「さて、これで今日の分は完売ね。」
私は稼いだ代金を大切にしまって店をたたんだ。店といってもただ茣蓙を敷いただけの簡単なものなんだけどね。
私は鈴仙・優曇華院・イナバ。周りからはよくうどんげって呼ばれている。
元々月の兎だったんだけど月から逃げ出して、ここ幻想郷の永遠亭で八意永琳様の弟子入りをしている。
毎日姫のワガママに付き合ったり、師匠の新薬の実験体にされたり、てゐにいたずらされたりと毎日大変。
あ、姫っていうのは蓬莱山輝夜様のことね。姫も私と同じで月から逃げ出してこの幻想郷にきた月人。
てゐってのは因幡てゐ。昔から地上にいた兎の妖怪でいたずらが大好きな子。
毎度毎度相手にする立場も考えてほしいわね。
それでも・・・やっぱり今こうして皆で過ごしてる毎日がとっても幸せだと思ってる。
「そういえば・・・確か薬の販売が終わったらそのままおつかいを頼まれてたんだっけ・・・」
師匠に渡されたおつかいの内容が書かれた紙を見て、私は思わず目を丸くした。
【紅魔舘の魔法使い、パチュリー・ノーレッジに以前頼んでおいた製薬用の精霊石を受け取ってくること。永遠の17歳、八意永琳より。】
「えーっと・・・最後の一文は見なかったことにしておいて・・・」
紅魔舘といえば、以前うちの師匠が月を隠したときに永遠亭に攻め入ってきたレミリア・スカーレットと十六夜咲夜の住んでいるところだ。
正直なところ、行きたくない・・・あのレミリアという吸血鬼はとてつもなく強く、一度戦ったことがあり、とても酷い目に合わされた。
同じ理由で咲夜も苦手である。人間だというのにその戦闘力は私と同等かあるいはそれ以上はある。
また、波長が師匠に凄く似ていたことも苦手な理由の一つだ。
そもそも師匠のおつかい先は毎回とても危険すぎるのだ。
以前冥界の庭師が病になり、薬を届けたことがあったのだけど、その時はその庭師の主人である西行寺幽々子に危うく食べられるところだった。
というか耳を少し齧られてしまい、数日は歯型が残ったんだけど・・・
「はぁ・・・でも行かなきゃ・・・手ぶらで帰った時の師匠はもっと怖いし・・・」
仕方が無く私は紅魔舘へ向かうことにした。
しばらく飛んでいると、目の前に大きな湖が見えてきた。ここまで来たら紅魔舘まではあと少しだ。
そう思って飛んでいると、進行方向にに小さな人影があることに気がついた。
「そこのあんた!こんなところで何してるのさ!」
小さな身体を大きく動かしてこっちを指差してそう言ってきた。ああ、以前に季節を無視して花が咲き乱れた異変のときに戦った氷精のチルノだ。
「これから紅魔舘にいくのよ。だから通してもらうよ。」
「こーまかん?あぁ、あの赤いでっかい家のことね。ふふん、あたいと弾幕勝負して勝ったら通っていいわよ!」
またこの展開なのね・・・以前もいきなりそう言って弾幕勝負を挑まれたっけ。
「うーん・・・あまり弱いものいじめはしたくないんだけどなぁ・・・」
「むきー!あんたっ!誰が弱いものよ!あたいはさいきょーよ!!」
そう叫んだかと思うとこちらに氷柱を大量に飛ばしてきた。
実際、弾幕の展開や配置は隙だらけなのだが威力だけは並大抵の妖怪よりも強力だからやっかいだ。
私は高度をあげ、チルノの丁度真上に移動した。
「この高さならあなたの自慢の氷の弾幕も届かないでしょ。」
「それくらい!さいきょーのあたいには関係ないよ!!」
何の躊躇もなく弾幕を放つ・・・って!ちょっと待てゐっ!このバカ、何してるの!?
「危ない!!」
「え・・・きゃあああああ!」
この世の中には重力というものがあって、真上に放った弾幕は推進力を失いそのまま真下に落下する。しかも威力が上乗せされるのだ。
「くっ・・・」
私はとっさにスペルカードを取り出した。
散符「真実の月(インビジブルフルムーン)」
私の弾幕が氷の弾幕を相殺していく。
落下速度が速かったため、一部の弾幕が間に合わずチルノに当たったが、致命的な傷害は防げたようだ。
「うぅ・・・」
チルノが痛そうに呻く、氷は時に鋭い刃よりもよく切れる。よく見ると腕や足に数箇所深い切り傷ができていた。
「まったく、自分の弾幕で怪我してちゃ世話ないわね。」
私は彼女を抱えるとそっと地上に降りた。
そして懐から医療道具を取り出し、チルノの傷を手当した。
多少深い傷ではあったが薬に頼るようなものでもなかったため消毒と止血をして包帯を巻くだけで済んだ。
「うぅ・・・またあたい負けた・・・やっぱりあたいってさいきょーじゃないのかな・・・皆が言うみたいにバカなのかな・・・」
チルノは目に大粒の涙を溜めて俯いてしまった。
なんかほっとけないなぁと思った私はそっとチルノの頭を撫でてあげた。
「大丈夫、今のはちょっと失敗しちゃったみたいだけど、あなたは強いわ、バカじゃない。」
「ほんとっ!?」
「えぇ本当よ。だからほら、泣くのはやめなさい、最強は泣かないわよ?」
「うん!あたいさいきょーだからもう泣かない!」
チルノは手で涙を拭うと私に向かって笑ってみせた。ちょっとバカっぽいけどこういう直向なところはすごいと思った。
「あんた、こーまかん行くんでしょ?こーまかんはあっちの方向よ。」
そう言って湖の向こうを指差した。彼女なりの恩返しなんだろう。
「うん、道教えてくれてありがとうね。」
「あ、あんたもありがとね!これ!!」
チルノはそう言って先ほど手当てしたところを指差した。
「ちょっとバカだけど素直でいい子だなぁ・・・」
なんて思いながら私は教えてもらった方へと飛んだ。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
前言撤回。
「あの・・・バカ!!」
指差された方向へずっと進んでみたら紅魔舘どころか魔法の森の近くまで行ってしまい、慌てて引き返しなんとか紅魔舘が見えるとこまでやってきた。
結局教えられた方向から丁度90度ほどずれていた。バカの言うことは信じない方がいいなぁとつくづく思い知らされた。
「えっと・・・入り口は・・・っと」
流石に直接空から入るわけにもいかず・・・っというかそんなことしたら怖いので、降りて入口を探すことにした。
しばらく塀に沿って歩いていると立派な門があった。どうやらここらしい。
「ごめんくださーい・・・ってえぇ!?」
門の前に女の子が倒れてる!?
しかも全身ボロボロで傷だらけである。
「ちょ・・・ちょっと!しっかりして!」
あまり身体は動かさないように軽く頬をぺちぺちと叩いてみる。するとどうやら気がついたらしい、ゆっくりとその少女の瞳が開いた。
「うーん・・・」
しばらくその少女と見つめあう状態になった。そして・・・
「はっ!妖怪!?」
とても怪我を負っているようには思えない動きで私との距離をとった。
最初は人間だろうかと思ったがどうやら人間ではないようだ。
「もうこれ以上ここを通すわけにはいかない!!これで一気にケリをつけさせてもらいますよ!!」
彩符「極彩颱風」
「なっ!?」
すごい気の塊が彼女に集まるのを感じた。まずい・・・かなりの手馴れのようだ。
油断したら負ける!!本気を・・・・
「へぶっ!!」
いきなり大技を使おうとした反動だろう。大量の血を流してまた倒れてしまった。
「・・・今日はなんかこんなのばっかりね・・・」
流石にこれはきちんと治療してあげないと命に関わるかもしれないと思い、私は急いで医療道具を取り出し、さらにその中から塗り薬を取り出した。
以前、師匠に習った万能で即効性のある傷薬だ。
まだ見習いなので人間に売ることはできないがそれでもかなり師匠のそれに近い出来だと自負している。
「うーん・・・あれ・・・私は・・・」
「気がついた?もう少しそのままおとなしくしててね。かなり酷い傷だったんだから。」
「あなたは・・・妖怪じゃ・・・?」
「うーん・・・月兎なんだけどここじゃ妖怪の類なのかなぁ?でも私は敵じゃないわ、ここにもおつかいで来ただけなんだから。」
「そうだったんですか・・・すいません私ったら勘違いしてしまって・・・」
「気にしてないわ。えぇと・・・」
「あ、私は紅美鈴っていいます。この紅魔舘で門番の仕事をさせてもらってます。」
「私は鈴仙。鈴仙・優曇華院・イナバよ。よろしくね、美鈴さん。」
「はい、よろしくです。・・・って、わわっ!?膝枕!?」
近くに休める場所がなかったのでとりあえず膝枕をして楽な体勢にしてあげていた。
そのことに気づいたためなのか、急に顔を真っ赤にして起き上がった。
「すいません、なんかご迷惑をかけてしまって・・・」
なんとなく彼女とは気が合うような気がした。というか波長が私ととてもよく似ていたのでなんか親近感がわいた。
「そんなに気にしないでいいのに。ところで・・・なんで倒れてたの?」
「いやぁ・・・門番としての仕事をちゃんとしなさいって咲夜さんにナイフを・・・」
・・・頭の刺し傷はナイフによるものだったのね。
・・・というか十六夜咲夜・・・自分の仲間にそんなことをするなんて・・・なんて恐ろしい・・・
「いやまぁ、確かにナイフも刺されたんですけどそれは日常茶飯事で・・・怪我の主な原因は侵入者からの攻撃なんですけどね。」
「侵入者?」
「いきなり挨拶代わりにマスタースパークでした。」
・・・霧雨魔理沙の仕業か。あいつはうちにもよく盗みに入るのよね・・・師匠の薬や本、姫の古物なんか勝手に持っていく。
「お互い苦労するわね・・・」
「そうですね・・・」
っ!?
私達は会話を中断した。どうやら美鈴も気がついたようだ。
ふと背筋がゾっとするような感じがしたのだ。それだけではない、異常な波長がこちらへと近づいてくる。
「鈴仙さん・・・」
「・・・来る!!」
「キシャアアアアアア!!」
突如地面が盛り上がったと思うと、地中から巨大な蜘蛛のような妖怪が姿を現した。
「知能はあまりないみたいだけど・・・かなり強力な妖怪ね。美鈴さん、援護お願い!」
彼女は現在、怪我をしてまともに動けない、ここは私が前衛をするのが得策だ。
散符「朧月花栞(ロケット・イン・ミスト)
彩符「彩雨」
私がスペルを発動するのにあわせて美鈴もスペルで援護にまわる。
初めて共闘するとは思えないくらい美鈴との息があう。これなら案外余裕で倒せるだろう。
私はそう思って高く飛び上がりトドメのスペルカードを発動させようとした。
「危ない!!」
美鈴がそう叫ぶ。
「えっ・・・」
次の瞬間、巨大蜘蛛が口から糸を吐いてきた。回避行動を試みたが、糸が足に絡まってしまった。
「しまった・・・」
バランスを崩した私は地面に落ちてしまった。それも運悪く巨大蜘蛛の目の前に・・・
「鈴仙さん!!」
美鈴が悲鳴に似た声で私の名前を呼ぶ。これはちょっと本気でまずいかも・・・
蜘蛛の足が大きく振り上げられる。私は覚悟を決めて目を瞑った。
氷符「アイシクルフォール」
「えっ・・・?」
巨大な蜘蛛の背中に無数の氷柱が刺さる。
「ギャアアアアアア!!」
かなり効いているらしく、巨大蜘蛛は禍々しい悲鳴をあげた。
「ふふん!やっぱりあたいったらさいきょーね!」
「チルノ!?」
「チルノちゃん!?」
私達はほぼ同時のその氷精の名を口にした。
「なんでここに・・・?」
「暇だったから美鈴のとこに遊びに来たら、なんかあんた達がこいつと戦ってたから助けに来たのよ!!」
何はともあれ、チルノのおかげで助かったのは事実だ。
「ありがとねチルノ、おかげで助かったわ。」
「これくらい朝飯前ってやつよ!」
足に絡まっていた糸が解けた。もうここまできたら私達の勝ちだ。
「二人とも!一気にケリをつけるわよ!」
「はいっ!!」
「いっぱいいっぱいなんだろ!!」
月眼「月兎遠隔催眠術(テレメスメリズム)」
彩翔「飛花落葉」
凍符「パーフェクトフリーズ」
「グギャァアアアア!!!」
私達の同時発動のスペルにより巨大蜘蛛は断末魔をあげて消し飛んだ。
「やった・・・」
「まぁさいきょーのあたいが手伝ったんだから当たり前よ!」
二人とも勝利の余韻に浸ってるようだ。まぁかなり強力な妖怪だったし私も少しは喜んでもいいかな。なんてー・・・
「「「「!?」」」
「キシャァアアアアア!!!」
喜んだのもつかの間・・・先ほどの蜘蛛など比べ物にならない超巨大蜘蛛が私達の目の前に現れた。
おそらく先ほど倒したのはこの蜘蛛の子供なんだろう。流石に今度は私達3人でも勝てるかどうか怪しい。
「くっ・・・やるしかないようね!」
私は蜘蛛を睨み付けて手をかざして弾を撃つ体勢に入ろうとした・・・が、次の瞬間・・・
傷魂「ソウルスカルプチュア」
「ギェエエエエエエエ!!」
蜘蛛の足が一本残らず切断された。一瞬の出来事に何が起きたかわからず呆然としていると、目の前にメイド姿の女が現れた。十六夜咲夜である。
「やれやれ・・・これ以上仕事を増やさないでもらいたいものね。」
こちらを振り返りそう言うのだが、これでは蜘蛛に背中を見せてることになる
足を切り落としたのは見事としか言いようがない。だが、まだ蜘蛛は生きている・・・
案の定蜘蛛は咲夜にめがけて糸を吐いてきた。
「まだ・・!!」
「いいえ、もう終わりよ。」
神槍「スピア・ザ・グングニル」
巨大な真紅の槍が蜘蛛の胴体を貫きそのまま地面に刺さった。
頭上にいる小さな影・・・それは間違いなくこの館の主、レミリア・スカーレットだった。
蜘蛛はもはや断末魔をあげる暇すら与えられずその命を散らした。
「咲夜さん・・・お嬢様・・・すいませんでした。他の人に手伝ってもらったりしたのに・・・子供の蜘蛛を1匹退治するだけしか・・・」
美鈴が申し訳なさそうに謝罪した。
もともと深い傷を負っているのだから仕方がないんじゃ・・・と思うのは間違いなのだろうか。
「確かに門番としてはもう少し頑張ってほしいところだけど・・・でもあれは仕方ないわね。」
「そうねぇ、その怪我で子蜘蛛を撃退しただけ健闘したんじゃないかしら。」
私は二人のその予想外の言葉に驚いた。どうやら美鈴本人もすごく驚いてるみたいだ。
「折角そこの兎さんに治療してもらったのにまた傷口が開いたみたいね。咲夜。」
「はい。」
そっと咲夜が美鈴の肩を持って支えた
「さ、咲夜さん!?」
「今だけの特別よ。お嬢様からの命令でもあるしね。」
「貴女達も上がっていくといいわ。うちの門番が迷惑かけたみたいだし、そろそろお茶の時間に丁度いいし、一緒にいかが?」
「はっ、はいっ!」
突然の提案に思わず勢いで答えてしまった。
・・・でもまぁ、思ったよりレミリアも咲夜もいい人なのかもしれないなぁ・・・なんて思えてきた。
「あたいお腹すいた!!」
「はいはい、ちゃんとお茶菓子も用意しますわ。」
こうして私とチルノは紅魔舘のお茶会にお呼ばれされたのだった。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
「・・・で、お茶会に浮かれてすっかり目的を忘れちゃったわけね?」
「・・・すいません・・・」
私は師匠の前に正座で座らされていた。
紅魔舘での出来事に気を取られて、おつかいのことをすっかり忘れてしまったのだ。
「頼みごとも満足にできない弟子にはそれ相応の罰が必要よね?」
「ひぃっ!?」
師匠の声が急に優しくなる。それは私の死刑執行が確定した合図・・・
「ついさっきねぇ、新薬ができたのよぉ、それもこーんなに特大の座薬・・・」
「しっかり効果を試させてもらうわね?うどんげ。」
「ひぎぃいいいいいいい!?」
ああ、今日はなんて厄日なんだろう・・・
END
チルノめっさええ子や……
この流れだと、最後のオチは要らないかな
個人的にはチルノが良い子だったな~と和みました
お姉さんなうどんが良かったです。