この作品は私が以前、プチの方に投稿した
「X'mas in 守矢神社」と「早苗のバレンタイン」の流れを含んでいます。
ですが、どちらかというと真逆の話になっています。
また、人によっては過激だと感じる表現があるかもしれません。
その点を踏まえた上でお進みください。
春の終わりに差し掛かり、夏の姿が見え始めた頃、
お祭り好きの幻想郷の住人たちは、今日も酒盛りに大忙しだった。
そんなある日、珍しく守矢神社で宴会が行われた後のこと…
「だからぁ!!アイツは本当に……もぅ…」
夜が更け、宴会も終わり、片付けも終盤に差し掛かったところで、
珍しく泥酔したアリスが大声を上げていた。
「ぁー!はい!わかりましたから、
アリスさん落ち着いてください!!」
そのアリスをなだめているのは、奇跡的に酔い潰されるのを回避した早苗だ。
普段ならば、早苗が泥酔させられて倒れ、アリスは澄ました顔で、
といったところなのだが、今日は立場が逆であった。
それもそのはず、今日のアリスは神奈子が早苗を潰そうと用意した酒樽を、
たった一人で飲み干していたのだ。
それは数時間前、宴会も中盤に入り良い具合に酒が回り、
これから最も賑やかになるはずの時間帯に入ったときだった。
その時間帯に、突然アリスと魔理沙が口論を始めた。
口論内容はいたってシンプル『魔法使いについて』だ。
この二人は根本は同じであるのにも関わらず、
価値観が真逆と言っていいほど異なる。
些細なきっかけから始まったのであろう口論は、
徐々にエスカレートしていき、宴会の雰囲気も手伝ってか、
二人は弾幕ごっこを始めてしまった。
その結果、アリスは敗れ、
魔理沙は意気揚々と勝利宣言をした。
普段のアリスならば、ここで不機嫌にはなるが、
大人しく引き下がるのだが、今日のアリスは違った。
恐らく酔いが回っていたこともあったのだろう。
その後、アリスは3回、魔理沙に挑み、
いずれも最後の詰めを誤り敗れた。
そして、弾幕ごっこへも5回目に突入しようとした時、
とうとう魔理沙が折れた。
だが、アリスはそれこそ気に入らない。
魔理沙はそんなアリスから逃げるようにして神社から去っていった。
残されたアリスは良い見世物だ。
半ば、自暴自棄になったアリスはその場にあった酒樽を手に自棄酒へと走ってしまった。
こうして、普段はあまり見られない泥酔したアリスが出来上がった。
「ぁぁ!!もぅ…だから、アイツは…」
早苗が必至になだめる中、アリスは宴会は終わったにもかかわらず
ひたすらにお酒を飲み続けていた。
「ぁぅー…、神奈子さまぁーどうしましょう…?」
片付けは全て終了し、参加者たちもアリスを残して全員帰っていた。
それでも飲み続けるアリスを涙目で眺めながら、
早苗はとうとう神奈子に助けを求めるに至った。
助けを求められた神奈子はというと、困ったように頭をポリポリと掻きつつ、
お酒を飲み続けるアリスとそれをなだめる早苗、その二人の様子を眺めていた。
「まぁ…、そうだねぇ。
潰れるまで付き合ってあげなさい。」
「か、神奈子さまぁー…」
その後、小一時間ほど早苗はアリスの愚痴に付き合うことになった。
「…あんなヤツ……いなく……ば…のに……」
「ぅ……、ここ…は?」
太陽が空高く上り、まもなくお昼という時間にアリスは目を覚ました。
目を覚ました場所は見慣れない薄暗い和風の部屋。
鈍く痛む頭を押さえつつ、半身を起こしたアリスは現状を把握しようと自分の周りを確認した。
まず自分が横たわっているのは、幻想郷では珍しい軽い羽毛布団。
その枕元には人形など、必要最低限の道具の入った自分の鞄が置かれていて、
さらにその横に丁寧に服がたたんで置いてある。
そこでアリスは、自分が浴衣のような寝巻きを着ていることに気付く。
たたんである服は、普段アリスが着慣れている自分の服だ。
「ぁぁ、そうだったわね…」
アリスはようやく自分の置かれている状況を理解した。
それを待っていたかのように、障子が静かに開き、
太陽の光が部屋の中へと降り注いできた。
「アリスさん、ようやくお目覚めですか?」
「えぇ、昨日は随分と迷惑をかけてしまったわね。」
そう、笑顔でアリスに声を掛けたのは、もちろん早苗だ。
アリスも予想通りの人物の登場に穏やかな表情で答えた。
別に対して問題はありませんでしたよ、そう早苗は笑顔で答えるが、
アリスはその笑顔に若干の違和感を感じた。
「早苗…、貴女……?」
「なんですか?」
アリスの問いにもならない問いかけに、
やはり早苗は笑顔で答えるが、何か違和感がある。
逆光のせいだろうか?
違和感の理由に見当もつかないアリスは、そう自分に言い聞かせようとした。
だが、その逆光のお陰で違和感の原因をアリスは見つけてしまった。
「早苗…、何で包丁なんて持ってるの?」
「ぇ?あぁ、これですか?」
逆光を反射して浮かび上がったシルエットは大きな包丁だった。
早苗は右手に持った包丁をアリスが良く見えるようにと、スッと正面に差し出した。
「ちょっと大物が入ったので、頑張って捌いてたんですよ。」
正面に差し出された包丁には真っ赤な血がかなり付着しており、
その量から察するに、かなり大きな動物を捌いていたようだ。
「そうだ、アリスさんも見てくださいよ。
私が一生懸命捌いたんですよ。」
「そ、そう…一体何を捌いたのかしら?」
「ふふ、何だと思います?」
嬉しそうにはしゃぐ早苗にアリスは、まだ違和感を覚えていた。
しかし、折角の申し出だ。
昨日から一晩、早苗をつき合わせてしまったのだから、
今度は自分が付き合う番だろう。
「全く…仕方ないわね。着替えてから行くから、
頑張って私を驚かす準備でもしてきなさい。」
「そうですね。では、私は先に行ってますから、
ちゃんと台所に来てくださいね。」
アリスの返答に早苗は満足そうに頷くと、
くるりと向きを変え部屋の外へと向かっていった。
早苗のその楽しそうな仕草に、
アリスは先程の違和感はきっと気のせいなのだと、そう思った。
「ぁ、そういえば…」
早苗は部屋の外に出たところで、何かを思い出したように、
スッと立ち止まった。
「アリスさんって…」
立ち止まった早苗はゆっくりとアリスの方へと視線を向ける。
逆光のせいで表情は良くわからないが、アリスには早苗が笑っているように思えた。
「魔理沙のこと―――ですか?」
声は笑っていない。
無機質なやけに低い声が響き渡る。
風でさえ、その声を避けるように吹くのやめ、無音の空間が広がる。
呼吸音が止まり、自分の心臓の音さえ聞こえない、
全てを飲み込むような無音の空間だ。
アリスに言葉を発することなど出来るはずもない。
そんな時間がどれだけ続いたのだろうか?
いや、実際はほんの数秒のことであっただろう。
無音の空間は早苗の言葉によって打ち消された。
「では、アリスさん。台所で待ってますね。」
早苗がその場を立ち去ると、風が再び吹き始め、
新鮮な空気を部屋の中へと運んできた。
そして、新鮮な空気と共にアリスの思考も戻ってくる。
今のは何だったのか?
空耳?
いや、はっきりと聞こえた。
では、彼女はなんと言った?
何と言ったのだろう?
魔理沙?
何故か早苗の言葉の一部だけがぽっかりと抜け落ちている。
いくら考えても、その一部を見つけることは出来ない。
それならば、本人に確認すれば良いだけだろう…
アリスは多少の不安は残るものの、早苗に先程の言葉を聞くためにも、
台所へ向かおうと立ち上がった。
「ぁ……着替えなくちゃ…」
半ば、部屋から出かけたところで自分の服装を思い出したアリスは、
再び部屋の中へ戻ると、綺麗にたたまれている自分の服に腕を通した。
着替えることさえ忘れるなんて、今の私はどうかしている。
きっと早苗に違和感を感じたのも、私がおかしかったからだ。
キュッとスカーフを整え、リボンもしっかりと、
鞄の中を確かめると魔導書もちゃんと収まっている。
あとは鞄を肩から掛ければ準備は万端。
「さて、行きます…か?」
ポタッ
不意に何処からか、何かが滴り落ちる音が聞こえた。
「アリスさん♪」
その音に気を取られていたアリスは、
背後から声を掛けてきた早苗に驚いてしまった。
「あまりにも遅いから持ってきちゃいました。」
早苗はアリスが驚いたことに気付いていないのか、
それとも、そんなこと意に介す気も無いのか、
アリスの背に向けて言葉をつむいでいく。
ポタッ
「ねぇ、アリスさん。今、私が持ってるものは何だと思います?」
ポタッ
「い、一体何を持ってるの?」
ポタッ
「すぐに答えちゃ、つまらないじゃないですか。
当ててみてくださいよ。」
ポタッ
「ヒントも無いのに当てろだなんて、
随分と難しいことを要求するのね…」
ポタッ
「ヒントなら、もう出してますよ。」
ポタッ
「もう…出している…?」
ポタッ
「はい。アリスさんって…
魔理沙のことが―――」
アリスが勢い良く振り返る。
そこには紅い袖を身に纏った早苗が立っていた。
空気が淀む。
風は吹き込んでいるはずなのに、空気が止まる。
風が吹いているはずなのに、その音さえ消える。
呼吸の音しか聞こえない。
いや、呼吸することさえ忘れてしまいかねない。
そんな空間にクスクスと早苗の笑う声が静かに染み渡る。
怪しく、そして何より美しく笑う早苗の手には……
夜空になびいていた髪は何色?
弾幕の隙間を見定める鋭い眼は?
その生意気な口はどんな風に笑っていた?
その目から、口から、そして切断面から流れ出るのは
深紅の血
その流れ出る血が早苗の袖を深紅へと染めていく。
ポタッ
「ふふっ」
早苗が妖艶な笑みを浮かべ、呆然としているアリスに近づいていく。
「どうですか?驚きました?」
左手で『それ』を持ち、早苗は右手をアリスの頬へと伸ばしていく。
「アリスさん言ってましたよね?」
深紅に染まった指が愛おしそうにアリスの頬をなぞる。
「魔理沙なんて―――」
「いやぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!」
アリスは早苗を突き飛ばし、外へと飛び出した。
そして、そのまま全速力で空を駆け抜ける。
「あはっ、あはははははははははははははっ」
そのアリスを追うように狂気をはらんだ笑い声が大空に響き渡った。
アリスは訳もわからぬまま、紅魔館へと向かった。
誰かに相談しなくてはいけない、
そう考えた時に真っ先に浮かんだのがパチュリーだったためだろう。
乱れる呼吸を整えることも出来ず、
ひたすらに図書館の向けて全速力で空を駆け抜けていく。
「パ、パチュリー!!」
アリスは大声を上げて図書館の扉を開いた。
図書館の中では、取り乱した様子のアリスを
不思議そうに見つめるパチュリーと小悪魔の姿があった。
しんと静まり返っていた図書館にアリスの乱れた呼吸音が響き渡る。
「アリス?一体どうしたの?」
取り乱した様子のアリスを少しでも落ち着かせようと、
パチュリーは出来るだけ普段と同じ調子でアリスに問いかけるが、
今のアリスには逆効果であったようだ。
アリスはカツッカツッと床を鳴らし、パチュリーに詰め寄っていった。
「パチュリー…
魔理沙が…魔理沙が!!」
「アリス!とにかく落ち着きなさい!!
小悪魔、ちょっとお茶を持ってきなさい。鎮静効果の高いやつをね。」
「わ、わかりましたー!!」
アリスの精神状態が尋常ではないと悟ったパチュリーは小悪魔を使いに出し、
自分はアリスと向き合った。
アリスはパチュリーの方をギュッと握り締め、
酷く怯えた表情をしている。
こんなアリスを見るのはパチュリーには初めての事だった。
パチュリーは肩に食い込むアリスの手に、そっと自分の手を重ねて
ゆっくりと口を開いた。
「アリス、落ち着いて聞きなさい。
…貴女は何故ここに来たの?」
「私は…パチュリーに、
パチュリーに助けを……」
「私に助けを?…貴女は何から救われたいの?」
「何から…?私は……何から?」
パチュリーの真摯な表情に、アリスは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
しかし、アリスは落ち着きを取り戻したことで、
『あの光景』をまざまざと思い出してしまった。
「そう…そうよ!!
パチュリー!魔理沙が、魔理沙が!!」
「魔理沙がどうしたの?」
「魔理沙が早苗に殺さっ」
その瞬間、パチュリーがアリスの口を押さえることで
発言を押しとどめた。
「早苗というのは妖怪の山に越してきた巫女のことね。
その巫女に魔理沙が『負けた』ということでいいのかしら?」
パチュリーは敢えて、アリスの発言を否定した。
アリスの取り乱しようから、アリス自身が混乱していると考えたからだ。
混乱しているのならば、その混乱の元を間違いだと知らしめれば良い。
そうすれば、落ち着くだろうと、そう考えたのだ。
だが、今のアリスには、そんな心遣いに気付く余裕は無い。
パチュリーの落ち着き過ぎたその様子に不満をぶちまける様に
矢継ぎばやに言葉を発していく。
「違うわ!違うのよ!?
本当に、魔理沙が早苗に!!
私は見たのよ!早苗が魔理沙の…魔理沙の!!」
「落ち着きなさい!!
魔理沙は仮にも、うちのお嬢様にさえ勝ったことがあるのよ?
そんな魔理沙が幻想郷に来たばかりの巫女に負けるの?」
「違う!!
負けたんじゃない!!負けたんじゃなくて!!
早苗は、早苗が魔理沙を!!」
話がまるで噛み合わない。
パチュリーは舌打ちし、アリスは必至で言葉を発し続ける。
静かだった図書館には二人の言い争う声が響き渡った。
「もういいわ!!」
その言い争いを遮るようにアリスは一段と大きな声で叫んだ。
何を言っても聞く耳を持とうとしないパチュリーに、
アリスが痺れを切らしたのだ。
「パチュリーに相談した私が間違ってた!!」
「アリス!?」
アリスはパチュリーの肩から手を離すと図書館の外へ向かって歩き出した。
それを止めるようにパチュリーがアリスの袖を掴むが、
アリスの歩みは止まらない。
「アリス!今の貴女は正常じゃないわ!
落ち着いて話をしましょう。」
「私はいつでも落ち着いてるわ!!」
「そうやって叫ぶこと自体が取り乱してる証拠よ。
普段の貴女なら叫ぶような真似は滅多にしないわ。」
パチュリーが落ち着いた声でアリスを諭すが、
既にアリスの苛立ちは頂点に達してしまっている。
アリスは勢い良く腕を振り、パチュリーの手を振り払った。
「うるさい!!
私の話を聞こうともしない貴女に何がわかるの!?
パチュリー…、貴女なんてもういらな」
「必要ないのですね。」
アリスの目の前にいるパチュリーの首から、
病的にまで白く美しい首から真っ赤な刃物が突き出た。
パチュリーは何が起こったのかと、自分の首元を見ようとするが、
突き出た刃物は、そのまま横になぎ払われた。
その瞬間、パチュリーの首から深紅の血が噴きだした。
「ぁ…ぁ…??」
何が起こったのかわからない、何故言葉が出ないのかわからない。
何故目の前が真っ暗になるのか…
「パ…チュリー…?」
アリスはパチュリーが倒れる様子を呆然と見つめていた。
そして、パチュリーが倒れた、その背後にいたのは…
「さ…な…」
「はい、東風谷 早苗ですよ。アリスさん♪」
早苗は相変わらず、可愛らしい笑顔をアリスに向けている。
普段なら可愛らしく、放っておけなくなるような、そんな笑顔だ。
だけど、今は…
「パチェ、さっきから随分騒がしいけど、何か…」
またも無音の空間へと飲み込まれかけた二人の前に、
紅魔館の主、レミリアが姿を現した。
そのレミリアの目に映るのは、深紅の池に身を横たえるパチュリーと、
深紅に染まった早苗の姿。
レミリアは一瞬にして現状を把握する。
「…パチェ……お前がパチェを!!」
その速度は音速に達するのか?
瞬きさえする間も与えず、レミリアは早苗の正面に移動した。
「死ねぇ!人間!!」
レミリアの鋭い爪が早苗の胸に突き刺さる。
そう誰もが感じたその瞬間、
突如現れた鉄の柱が轟音を立ててレミリアを押し潰した。
そんな中、早苗は終始、笑顔のまま立っていた。
レミリアが負けた。
幻想郷のパワーバランスを担うほどの吸血鬼が目の前で負けた。
その事実と、柱が出現したことによる轟音でアリスは我を取り戻した。
「さ、早苗…貴女…一体…」
「ふふふっ」
早苗は正面に佇む鉄の柱を優しく撫ぜるとアリスのほうへ向き直った。
「今の私には神が二柱も憑いています。
大丈夫。アリスさんは私が守りますよ。」
「神が…?
貴女、まさか…」
早苗の言葉に、アリスが後ずさりしたその時、
突如、早苗の周りに蝙蝠の群れが現れた。
「この程度で私を殺したつもりか?」
蝙蝠の群れは一箇所に集まっていく。
柱に潰される直前に身体を霧へと細分化していたのだろう。
レミリアが再び早苗の前に姿を現した。
「自ら信仰する神の実体を破壊してまで力を求めたのか?
愚かなものね、人間というのは。」
「愛ゆえです。
貴女だって、この魔女を愛していたからこそ
私に向かってくるのでしょう?」
レミリアの皮肉にも、早苗は堂々と胸を張って答える。
それどころか、早苗はレミリアに挑発さえもしてのけた。
「…産まれてきたことを後悔させてやる!!」
レミリアの腕に魔力が集中する。
それに合わせるかのように早苗も霊力を正面に集中する。
ここから始まるのは天地を揺るがすバケモノ同士の戦い、
弾幕ごっこなどではない、バケモノ同士の殺し合いだ。
アリスは自分でも気付かないうちに、
ズルズルと後ずさりをし、図書館の出口まで来ていた。
そのアリスに向けて早苗が笑顔で言った。
「待っててくださいね。邪魔者は全部やっつけますから。」
その瞬間、アリスは本能的に逃げ出していた。
絶対的な力を持つものに対する恐怖、抗うことのできない恐怖。
感情が命ずるままアリスは紅魔館から飛び出していった。
「あはっ、あはははははははははははははっ」
どこからともなくアリスを追いかけるように笑い声が響き渡った。
アリスは気付けば、博麗神社へ来ていた。
異変の解決は博麗の巫女という考えでもあったのだろうか?
憔悴しきったアリスは自分の思考を整理することさえ出来ずにいた。
「れ…い…む…霊夢は…いる?」
「アリス!?あんたどうしたの?」
いつものように、のんびりと縁側でお茶を啜っていた霊夢も、
アリスの真っ青にやつれた顔を見るなり飛び出してきた。
「あんたがそんな風になるなんて、一体なにがあったの?」
霊夢はフラフラと今にも倒れそうなアリスに肩を貸すと、
先程まで自分が座っていた縁側へとアリスを連れて行った。
「れ、いむ…魔理沙が…パチュリーが…」
思い出しただけでも怖気がする。
そんな思い出したくも無い光景を、
アリスは言葉を詰まらせながらも霊夢へと伝えていく。
霊夢の方は、博麗の巫女の勘からだろうか?
パチュリーのように疑うこともせず、
アリスの話の全てを真剣に受け取っていく。
「正直なところ、俄かに信じがたい気もするけど…」
「…霊夢っ!?」
アリスが話し終えたところで、霊夢が難しい表情をした。
その様子にアリスは、ヒステリックになりかけるが、
それよりも早く霊夢が口を開いた。
「でも、私の勘はあんたの話を否定しないのよね。
ということは、あんたの話は真実。」
アリスの表情が、パッと光を取り戻す。
ここに来て、ようやく味方を得たのだ。
しかも幻想郷において、ある意味で最強の味方だ。
心強くない訳がない。
しかし、霊夢はそんなアリスの感情に気付かないのか、
話は終わりとばかりに、アリスのそばからスッと離れた。
「早苗を放っておくわけにはいかないわね。
あんたはここで待ってなさ……」
霊夢が早苗を退治に行くには早苗の元に向かう必要があり、
そのためにアリスのそばを離れるのは当たり前のことだ。
しかし、衰弱しているアリスは霊夢がそばを離れることが不安で仕方が無い。
アリスは必至な形相で、霊夢の袖をギュッと握っていた。
その様子に、霊夢はため息をつき、アリスの瞳を覗き込む。
「大丈夫だから、あんたはココにいなさい。
心配ならあんたの周りに結界も張っておくから…」
霊夢の瞳を見ているうちに、ほんの少しだけ気を取り直したアリスは、
霊夢の肩を借りて母屋の中へと入っていった。
その時、二人の間を一筋の閃光が駆け抜ける。
アリスに肩を貸していたはずの霊夢が、突然その場に崩れ落ちた。
アリスも霊夢に引きずられるようにバランスを崩し、その場に倒れる。
一体、何が起こったのか理解できないアリスは、霊夢の方へと手を伸ばす。
そして、その手が霊夢に触れた。
触れた手には深紅の…
パニックになる寸前のアリスに追い討ちをかけるように、
優しげな声が背後から発せられる。
「お待たせしました。アリスさん♪」
ガタガタと身を震わしながら、アリスが振り返ると、
そこには深紅に染まった早苗が笑顔で立っていた。
「ぁ…ぁ…ぁぁぁ……」
アリスは恐怖で声さえ出ない。
だが、早苗はそんなこと気にすることもなく話を続けていく。
「吸血鬼って意外と脆いんですよ。
ちょっと太陽の光に当てただけなのに……ね。」
足音も立てずに早苗はゆっくりとアリスの元へと近づいていく。
「あぁ、そういえば、咲夜さんにも邪魔されたんですよ。
でも、咲夜さんには私もお世話になったんですよね。」
アリスはどうにか逃げようとするが、恐怖に支配された身体は言うことをきかない。
「だから、咲夜さんを殺すのは止めておきました。
ただ、邪魔されるのも面倒なので…」
早苗が笑顔で怯えるアリスの目の前に立った。
「軽く手足を切断しておきました。
あれだけやれば、もう追ってくることも無いでしょう。」
早苗は事も無げに言った。
眩しいほどの笑顔であった。
そして、その笑顔のままアリスの方へと手を伸ばす。
「さぁ、アリスさん。一緒に…」
「な、なんで!!?」
早苗の手が頬に触れるかというところで、
アリスが必至の思いで、声を絞り出した。
「なんで、霊夢まで!??霊夢には貴女だって!!」
早苗は今、お世話になったから殺さなかったといった。
ならば霊夢はどうなるのか?
アリスは考えのまとまらない思考を必至に働かせ、
すがる思いで訴えかける。
しかし、早苗の答えはあっさりとしたものだった。
「だって、アリスさんは霊夢のことが――なんでしょ?」
「…ぇ?」
アリスはその回答に虚をつかれた。
「咲夜さんは苦手なだけだけど、
霊夢は努力もしないのに自分より強いから疎ましいんでしょ?」
「な…なんでそのことを?」
「簡単なことです。
私はアリスさんのことなら何でも…」
早苗は妖艶な笑みを浮かべた。
「何でも知ってますから。」
そういった早苗に向かって無数の御札が降り注ぐ。
早苗は焦ることなく、軽く後方に飛んで避けると、
視線をアリスから反らした。
その視線の先には荒い息で早苗を見据える霊夢の姿があった。
「さっきの攻撃でしとめたつもりだったんですけどね。」
「ざ、残念だったわね…。
私は、ぁ、当たり判定が小さいのが特徴なのよ。」
口では余裕ぶっている霊夢であったが、
彼女の右腕はだらりとぶら下がり、皮一枚で繋がっている状態だ。
その傷口からは絶えず大量の血が噴出している。
「全く、そんな状態でよく私に向かってきますね。
死んだ振りでもしてれば長生きできたのに。」
「…ぁ、あんた、な、んか、片手でじゅうぶんよ!!」
霊夢は残された左手に針を握り、早苗に向かっていく。
「まぁ、生きていたの知っていたので、
ほんの数分間の差ですけどね。」
霊夢の周りに無数の鉄の輪が展開され、
その鉄の輪が霊夢を押し包むようにして収束していく。
もちろん逃げ場は無い、
そして今の霊夢には防ぐ手段も無い。
収束する鉄の輪に押し潰され、鮮血が舞い上がる。
早苗は笑みを浮かべその様子を眺めるはずだった。
だが、実際は違った。
早苗の表情から笑みが消え、
鉄の輪は霊夢に届く直前で結界に阻まれた。
「博麗の巫女を…いえ、霊夢を殺させる訳にはいかないわ。」
「…貴女は……隙間の大妖でしたっけ?」
鉄の輪を弾き飛ばし、霊夢を抱きかかえて結界の中から現れたのは、八雲 紫であった。
無言で佇む紫が早苗に向けて手をかざすと、早苗の周りに結界が展開された。
早苗を封殺するつもりなのだろう、その結界は徐々に範囲を狭めていく。
さすがの早苗も、この結界には手も足も出ないだろう。
そう、早苗一人だったならば
狭まる結界は内側から撃ちだされた無数の柱と鉄の輪によって砕かれてしまった。
紫は少し顔を引きつらせつつ、早苗ではなくアリスに声をかけた。
「アリス、貴女はさっさと逃げなさい!」
「…ぇ?」
その存在をアリス自身でさえ見失いかけていたところに声をかけられた為、
アリスは完全にほうけていた。
「貴女がココにいては助かるものも助からない!
さっさと立ち去れ!!」
殺意さえも篭ったその一言にアリスは咄嗟に反応した。
早苗と紫の間を駆け抜け、アリスは博麗神社から逃走した。
「あはっ、あはははははははははははははっ」
アリスが神社から離れた直後、爆音と共に笑い声が響き渡った。
ハァ、ハァ、という荒い息遣いが小さく響く。
森の中は普段と変わらない様子で静まり返っている。
それは、もうアリスの小さな息遣いなど吸い込まれるくらいに。
バタンッと勢い良く扉が閉められた。
アリスはついに自分の家へと戻ってきた。
そのまま扉に背を預け、アリスはその場に崩れ落ちそうになった。
しかし、ほんの少しの安心感を味わうことさえ、今のアリスには許されない。
コンッコンッ
ビクッと身体を震わしたアリスは反射的に扉の鍵を閉めた。
コンッコンッ
小さく控えめにノックする音が響く。
アリスはその音から逃れるように後ずさりした。
「アリスさーん。いるんでしょ?
早苗です。開けてくださいー。」
早苗の声が聞こえた途端にアリスは部屋の奥へと逃げ出した。
部屋の奥へ奥へ…
普段は魔法の実験などに使う地下室を抜け、更に奥へ
ガタンッ
アリスが地下室の奥にある扉に手をかけたとき、大きな物音が鳴った。
アリスはほんの一瞬だけ硬直するが、すぐにその扉を開き、
かつて自らが封じた部屋の中へともぐりこんだ。
荒い息が埃の舞い上がる部屋の中に響く。
アリスは舞い上がる埃を気にすることなく、いや、気にすることさえ出来ない中、
なんとか落ち着こうと、二度三度、深呼吸を繰り返す。
しばらくすると真っ暗だった部屋に目が慣れ、部屋の中を見渡すことが出来た。
そして、その部屋の中にあったのはたった一つの魔法陣。
ガタガタ、と頭上から物音が聞こえてくる。
アリスは鞄の中から魔導書を取り出すと、ギュッと抱きしめた。
そうすることで、ほんの少しだけ勇気が沸くような、そんなすがりつくような…
キッと表情を引き締めると、アリスは一言一言、慎重に呪文を唱えていく。
それに伴い、部屋の中心、アリスの足元にある魔法陣に徐々に光が宿っていく。
コツッコツッと地下へ続く階段を歩く音がする。
呪文はまだ終わらない。
カタンッと地下室の扉が開く音がする。
魔法陣に完全に光が宿る。
しかし、まだ呪文は続いている。
コンッコンッ
アリスのいる部屋へと続く扉をノックする音が聞こえる。
コンッコンッ
二度目のノック
「アリスさん、かくれんぼはもうお仕舞いにしましょうよ。」
早苗がドアノブを回す。
そして…
アリスが目を開くと、そこは薄暗い洞窟の中であった。
早苗の姿はもちろん、気配さえ全く無い。
先程までの焦りが嘘のように静まり返った空間であった。
アリスは胸に抱いた魔導書を、もう一度ギュッと抱きしめるとゆっくりと歩き出す。
しばらく進むと、水面を垂直にしたような不思議な壁が現れた。
アリスは迷うことなく壁へと身を躍らせる。
その壁はアリスの訪問を喜ぶように大きく波打った。
壁を抜けた先に広がっていたのは広大な草原とその先に見える小さな街。
「そこの貴女!ちょっとまって!!」
ぼんやりとその光景を眺めていたアリスの背後から、突然声がかかった。
ゆっくりと振り返ると、そこにたっていたのは一人の少女。
アリスの記憶と寸分の違いも無い姿の少女であった。
「ここは貴女のような人間が来ても良い居場所ではないわ!直ちに…?」
少女は真剣に、それこそ殺意さえ向けかねない勢いで話しかけているが、
アリスはそれとは正反対で、クスクスと笑みさえ浮かべている。
不審がる少女に、笑顔でアリスはゆっくりと近づいていった。
「久しぶりね、元気にしてた?サラ。」
サラ、そう呼ばれた少女は一層不審そうにアリスの顔を覗き込んだ。
アリスはサラの様子に、とうとう声を上げて笑い出してしまった。
「アハハッ。サラ、私よ。アリスよ。」
「アリス?…ぇ、……アリス!?」
サラは驚き、アリスの顔を改めて覗き込む。
そこには確かにサラの知っているアリスの面影が残っていた。
「アリス…随分背が伸びたのね。本当に気付かなかったわ。」
「私はココの理から外れてしまったからね。」
アリスは少し寂しそうな表情になった。
ココはかつて自分が守ろうとした場所、そして自分がうまれた場所。
一人の創造神が生み出した魔界であった。
サラはアリスの帰還を心から喜んでいるようであったが、
アリスはサラの様子を見ているうちに少し不安が戻ってきていた。
「ねぇ、サラ…」
「なに?アリス?」
「神綺様はどこにいるかしら?」
「神綺様ならいつもの場所にいるわよ。
そういえば、アリスはどうして戻ってきたの?」
「ちょっと…ね。」
アリスはサラに礼を言うと、少し早足で街へと向かった。
そよそよと髪をなでる心地良いはずの風にも、今は気を取られている場合ではなかった。
懐かしい人物との出会いが良くも悪くもアリスの心を溶かしていた。
街に足を踏み入れたアリスは次々と懐かしい人々に出会う。
ルイズはもちろん、双子の魔法使いユキとマイ。
皆、アリスの帰還を喜んでくれた。
それと共にアリスの不安も大きくなっていく。
そんなアリスの心境を察してか、常に神綺の側に仕えているメイド、夢子がアリスの前に現れた。
「おかえりなさい、アリス。」
夢子はアリスが覚えているままの笑顔で迎えてくれた。
「夢子…さん、………あの!!」
アリスが意を決して言葉を紡ごうとすると、夢子は笑顔のままそれを制した。
そしてアリスの手を取り、そのまま神綺の元へと導いていく。
「大丈夫。ちゃんと神綺様は聞いてくれるわ。」
そうして、アリスはある建物のテラスへと通された。
その先には一人の女性の後ろ姿が…
「し…神綺…さま?」
名前を呼ばれた女性はゆっくりとアリスの方へ振り返る。
優しく微笑むその姿は、アリスの記憶のままの彼女だった。
「お帰りなさい。アリスちゃん。」
アリスは迎えの言葉を聞いた途端に、今までの不安が溢れ出してしまった。
友人の豹変
豹変した友人による友人たちの殺害
その恐怖から逃げ出してきたこと
そして…
「私は魔界を…魔界を捨てて幻想郷に移り住みました。
そうすることで魔界の理からも外れてしまいました。こんな…こんな身勝手な私でも……。」
アリスはまるで懺悔するかのように神綺に溢れ出した感情をぶつけた。
神綺はその感情を全て受け止めた上で、ゆっくりとアリスに近づいていく。
「神綺様…」
「う~ん。『神綺様』じゃくて、もっとフレンドリーに『お母さん』で良いのよ?」
不安で涙さえも滲みかけていたアリスは、神綺の予想外の言葉にキョトンとして言葉を失った。
神綺はそんなアリスを優しくギュッと抱きしめた。
「帰りたいと思うなら、いつでも帰ってこれば良い。
外に出たいのなら、いつでも外にいけば良い。」
「…しん…き…さま…?」
「何処へ行こうと、どう変わろうと、アリスちゃんが私の娘であることは変わらないわ。
娘が助けを求めるなら、私はどんなことをしても守るわよ。
だから、アリスちゃん…安心して……ね。」
「しん……お母さん………」
神綺の優しく力強い言葉に、アリスは今度こそ涙を流した。
そして、暖かな彼女の温もりに身をゆだねた。
ピシャッ
妙な音が鳴り、アリスの顔に何かが降り注いだ。
「……お母さん?」
アリスは恐る恐る顔を上げる。
その視線の先には、あるはずのものが無くなっていた。
あるはずのもの
無くてはならないもの
優しく微笑む母の顔
血を噴出しながらゆっくりと神綺の身体が崩れ落ちる。
その先に佇んでいたのは…
「…お母さん?」
「『こんなに弱い自分を創ったなんて許せない。どうせ創るならもっと強く』」
「お母さん…」
「つまり、アリスさんは創造主のことも―――。」
「よくも…よくも、お母さんを!!」
アリスはずっと胸に抱えていた魔導書の封印を解く。
魔導書―Grimoire of Alice―
究極の魔法がアリスの手によって動き出す。
「そして…」
「さなえぇぇぇえええええええええええっ!!!」
一陣の風が吹き抜ける。
「そして、アリスさんは弱い自分が許せなかった。」
その風はいとも簡単に魔導書を貫き、そのままアリスの心臓を正確に貫いた。
「…ぁぁ……」
「アリスさんは、自分のことも…」
そういうことだったのか。
「自分のことも『嫌い』だったんですね。」
視界が真っ白になっていく中、アリスが最後に見たのは早苗の悲しげな笑顔だった。
「ぁぁぁああああああ!?」
「アリスさん、大丈夫ですか!?」
絶叫と共にアリスが目覚めると、そこには心配そうにアリスの顔を覗き込む早苗の顔があった。
「ひっ!?……さ、さな…え?」
早苗の顔を見た途端に、アリスは悲鳴を上げそうになったが、
ギリギリの所でなんとか止めることができた。
乱れる呼吸の中、辺りを覗えば、そこは何の変哲も無い守矢神社の一室。
チュンチュンとすずめの鳴く声さえ聞こえてくる。
「アリスさん、かなりうなされてましたけど、大丈夫ですか?」
荒い呼吸を繰り返すアリスに、早苗が心配そうに声をかける。
その早苗からは何の違和感も感じない。
普段の真面目で心優しい早苗そのものであった。
「ゆ…め?」
アリスはゆっくりと呼吸を落ち着けていく。
冷静になって考えてみれば、今まで自分が体験してきたことは色々な矛盾点がある。
「ふふっ…まさにタチの悪い悪夢ね…」
「アリスさん?」
思わず口に出した言葉に、早苗が首をかしげた。
アリスはそれを、なんでもない。と適当に誤魔化し、
気持ちを落ち着けるためにも昨夜の出来事を尋ねることにした。
早苗もアリスの心境を感じ取って、それ以上問いかけようとはしなかった。
しばらくの間、他愛も無い会話のあと、
早苗は朝食の準備をしてくるとアリスの前から立ち上がった。
そして、部屋から一歩踏み出したときに、不意に立ち止まった。
「そういえば、アリスさん。」
「なにかしら?」
「アリスさんって、魔理沙のこと嫌いなんですか?」
「…今なんて?」
最後の既視感はただ偶然にセリフが一致しただけですよね?幸せになるためそう信じてますw
やっぱアリサナはほのぼのが一番ですねw
次回作も楽しみにしてます!
想い人と2人きりの幸せを求める余り狂気に走る早苗・・・。
ありだと思います。
最後の既視感はご想像にお任せします。
ほのぼの~も好きですが、ネガティブな話も大好きなので…w
次回はほのぼの~予定です。全力で頑張ります!
<06/04 14:05の名無しさん
失望させてしまったのは良かったのか悪かったのか…きわどい所ですね。
そんなことより、狂った早苗さんも素敵ですよね!!