Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

亜神の川辺 4

2008/06/04 20:34:18
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この作品はプチ27「亜神の川辺 3」の続きになっています。
先にそちらを読んで頂いたあなたは赤い部屋を知っていますか?



『 白 』

水のせせらぎの間にほんの一瞬、針を落としたような異音が混じる。
それは不規則に、またあっという間に静けさを侵食し、雨音は一帯を覆いつくした。
鼻筋を抜ける水滴も、湿って肌に張り付く袖も、全てそのままにして早苗は佇む。
雨が降りそうな天気だとは薄々思っていたが、洋服に唐傘はあまりに不似合いな為、天人に快晴を祈願した結果がこれだ。別段気に入っていたわけではないものの、外の世界の思い出の品がびしょ濡れになってしまったのは残念ではある。
仕方なく、木陰に入って少しでも雨を凌ごうと、振り返る。
その先に、彼女もまた立っていた。

「……馬鹿か、あんたは?」

呆れたというより、見下げたような視線で睨んでくる、死神。彼女もまた雨に打たれ、肩に担いだ鎌の両端から雨粒が絶えず滴っている。

「雨の日にまであたいがここで寝転んでるとでも思ったのか?」

「いいえ。でも、貴女は来てくれました」

「阿呆が突っ立ってたからな。風は引かんかも知れんが警告しにきてやったよ」

いつもの―――そう呼ぶ事に躊躇いを覚えない程度には親しみのある―――川辺に、彼女たちはいる。普段から緩やかな流れの川が氾濫するほどでは無さそうな、細かくつぶらな雨模様。距離をとる小町の声もまた、掻き消されることなく届く。

「四季様に話したな?三途の近くを飛んでいた妖精から聞いたよ。まったく、余計なことをしてくれたね」

「何が、余計だっていうんです?」

「あんたの事もだし、あたいもだ。何であんなくだらない事話しちまったかね……」

眉間に手を当てて呻く小町に、早苗は一歩詰め寄る。が、その距離はまだ遠い。

「くだらなくなんてない。話してくれて、私は嬉しかった」

「そりゃよかっ……」

「でも、嫌だった。貴女があんな悲しそうに笑うのは見たくない」

小町の言葉を遮り、早苗は無理矢理喋り続けた。

「死神を辞めるなんて、言わないで」

「……なら、話してやるよ」

うんざりといった表情で、小町は呟く。

「霊たちの思い出ってのは、いわばそいつらの人生そのものだ。転生してしまえば失われてしまう儚いものさ。聞いた以上は、その全てを背負わなくちゃあならない。それがどういう事かわかるか?」

「…………」

「いつも夢に出てくるよ、その情景がさ。出会いも別れも、笑い声も悲鳴も、嬉しい事も辛い事も、全部圧縮されて押し寄せてくる。何千人もの思い出だ、同じ夢を見た事はない。その誰もが最期には願うんだ、まだ死にたくないってな」

俯き、虚ろな眼差しで足元を見る。今も、彼女は死者の記憶を目に焼きつけ、苛まれているのだろうか。
その顔が、不意に周りの景色に向けられた。暗い灰色の空か、枝垂れた木々か、はたまたその全てか。
聞き慣れてしまえば静寂と変わらない雨音は、川辺の一帯をやけに手狭に思わせる。濡れきった身体はなお水滴の幕に包まれ、さながら水槽の中にでもいるかのようだ。

「ここは、良かった。少しの間だけ重荷を下ろして眠る事ができた。何故かはわからないが、不思議にも思わないくらい居心地が良かった」

ゆっくりとかぶりを振り、小町はこちらを見据えた。

「でも、駄目だ。あんたがこの場所を知ってしまった。ここにはもう来れない」

「どうして……?」

「もう、あんたに向けて笑ってやれそうにないから」

そう言う彼女の表情には、確かに何の感情も込められてはいなかった。あるいは、彼女こそ今にも死に逝くかのように見えなくもない。冗談ではなくそう思いながら、早苗はポシェットの中に手を忍ばせた。間を稼ぐように、問いかける。

「死神を辞めて、どうするつもりなの?」

「……さてね。普通の妖怪として生きるかな。人間を喰ってみるのも悪くないかも知れない」

「そう。じゃあ……」

手にしたそれを、ポシェットから引き抜く。ぴんと先まで伸びた玉串を、小町に向けて構えた。

「退治しないといけませんね」

「……本当に馬鹿なんだな」

吐き捨てるように呟いて、小町もまた担いでいた大鎌を両手で構え直す。柄を濡らす滴を拭い、掌で絞り込むように握りこまれた凶器を早苗へと向け、

「リベンジのつもりか?あの時のあたいが本気だったなんて思ってやしないだろうね、人間」

「……弾幕勝負でつけた決着は絶対、ですよね?」

「つける前から決まってるようなものさね。あたいは自分の好きなように生きる」

「負けませんよ」

反射的に口から出た言葉が、雨音を抜けて小町に届いたかはわからない。
しかし、それで構わなかった。彼女の太陽のような微笑を思い出し、今目の前に立つ少女と照らし合わせる。
言葉ではきっと伝わらない。頑丈な殻は、外からだけでは破れない。その内側に届かせるには、言葉では足りない。
この郷を訪れた時、二人の家族から教わった事があった。外の世界にはない対話の手段が、ここにはあると。
遊ぶように撃ち合え。
遊ぶように語らえ。
そこに決して、嘘は混じらない。
早苗はなお言葉を紡ぐ。届かなくてもいい、これは自身への叱咤。

「誰一人……自分ですら信じられない神様には、負けません」

「試しに、お前から試食してみようか!」

先に飛び出したのは、小町だった。衣装を翻して一瞬のうちに距離を詰めてくる。
恐ろしいほどの広範囲を横薙ぐ鎌を、後方へ跳躍する事で早苗はかわした。すぐ背後に川が流れている事は、無論忘れてはいない。
足を伸ばした先、川面の真上の空間から、落ちゆく筈の雨粒が水飛沫となって爆ぜる。作り出した風の足場に着地するや否や、早苗は再びその場を蹴り上げた。
距離を取れば、相手の手の内が見えなくなる。逃げれば、負ける。
鎌を振りぬいた小町が、こちらを見据えたままその目を見開く。風の力を受けて、彼女の懐めがけて直進するとともに、早苗は叫んだ。

「サモンタケミナカタ!」

弾幕によって描かれた何重もの五芒星が、身体を包み込む。自身もまた一つの弾であるよう念じて、早苗は小町へと迫った。慌てたように彼女が振るった鎌を潜り抜け、その刃が届かないほどの超近距離へ潜り込む。
五芒星が、炸裂した。衝撃波が地面を、空気を、雨粒を震わし、弾の直撃を受けた小町もまた後方へと吹き飛ばされる。自身で放った弾幕の閃光を腕で遮りながらも、林の奥へと消えていく赤い髪を早苗は見逃さなかった。無論、逃がすつもりもない。

(驚いたでしょう?意外だったでしょう?)

勢いをそのままに、小町の消えた方向へと駆ける。
恐らく、先の一撃は致命打にはなっていない。弾の威力を軽減させる為か、あえて後退したのだ。そして、相手は逃走を選んだ。これは確かな成果だ。

(遠距離戦で挑むと思ったでしょう?追う側に回るつもりだったでしょう?)

森の中へ足を踏み込む。葉の茂る上枝に阻まれて雨は気持ち程度に弱まったものの、視界も悪いこの中から人一人の気配を察知するのはほぼ不可能に近い。

(追いかけて、張り付いてやる。絶対に、貴女を逃がさない!)

どこに向けてでもいい。早苗は叫ぶ。

「モーゼの奇跡!」

スペルの轟いた先、地響きを伴って森の奥から押し寄せる、高密度の弾幕の波。木々を透過しながら迫る青白い奔流は早苗を避けるように中央で裂け、一本の道を残して森の全景を覆いつくした。悪しき者のみを討つ弾の光芒に驚いた獣たちが、木々の間を世話しなく逃げる。
弾幕の海。逃げ場は早苗を中央に据えた一本道しかなく、敵はそこに炙り出される。
が、小町は一向に現れない。それも承知していた。

(そこらじゅうに生えてる、木……)

相手の出方が読める。その事に高揚感さえ覚える暇なく、早苗は上空を振り仰いだ。
位置を悟られる事を危惧したのか、弾幕は放ってこない。その代わり、鎌を振りかぶった体勢で小町は落下してきた。声も出さず、その眼は揺らぐことなく早苗を捉えている。
それに向かって、早苗は腕を振り上げる。直線を描いて伸びる追尾弾が引き合うように小町に迫った。

「ちぃっ!」

舌打ちが聞こえ、それと共に鎌を振るい弾がはじかれる。が、小町は振り払った鎌の軌道を巧みに修正して、その切っ先を再び早苗に狙い定めた。
一瞬よりも遥かに短い間に、刃が服の布に触れ、抉るように切り裂く。
鎌の柄越しに伝わった感触が、異様なほど軽く柔かったせいだろう。驚愕に染まる小町の顔が、服の切れ端に覆われる。
洋服の下に着込むにはあまりに布が多かったため、袖を外している他は普段と変わらない衣装。いつでも脱げるよう細工していた洋服を捨て去り、危うげに着地した小町と入れ違うように真上へ跳躍する。
森を覆う弾幕の海はとうに乾き上がり、次のスペルを唱えるだけの呼吸も整っていた。

「白昼の客星!」

剣のように細長い弾の群れが、宙に生まれる。
早苗が手をかざすと同時、それらは吸い寄せられるように落下した。もがく小町が片手にぶら下げる大鎌の、歪曲した刃の腹。その更に一点へと集中して、弾幕が降り注ぐ。
打撃音とともに響くのは、金属のひび割れる音。しかし、柄越しに弾幕の衝撃を受けた小町が得物を手放し、鎌は破壊されることなくそこらの地面に転がった。
小町からある程度の距離を置いて、早苗は着地する。二人の間には、長柄の凶器が。
しかしそれを奪う隙もなく、小町は被っていた布を剥ぎ取った。こちらの位置を視認する事さえせず、叫ぶ。

「ヒガンルトゥール!」

花火のように華やかな、あるいは火花のように熾烈な環状の弾幕が小町を中心に放たれる。木の幹や地面を遮二無二抉る金銀銅の煌きと、金属の擦れる奇音が爆風のように押し寄せる。
一拍遅れて、早苗もまた高らかに宣言した。

「八坂の神風!」

大小を問わない無数の弾が、早苗を中央に据え幾重もの軌跡を編む。旋風に吹かれるように光芒の網は紐解かれ、濃密な弾幕の列を成して射出されていった。
正面からぶつかり合う弾幕が閃光と轟音とを生み、あっという間に五感を埋め尽くす。弾幕を展開させながら、早苗は見えない少女へと呼びかけた。

「霊たちが死んでしまったのは貴女のせいじゃない!誰も貴女を責めないわ!」

「死神は、誰もを本当の意味で殺すんだ。彼岸へ運び、この世に別れを告げさせる」

耳をつんざく破砕音に苛まれながらも、小町の声だけははっきりと届いた。

「所詮あたいは妖怪の端くれ、名前だけの亜神さ。この力は信仰なんかにゃよらない。怨恨こそ死神の力の源だ」

「違う」

こちらの声もまた、小町に届いている事を信じて。早苗は搾り出すように否定の声を発する。

「貴女を慕った人はいたわ。今はいないかも知れないけど、確かにいたの。霊魂だけになって、この世からいなくなる際に、生きていた頃の大切な思い出を語ったのは。貴女を信じたからよ!」

「それが重いからって、あたいは逃げ出すんだよ!?」

悲鳴は、真正面から響いた。
彼女が弾幕にのみ頼る戦法を取らない事は予想している。早苗が展開する弾幕の障壁を切り開いて、赤い髪の少女が飛び出した。拾い上げたらしい大鎌を振り下ろした体勢で迫る小町から、真横へと距離を取る。
巧みに重心を変えて再び鎌を構えた小町が、追いかけざまに刃を一閃する。下斜めから宙を抉る斬撃を体捌きで避け、早苗は密度の薄くなった自身の弾幕の中へ潜り込んだ。
その場から、更に言葉を紡ぐ。

「逃げてない!思い出を棄てる事をしないからこそ、貴女はその重さを感じてるんだわ!今も!」

容易く横薙ぎに裂かれる弾の光の壁。歯噛みしながらこちらを見据える小町から、今度は逃げる事なく。

「貴女の背負う重みが、棄てなかった思い出が、貴女への信仰よ!それをわかって、小町!」

「説教なんて聞き飽きたよ!」

怒号と共に、小町が振り上げた大鎌の軌跡を読み取って。真正面に対峙したまま、早苗は手に持った玉串を構える。
初めから、恐怖はなかった。あるいは高揚すら覚えない冷め切った思考が、既に恐怖で麻痺した結果なのかも知れなかったが。違う、とやはり無感情に理性が呟く。これは勝利の確信だ。
円弧の軌跡で迫りくる斬撃、その下を潜るにはやや足りない程度に腰を落として。
目印へ。弾幕の集中砲火によって刻まれた、刃の亀裂へ。早苗は玉串を打ち払った。
変わらない無音。そう思えるほど、単調で後に残らない響きが、やはり聞き慣れてしまった雨音に混じる。互いの息遣いまで身に染み渡らせるように聞きながら、数秒を待つ。
ほどなくして、砕かれた鎌の切っ先がそこらの地面に落下し、突き立った。
得物を振り下ろしかけた姿勢で、小町は硬直し立ち尽くす。同じく、しなってひん曲がった玉串をかざしたまま早苗もその場を動かない。
そして。

「……あたいの負けだ」

その一言に、全身に注ぎ込んでいた力を抜き切って、二人はその場に倒れこんだ。





いつの間にか通り雨の降り止んだ、木々の彼方に覗く曇り空を。
仰向けに寝転んで見つめたまま、早苗は小さな呟きを零した。

「こうやって、空を見たかった。貴女がどんな景色を見てるのか、気になってた」

「もっと清々しい筈だけどな、いつもは……」

やはり横になった小町が、呆れたような調子で鼻息を漏らす。伸びやかに広げた四肢、その二の腕を枕にするように早苗は寄り添っていた。折れた鎌は、相変わらずの扱いの悪さでそこらに放ってある。
声色を落として、小町はこちらを見ないまま言葉を続けた。

「約束だったね。もうサボらないし、霊とも無駄話はしない。真面目に働くよ。四季さまもそれで満足だろうさ」

「違うよ」

短く、しかしはっきりと告げる。それでも小町は言葉を途切らせ、早苗へと視線を落とした。

「物言えない死者の、最期の話し相手になれる貴女だから。失われようとする思い出を、背負おうとする事の出来る貴女だから。閻魔様は傍に置いているんだと思う」

「なら、どうすればいい?全部を背負いきれるほど、あたいは強くない……」

掠れるほどに弱く、小町は喉を振るわせる。
外の世界で現人神と崇められ、様々な人の懺悔を聴いてきた。彼女もまた、救済を求めている。
けれど、私は神様ではない。
奇跡を起こす程度の能力しか持たない、ただの幻想郷の住人だ。救済などという形で、彼女には応えられない。
早苗はわずかに寝返りを打った。小町の身体に密着して、抱き寄せるように腕を絡ませる。

「重くて持ち切れないのなら、分け合えばいい。棄てるんじゃなく、一緒に支えればいい。背負わせて、私にも……」

冷え切った肌を重ね合わせて、彼女のわずかな体温を感じた。
とっとこ投稿
こまっちゃんってポジと同じくらいのネガを抱えてそうだったもので。一応死神ですし。
早苗さんについては、こっそりひっそりどこぞの天才ボクサーをリスペクトしちゃいました。わかり人だけわかって……

あとすみません、グラサンかけたお爺ちゃんが「もうちょっとだけ続くんじゃ」とかのたまるので、もうちょっとだけ続きます。

追記:
目に付いた箇所だけ修正しました。

>ガ●ダム
まさに!
それっぽい台詞を叫び合いながら戦わせるのが好きです。これは舌噛むだろとか思いつつ。
転寝
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
続くとな? 武天老師グッジョブ!
個人的にはこまっちゃんならひとりでも軽々と背負って行けると信じてるんですが、
早苗さんと分け合うというのならどこに不満があろうか
2.名前が無い程度の能力削除
弾幕る前の会話が神主っぽくて良いです。
弾幕ってる途中はガ●ダムっぽかったですがw