Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

亜神の川辺 3

2008/06/03 13:40:36
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この作品はプチ27「亜神の川辺 2」の続きになっています。
先にそちらを読んで頂いたあなたの後ろに立っているのは誰ですか?



『 黒 』

気張りの床というのは、やはりどう歩いても音を立ててしまうものだ。
足元から直に伝わる軋みはどうしようもなく不快ではあるものの、早苗は緩慢な動作で歩く事をやめなかった。
こうまで慎重に母屋の廊下を歩くのは、夜更かしをして地元の子供たちと肝試しに行った、幼少の頃以来だ。あの時は顔面すれすれに御柱を突きつけられ、泣いても許されないほど叱られたものだが。
この時刻に起きているのなら、むしろ健康的なほうだろう。渡り廊下に差し込む清く眩い日差しは、一目で早朝特有のものだとわかる。
もう間もなく午前八時を回るこの時間、守矢神社の中で起きているのはおそらく自分だけだ。
郷の人妖たちから信仰を得るため日々切磋琢磨する神々も、疲れる時は疲れるものだ。日曜日は、早苗もあの二人を無理に起こす事はせず、寝たいがままにさせる習慣になっていた。
昨晩も天狗対象の講演会を開いていた神奈子と、大蝦蟇と湖の領有を巡る交渉の資料集めに奔走していた諏訪子の寝顔を思い出す。たかが足音で、彼女たちの眠りを妨げたくはない。
どちらかといえば、自分もまたこの日のこの時間は寝ている筈なのだが。
抜き足差し足。胸中で唱えながら、廊下を進む。
ようやく早苗は玄関に辿り着き、ほっと胸を撫で下ろす。

「……おでかけ?早苗」

びくりと肩を震わせて、早苗は振り返る。
廊下の奥に立っていたのは、蛙柄の寝巻きを纏った幼い少女だった。まどろんだ眼を手で擦りながら、定まらない視線をこちらへと向けている。
動悸を落ち着けて、早苗は笑みを作った。

「……はい。ちょっと」

「お仕事じゃないんだ」

告げて、少女―――諏訪子が指差して示したのは、早苗の服装だった。平素から着ている青と白の巫女装束ではなく、押入れの奥に仕舞ってあった洋服を、早苗自身もまた見下ろす。サイズは問題なかったが、着こなせているかと言われれば不安は一抹どころではなくあった。今は外している蛙と蛇の髪飾りは、肩から提げたポシェットに入れてある。靴は、普段のもので済ませるつもりだった。
何故、わざわざこんな格好を?自問は、着替えている最中も頭の中に響き通しだった。
ただ、今日だけは。職務とは関係のない、ただの人間でいたかった。
何ら答えになっていないな、と早苗は苦笑を漏らした。それとともに、告げる。

「はい。大事な用があるもので」

「何処に行くの?」

あどけない表情で、諏訪子は尋ねる。内面だけなら神奈子にも勝って逞しい彼女も、寝惚けた状態では外見相応の幼子にしか見えない。
彼女たちに対して、やましく思う事など何もない。コソコソせずに、堂々と出掛ければよかった。些細なことにまで後悔を抱きながらも、不思議と悪い気はしない。
作り物でない笑顔を自然と浮かべて、早苗は答えた。

「地獄まで」

「え゛」

諏訪子の緩んだ顔が、急激に凍りつく。
その理由はわからなかったものの、早苗は向き直って靴を履き、いってきますの一声と共に玄関の戸を開けた。






「何を考えているのですか、貴女は?」

第一声。
それを聞いたのは、果たして何時のことだったか。

「死んでもいない、罪も犯していない、おまけにアポイントメントもなしで閻魔に会おうなんて非常識にも程があるとは思いませんか?貴女が外の世界から来て間もない事は考慮しましょう。外の世界でどれだけ死という概念が希薄となっているかは知りません。だからこそ、この郷に住む以上は命の儚さというものを再確認し、その尊さを噛み締めなければいけないとは思わないのですか?貴女にだって家族はいるでしょう?神が涙を流さないとでも?ナキサワメが聞いたらさぞ呆れる事でしょう。まったく、

~説教の途中ですがここで、四季映姫・ヤマザナドゥのテーマ『六十年目の東方裁判 ~ Fate of Sixty Years』を小一時間ほどお楽しみ下さい~

なのですから。大体、日曜日だからといって神様までだらだらと休んでいては、それこそ貴女がたを崇める人妖への示しがつかないでしょうに。人間味ある親しみやすい神様も悪くはないでしょう。ですが、信仰とはあくまで多くの他者の上に立つことで得られるものなのです。常に威厳を張り続けなければ、それは容易く崩れてしまう事でしょう。貴女がたの幻想郷における信仰の地盤は、まさに白紙にも等しいものです。少し自分達に甘すぎやしませんか?」

暗雲の渦巻く灰色の空。あるいは、自分の濁った心が見せている幻覚か。視認できるほどにぼやけた太陽は、ちょうど空の真上に掲げられている。
花びらを散らしきり、ちらほらと葉を茂らせ始めた桜の木。殺風景な並木に囲まれた野原に、あどけなくも威圧的な声だけが響いている。
小柄な容姿に決して似合っているとは言えない、帽子や衣服に大仰な装飾をつけた緑髪の少女―――幻想郷の閻魔、四季 映姫。
ぴしゃりと、彼女は手に持った杓でもう片方の掌を叩いた。

「貴女は少し過信と不信が深すぎる。根拠なく自身を持ち上げる事は愚かですが、だからといって己を見放す事は遥かに愚かしい事なのです。自身とその周囲を、もう少し丁寧に見定める事。それが貴女に積める善行です」

地獄にいる。ただそれだけはわかる。
立ち尽くし、顔をうつむかせたまま、早苗はひたすらに少女の説教を聞いていた。

「わかりましたね?」

「……はい」

彼女が語った言葉の、一割すらも理解はしていない。ただその語勢に宿る、心臓を鷲掴みにされるような強制力が、早苗に無心の肯定をさせる。
なぜ、こんな事に?
考える事すら、きっと許されない。それはとても辛い事だろうが、逆らう事を思うと遥かに辛く、恐ろしい。
不意に、家族の顔が浮かび上がる。それだけではない、外の世界で、幻想郷で、彼女が出会った沢山の人々が、早苗に向けて笑いかけ、靄がかって消えていく。
死の際に見る、生前の残滓。贖罪の奴隷と成り果てるものには、もはや不要な記憶。全てが洗い流され、忘れられていく。
視界が霞み、身体が平衡を欠くのを、早苗は静かに俯瞰する。
ここを訪れた理由さえ、今はもう、どうでも……

「―――いやいやいやいや!?なんで私がお説教されてるんですか!?」

危うく昇天されかけた意識を無理矢理連れ戻し、顔を上げて早苗は叫んだ。
しかしそれには意にも介さず、閻魔は悦に浸るようにうんうんと頷く。

「ふぅ。今日もまた私の訓示が迷える魂を導いた事はさておいて、我ながら素晴らしい話をしたわ」

「お説教がしたいだけですか、貴女は!?」

「お説教がしたいだけですが、何か?」

きっぱりと言い切ってのける閻魔に、早苗は再びがくりとうなだれる。
その肩に、ぽんと杓の先端が載せられた。表情は変えないまま、閻魔が言う。

「冗談です」

「く、玄人向けなんですね……」

愛想を振るおうとしても、はは、と渇いた笑いしか浮かんでこない。
肩の力がすっぽ抜けたのに合わせ姿勢を楽にして、早苗は改めて閻魔と向き直った。指でこめかみを突きながら、

「……えーと、どんな用件でしたっけ?」

「小町が死神をやめるかも知れない、という話ですね」

「は、はい。そうです……って」

あくまで他人事のように答えた閻魔に、早苗は思わず声を詰まらせた。
あの死神―――小町の直接の上司である幻想郷の閻魔。この少女なら、小町の憂いの原因に心当たりがあるのではないかと。死神をやめるなどという発想を、改めさせてやれるのではないかと。
あるいは、小町の心を圧迫する原因そのものなのではないかと。様々な憶測を抱いて、三途の川を訪れた。
川の付近には誰もおらず、仕方なく飛んで川を渡ろうとしたところを引き止めたのが、当の閻魔本人だった。
早苗が飛び越えようとした流域は小町の管轄だったらしく、またも仕事をサボる死神を叱りに彼岸からやって来たところ、その矛先が自分へと向けられてしまった。
閻魔が三途の川にいては、他の死神が視察でもされているようで居心地が悪かろう、と川から離れた場所に移って。
小町の事について尋ねようと事情を話した途端、返ってきたのが先の説教なわけだったが。

「なんでそんな、その……普通なんですか?」

「普通、とは?」

「もっと慌てふためいて弾幕ばら撒いたりとか、ショックが強すぎて狂って弾幕ばら撒いたりとか、とりあえず弾幕ばら撒いたりするのが幻想郷の人達の傾向だと思ってたんですけど……」

「貴女は色んな意味で悔い改めるべきだと思います。が、それはさておき……」

呆れたように溜息をこぼし、閻魔は他所へと身体を向いてしまう。

「死神を辞めようが続けようが、それは小町の自由です。上司とはいえ、無理に引き止めるつもりはありません。新しい死神を派遣してもらうのは手間が掛かりますが……」

「そんな……」

幻想郷の住人、その傾向。
飄々とかわし合うような会話をしながらも、少女たちの絆は強く、互いに信頼を寄せている。山の麓の巫女や、森の魔法使い、その他あらゆる人妖。神様でさえ―――協調性はなくとも―――確かな縁で繋がっている。外の世界で失われたものが、ここにはある筈だと。
結局は、早苗の思い違いだったのか。
少なくともこの閻魔は、部下が苦悩しているのをわかっているうえでこんな見放すような態度をとっている。
小柄な少女の背中に距離を感じつつ、早苗は食い下がるように口を紡いだ。

「小町を信じてやれないんですか?死神を辞めるなんて嘘だって、思ってあげられないんですか?」

「私情を挟まないのが裁判官の鉄則です」

切って捨てるようにそう言い、閻魔は杓で自分の口元を隠す。
虚しさが、寒気となって早苗の背中を震わせた。あるいは憤りかも知れないが、別段どうだっていい。
駆け出すように歩み寄り、閻魔の肩に手を掛ける。姿勢を変えないままの少女を真正面へと向き直らせ、噛み締めるように囁く。

「私は、小町と友達になりたい。彼女の悩みに応えたい。貴女はどうなの?」

「……あの娘は、不出来な死神です」

溜め込んでいたものを搾り出すように、閻魔は小さな声で答えた。あくまで双眸には威厳を湛え、体格の上では勝っているはずの早苗を睨め上げる。

「いい加減で、中途半端で、情に脆く、心の弱い。けれどそれを他人に見せまいと気丈に振舞う、子供のような娘。知っていますよ、小町の事なら。貴女に言われるまでもなく」

気圧されるままに、早苗は閻魔の肩から手を除ける。後ずさるまではしないまでも、閻魔の口早な攻勢は反論を挟む事を許さなかった。

「私は閻魔、その判決は絶対です。私が小町の怠惰を裁けば、確実に有罪となるでしょうし、そうでなくては他の死神たちに示しがつきません」

少女の言い草は、まるで信仰を集めに奔走する神様のようだった。厳格で尊大、人を守り時に裁く事を職務とする彼女たちにもまた、人を思う心がないわけがないだろうに。

「けれど」

距離を開けたのは、閻魔の方だった。多少緩んだ視線は変わらず早苗に向けたまま、彼女はゆっくりと自分の頭に両手を掲げる。
豪奢な帽子を脱ぎ、それを胸の前で抱きかかえ、少女は言葉を続けた。

「白黒ではっきりと決めてしまってはいけない事が、この世にはあるのです。私は小町の色々な面を知っている。良いところも、悪いところも、そのどちらを否定してもあの娘はあの娘で無くなってしまう。だから私には、小町に何もしてやれる事が出来ない」

「閻魔さま……」

「小町は、貴女には話したのですね。羨ましいです」

言葉の通り、彼女の視線には羨望の念が浮かべられていた。愚直なほどに正直な眼差しに、早苗は多少の気恥ずかしさを覚える。

「何故、小町が貴女に心の内を語ったのかはわかりません。だから、それは貴女が聞いてください。彼女が貴女を選んだ事にも、きっと意味がある筈ですから」

閻魔の声は優しく、容姿相応のか弱さを纏って聞こえた。その身をさらに縮こませ、早苗に向かって頭を垂れる。
驚くとともに早苗がそれを制するより早く、表情の見えないまま閻魔が声を発した。

「小町を、よろしくお願いします」

小町が私を選んだ事に、理由があるのなら。
閻魔が頭を下げてまで私に託すのにも、理由があるのか。それを聞くことはしなかった。
必要なのは応えることだ。
この楽園が、信頼によって保たれているというのなら。私がここの住人であるためには。
小さな閻魔の肩に、今度はそっと撫でるように手を置く。ふっと頭を上げる少女と視線を交わして、早苗は口を開いた。
死神には敵わないまでも、少女の瞳に映る自分の笑顔はそれなりに上出来だった。
先生、続き物の一番つまらないのが、こういう何の進展もない会話パートだと思います。

あくまでコマサナカップリング目当ての話なので、四季様はいたってクール。
小柄だとかどうとかはあくまで私見です。単なる童顔ですよね、よく見れば。

次で終わりです。お眼汚し失礼。
転寝
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