Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

亜神の川辺 1

2008/05/29 17:03:39
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『 赤 』

弧を描いて喉元に迫る、鋭利な煌めき。
その内側をすり抜けるように、早苗は身をかわした。

「――――――っ!」

斬撃を空振りさせた、妖怪―――その顔が驚愕に歪むのを見据えたまま、相手の懐へと潜り込む。
反撃するつもりは、もとより無い。妖怪が怯んで顎を引いた隙に、早苗は地面を強く蹴り上げて宙へと身を躍らせた。
妖怪を飛び越えるには足りない勢いを、衣装の袖に纏わせた追い風で補い、相手の背後に回りこむ。
妖怪の反応は素早かった。外見からして小回りが利きそうにない長柄の得物、その柄の先端を後ろを見もせず突き出してくる。それを避けられたのは、追撃しようとその場に留まらずそのまま駆け出していたからだった。
逃げるように、相手の間合いから遠ざかる。妖怪もまたすぐさま身体を向き直らせ、武器を肩に担いで突進してきた。
溌剌な声で、笑う。

「やるじゃないか!人間とは思えないな!」

「幻想郷の、人間ですから!」

この程度で息を切らしはしない、とはいえ。
刃の切っ先が前髪を掠めたせいで昂った、心臓の鼓動はなかなか治まらない。服の胸元をきつく握り締めながら、木々の隙間を縫うように早苗は走った。
はじめに相手の意表をつくことが出来た為、彼女と妖怪との差はかなり開いている。しかし、このまま逃走を続けていて先に体力が尽きるのは当然、人間であるこちらの方だ。早苗は機を待ち続けた。両手で抱えた巨大な刃物―――その間合いから逃げられた妖怪が、接近戦を放棄して別の攻撃手段を仕掛けてくるのを。

「こんな戦いに、何の意味があるって言うんですか!?」

時間を稼ぐ意味で―――説得できるものならそれでもいいが―――背中越しに問いを投げかける。

「弾幕と喧嘩は幻想郷の華といってね。郷に入っては郷に従いな、新人!」

案の定、妖怪の闘志は揺るがない。単に強情な根性というだけであろうが。
その手が妙な挙動を取るのを、早苗は見逃さなかった。
走る勢いをそのままに、振り返る。風の力を纏わせてわずかに浮遊した身体は、妖怪との距離をそのままに森の中を疾駆した。
懐から玉串を取り出して、妖怪に向けて構える。
それを見て、妖怪は笑ったようだった。馬鹿にするようでもなく、白い歯を見せて子供がするかのような笑顔で真正面から対峙する。
頭の上で二つに結われた赤い髪を翻らせながら、女妖怪は高らかに叫んだ。

「故人の縁!」

同時、水切りでもするような動作で片手を振り上げる。
妖怪が放ったのは、小さな金属片だった。丸い穴の開いた、金、銀、銅に鈍く光る円盤。
ただしその数は視界に捉えられないほどに多く、螺旋の軌道を描いてばら撒かれるそれら全てが早苗に向かって急速に飛来してくる。
いつかの時代に使われていた貨幣のようだった。何処ぞの同業者なら泣いて当たりにいくのだろうな、などと思いながらも。

「グレイソーマタージ!」

早苗もまたスペルカードを発動した。
小さな弾によって何重にも紡がれた五芒星の障壁が彼女を中心に展開し、迫り来る投げ銭を弾き返す。
障壁の隙間をすり抜けて眼前に飛んできた円盤を玉串で叩き落とすと、早苗はそれを軍配のように敵に向け、きつく引き締めた視線と共にかざした。

(弾幕勝負なら、私にも分がある……!)

五芒星が、ほどかれていく。
障壁を構成していた弾幕は扇状の列となって一層大きく空間を占拠し、四方八方へと次々に射出された。
後ろを向いたまま通過していく木々を薙ぎ倒しながら、早苗の弾幕は後方の妖怪に波となって押し寄せる。
流石に笑みを消した妖怪は肩に担いでいた巨大鎌を構え直し、弾幕の波を一つずつ切り払っていった。
杖術のようにしなやかで、感嘆するほど俊敏な鎌捌きは、しかし絶え間なく襲い掛かる早苗の弾幕を全て払い除ける事は出来なかった。赤髪の女の姿が弾幕によってかき消される。
やがて弾幕の奔流が途絶えた頃には、妖怪は悲鳴もなくどこかへ吹き飛ばされていなくなっていた。
飛行速度をゆっくりと落としながら、周囲を覗う。追跡が無くなった事を確認して、早苗はようやくその場に着地した。

「ふぅ……」

深く息を吐き、噴き出る汗を手の甲で拭う。が、汗は絶えず額から滲んできてキリがない。
おまけに、ほぐれた緊張感は早苗の動悸を容易に荒れさせ、彼女はもがくように呼吸を繰り返した。
いったい、何処まで逃げてきたのだろう。ようやく呼吸を落ち着けて、思案するだけの余裕が生まれる。
買い物をしに山から下りてきたところを悪質な妖怪に襲われ、道から外れて変わり映えのしない鬱蒼とした景色の中をひた駆けてきた。
静寂の最中、いつの間にか開けてきた木々の向こうから、かすかに水のせせらぐ音が聞こえてくる。川だ。

(森を突っ切っちゃったんだ……)

早苗は頭を抱えて呻いた。
何という道草を食ってしまったのか。夕飯の買出しもまだ手をつけてはおらず、おまけに既に疲労困憊で飛ぶことすら億劫だ。幻想郷の地理にはまだあまり詳しくないというのに。家で待つ二人に何と説明すればいいのか。
思い浮かべれば浮かべるだけ、心労が重くのしかかる。

(あぁ、もう……全部あの妖怪のせいだわ)

胸中で毒つく。その矛先を向ける相手は既に追い払ったにせよ。ひとまず森を抜けようと早苗は歩き出す。
しかし、その足は一歩踏み出しただけに留められた。
背後から取り囲むように伸びる、巨大な鎌。
歪に曲がりくねった刃が首の皮に触れるか否かという位置で掲げられ、早苗は思わず顎を引く。そのおかげで悲鳴は上げずに済んだが、首の角度はどうにも息苦しい。

「自信の割に荒い弾幕だったな。経験が足りない」

音もなく背後に現れる気配と、首筋に吹きかけられた囁きに薄ら寒さを覚え、身震いする。
渇いた喉を叱咤して、早苗は声を絞り出した。

「どう、やって……」

「そこらじゅうに生えてる木の何本かを斬り倒してやれば、盾代わりにはなるさね」

鼻で笑ってみせる、妖怪。息を切らした様子もないのが、悔しいといえば悔しい。
無駄とわかってはいても、早苗は皮肉をこぼした。

「そうぽんぽんと命を狩ってもいいの?貴女、」

刃の表面がぬらりと煌めき、早苗は言葉を途切らせる。わずかに角度を変えられた大鎌の切っ先は、見るまでもなく彼女の喉元を捉えていた。
背後の気配が、触れるほどの近さまで寄り添ってくる。鎌とその持ち主とに挟まれるような格好になり、早苗はわずかに身を竦ませた。

「そうさ。別に船頭するだけがあたいの仕事じゃない……」

赤い髪の妖怪……否、死神は早苗の横顔を覗き込むように首を伸ばし、口の端を鋭く吊り上げて不敵な笑みを浮かべた。





不運とは。
それこそが、必ず誰かが被らなければならない厄災なのだ。
自分は今、どうしようもない厄災に巻き込まれた結果として、ここにいる。
淀みない白雲のたゆたう、果てしのない青空。暖かな日差しが地上をあまねく照らし、川の水面をきらきらと瞬かせる。
川原の一角に座り込み、耳に良い流水のせせらぎを聞きながら。
気の晴れる事のないまま、早苗は深く溜息をついた。

「辛気臭いなぁ。幸せが逃げていくぞ」

すぐ隣で、そっぽを向いて寝転がっていた赤い髪の女がごろりと寝返りを打つ。
腕を組んで枕にした横向きの姿勢のまま、彼女は眼を細めてにやついた。

「諦めてくつろごうじゃないか、共犯者」

「被害者の間違いでしょう……?」

膝を抱えたまま、早苗は口をすぼめて死神からぷいと顔を逸らした。
そう、不運だ。よりにもよって死神に目を付けられる事に勝る不運が、この世のどこにあるものか。
幻想郷の何処かを流れる三途の川、そこでは死神たちが魂を船に乗せて漕ぎ、彼岸へと案内しているという。
そんな死神の内に、どうしようもないサボり魔の女死神がいるというのは以前から噂に聞いていた。近頃ではそのサボり癖に他人を巻き込むようになったという話も。
しかし、よりにもよって妖怪の山の頂に住む自分がその標的にされるとは予想だにしていなかった。
小野塚 小町―――噂から連想していた人柄と、最初に遭遇した瞬間に感じた印象は、大体のところで似通っていた。
やかましく、気ままで、ずぼらな妖怪。
衣装が汚れるのもお構いなしに地面に寝転がる少女、そのままだ。

「約束しただろう、私が勝ったら私に付き合うって」

「そんなの……」

言いかけて、早苗は口を濁す。
当然、今まで死神の怠惰への誘いは悉く断ってきた。あまりにもしつこいからと、彼女の提案に乗ってしまったのが運の尽きだった。
曰く、弾幕勝負でつけた決着は絶対だ。
怠け者の妖怪になんて、という自負はあった。当然、勝つつもりで勝負に挑んだ。
その結果がこれだ。場数を踏んでいない彼女にとって、小野塚 小町は紛れもなく強力な妖怪だった。
運の問題ばかりではなく、己の浅はかさを恨めしく思って、早苗は二度目の溜息をこぼした。
それを見咎めるように、死神は眉をひそめる。

「何がそんなに不満だっていうんだ、お前は?怠けるのが嫌いだなんておかしな巫女がいたものだな」

「怠ける巫女がおかしいのよ……」

言い捨てつつ、山麓の神社に住まう巫女を思い浮かべる。
飛んでいるか、茶を飲んでいるか、寝ているか。この死神にも劣らないほどの惰性に耽る姿しか脳裏には映らなかったとはいえ。
忙しくないのなら、怠けていたって構わない。博麗の巫女は有事の際に動ければそれでいい。しかし早苗は違った。
新参者である守矢神社の繁栄のために信仰を得るための努力は日夜惜しまないし、二人の神様という大切な家族に寂しい思いはさせたくない。
約束とはいえ、こんな場所で一人くつろいでいられるほど気を緩ませてはいられないのだ。
この死神にしたってそうだ。するべき仕事をせずにだらだらと時間を浪費して、困る相手がいるという事を果たして理解しているのかどうか。

「いつまでも気張っていたって、身体の方がもたないぞ。ほら、笑った笑った」

人の気も知らず、おどけた調子で死神は言う。

「息抜きっていうのはあくまで自然体でする事なんだからな」

「無理矢理こんなところに連れて来られて、自然に笑えると思います?」

やはり死神からそっぽを向いたまま、突き放すように早苗は告げた。
こういったしつこい輩は相手にしないのが利口な対応なのだろうが、何となく小言や皮肉を返したくなってしまう。
彼女のような軽い性格の人間が、外の世界―――早苗の身近にもいたからかも知れない。決して好ましいノリではなかったものの。
と、いつの間にか死神が黙り込んでいるのが気になりだす。振り向けばそれはそれで相手の思う壺になる予感がした為、彼女もまた沈黙するしかなかったが。
突如、背後から重たい物体が圧し掛かってきた。

「きゃあっ!?」

重みに負けて、横倒しにされる。幸い頭を打ちはしなかったが。
早苗を組み敷いて覆い被さるような体勢で、死神は見下ろしてくる。
あくまで笑みを浮かべつつも、陰が差しているせいだけでなくその顔は早苗に嫌な予感を抱かせた。

「自然に笑えないなら……」

両手の指をわきわきと蠢かせる死神、その拘束から抜け出そうと早苗はもがくが、衣装の袖まで踏まれていて腕すら上げる事が出来ない。
涙を堪え、死神と視線を交わす。

「な、何を……」

「無理矢理笑わせてやろうっ!」

「ひぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ!?」

肩口の開いた衣装の隙間から手を突っ込ませて、小町が脇腹を弄ってくる。
くすぐっているつもりなのだろうが、笑うというより奇声を上げながら、早苗は身悶えした。両脚をばたつかせて跳ね除けようとするが、小町は構わず馬乗りになって早苗を責め続ける。

「はっはっはっ!まだ笑顔が固いぞ、リラックスしなって!」

「これ、が、わらって、る、ように……あぁ!?」

子供のようにまるで悪気なく笑う小町に対する文句は、胸の内に山ほど溜まってはいるものの。息苦しさに喘ぐ事しか出来ず、堪えていた涙が眼の端から零れ落ちる。
と。
間近に迫る小町の顔から、徐々に笑顔が薄れていった。
妙に真剣な面持ちになり、手の動きは休めないままごくりと息を呑む。

「…………」

「はぁっ……はぁ……!」

「……なんかムラムラしてきた」

「するなっ!?」

早苗の蹴り上げた膝が小町の背中、ちょうど肩甲骨の突起した部位を強打する。

「ぎゃんっ!」

喉を捻じ切ったような短い悲鳴を上げて、早苗の身体から転げ落ちる小町。
身体を反らし背中を押さえたまま痙攣する死神をなおも警戒して後ろに腰を引き摺りながら、早苗は衣装の乱れを正した。
ようやく呼吸を落ち着かせて、更にもう一度大きく息を吸う。
瀕死の小町に向けて、早苗は罵声を浴びせた。

「レイパーっ!」

「え、冤罪ですから!?」

すかさず小町は身体を縮み込ませて土下座する。
拝むように掌を合わせながら、早苗に向かってへこへこと頭を下げてきた。

「後生だから、裁判沙汰だけは勘弁しておくんなまし……」

「…………」

蔑みの視線は逸らさなかったものの。
早苗は仕方なく、力ませていた肩を落とす。
この死神が堂々とサボりながらも誰にも見つからないような、郷の外れの人気ない川原。助けを呼ぼうにも、誰も通るまい。
それに。
弾幕勝負で対峙した時の勝気な態度とは程遠い、情けなさ丸出しで身体を折り畳む小町の姿を眺めているうち、怒りの矛先が定まらなくなっていく。
妙な感情が早苗の内に湧きつつあった。

「…………ふふ」

思わず、笑いを零す。
小町はおそるおそる頭を上げて、訝しげな眼を向けてきた。

「……何故そこで吹くか?」

「だって……」

小町から顔を逸らし、早苗は口元を押さえる。

「土下座が、すごく様になってるんだもの」

「し、失礼だな。人がいつも謝ってばかりいるみたいに……」

起き上がって、不満げに腕を組む小町。
それには構わず、早苗はなお笑いを堪えきれずにくすくすと声を漏らした。
神社に住まう家族と食卓を囲んで、のどかに笑い合うのとはまた違う、胸の内から絶えずこみ上げてくるようなおかしさ。
いつからか、感情をひけらかす事を良しとしなくなっていた。この郷にとっての余所者だった自分が選んだ処世術。幻想に生きる少女は、奥ゆかしくなければならないと。
タガが外れたように、早苗はいつまでも笑っていた。
それに根負けしたという風でもなく、小町もまた皮肉げに口の端を吊り上げる。

「普通に笑えるんじゃないか。くすぐり損に蹴られ損だな」

「それは、自業自得でしょう……?」

「まったくだ」

そう言って、小町は頭を上げた。
空に向かって、大きな笑い声を響かせる。それは漂う雲が揺れ動きそうなほど力強く、川の向こう岸にまで容易に届きそうなほど澄み切っていて。
こんな風に笑えればいいと、早苗は小町が羨ましくなった。

六十億人に一人の支持しか得られないカップリング、コマサナ!

優等生と不良少女な感じで。
妙に長いので、続き物にしてみます。4話くらいで終わりますけど。



あぁそうさ、布教したいさ!

6/1 追記
誤字修正いたしました

>作品集54にあるニケさんの『間欠泉周辺の地中と書いてダンジョンと読む』

紹介して頂きありがとうございます。
鼻血出しすぎてDIOに血を吸われたジョースターさんのようなワタクシ。
転寝
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
つ、続くのかー!?
2.名前が無い程度の能力削除
小町は毎日やってるから土下座慣れしてますよね

3.名前が無い程度の能力削除
なんだと!?

これは期待せざるを得ない。
4.名前が無い程度の能力削除
幻想郷の巫女さんの脇の下はいたづらっこの標的ですね!

5.名前が無い程度の能力削除
作品集54にあるニケさんの『間欠泉周辺の地中と書いてダンジョンと読む』もこまさななんだぜ

>信仰を得るための努力はを

誤字なんだぜ
6.名前が無い程度の能力削除
な、なんだってー!!
だけどこういうのもアリだよね?!