小野篁という官人であり、学者であり、有名な歌人がいた。
聖徳太子の遣隋使を務めたとして有名な、小野妹子の子孫であるとされている。
昼は宮廷に仕えていた彼は、夜ごと井戸を通って閻魔大王の元に出仕して、
助言を行っていたという伝説が残っている。
逃れることの出来ない苦しみ、三熱苦に悩む閻魔大王を目の当たりにした篁は、
彼のために、満慶上人を連れていき、菩薩戒を授けさせて救ったという。
六歌仙の紅一点を彩る才女、小野小町。
彼女は世の男たちを夢中にさせるほどの美女でありながら、とうとう九十幾歳で死すまで、
独り身であったという。
自らの美しさの移り変わりを隠喩する『花の色は~』から始まる首は余りにも有名であろう……。
そしてこの、小野姓を持つ二人、祖父と孫の関係であったと言われている。
「そう、自身も蜜月であった篁の孫である小町を、閻魔大王様は邪険に扱ったでしょうか!?
否! そんな訳は無い! むしろ親友の孫、しかも若かりし時は世の男たちを魅了するほど美しく、
更には才女である小町をきっと懇ろにしたはずです!
あたいの読みでは、そのまま妻に迎えちゃったりして、なんて……」
「で、結論は?」
「ですから、閻魔大王様の眷属でおわします四季様も、眼の前にいる小町を丁重に扱ってくださいよ~。
かわいがってください! 猫かわいがりしてください! 何なら嫁にもらってください!」
「はぁ……話が度を越して強引なところは置いておいて……。
小野小町は、生前の傲慢な態度によって情状酌量の余地なく地獄に堕とされました」
「ひどい!親友の孫を!」
「閻魔全般にいえることですが、裁判に私情は持ち込めません。
そして、あなたと小野小町にある類似点が非常に少ない。
と、いうよりはっきり言って名前だけじゃないですか」
「へ!?何をおっしゃっているんですか。
容姿端麗、博学博識、眉目秀麗、頭脳明晰、才色兼備、美人薄命、八方美人の
このあたいは小野小町の生まれ変わりとして、巷で評判で!」
「そこまで自信たっぷりに自画自賛出来る人を初めて見ましたが……。
小野小町は薄命ではありませんし、そもそも美人薄命と八方美人は褒め言葉ではありません」
「きゃん!」
「自分で無学をひけらかしてどうするのですか」
「あう……手厳しい」
「でもまあ、自分と似た名前の人物に興味を持ち、そしてあらかた調べて来たことは評価しましょう。
ご両親も、小野小町が如く、美しく、聡明であれとその名をあなたに付けたのでしょうから、
それに沿うためには千里の道も一歩から……。後はあなたの努力次第ですね」
「……じゃあ頑張って小野小町のようになったら、お嫁にもらってくれますか」
「もし小野小町のようになれたなら、それこそ何処ぞの竹取物語の姫よろしく、引く手数多。
百夜通いをしてくれる殿方も大勢現れることでしょう」
「縁起でもない!普通にストーカーですよ。しかも深草少将は志半ばで死んじゃうじゃないですか!」
「まあ、選択肢が多くて助かるでしょう? 是非とも披露宴には呼んでください。
ご祝儀は弾みますし、お望みとあらば祝辞も用意しましょう」
「四季様が良いんですってば!!」
「そうですねぇ……もし、花の色が移り変わり、それでも尚、誰にも心を許すことなく、
変わらず純粋な心を持ち続けていたならば、この手を差し延べることもやぶさかではありません」
「マジですか!?」
「引く手数多の美人才女を娶ったとて、眼を離した隙に寝取られるのは知れたこと。
しかし、枯れ落ちるひとひらの花を、地に堕ちるより先に掬い上げるくらいならば、この細い腕でも出来ましょう」
「何か、とても乙女心を揺り動かせる、四季様らしくない甘~い台詞ですけど、
その頃はあたい、しわしわのおばあちゃんじゃないですか」
「小野小町が何故、生涯独身のまま死ぬことになったのか。
それは彼女自身、妥協を知らぬ傲慢者であったからというのは言うに及ばぬことですが、
歳を重ねて見た目が醜くなった途端、男たちが寄り付かなくなったからであるのも理由の一つ。
人間とはかくも即物的であるというのがよく分かるでしょう?」
「あー、まあ分からないでもないですが」
「小野小町は見た目の他にも、美しい詩を咏えるという才能があった。
それを気付けなかった人間の男たちの、いかにもったいないことをしたか、ということも。
しかし私には、どれほど外見が醜く枯れゆこうとも、その心を見ることが出来る双眸がある。
この私が心に持つ、浄玻璃の鏡によって見極め、採用したあなただもの。
小野小町のようにはしないわ」
「……四季様ぁ」
「こほん。な、長話が過ぎました。説教に来たのに、上手い具合に逸らされたわ。
私もまだまだね。とにかく、今は勤勉であること!それが今のあなたに出来る善行よ!」
「はい!立派な嫁になるべく頑張ります!」
「よろしいっ」
何がよろしいのか自分でも良く分かっていない閻魔だったが、弾けるような声で部下を送り出した。
1時間後。
ぐっすりと河原で心地良さそうに眠る部下を見下ろしながら、四季映姫は頭を抱えた。
あれだけ言って、やはり1時間保たなかったか……。
単純一途。
それがこの子の良いところではあるけれど……。
せめて今日一日くらいは真面目にやろうとしないところが、要領の悪さを窺わせる。
溜め息と共に苦笑しつつ、何やら寝言を呟いている小町の傍にしゃがみ込んだ。
太陽の光をいっぱいに受けた、温かくて柔らかなふわふわの猫っ毛を優しく撫でる。
いつもこうやって猫かわいがりしてやっているのに。全く損な性分だ。
やはり小町は、数々の男たちをたぶらかせた悪女には向かないらしい。
小野塚小町はどうあっても、小野小町のようにはなれないようである。
それが残念なのか、否かは、さしもの閻魔でも白黒付けられそうに無かった。
「そういえば、女であっても嫁をもらうことって出来たかしら?」
といったところでしょうか。閻魔様とも繋がりがあったとは。
ともあれ、これはイイ。思い込んだら一直線で直球なこまっちゃんと、素直になれない
割りにぽろっと本音が零れてる映姫様。いいコンビです。
そして四季映姫様は夫こそがよく似合う。
映姫様はかっこいい。
コマさん………閻魔様との繋がりを考えて、神主様も小町の名前を付けたのかも知れませんね。
映姫様は、自分に正直になることが善行です。
2の方………威勢の良い江戸っ子口調でありながらも、映姫様に怒られる際の悲鳴が何ともかわいらしいこまっちゃん。
江戸っ子は五月の鯉の吹き流しとは言いますが、なるほど単に乙女だっただけですね!
3の方………上司相手にも、本音をぶちまけられるくらい素直になってみたいものです。
かわいらしさと同時に人徳も求められますが。映姫様の格好良さは異常ですよね。
どうもありがとうございます。
じょにーずさん………いつも楽しく読ませて頂いている方からのコメント、とても嬉しかったです。
きっと、映姫様は気付いていても素直にならない人だと思います。
6の方………………恋する乙女に敵うものなどありません。
かわいい女の子が正義だと思っています。