途絶えた。
しかし、人間の誰一人として、その時厄神様が山から漏れて流れ出てきている厄を人間の里に行かせない様に、
もうあまり動かない体を使って食い止めていたのを知る人はいない。
その後。
池の周りにあった里の人間がつけていった注連縄は途中で切れて、だらしなく垂れ下がり、
里の人が作った木で出来た小さな祠は、朽ちて原型を留めていなかった。
その時、人間の誰一人として、厄神様がすべての厄を自分の身に纏い、病床に伏せていたのを知る人はいない。
……そして……
※ ※ ※
布団の中で、私は目覚める。
もう、起き上がる力も残っていないわ。
けど、いいの。
幻想郷のすべての厄はここにある。
だから、誰一人として不幸になる人はいないの。
私が不幸になることで、みんなが幸せになるのなら、それは本望よ。
そう思うと、涙が溢れてくる。
その涙を拭こうとして手を顔に近づけた時にある事に気が付いたの。
「手が……、透けているわ……」
そう、自分の手が薄っすらと透けていて、その透けた手の先の天井が見えているの。
「まさか!」
私は動かない体をなんとか動かしたわ。
首をなんとか持ち上げて、自分の足の先を見てみたの。
力のない足をなんとか持ち上げてみたの。
「……足の指が……もう消えている……」
そう、もう足の親指は見えなくなっていたわ。
かろうじて、小指の付け根位は見えていたわ。
なんとか、足の指を動かしてみようと足に力を入れてみたの。
けど、麻痺しているかのように、まったく動かないし、足の先が有るって感覚がないの。
私は考えたの。
なんで神様である私が消えていくのって?
おかしいじゃない?
人間の為に一生懸命に厄を集めて、そしてすべての厄を集めたのよ。
その結果、今この幻想郷の中には、不幸と厄と言う物が存在しないのよ。
そこまで考えて、私はハッとしたわ。
そうよ。
厄がないって事は、私を信仰しなくってもいい訳じゃない!
と言うことは、私が今こうやって消えていっているのは、私への信仰が無くなったから?
そういえば昔、洩矢 諏訪子や、八坂 神奈子も言っていたわね。
あっちの世界で信仰が減ってきたから、幻想郷にやって来たって……
……そっか……
……な~んだ……
つまり、幻想郷から厄が無くなった時点で、私は用済みって事ね。
だから、私への信仰がなくなって、今こうやって私は消えていっている訳ね。
じゃあ、何?
私は一生懸命頑張って厄を集めて、自分自身の存在を消そうと頑張っていたって訳?
何よ、それ……おかしいわ。
気が付いた所で、もう遅いわ。
もう私の体は段々と消えかかってきているわ。
さっきまで見えていた足の先も、もう消えていっているし、
透けてきていた手も指先はもう見えていないわ。
もう私が消えるのも、時間の問題ね。
……けど……
けど、最後にひとつだけお願い。
最期の私のわがままを叶えてくれるかしら?
それはね。
「私の体の周りにあるこの厄は、私が消えても永遠にこの場所に留まって」って事なの。
自分が消える事になってしまったけど、自分が追い求めていた理想の世界を壊したくないの。
私が消えて居なくなっても、不幸で人間が悲しんだり、泣いたりして欲しくはないの。
ねぇ? お願い、聞いてもらえるかしら?
※ ※ ※
【天狗の集配所】
「さてと、今日も新聞の配達おしまい!!」
と、射命丸 文は、新聞が入っていたかばんを机の上に置く。
そのかばんの中から、1部だけ新聞が顔を覗かせていた。
「あややっ! 1部残ってた!! どこか配り忘れたかしら?」
と、配達チェック表を確認するが、配り忘れていた所は見当たらなかった。
「まあ、1部位は間違えるでしょ!」
……配達チェック表の秋姉妹と河城 にとりの間に、空白が出来ている事に、射命丸は気が付かなかった……
【妖怪の森】
「おーい、にとり~!!」
箒に乗って飛んできた霧雨 魔理沙が河城 にとりを探していた。
「こっちだよ~!!」
滝の脇から、にとりが魔理沙に向かって手を振る。
「おお、そこに居たのか! 分からなかったぜ!」
そう言い、魔理沙はにとりの近くに降り立った。
「今晩、博麗神社で宴会があるんだぜ、暇だったら来なよ」
「うん、分かった! 後で行くよ」
「おお、じゃあ待っているぜ! じゃ次は椛の所に行って来るぜ!」
「うん、じゃまた後でね~!!」
箒に乗って、犬走 椛の所へ向かって行った魔理沙を見送ったにとりは、宴会へ行く準備を始める。
「さてと、じゃあまずは、樹海の中に寄って……、ってあれ? なんで樹海の中に行くんだ? あそこには何もないじゃないか!」
何か、大切な物を忘れている……、そんな思いがにとりの頭の中にあったけど、どうしても思い出せない。
「う~ん、なんだっけ? 何か大切な事を忘れている様な……」
腕を組み、必死に思い出そうとするが、どうしても思い出せない。
何か喉元まで来ている。
けど、それが何か分からない。
「なんだっけ? なんだっけ?」
何かモヤモヤした気分に襲われ、気持ちが悪くなる。
フッと見上げた空を見て、沈む夕日を見て宴会の始まる時間が近づいてきている事を思い出す。
「あ、遅れちゃう! ……まあ、いいっか、もしかしたら宴会場で思い出すかもしれないし」
そう思い、にとりは一人で博麗神社へ向けて出発した。
【博麗神社】
「今日もたくさんいるなぁ!」
揃いに揃った妖怪や神様達を見て魔理沙が声をあげる。
「はいはい、適当に座って勝手に始めてて」
と、愛想ない返事をしながら、霊夢はお酒を持ってきたり、おつまみを持ってきたりと忙しく動いていた。
「なあ、霊夢」
宴会場を見渡して、魔理沙が霊夢に声をかけた。
「なによ」
「誰かいないと思わないか?」
「ん~、別に?」
「いや、気のせいならいいんだが……、いや、なんか宴会場からいつも離れて飲んでいた奴が居た様な気が……」
「そういえば、そうね…… でも思い出せないわ。 思い違いかもしれないし」
「そうか…… ならいいんだけどな」
【妖怪の樹海】
薄暗い森の中。
その中のとある一角。
薄暗い中で、さらに暗く……まるでそこに闇が集まっている様な空間があった。
その闇は、まるで意思を持っているかの様に、その場に漂っている。
雨が降ろうが、強風に吹かれようが、その闇はそこを動くことはなかった。
その闇の中に、廃墟がある。
まだ、その主がいなくなって時間はあまり経っていないが、その闇の影響なのか?
その廃墟は数百年経ったかのようにボロボロに朽ちている。
床板は腐り、穴が開き、その穴の中から樹木が伸びてきている。
リビングと思われる所は、家具がすべて朽ちて、中のお皿やコップなどの食器は、
すべて床に落ちて割れていて、所々風化している。
そして、寝室と思われし場所。
1人用のベッドがあったと思われるが、支えていた足は折れてだらしなく床に傾いている。
そして、そのベッドに掛けてあった布団は、布の部分が擦り切れ、中の綿が吹き出ている。
枕元に掛けてあった、その主と思われる誰かの服はハンガーに掛けられたまま、ボロボロに朽ちて、
原型を留めてはいなかった。
家の中のすべてが朽ちていて、今にも崩れ落ちそうな状態だった。
が、ひとつだけ。
たったひとつだけ、その姿を保っていたものがあった。
それは、その布団の中にあった。
掛け布団と敷き布団の間に……
今まで、まるで誰かが寝ていたと思われる状態のままの寝巻きが、そのままの形で残されていた。
……まるで、その主が、そのままの姿でそこから消えた様な形で……
※ ※ ※
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫と共に、私は飛び起きた。
ハァ……ハァ……
寝汗で寝巻きがグッショリと濡れているわ。
背中に汗で寝巻きがペタッと張り付いているわ。
私はガタガタと震えていたの。
手が指が……唇が……全身が……
「……夢……夢よね?」
私は家の中を見渡した。
そこには、いつも見慣れた家具やハンガーに掛けられた愛用の服が見える。
「……よかった……」
ホッと一息ついて、カラカラの喉を潤す為に台所へ向かう。
コップに水を入れようとしたけど、まだ手が震えていて、上手く水が汲めないし、
水をコップに入れた後も、唇も震えているから、コップと歯があたってガチガチと音を立てているわ。
そして、目を覚ます為に顔を洗おうとしたの。
手が震えていて、上手く洗えなかったわ。
けど、冷たい水の感触で、少しずつ夢の恐怖から覚めていく様な気がしたわ。
朝食は食べようと思わなかったわ。
そんな気分じゃないわ。
だから、早めに服を着替えて、厄を集めに行こうとしたの。
少しでも、さっきの悪夢を忘れる為に……
家を出てすぐの池に向かおうと思ったの。
けど……
もし、あの夢の中の様に、本当に人間がまったく参拝に来なかったら……
そう思うと、また体が震えだしてくるわ。
私はそう思った瞬間に、池に行くのが怖くなったの。
「正夢だったら、どうしよう」
そう思うと、池に向かう一歩一歩が重たく感じるわ。
うん、そうよ。
今日は日が悪いわ。
池の方は明日行きましょう。
そう思って、私は池から離れていったの。
そして、森の外へ。
夢の中でみた、あの池の寂れ具合を思い返すと、また体が震えだすわ。
それを忘れる為に、人間の里の方へ歩いていったの。
けど、里に近づくにつれて、また夢の中の事を思い出してしまったの。
「もし、今取る厄が幻想郷の最後の厄だったら……」
夢の中だったら、それで幻想郷から厄がなくなって、私への信仰が無くなって行って、私が消滅したのよね……
そう考えると、厄を取ろうとして伸ばした手が震えてくるわ。
ごめんなさい……、今日は厄は取れないわ……
私は震えの止まらない腕を力なくさげ、人間の里を後にしたの。
その後も、農業に精を出している農家の方を見つけて厄を取ろうとしても、
行商に出かけようとしている商人の一行を見かけて厄を取ろうとしても、
さっきの事を思い出してしまって、腕が震えて厄を取れないでいたの。
「もしかしたら、正夢なのかもしれない」っていう恐怖が私の心を支配していたの。
そうして、厄を取れないまま、午後になったわ。
ただ、ボーッといつもの道順を歩いていた私は、いつもの小川の所に来ていたわ。
そして、小川の上に掛かる橋を渡っていた時だったの。
「あ、厄神様だ!!」
「本当だ!!」
その声に気が付いて、声のした方向を見ると、あの寺子屋の子供達が小川で遊んでいる姿が見えたの。
そして、川で捕った魚を私に見せようと、私の元に川原を子供達が桶を持って走ってきたの。
「あ、危ない!」
私は咄嗟に腕を伸ばし、私の元に駆け寄ってこようとしていた子供達から、厄を吸い取る。
その瞬間、数人の子供が川原にある大きめの石に躓いたの。
普通だったら、転倒して怪我をしていたわ。
けど、私が厄を取ったおかげで、転倒しなかったの。
子供達は私の元に無事に来れたわ。
「厄神様、ありがとう」
私が厄を取った事で転ばなかった子供が笑顔で私にお礼を言ってくれたわ。
その帰り道に私は思ったの。
私は、あの笑顔の為に厄を取っているの。
もし、夢の中の様に本当に厄が無くなって私が消えてしまう様な事になっても、
それは、私の「人間が幸せに過ごせますように」という願いが叶った証拠。
だって、本来、厄なんて不必要な物よ。
けど、生きていく限りそれは常に付きまとう物。
私は、厄を取る事で、人間をちょっぴり幸せにするだけのことよ。
本当は、私なんて必要ないのかもしれないわ。
けど、私は存在している。
それは、私を必要としてくれる人がどこかにいる証拠よ。
※ ※ ※
さて、また明日から、ちゃんと厄を集めますか!
もう、あんな悪夢は見たくないわよ。
信仰する必要が無ければ、信仰しなくなる。有り得そうなだけに怖いものですね
雛ちゃん、何事もほどほどでね?
ホントに夢でよかった。あのままだったら
流石に凹む。
信仰するのは自分の利があるからこそ、ですかね・・・
厄が無くなれば役が無くなる、と。
周りをよーく見渡して見たら、夢の現の境界を弄った紫が居たりしてね。
前半の雛がこれは鬱病になるお決まりのコースでは、と思っていたらもっと怖かった。
鼓腹撃壌ですね。
里の人間の行動を自分の現状に置き換えて考えると身につまされますねえ。
でもあってもおかしくない話だと思う。
「厄」が有るから、人々は厄神様を必要とし、「厄」が無くなれば厄神様を必要としなくなる…
まさに『お“厄”御免』な話である。
(偉そうな事書いてすいません_(-_-)_ )
何故思い出したのかは読んでみれば分かりますよ。
ええい、正直者が報われぬなどお天道様が許すものですか!
書いた本人なのに。
「め組の大吾」
今度、読んでみます。
情報、ありがとうございます。
>夢オチ
自分の中では、「卑怯な手段」という位置づけだったんですが……
なんか、このSSの場合は、その方がよかったみたいですね。
まあ、あのままでしたら、自分がもっと凹むのは目に見えていましたが。
雛が存在し続けるためにも、雛はあんまり頑張りすぎないと良い。