1 咲夜と秘境
秘境という言葉に心惹かれるものは皆挑戦者。
そして秘境というものに心惹かれる者が紅魔館に数名。その代表として日々秘境に挑む者あり。
その者幾多の失敗を乗り越え、なお諦めぬ者なり。ゆえにいつの日か達成する者なり。
日は暖かく、蝶がひらりひらりと優雅に飛び、花が野に咲き乱れる。
風が温かく緩やかに吹いて、花の香りも運び、誰もが春だと認める日。
そんな日に、紅魔館の玄関から庭にかけての道をずりずりとダンボールが移動している。
怪しすぎるくらいに怪しいそれは、誰もが気にすることなくほおっておかれた。
春だからという理由でスルーされているのかもしれないし、咲夜在中と書かれていたせいかもしれない。
ほおっておかれた理由は不明だが、ダンボールは少しずつ前へと進む。
(ここまでは大丈夫なようね)
ダンボールの中にいる咲夜は心の中で呟き、でてもいない汗を腕で拭う。
前面に開いた穴から視界を得て、目標に到達するまでの距離を測る。
(あと10分ってところかしら?)
普段ならば2分もかからない距離が長く感じられ、舌打ちしたい気分になる。
気分を落ち着けて咲夜は前へと進みだす。感情の揺れさえも目標は感じ取るのだ。乱れたままの心では目標を達成できないと、経験から咲夜は熟知している。
(まったくお仕置き目的で近づくときは寝こけているのに、こんなときは鋭いんだから。
でも今日は成功させるわ。そのために香霖堂店主に無理言ってこのダンボール仕入れてもらったんだから。
有名な傭兵と同じダンボールを手に入れた私の辞書に失敗という文字は存在しない!
見ていてくださいお嬢様、咲夜は今日こそ我らの悲願を達成いたします!)
気配を周囲に溶け込ませることを忘れずに咲夜は少しずつ進む。
気配を消すと、そこにぽっかりと開いた違和感に気付くのだ。以前、気配を殺して進みばれた。そのことを教訓に気配の同化を覚えた。
特殊なダンボールを購入したり特訓したり、それもすべて美鈴のスリットの中を覗くため。
どんなに激しく動いても中身の見えない絶対領域な秘境を拝むためなのだ。
そんなもの時間を止めれば簡単に覗けるだろうというのは言われなくても咲夜はわかっている。
それでも能力を使わないのは、報酬というのはそれ相応の労働があって初めて価値が出てくるものだと考えていたから。
汗水流して働いたあとのご飯が美味しいように、手塩にかけて世話をした花がすごく綺麗に見えるように、努力こそ報酬の価値をより高める。
咲夜はいんちきでLvを上げたRPGにはなんの興味も抱かない人種だった。
精神を削る思いで寝ている美鈴の足元まで辿り着いた咲夜が視線を上げようとしたとき、美鈴が目を覚ます。
(気付かれた!?)
そんなバカなと咲夜は焦る。
美鈴は咲夜に気配に気付いたわけではなかった。その証拠に視線は咲夜のいる下ではなく空へと向けられている。
マスタースパークという掛け声とともに襲い掛かってきた衝撃によって咲夜はなにが起きたか悟った。
それでも咲夜は諦めなかった。衝撃によってはためくスリットを低い位置から覗くことに成功したのだ。防御を捨てたかわりにだが。
自室のベッドに包帯を巻き寝ている咲夜をレミリアが見舞う。
そのレミリアに咲夜は報告した。自分が見て、心を焼き付けた光景を。
秘境にあったのは七色の夢でしたと。
レミリアは、役目を立派に果たした戦士に労わりの言葉をかけて部屋を出て行く。
超小型の蝙蝠を飛ばして秘境到達に成功していたことをふせたまま。
2 咲夜と日記
「お嬢様お願いがあります」
怪我から復帰した咲夜が一冊のノートを携えレミリアの自室を訪れた。
暗い部屋の中でもぞりと動く影が言う。
「なによ~? もう少し寝かせてちょうだい」
レミリアはシーツで顔を隠す。
咲夜はもうそろそろ主が起きる頃だろうと思って訪れたのだが、少々早かったらしい。
「たまには早起きしてもよろしいと思いますよ?
なので起きてください」
早寝早起きは健康の秘訣というが、吸血鬼に関係あるのだろうか?
そんなことは気にせず咲夜はシーツをはいでレミリアを起こす。
「もうっくだらないことだったら運命変えるわよ」
渋々起きる。
レミリアの着替えを手伝ったあと、咲夜は一冊のノートをテーブルに置いて用件を言った。
「このノートを一緒に見てもらえませんか?」
「そのノートは?」
「美鈴の部屋で拾った日記です」
咲夜のセリフを聞いて噛み砕き理解したレミリアは、額に手を当て言う。
「咲夜? それは拾ったとは言わないの、盗んだっていうのよ?
専門用語では、ぱくった、ぱちったともいうはずよ」
「些細なことです」
「些細なのは胸だけにしておきなさい」
次の瞬間には咲夜の手に銀のナイフが握られていた。
「オーケー、ごめんなさい、謝るわ。だからそのガーリックパウダーをまぶしたナイフをしまいなさい。
無表情でそれを持っていられると怖いわ」
「わかりました」
手の中のナイフが消える。かわりにテーブルに置かれていたノートが握られている。
「では一緒に見てましょう」
「よく考えたら私が一緒に見る必要ないじゃない。
一人で見ないの?」
「だって私に対する愚痴が書かれていたら嫌じゃないですか。
そんなときお嬢様に慰めてもらわないと」
「悪いこと言わないわ、見るのやめたらどう?」
「それはどう言う意味なのでしょうか」
「だって…………まあいいわ、早く読みなさい」
お仕置きに対する愚痴くらいは載ってそうだなどと言ったら、ナイフが飛んできそうで最後まで言うのをやめる。
「では」
咲夜は適当なページを開いて読み上げていく。
3月15日
晴れて暖かく、いいお昼寝日和でした。
3月16日
風が花のいい匂いを運んできて、とてもリラックスした状態でお昼寝できました。
3月17日
雨音がリズミカルで丁度いい子守唄になってお昼寝を満喫できました。
3月18日
咲夜さんにお仕置きとしてナイフを刺されました。
毎度ながら、正確にツボに刺してくる咲夜さんはすごいです。
おかげで肩こりが解消されて、気持ちよくお昼寝できました。
「へーすごいわね、咲夜」
「いえ、狙ったわけではないのですが。
お嬢様もどうですか?」
「ガーリックパウダーのまぶしてある銀のナイフじゃ健康とかいう前に大ダメージだから」
だからさっさとしまえというレミリアの言葉に素直に従い、だしたナイフを消す咲夜。
続きを読んでいく。
その感想はというと、
「見事なまでにお昼寝記録日記ですね」
「そうね」
というものだった。
愚痴がなかったことにほっとする二人。
「ほかのことは書いてないのでしょうか?」
「んー何か余計なものをみつける前に、読むのを止めたほうがいいと思うわ」
「しかし咲夜さんラブとか、お嬢様大好きとか、書いてあるかもしれません」
「続きを読みなさい」
「はい」
続きを読んでいくがどこまでもお昼寝記録だった。
「ある意味すごいわね。
なにかほかのこと書いてないのかしら?」
「……妹様の相手をしたときならば、さすがにお昼寝以外のことを書いているのではないでしょうか?」
「あーさすがにフラン相手に寝ながら対応なんてことはできないでしょうね」
フランドールの相手をした日付を思い出し、そのページを開いて読み上げる。
1月16日
今日はフランドール様と遊ぶ日でした。
毎度同じように弾幕ごっこですが、なんとか生きる残るだけで精一杯です。
全身痛いですけど、いい運動したのでよく眠ることができそうです。
「結局寝ることが書かれているじゃない」
「ですね」
そのあとも寝る以外のことを探したもののみつからず、徒労に終った。
なんだか悔しかった二人は、もっと日々を楽しみましょうと赤ペンで書き込み、美鈴の部屋に戻したのだった。
それにしても勝手に日記見ておいて採点までするとはやはり紅魔の主従はフリーダム。嫌いじゃ無いぜ。
咲夜さんとお嬢様で目的達成の手段への考え方にギャップがあるところも、勝手に見た日記帳をバレないように戻すのではなく採点するところも。
しかし美鈴は一日どれくらい寝ているんだろう。