それは、冬のある日の事。
雲一つ無く、空は全て青い暗闇。
その中に煌く星が、夜を生きる妖怪の道を照らす頃。
美しくも不思議な色の月が、幻想郷の全てを映し出す頃。
チルノは、一人で散歩をしていた。
何か理由が有ったのでは無い。
夜は寝るつもりだったが、寝るだけだと退屈だから、と言う彼女らしい理由も有ったのだが。
湖は気持ちの良い冷たさだが、あの冷たさはチルノの体を活発にさせる。
それで眠れなくなって、翌朝誰に対してでも無く怒り散らした事があったチルノは、湖から離れるために散歩をしていた。
しかし、道に迷ったら眠れないので森の方へは入らず、湖に近寄る気分でも無い彼女は、湖の岸辺をうろうろするだけになってしまう。
夜に綺麗な湖の周りを散歩する、と言うのは風流なもので、たまに魔法使いや他の妖怪と出会う事もある。
だが、彼女から言えば、同じような景色しかない所を散歩しても退屈なだけ。
この辺りで、彼女は何故自分が散歩をしているのかを忘れて来る。
そもそも寝る前にちょっと歩くだけだったのが、散歩がメインになって来ているが、全く気にせず『もっと面白い散歩の方法』を考え始めるのが彼女らしい。
寝ればいいだろうと思う者は多いが、そんな無粋な輩には物騒なプレゼントが(チルノが知らない間に、一見チルノとまるで関係無い方々から)届くようになっている。
そのお陰もあって、チルノの散歩は結構長続きしているのであった。
本来の目的から完璧に逸れているが、それを指摘する野暮な輩には以下省略。
湖から離れすぎず近すぎず、そしてうろつくだけの散歩では無い散歩。
それは何だろうとチルノは考える。
普段は考え疲れてそのまま眠りについてしまい、他の親切な方々の手によって「安全で快適な寝処」を確保され、そうとは知らず朝を迎える彼女だったが、その日は違った。
しっかり観察していれば、彼女の頭上に氷でできた電球が見えたかもしれない。
自分の考えにかなりの自信を持ったらしく、チルノはふわりと飛び上がって、近くの大木へ向かった。
丈夫そうで適度な大きさと向きをしている枝を見つけると、その枝に着地する。
湖の方へ向き直って座ると、彼女が期待した通りの「いつもの散歩とは違う景色」が広がっていた。
湖が見える範囲であれば、どうやったって道に迷う事も無い。
そして、湖から出来るだけ離れるためには、木を登ればいい。
魔法の森を作る木はたくさん有るんだから、座るのにちょうどいい枝が絶対に有るはず。
そんな考えは、今回は大成功に至った。
結果に満足し、自分の発想でここまで出来たことに満足し、チルノは今夜この枝で寝る事にした。
ちなみに彼女が知るはずの無い事だが、もし寝ている間に枝から落ちても、何故かその場に偶然居合わせる事になっているとても親切な優しいお姉さん達が木陰でスタンバイしているので何も問題は無い。
気持ち良さそうに、うーんと背伸びをしたチルノ。
そこで、彼女はふと気付いた。
自分の手の中に、すっぽりと納まっている小さなもの。
満月が、手の中に納まっていた。
だが、何か掴んでいる感触は無い。
なのに、手を伸ばせば簡単に、夜空に浮かぶ月は彼女の手に納まる。
首を傾げながらも、迫ってくる眠気に耐え切れず、チルノは夢の世界へ旅立って行った。
翌朝、チルノは急いでレティの所へ飛んで行った。
思った通り、目的の人物は小高い丘の上に居た。
その姿を捉えると、更に急加速して行くチルノ。
「レティー!」
衝突。
丘の上から二人でごろごろと転がり落ちていく。
だが、チルノは痛いとは思わない。実際に痛くも何ともない。
丘の上から、長い坂道を転がり尽くしたチルノとレティは、草原の上で一緒に横になっていた。
「レティ、大丈夫!?」
自分から突っ込んで行ったにしても、流石にかなり長く転がっていたと思ったチルノは、目を回しながらレティに声をかける。
しかし、チルノはバランスを崩し、立ち上がれずにぺたりとその場にうつぶせになった。
倒れて感じたのは草の感触では無く、もっと冷たくて気持ちのいい、チルノのお気に入りの肌触り。
「今度からはもうちょっとスピードを落として来なさいよ。あんまり速く飛ぶと冬が早く終わっちゃうじゃないの?」
そんな事を言いながらも、チルノの体と頭をぽんぽんと撫でるレティ。
「だって、レティとは冬しか会えないんだもん。」
正直に思った通りの事を口にして、その後で「遅く飛んだら冬が長いから、レティが長く居られる。でも早く飛ばないと冬が終わっちゃうからレティに会えなくて、遅く飛ばないとレティが居なくなって、」と小声で色々考えるチルノ。
そして、彼女の考えが纏まるまで、いつまででもチルノを体の上に乗せて待つレティ。
二人の間だけ、時間の流れが緩やかになっている様な、優しい感覚。
冬にしか見られない、ちょっとした日常だった。
「ねえレティ、月ってどうして掴めないの?」
ひとしきり悩んだ後、チルノは答えを出す代わりに元々の目的を聞くことにした。
諦めが良い(本人は認めない)のも、彼女の良いところの一つである。
⑨とか言い出す非道な連中には以下省略。
「いきなり月だなんて言い出して、いったい何が有ったの?」
笑顔でチルノへ応えるレティ。
チルノの質問には、一回で答えるのでは無く、彼女が言いたいことを正確に把握するのが大事だと、彼女はよく知っている。
「あのね、昨日の夜に月を掴んだはずなんだ。でも、手の中には何も無いの。どうすれば月を捕まえられるの?」
レティみたいに大きくなればいいのかな、なんて言い出しているチルノを見て、レティは柔らかな笑みを浮かべ、チルノが言わんとするところを理解した。
その日の夜、チルノはレティと一緒に散歩をしていた。
もちろん、昨日チルノがやった散歩と同じように、木の上に登ってちょうどいい枝を探すところからだ。
レティはわざと細い枝を見つけたりしてチルノに注意されてあげたり、チルノが見つけた枝の近くに鳥の巣があったら、それを教えて他の枝にするように勧めたりと、一通りチルノとの散歩を楽しんだ。
二人が座って眠れるような、ちょうど良い枝が無かったので、枝どうしを結んでちょっとした椅子の様に形を変えて、チルノは満足げに笑顔を見せた。
「ねえレティ、月がどうして掴めないか、本当に教えてくれるの?」
最初の疑問がまだ解決されていないことを気にしているのか、チルノは少しそわそわしている。
「そのくらいは簡単よ。だから少し落ち着いて、月を掴んでみて。」
静かな声で、チルノが枝から足を滑らせないように気をつけながら、レティはチルノへ返答した。
それを聞いて、枝の上に立って夜空へ手を伸ばす。
小さなチルノが、細い腕を精一杯伸ばして指をわきわきと動かしているのを見て、ふ、とレティの口から小さなため息が出た。
「あー!今笑った!」
さっきまでの一生懸命な表情とは一変して、ぷんすかと音がしそうな勢いでレティの方へ方向転換するチルノ。
伸ばしていた両腕は、そのままレティに向かって伸びる。
その手を受け流し、チルノが向き直った勢いをそのままに、自分に抱きつかせるように両手でチルノを支えるレティ。
「笑ってないわ。ちょっと感心しただけで。」
そう言うと、自分について来るように言って、レティは湖のすぐ近くへ降りて行った。
チルノがレティに追いつくと、レティは湖の岸でしゃがみこんでいた。
何をしているのか分からないまま、チルノはレティに近づく。すると、レティが湖面を見ていることが分かった。
「月はね、とても大きいの。」
そう前置きして、レティは自分の手をチルノに差し出す。
「チルノより大きな私でも、捕まえられないくらいにね。」
チルノの手を取って、二つの手の大きさを比べるように合わせる。
「だから、湖に映って小さくなった月でも、掴むことは出来ないのよ。」
湖に映った月に手を伸ばしても、水面より低く手を出すことは出来ない。
そして、小さな月よりももっと、レティの手は小さかった。
「それに、月はみんなが見ているものなんだから、みんなの物よ。勝手に捕まえたらだめじゃない。」
人差し指をぴし、とチルノの顔の前に立てて、親が子供に注意するように言うレティ。
それを見て、がっくりと肩を落とすチルノ。
「でも、レティは冬しかいないじゃない。レティに何かプレゼントしたかったのに。」
レティはチルノの言葉を聞いて、満足そうに微笑んだ。
「プレゼントを探すなら、私がいない季節のプレゼントがいいわ。私は冬しかいないから。」
しょんぼりしているチルノの頭を撫でて、レティは続ける。
「冬の間は、プレゼントを探す時間の分だけ、私の所に遊びに来なさい。」
それを聞いたチルノの表情が、雪の結晶の様に煌く笑顔になったのは、言うまでも無い。
翌日。
「と言う訳で、実に大漁なんですよ。どうです?」
幻想郷の様々な場所で繰り返される射命丸の言葉に。
「よし買った、1セット!」
と言う台詞が、
永遠亭や紅魔館や人間の里や天狗の休憩所やカッパの住む谷や、
幻想郷の様々な『可愛いものが好きな者』……通称『彼女達』により使い回されていた。
雲一つ無く、空は全て青い暗闇。
その中に煌く星が、夜を生きる妖怪の道を照らす頃。
美しくも不思議な色の月が、幻想郷の全てを映し出す頃。
チルノは、一人で散歩をしていた。
何か理由が有ったのでは無い。
夜は寝るつもりだったが、寝るだけだと退屈だから、と言う彼女らしい理由も有ったのだが。
湖は気持ちの良い冷たさだが、あの冷たさはチルノの体を活発にさせる。
それで眠れなくなって、翌朝誰に対してでも無く怒り散らした事があったチルノは、湖から離れるために散歩をしていた。
しかし、道に迷ったら眠れないので森の方へは入らず、湖に近寄る気分でも無い彼女は、湖の岸辺をうろうろするだけになってしまう。
夜に綺麗な湖の周りを散歩する、と言うのは風流なもので、たまに魔法使いや他の妖怪と出会う事もある。
だが、彼女から言えば、同じような景色しかない所を散歩しても退屈なだけ。
この辺りで、彼女は何故自分が散歩をしているのかを忘れて来る。
そもそも寝る前にちょっと歩くだけだったのが、散歩がメインになって来ているが、全く気にせず『もっと面白い散歩の方法』を考え始めるのが彼女らしい。
寝ればいいだろうと思う者は多いが、そんな無粋な輩には物騒なプレゼントが(チルノが知らない間に、一見チルノとまるで関係無い方々から)届くようになっている。
そのお陰もあって、チルノの散歩は結構長続きしているのであった。
本来の目的から完璧に逸れているが、それを指摘する野暮な輩には以下省略。
湖から離れすぎず近すぎず、そしてうろつくだけの散歩では無い散歩。
それは何だろうとチルノは考える。
普段は考え疲れてそのまま眠りについてしまい、他の親切な方々の手によって「安全で快適な寝処」を確保され、そうとは知らず朝を迎える彼女だったが、その日は違った。
しっかり観察していれば、彼女の頭上に氷でできた電球が見えたかもしれない。
自分の考えにかなりの自信を持ったらしく、チルノはふわりと飛び上がって、近くの大木へ向かった。
丈夫そうで適度な大きさと向きをしている枝を見つけると、その枝に着地する。
湖の方へ向き直って座ると、彼女が期待した通りの「いつもの散歩とは違う景色」が広がっていた。
湖が見える範囲であれば、どうやったって道に迷う事も無い。
そして、湖から出来るだけ離れるためには、木を登ればいい。
魔法の森を作る木はたくさん有るんだから、座るのにちょうどいい枝が絶対に有るはず。
そんな考えは、今回は大成功に至った。
結果に満足し、自分の発想でここまで出来たことに満足し、チルノは今夜この枝で寝る事にした。
ちなみに彼女が知るはずの無い事だが、もし寝ている間に枝から落ちても、何故かその場に偶然居合わせる事になっているとても親切な優しいお姉さん達が木陰でスタンバイしているので何も問題は無い。
気持ち良さそうに、うーんと背伸びをしたチルノ。
そこで、彼女はふと気付いた。
自分の手の中に、すっぽりと納まっている小さなもの。
満月が、手の中に納まっていた。
だが、何か掴んでいる感触は無い。
なのに、手を伸ばせば簡単に、夜空に浮かぶ月は彼女の手に納まる。
首を傾げながらも、迫ってくる眠気に耐え切れず、チルノは夢の世界へ旅立って行った。
翌朝、チルノは急いでレティの所へ飛んで行った。
思った通り、目的の人物は小高い丘の上に居た。
その姿を捉えると、更に急加速して行くチルノ。
「レティー!」
衝突。
丘の上から二人でごろごろと転がり落ちていく。
だが、チルノは痛いとは思わない。実際に痛くも何ともない。
丘の上から、長い坂道を転がり尽くしたチルノとレティは、草原の上で一緒に横になっていた。
「レティ、大丈夫!?」
自分から突っ込んで行ったにしても、流石にかなり長く転がっていたと思ったチルノは、目を回しながらレティに声をかける。
しかし、チルノはバランスを崩し、立ち上がれずにぺたりとその場にうつぶせになった。
倒れて感じたのは草の感触では無く、もっと冷たくて気持ちのいい、チルノのお気に入りの肌触り。
「今度からはもうちょっとスピードを落として来なさいよ。あんまり速く飛ぶと冬が早く終わっちゃうじゃないの?」
そんな事を言いながらも、チルノの体と頭をぽんぽんと撫でるレティ。
「だって、レティとは冬しか会えないんだもん。」
正直に思った通りの事を口にして、その後で「遅く飛んだら冬が長いから、レティが長く居られる。でも早く飛ばないと冬が終わっちゃうからレティに会えなくて、遅く飛ばないとレティが居なくなって、」と小声で色々考えるチルノ。
そして、彼女の考えが纏まるまで、いつまででもチルノを体の上に乗せて待つレティ。
二人の間だけ、時間の流れが緩やかになっている様な、優しい感覚。
冬にしか見られない、ちょっとした日常だった。
「ねえレティ、月ってどうして掴めないの?」
ひとしきり悩んだ後、チルノは答えを出す代わりに元々の目的を聞くことにした。
諦めが良い(本人は認めない)のも、彼女の良いところの一つである。
⑨とか言い出す非道な連中には以下省略。
「いきなり月だなんて言い出して、いったい何が有ったの?」
笑顔でチルノへ応えるレティ。
チルノの質問には、一回で答えるのでは無く、彼女が言いたいことを正確に把握するのが大事だと、彼女はよく知っている。
「あのね、昨日の夜に月を掴んだはずなんだ。でも、手の中には何も無いの。どうすれば月を捕まえられるの?」
レティみたいに大きくなればいいのかな、なんて言い出しているチルノを見て、レティは柔らかな笑みを浮かべ、チルノが言わんとするところを理解した。
その日の夜、チルノはレティと一緒に散歩をしていた。
もちろん、昨日チルノがやった散歩と同じように、木の上に登ってちょうどいい枝を探すところからだ。
レティはわざと細い枝を見つけたりしてチルノに注意されてあげたり、チルノが見つけた枝の近くに鳥の巣があったら、それを教えて他の枝にするように勧めたりと、一通りチルノとの散歩を楽しんだ。
二人が座って眠れるような、ちょうど良い枝が無かったので、枝どうしを結んでちょっとした椅子の様に形を変えて、チルノは満足げに笑顔を見せた。
「ねえレティ、月がどうして掴めないか、本当に教えてくれるの?」
最初の疑問がまだ解決されていないことを気にしているのか、チルノは少しそわそわしている。
「そのくらいは簡単よ。だから少し落ち着いて、月を掴んでみて。」
静かな声で、チルノが枝から足を滑らせないように気をつけながら、レティはチルノへ返答した。
それを聞いて、枝の上に立って夜空へ手を伸ばす。
小さなチルノが、細い腕を精一杯伸ばして指をわきわきと動かしているのを見て、ふ、とレティの口から小さなため息が出た。
「あー!今笑った!」
さっきまでの一生懸命な表情とは一変して、ぷんすかと音がしそうな勢いでレティの方へ方向転換するチルノ。
伸ばしていた両腕は、そのままレティに向かって伸びる。
その手を受け流し、チルノが向き直った勢いをそのままに、自分に抱きつかせるように両手でチルノを支えるレティ。
「笑ってないわ。ちょっと感心しただけで。」
そう言うと、自分について来るように言って、レティは湖のすぐ近くへ降りて行った。
チルノがレティに追いつくと、レティは湖の岸でしゃがみこんでいた。
何をしているのか分からないまま、チルノはレティに近づく。すると、レティが湖面を見ていることが分かった。
「月はね、とても大きいの。」
そう前置きして、レティは自分の手をチルノに差し出す。
「チルノより大きな私でも、捕まえられないくらいにね。」
チルノの手を取って、二つの手の大きさを比べるように合わせる。
「だから、湖に映って小さくなった月でも、掴むことは出来ないのよ。」
湖に映った月に手を伸ばしても、水面より低く手を出すことは出来ない。
そして、小さな月よりももっと、レティの手は小さかった。
「それに、月はみんなが見ているものなんだから、みんなの物よ。勝手に捕まえたらだめじゃない。」
人差し指をぴし、とチルノの顔の前に立てて、親が子供に注意するように言うレティ。
それを見て、がっくりと肩を落とすチルノ。
「でも、レティは冬しかいないじゃない。レティに何かプレゼントしたかったのに。」
レティはチルノの言葉を聞いて、満足そうに微笑んだ。
「プレゼントを探すなら、私がいない季節のプレゼントがいいわ。私は冬しかいないから。」
しょんぼりしているチルノの頭を撫でて、レティは続ける。
「冬の間は、プレゼントを探す時間の分だけ、私の所に遊びに来なさい。」
それを聞いたチルノの表情が、雪の結晶の様に煌く笑顔になったのは、言うまでも無い。
翌日。
「と言う訳で、実に大漁なんですよ。どうです?」
幻想郷の様々な場所で繰り返される射命丸の言葉に。
「よし買った、1セット!」
と言う台詞が、
永遠亭や紅魔館や人間の里や天狗の休憩所やカッパの住む谷や、
幻想郷の様々な『可愛いものが好きな者』……通称『彼女達』により使い回されていた。
あ、俺にも1セット。
む、私にも1セット。
では、僕にも1セット
このあたりはさすが。