熱気が渦巻く。
今か今かと人々は待つ。
彼らの前には特別に設けられた舞台が。
ひしめき合う彼らの顔は皆、興奮に彩られ、その瞳には期待の文字が躍っていた。
それは、聴衆。
今宵、舞台上で繰り広げられる音の祭典に参加することを許された者達。
いや、主催者である者達は誰の参加も制限してはいない。
だから、許されるという表現は妥当ではなく、より正しく言うならば参加してきた者達。
夜、暗闇に包まれた世界の中で舞台の上だけがほんのりと淡く光に照らされている。
早く、早く。俺達はもう限界だ。
聴衆の心の声が聞こえてくるかのような様子を見て、頃合だと主催者は判断した。
そして舞台に現れる三つの人影。
いや、正しくは人ではない。騒霊だ。
その瞬間、聴衆の間から歓声が沸き起こる。
空にも届けと言わんばかりの、闇の世界を吹き飛ばさんとばかりの歓声が。
それは一つの狂気。一人ひとりの挙げた声が大きな一つの狂気としてまとまり、舞台の上に降り注がれる。
それに相対するは三人の小柄な騒霊の中から進みでた一人である。
金髪のショートカット。傍らの空中にはバイオリンが浮かんでいる。
マイクを持って一言。
「そう焦るなさ。」
プリズムリバー三姉妹。
騒霊ライブが、幕を開ける。
『結婚してください。』
『俺の嫁に。』
『僕のためにみそしれ……るっ…』
朝日の眩しい光に照らされた古い館の庭先にいるのは三姉妹の長女ルナサ・プリズムリバー。
日当たりのいい場所に設置されたテーブルセットの椅子に腰掛け、
紅茶の入ったカップを優雅に傾けながらファンレターを読んでいた。
プリズムリバー三姉妹による騒霊ライブは幻想郷で大人気の娯楽の一つである。
宴会の余興、ライブ、たまにソロ活動、といったようにそこかしこから引っ張りだこ。
人間にも人外にも評判のいわゆる売れっ子だ。
いいできだった、手紙を読みながらルナサはあの熱気渦巻く昨夜のライブの様子を思い出す。
演奏しているときは自身も楽しいが、聴く人が盛り上がっているとより一層楽しい。
人を楽しませ、自分も楽しむ。
それがルナサ・プリズムリバーのモットーだ。
彼女の音は聴く者の心を鬱にする効果がある。
しかし、次女メルラン、三女リリカと共に演奏することによりその効果は打ち消され、
この世の音とは思えぬ幽玄の音が、聴く者の心に郷愁と昔日の思いとを呼び覚ます。
過ぎ去った日々、いつか帰る場所への思い。
ルナサのソロパートだけは熱気は鳴りを潜め心地よい静寂へ。
彼女が能力で演奏するヴァイオリンの音だけが会場に響き渡る。
自分の音が聴衆の心にいい影響を与えるものではないことを理解しているだけに、
ライブで人が楽しんでくれることが何よりも嬉しいと感じる。
ライブの幕が下り、楽屋で帰り支度をしているときにファンが持ってきてくれる手紙や差し入れ。
それもまた彼女の喜びの一つ。
特にファンレター。これを読むと活力が沸いてきて、次への糧となる。
だからこそ、ゆっくりと一字一字じっくり読むことにしている。
それにしても、だ。
ルナサは思う。
ファンレターは嬉しい。元気が出る。
だけど、こういうプロポーズめいた手紙はどうすればいいんだろう。
このような手合いは名前や住所が書いてないことが多い。
差出人不明、なのである。
ときたま名前も住所も書いてなおかつお返事待ってます、
と書き添えている剛の者もいるが、丁重にお断りの返事をさせていただいている。
しかし、差出人不明となると断りようがない。
冷やかしなのか、それとも彼らなりの応援メッセージなのか判断に困るが、もらって悪い気はしない。
『メルたん、げへげへげへ。』とか『ちっちゃいリリカたん萌え。』とかいう手紙よりマシである。
それでもやっぱり、なんだかなーとか思ってしまうのではあるが。
「おはよう、姉さん。今日の予定はどうなってんの?」
ファンレターを読み始めて、半刻ほど経っただろうか。
今起きました、といわんばかりの様相で三女、リリカ・プリズムリバーが庭へとやってきた。
より詳しくいうと、寝巻きの上衣のボタンが外れ左肩も露になったリリカが、
寝ぼけ眼を右手で擦りながら、枕の端を左手にぶら下げるように持ってやってきた。
茶色がかったボブカットも寝癖で乱れ放題である。
「今日は仕事はお休み。けど、神社の宴会に呼ばれてるのよね。
そこで何かさせられるかもしれない。」
顔を上げ、答える。
「まただらしない格好して。誰かに見られても知らないよ。」
「誰もこないよ。こんなとこ。それより、メルラン姉さんは?」
「湖へ練習に行ったわ。こんどソロ・ライブやるでしょ。それの。」
「ふ~ん、熱心だねぇ。チルノに邪魔されてなければいいけど。
それ、ファンレター?」
「ええ。リリカ達の分もそこに仕分けして置いておいたわ。あとで読んどきなさい。」
テーブルの隅を指差すと、そこには二つの手紙の束が同じぐらいの厚さで積んである。
一つはメルラン宛、一つはリリカ宛のファンレターだ。
「はーい。でも、また変なのが混じってると思うと気が重くなるよ。」
思わず溜息が漏れるリリカ。彼女は三人の中で、ダントツに変な手紙が多い。
たとえば、『ちっちゃいリリカたん萌え。』『食べてしまいたい。もちろん性的な意味で。』
『いつも君を見てる(新聞の字を切り抜いてコラージュ)』などなど。
幻想郷の住人は皆、小さい子が大好きなのだ。もとい。
小さいのに自分の身体より大きな楽器を演奏するリリカが微笑ましいのだ。がんばれ。
「そんなこと言わない。どんな言葉でも私達への応援に変わりはないのだから。」
「そうだけどさ。でも、姉さんのそれ。みそしれるってなにって感じしない?」
「……しないわ。」
「本当にぃ?」
つい、と目を逸らしながら答えたルナサを胡散臭そうにジト目で追求。
しばしの沈黙が訪れる。
「……ちょっと思う。」
根負けしたのはルナサ。確かに意味がわからない。みそしれる。一体なんのことだ。
「でしょ。」
一方リリカは、それ見ろ、とでもいうように首を振りながら言う。
「まぁ、それはさておきさっさと着替えてきなさいよ。いつまでもそんな格好してると烏天狗に盗撮されるよ。」
烏天狗、それは幻想郷の新聞屋。盗撮と記事捏造を仕事と言い切るイエロージャーナリスト。
どんなに破廉恥な写真を撮られてもすぐに逃げられる。
幻想郷一の速さをいかんなく発揮され、何人たりとも前を飛ぶことはできないのだ。
つまり、写真を奪い返すことができない。
特に何事にも興味を示す射命丸文に狙われたら最後。翌日、盗撮写真は必ず一面で使われることとなる。
そのため、このような言葉が使われるようになったのだ。
『烏天狗に盗撮される。』
足が速ければ耳も早い烏天狗。噂を聞けば即参上。あられもない格好の乙女がいれば、疾風のごとくやってくる。
いまや慣用句とまでなったこの言葉。一種の警句である。知らぬは本人ばかりなり。
「はいはい。ねぇ、神社の宴会ってことは夕方まで自由ってことでいいんだよね。
それまで外をふらついてきていいかな。」
「いいよ。それじゃ神社集合ってことにしようか。別に演奏のために呼ばれたわけじゃないしね。
特に準備することもないでしょう。あ、でも楽器だけは持っていって。」
「わかった。それじゃ外ぶらつくついでにメルラン姉さんにも伝えとく。」
「ああ、そうしてくれると助かる。お願いね。」
「ん、それじゃまた後でね。」
ふよふよと宙を漂いながら、館へと戻っていくリリカ。
それを見てルナサはまた一人、ファンレターを読み始める。
ところ変わって、こちらは三姉妹の次女メルラン・プリズムリバー。
紅魔館近くの湖にてソロ・ライブの練習をしている最中である。
鳴り響くトランペットの音色。
彼女の音は人を躁にする効果がある。
聴いた者は陽気を通り越して、狂気に犯されたかのように振る舞い始める。
ハイテンションが止まらない。つまりはそんな状態となってしまうのだ。
だから練習する場所には気を使う。人のいない場所でないといけない。
一度だけ人里の近くで練習したことがある。
風に乗って流されたメルランの音はわずかとはいえ人里まで届き、それはそれはおかしなことになったそうだ。
人里の守護者ワーハクタクの上白沢慧音が「お前のせいで里の一部がおかしなことになっている。いますぐやめてもらいたい。」
と顔も声も真面目なくせに右手を斜め45度に上げ人差し指を一本突き出し、左手は腰に、
手を当てられた腰は左に突き出されるような姿勢で陽気にタップを踏みながら言ってくるものだから、
普通の人間はそれに輪をかけておかしなことになっていたのだろう。
正直、理性だけでも正気を保っていられるワーハクタクにはさすがと感服せざるを得なかった。体はそうもいかなったようだが。
そんなこともあったせいか、今は人が滅多に来ないたとえばここ悪魔の館近くの湖だとか、大妖怪しかいない花畑だとかで許可をもらって練習をすることにしている。
花畑の大妖怪、風見幽香ぐらいにもなるとメルランの音ごときではびくともしないので、安心して練習ができる。
彼女も陽気な音楽を聴くと花がより美しく咲くということを知ってからは、特に許可なんて求めなくていいからたまに演奏をしにきてちょうだいとまで言ってくれるようになった。
音楽は心を繋ぐ。
とまれ、おかしな珍事を起こさないために今日もメルランは一人、湖のほとりで練習をするのであった。
日が高くなり、ちょうど頭上にきたころだろうか。
聞き慣れた声が風に乗ってメルランの耳へと届いた。
「姉さ~ん。」
その方向に顔を向ける。
妹のリリカがふわりふわりとのんきな様でこちらへと飛んできていた。
「ここよ、リリカ!」
演奏を止め、手を大きく振る。
すると向うも手を振り返してくる。
それに気をよくしたのかメルランはさらに大げさに両手を振ってみる。
リリカもそれに応えるように大きく両手を振り返す。
奇妙なポーズをつけて。
こちらも負けじと足を開いてガニ股にし、大地のエネルギーを吸収するかのような動きで応えようとしたが、それよりも早く妹が辿りついてしまった。
「・・・・・・それやめなよ。なんか女子としてやってはいけない動きのような気がするよ。
確実にファンが減る。」
冷めた目で姉を見る。
「それを言うならあなたのあの言語化に不自由しそうなポーズだって同じよ。なんなのあれ?」
「言語化に不自由しそうとは失礼な。あれはね、由緒正しい正義の味方おなじみのポーズなの。」
「・・・・・・そう。」
姉の目に宿るは憐憫の情。一体どこで姉さんは教育を間違えたのかしらね。さりげなく責任を長女に押し付けることも忘れない。
対する妹の目には、常識が欠落してるなんてかわいそうな姉さん、とばかりにこれまた哀れみがこもる。
不毛なにらみ合いが続くこと数秒。
「それで、一体どうしたの?お仕事でも入った?」
すっぱりと切り替えたのは姉のメルラン。時間の無駄だということに気付いたのだ。
「んーん。今日は仕事がないから夕方、神社の宴会が始まるまで自由行動、時間になったら神社へ直行っていうことを伝えにきたの。」
これまたさくっと用件を伝えるリリカ。
「そう。わかったわ。わざわざありがとうね。」
「ん。で、姉さんはここでまだ練習?」
「いいえ。もう今日の練習はこれくらいにして、家に帰ろうかと思っていたのだけれど。
あなたは伝言のためだけにここに?」
二人の間を穏やかな風が吹き抜ける。邸からここまでは少し距離がある。
ただ予定を告げるためだけに来るには少々離れすぎているのだ。なんとなく罪悪感。
「いんや、散歩のついでだよ。宴会までふらふらするのもいいかなと思ってさ。これから人里にでも行ってお昼でも食べようかと。」
ああ、よかった。どうやら杞憂であったようだ。
「なら私も一緒していい?朝からここにいてもうお腹ぺこぺこなのよ。」
「もちろん、いいよ。こないだおいしいうどん屋さん見つけたんだ。連れてってあげる。」
「あら、それは楽しみね。ついでに姉さんも誘おうか。久しぶりに三人揃っての外食にしましょう。」
「さんせーい。どうせ、人里に行くには家の傍通らないといけないしね。ついでに誘っちゃおう。」
「そうと決まれば。」
「善は急げ!」
テンポ良くこれからの予定をホイホイ決めると、元気良く鬨の声を上げながら姉妹は湖を後にした。
電光石火。
その一言に尽きる。
湖を後にしたメルラン、リリカの両名は館でファンレターを読み、兵への返事も書き終え、今日のお昼は何にしようかしらと、キッチンへと向かいつつあったルナサを宇宙人もかくやという形で抱え、あらあらなになにどうしたの、と長女の問いかけに「お昼!」と声を揃えて言うだけでろくに説明もせずに人里へと拉致していった。
なされるがままのルナサ。いつも突飛な妹達の所業には慣れている。三人で外食でもする気なのだろうと、長女的勘によって妹達の企みを看破すると自分の力を使わない空の旅を心ゆくまで楽しんだ。
この妹にして、この姉あり。無意味なポーズ合戦を繰り広げる彼女達の姉は、やはり色んな意味で彼女達の姉なのであった。
音が神社の境内に響き渡る。
その音は心地よく。酒が回りほどよく酔いを感じている者には肴となり、酔いが回りすぎて前後不覚になっている者には更なるネタになる。
「楽しいわね。」
「ええ。」
「楽しいね。」
声を交し合い、思い思いに楽器を演奏する三姉妹。
バラバラなようでいて息の合ったその音はさすがとしかいいようがない。
月が照らし出す幻想の夜。
神社に響く幻想の音は、宴会が終わるその時まで笑い声と共に夜を彩っていた。
俺んとこ来ないか?みたいなノリで言われてもw
なんという五代君。
>しかし、なんというやまなしおちなしいみなしなのか。
>ラストが締まりませんでした。尻切れトンボです。悔しい。
たしかに尻切れトンボでおちなしではありましたが、こういう三姉妹は大好きです。