Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

剣より強し:真

2008/06/12 22:35:40
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注:「剣より強し:心」を先に読んでおいて下さい。二話揃って一つの、半人前話です。




そんなに昔の事では無い。と、妖夢は思う。
妖夢自身、断言したくは無いのだが、そこまで立派な記憶力を持っているわけでは無い。
だから、妖夢が胸を張って、誤解では無くはっきりと覚えているだけで、そこまで古い記憶では無い事は保証される訳である。
実に情けないが、事実を真正面から見据えるのも魂魄の道の一つと思う事にしている妖夢だった。

幽々子様と一緒に思い出話をする限り、妖忌と二人で紅魔館に泊まりに行き、レミリアの予測(運命操作かも知れない)通りに門番生活をする事になったのは確かのようだ。
いま一つ詳しくは覚えていないのだが、門番隊に実に可愛がられて、もしかしたら食べられるんじゃ無かろうかと泣きそうになったのも、幽々子からすれば『妖夢らしい微笑ましい話』である。

何よりも、初日。
妖忌が美鈴に手合わせを申し出て、あっさりと負けたことも、これまた事実である。


これは後に宴会で美鈴本人から聞いた話なのだが、美鈴は当時、妖忌の持つ楼観剣と白楼剣にすっかり怯えてたらしい。
最初はお互いにかなり手加減するように、と言う試合前の約束を美鈴がわざと破ったからこそ、不意打ちが成立したんだろう、と言うのが美鈴の意見である。
彼女が宴会の場でわざわざ嘘を教えるとは考えにくいし、妖夢も手加減を忘れる事が結構ある。

しかし、手加減をしていたにしても、妖忌が……妖夢からすれば、いつ何時でも強く、遥かに高く手の届かない所にいた、剣豪と言う概念が服を着ている様な妖忌が、ああも簡単に負けたのは納得いかない話と言うもの。


それは何故なのだろうか?
妖夢にはよく分からなかった。
分からなかったので人に聞くことにした。


「で、私の所に来たと言うのか。」
授業の終わった寺子屋で、妖夢が差し入れに持ってきた煎餅を受け取りながら、慧音は妖夢の相談に乗っていた。
たとえ半分しか人間で無いにしろ、それは慧音にとっては何の問題も無い。
と言うよりむしろ、寺子屋の掃除を手伝い、子供達の遊び相手もしてくれた妖夢は、その(子供達にご褒美として用意しておいた飴を全部食べていた)主とは比べるまでも無い、歓迎すべき客人と言える。
「慧音さんは歴史を見る事が出来ると聞いたので、私の歴史を見て、私が忘れていたものを見て欲しいんです。」
妖夢は真剣な表情を変えないまま、要求を述べた。


慧音からすれば、本来はこの要求を呑むわけにはいかない。
勝手に他者の歴史を見ても、良い事より悪い事の方がずっと多い事を、慧音は身をもって知っているからだ。
だが、今回は少し事情が違う。
妖夢は既に、冥界への帰り支度を始めている。返答を待っていないのは、恐らく自分の歴史を見られても構わないと言う無言の主張なのだろう。
そして、それを慧音が見たとしても、妖夢は何が有ったのかを自分から深く追及することは無いだろう。
慧音の「能力」を頼って来たと言うよりは、慧音の「知恵」を頼って来たと言う方が正しいと言えるその態度は、慧音の関心を引いた。
何よりも、妖夢がそこまで言う妖忌の強さや、そんなに強いようには見えない美鈴の勝利の鍵へ対する好奇心が有ったし、それが原因で歴史を見ても、慧音と妖夢の間には強い影響が出る事は無いだろうと言う、妖夢への信用も有った。

「三日間待っていてくれ。それを過ぎても私から返答が無ければ、それまでだ。」
寺子屋の玄関へ向かっていく妖夢の背中に、慧音はそれだけ告げた。





そこまではっきりと覚えているわけではないが、妖夢は妖忌との会話を覚えている。
確か、紅魔館から帰って来て、数日経ってからだったと思う。
「妖夢よ、あの三日間で学ぶ事は有ったか。」
はい、有りました。そう答えた気がする。
「そうか。ならば良い。稽古を続けるぞ。」
この時、何故だったか妖夢は、妖忌に質問をする事にしたのだった。
「少しくらいは答えよう。」
そして、何故だったか妖忌は、妖夢の質問を聞くことにしたのだった。
肝心の質問の内容は覚えていない。
だが、妖夢の質問を聞いて、妖忌が珍しく大笑いしたのを覚えている。
「なるほど!そうか、そう言う事だったか!」
ただ笑うばかりで、質問に答えてくれなかったことを、妖夢ははっきりと覚えている。
「ついに儂も、弟子に教えられる日が来たか!」
この言葉の意味が、当時はよく分からなかったが、その後すぐに理解したことを、妖夢は忘れない。


それが妖忌との最後の会話だった。






三日が経過し、その日は特に何事も無く終わる筈だった。
少なくとも、妖夢は何か予定が有るとは聞いていない。
が、彼女の主の事である。
「妖夢、今日は遠足よ。」
そんな突然の申し出にも、ため息は一つまでに抑えるのが西行寺の庭師の務めである。


だが、冥界を出れば、その意図が妖夢にも分かった。
とてつもない大集団が嫌でも目についた。
巫女に魔法使いに門番に、兎に天狗に妖精、挙句は閻魔様まで揃っている。
ここまで来て何故吸血鬼もメイドも居ないのかは気になるが、その二つを欠いても十分に大事件だった。

遠足と聞いて、ろくな弁当も作る暇が無かった妖夢だが、門番隊が未開封の弁当を配り歩いているのを見て安心し……むしろ不安になった。
幽々子様の食欲は底を知らない。
幻想郷の七不思議ならぬ七難題と言えば、幽々子の胃袋を筆頭に、不老不死の皆様の年齢、永遠亭の姫の「こうせい」(更生でもあり更正でもあり)、その他最早難題の二字すら生温いものばかり。
その幽々子様が、配り歩かれる弁当を食べ、次の弁当を催促し、弁当が来るのが遅いとふてくされ、それに釣られて近寄った門番隊を食べ
「あら妖夢ったら、随分とぐるぐるしてるわね?」
正気に戻った。
いえ何でもありません、失礼しますと言いながら、ぐるぐるしていたらしい自分の半霊を捕まえて、急いで兎の集団の方へ逃げ出す妖夢。



妖夢が大量の兎にじゃれられている慧音の所へ着くのは、そのすぐ後だった。
少し酒が入っているらしく、兎達に上られて上機嫌な慧音だったが、妖夢を見た途端に顔色が変わった。
「妖夢……。」
慧音が立ち上がろうとした時、兎が『わー』と楽しそうに声を上げて転がり落ちたが、慧音も妖夢もそれを見て笑顔になれる状態では無い。
ぽん、と両手を妖夢の肩に乗せ、慧音は真正面から妖夢の顔を見て、話を始めた。






慧音は妖夢の過去から、妖忌の歴史を拾い上げてそれを見ると言う荒業をやってのけてまで、真相を知った。
妖忌は普段の稽古から、楼観剣や白楼剣を使っていたこと。
彼が五感を封じられても、この二振りを通じて周囲を把握できたこと。
そして、彼もまた、魂魄の血脈だか冥界の風がそうさせるのか、妖夢の様にどこか抜けている所が有ったこと。

幽々子が妖忌と妖夢を紅魔館に送り出したのは、そもそも八雲紫の発案だったこと。
紫がその能力と悪戯心で、妖忌の持つ人と霊の境界を操り、冥界に居た時の様な強い力を制限したこと。
幽々子がそれを止めることもしないで、好奇心のままに見送ったこと。

レミリアが白玉楼を少なからず警戒し、妖忌と美鈴の試合に、その能力で介入したこと。
普段の剣では無く、木刀で戦っていた妖忌には、それを察知できなかったこと。
妖夢への稽古が多かったために、極端に手加減することばかりだった妖忌が、実力を出し切れずに負けたこと。

そして、妖夢と妖忌の最後の会話も。

「妖夢よ、あの三日間で学ぶ事は有ったか。」
「はい、有りました。」
稽古の休憩時間に、ふと妖忌が問うと、妖夢ははっきりと答えた。

「そうか。ならば良い。稽古を続けるぞ。」
「その前に少し、聞きたいことが有るのですが。」
以前に比べて少し長くなった休憩時間の終わり際、妖夢がふと頭に浮かんだことを聞こうとした。

「少しくらいは答えよう。」
その質問に興味を持った妖忌は、何と言う理由も無く、それを受け入れる事にした。

「楼観剣と白楼剣に、斬れない物は何一つ無いんでしょうか?」
「無論。だが、全てを斬れる剣で全てを斬ったところで、何にもならぬ。剣の力を御してこその剣士だ。」
第一の問いに、妖忌は頷いて答えた。

「斬れないものが無いのは、妖怪が鍛えたからなのでしょうか?」
「それは分からぬ。が、人間が同じものを作るためには、人の命は短すぎる。剣士は剣を生むのでは無いが、それは確かだろう。」
第二の問いは、妖忌が断言できるものでは無かった。

「……みょんな事を聞きますが、楼観剣は楼観剣を斬れるのでしょうか。」
妖夢の最後の問いは、慧音にはにわかに理解し難いものだった。

だが、妖忌はその問いに、馬鹿にするでも無く可笑しく思ったでも無く、ただ笑った。
「なるほど!そうか、そう言う事だったか!」
その笑い声に驚いた幽々子が、心配そうに声をかけても、妖忌はまだ笑っていた。
「ついに儂も、弟子に教えられる日が来たか!」


魂魄の剣は、斬った全てから知れる限りを知る剣。
故に、ただ鞘に納められて生きる間も、時を斬ってそこから知れる限りを知る。
だが、妖忌の腰に納まっていた楼観剣は、冥界の緩やかな時間に慣れてしまっていた。
本来の妖忌なら、冥界を出た時点で、時間の流れの変化に気付けただろう。
それが出来なかったのは、紫によって感覚が鈍らされていたからである。

幻想郷でもかなりの上位に位置する能力により、二重にも三重にも拘束されていた妖忌が美鈴に負けたことは、ある意味で道理であり、ある意味で不条理である。
もし冥界で、普段通りの妖忌が戦っていたならば、きっと百戦しても負けなかっただろう。

この敗北は、妖夢にとっても妖忌にとっても、幻想郷全体にとっても、有意義なものだった。
未熟者を死に至しめる刃では無く、勝敗が決まるまでにお互いが負う傷の少ない弾幕を、妖夢は剣と共に操る事に決めた。
それは、まだ剣の道半ばである妖夢に、新たな世界を見せる良い機会と言えよう。


そして、妖忌が妖夢から学んだこと。
魂魄の剣士は、剣から全てを学ぶ。だが、それでは剣が知るより上へと進む事は出来ない。
妖忌は楼観剣と白楼剣を妖夢に預け、そして自分は剣を持たずに旅立った。
いつか、自分をここまで成長させた、己の師とも言える二振りを『斬る』ために、彼は今も修行を続けているのだろう。
楼観剣から生まれた剣士が、楼観剣を斬る事が出来たなら。
その時、彼は更なる段階へと進むことになるのだろう。


だから、魂魄の剣士は名乗りを上げる。
斬れぬものなどあんまり無い、と。











「なるほど。話は分かりました。それで、慧音さんはどうして泣いているんですか?」
「……つい、な。」

幽々子が、紫に頼んで妖忌の境界を弄らせてまで、妖忌と妖夢を下界に出させた理由は、別にもある。
が、慧音は断じてそれを語ろうとはしない。




そりゃそうだろう。

妖夢が小さい頃の妖忌そっくりに育って来たから、つい悪戯したくなったなどと言うとんでもない理由を、誰が教えるだろうか。
妖夢が今来ている服が、実は妖忌のお下がりである事など、斬られたって言わないと、慧音は決意を固めていた。
昔の妖忌がかなり可愛かった事を知った慧音は、罪悪感で泣いていた。
「剣より強し:心」。あまりにもひどい出来だったので、大量加筆。
少々かかりますが、毛玉の成長を見守る気分で温かく見守って下さい。
ところでおまけの方が時間かかってるってのはいつもの事でしょうね。
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
>昔の妖忌がかなり可愛かった

新ジャンル開拓だと・・・!
2.名前が無い程度の能力削除
>昔の妖忌がかなり可愛かった

全俺が泣いた。
3.名前が無い程度の能力削除
な、なんだってー!?
ちゆりに頼んで妖忌が小さかった頃を見てきます。

真面目路線かと思ったらやっぱり最後でひっくり返された。「真」ってそういうことか。
4.名前が無い程度の能力削除
まさかロリ妖忌だと言うのか?