私にとって、本とは魔力の源泉であり、そして存在そのものである事は言うまでもない。
だから、それがどれほど難解な書物であろうとも、私には本を読み終える義務があり、そしてその力もあるはずだった。
だけど、世の中は広い。私は一冊の本を前にして予想外の苦戦を強いられていた。
「いえ、そのはず。私が本に敗れるだなんて……理論的にあり得ないわ」
自分に言い聞かせ、読み進める。ようやく序章を読み終えた……いや、これは序章なの? 終章にも見えるしいえ……
「くっ、私が本に振り回されるなんて!」
私は机を叩き、激高する。滅多に感情を表に出さない私がこんな事をしているのを見れば、友人知人泥棒その他、みな揃って驚くだろう。
だけど、今の私にはそんな事を気にしている余裕などなかった。
朝起きて書斎に向かうと、机の上に見たことがない一冊の本が置いてあった。何故か私はそれに興味を惹かれ、手に取った、それが一週間前の事だ。
雑な装丁、難解な文字、そしてそれ以上に難解なその内容、複雑怪奇としか言いようがない本。
だけど、寝食を惜しんで読み続けているにもかかわらず、それは一週間を経た今に至っても読み終わらない。
だが、私は負けるわけにはいかないのだ。本に敗れたとあっては、動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジの名が泣く。
本は私の分身、一方的に使う相手ではないし、そして一方的に使われるわけにもいかない。本の持つ魔力は強大で、迂闊に読み始めればその世界に取り込まれ、抜け出せなくなる事もある。
本を読んだ事がある者なら、必ず一度は経験した事があるはずだ。寝る前につい手に取ったばかりに、その世界に取り込まれ、気付けば朝になっていたという出来事を。
それは、何のことはない、本の魔力に取り憑かれ、危ういところで戻ってこられただけに過ぎない。
そして、我が大図書館の誇る本達は、それ以上に恐ろしい力を持ったものばかりだ。うかつに本を開けば、文字通り『本に取り込まれる』事すらあり得る強者揃いなのである。
だから、本の力を借りるというのは真剣勝負、一戦一戦が決して退くことはできない戦いなのだ。
「ねぇねぇパチュリーさまぁ、こんなの読んでないで遊びましょうよ~」
「小悪魔? 邪魔をしないで頂戴。私は今戦っている……負けるわけにはいかないのよ」
いつの間に側に寄ってきたのか、真剣勝負に茶々を入れる小悪魔をしっしとばかりに追い払う。この子と遊ぶのは楽しいけど、今気を抜くわけにはいかないのだ。
「むー性格穏和眉目秀麗パチュリーさまへの忠誠心が溢れんばかりの素敵美少女であるこの私と、言語不明瞭意味不明、汚らしくてぼろぼろのその本、どっちが大切なんですかっ!! 一週間もそれ読んでばかりじゃないですかっ!」
「落ち着きなさい小悪魔、あなたも司書ならわかるはずよ。この本の魔力は凄い……きっと信じがたい力を持っているはずよ」
頬を膨らませ、まるで恋人にほったらかしにされているかのような文句をつらねる小悪魔をたしなめる。普段なら、こんな様子を見て楽しんでいるんだけど……今は気を抜くわけにはいかないのだ。
そう、解読に時間がかかる本ほど、その力は大きいはず。
この本からは強い想い……魔力を感じる。何だろう……今はまだわからない、ただ、この本を読み終えた時、それは間違いなく私の力になるはずだ。
「む~っ! いいもん。パチュリーさまが構ってくれないんだったら私だって本棚さんとおしゃべりしてきちゃいます。紅茶も淹れてあげません。クッキーだって焼いてあげません。いいんですか? いいんですね? 行っちゃいますよ? 引く手あまたのこの可愛い小悪魔さんを引き留める最後のチャンスですよ? って聞いてるんですかパチュリーさまっ!!」
「あ、出かけるんなら紅茶淹れてきて。それじゃ」
「パチュリーさまのばかっ! 鈍感っ! おおがまっ!!」
「……なぜ大蝦蟇なのかしら?」
よくわからないけど、何故か小悪魔を怒らせてしまったらしい。彼女はあからさまにぱたぱたと羽をはばたかせて消えていった。
でも仕方がない、後であの子の機嫌をとっておくことにしよう。今は本の続きを……
「……え?」
視界が……霞む……
文字が見えない。まさか……
「私が……本に敗れるの?」
急激に意識が遠のく。
ここで意識を手放してはならない、この本を前にして意識を失ったりしたら、それこそ永遠の一回休みに……ダメかっ。
「小悪魔、小悪魔っ!!」
大声で助けを呼ぶ、だけど彼女の姿はどこにも見えない。いや、ちゃんと声は出せているのだろうか……わからない……小悪魔、レミィ……
友の顔が脳裏に浮かび、直後……
「むきゅー」
私は意識を奪われた。
「♪」
「お嬢様、ご機嫌ですね、何かあったのですか?」
「ええ、パチェって本が好きでしょう? だからこの前こっそり本をプレゼントしたのよ。寝てる間に机の上に置いてきたの。私の自作なのよ? パチェったら喜んじゃって、ずっと読んでばかりみたい。本当、頑張って書いてよかったわ」
「お嬢様本を書かれたのですか?」
「私を誰だと思っているの? 本を書く位余裕よ。ある紅い館に住む偉大な吸血鬼が、たちの悪い悪魔に魅入られた友人の魔女を助けるため、その軽挙妄動するお邪魔虫を叩きのめす遠大なストーリーなの。最後に二人は友情を確かめ合って、満月に向かって走り出すのよ。薄暗くても読めるように、大きな文字で綺麗にわかりやすく書いたのよ。パチェが喜んでいるのも当然ね」
一時間後、机に突っ伏している所を小悪魔に発見されたパチュリーは真相を知り、再び『むきゅー』と眠りについたそうな。
『おしまい』
だから、それがどれほど難解な書物であろうとも、私には本を読み終える義務があり、そしてその力もあるはずだった。
だけど、世の中は広い。私は一冊の本を前にして予想外の苦戦を強いられていた。
「いえ、そのはず。私が本に敗れるだなんて……理論的にあり得ないわ」
自分に言い聞かせ、読み進める。ようやく序章を読み終えた……いや、これは序章なの? 終章にも見えるしいえ……
「くっ、私が本に振り回されるなんて!」
私は机を叩き、激高する。滅多に感情を表に出さない私がこんな事をしているのを見れば、友人知人泥棒その他、みな揃って驚くだろう。
だけど、今の私にはそんな事を気にしている余裕などなかった。
朝起きて書斎に向かうと、机の上に見たことがない一冊の本が置いてあった。何故か私はそれに興味を惹かれ、手に取った、それが一週間前の事だ。
雑な装丁、難解な文字、そしてそれ以上に難解なその内容、複雑怪奇としか言いようがない本。
だけど、寝食を惜しんで読み続けているにもかかわらず、それは一週間を経た今に至っても読み終わらない。
だが、私は負けるわけにはいかないのだ。本に敗れたとあっては、動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジの名が泣く。
本は私の分身、一方的に使う相手ではないし、そして一方的に使われるわけにもいかない。本の持つ魔力は強大で、迂闊に読み始めればその世界に取り込まれ、抜け出せなくなる事もある。
本を読んだ事がある者なら、必ず一度は経験した事があるはずだ。寝る前につい手に取ったばかりに、その世界に取り込まれ、気付けば朝になっていたという出来事を。
それは、何のことはない、本の魔力に取り憑かれ、危ういところで戻ってこられただけに過ぎない。
そして、我が大図書館の誇る本達は、それ以上に恐ろしい力を持ったものばかりだ。うかつに本を開けば、文字通り『本に取り込まれる』事すらあり得る強者揃いなのである。
だから、本の力を借りるというのは真剣勝負、一戦一戦が決して退くことはできない戦いなのだ。
「ねぇねぇパチュリーさまぁ、こんなの読んでないで遊びましょうよ~」
「小悪魔? 邪魔をしないで頂戴。私は今戦っている……負けるわけにはいかないのよ」
いつの間に側に寄ってきたのか、真剣勝負に茶々を入れる小悪魔をしっしとばかりに追い払う。この子と遊ぶのは楽しいけど、今気を抜くわけにはいかないのだ。
「むー性格穏和眉目秀麗パチュリーさまへの忠誠心が溢れんばかりの素敵美少女であるこの私と、言語不明瞭意味不明、汚らしくてぼろぼろのその本、どっちが大切なんですかっ!! 一週間もそれ読んでばかりじゃないですかっ!」
「落ち着きなさい小悪魔、あなたも司書ならわかるはずよ。この本の魔力は凄い……きっと信じがたい力を持っているはずよ」
頬を膨らませ、まるで恋人にほったらかしにされているかのような文句をつらねる小悪魔をたしなめる。普段なら、こんな様子を見て楽しんでいるんだけど……今は気を抜くわけにはいかないのだ。
そう、解読に時間がかかる本ほど、その力は大きいはず。
この本からは強い想い……魔力を感じる。何だろう……今はまだわからない、ただ、この本を読み終えた時、それは間違いなく私の力になるはずだ。
「む~っ! いいもん。パチュリーさまが構ってくれないんだったら私だって本棚さんとおしゃべりしてきちゃいます。紅茶も淹れてあげません。クッキーだって焼いてあげません。いいんですか? いいんですね? 行っちゃいますよ? 引く手あまたのこの可愛い小悪魔さんを引き留める最後のチャンスですよ? って聞いてるんですかパチュリーさまっ!!」
「あ、出かけるんなら紅茶淹れてきて。それじゃ」
「パチュリーさまのばかっ! 鈍感っ! おおがまっ!!」
「……なぜ大蝦蟇なのかしら?」
よくわからないけど、何故か小悪魔を怒らせてしまったらしい。彼女はあからさまにぱたぱたと羽をはばたかせて消えていった。
でも仕方がない、後であの子の機嫌をとっておくことにしよう。今は本の続きを……
「……え?」
視界が……霞む……
文字が見えない。まさか……
「私が……本に敗れるの?」
急激に意識が遠のく。
ここで意識を手放してはならない、この本を前にして意識を失ったりしたら、それこそ永遠の一回休みに……ダメかっ。
「小悪魔、小悪魔っ!!」
大声で助けを呼ぶ、だけど彼女の姿はどこにも見えない。いや、ちゃんと声は出せているのだろうか……わからない……小悪魔、レミィ……
友の顔が脳裏に浮かび、直後……
「むきゅー」
私は意識を奪われた。
「♪」
「お嬢様、ご機嫌ですね、何かあったのですか?」
「ええ、パチェって本が好きでしょう? だからこの前こっそり本をプレゼントしたのよ。寝てる間に机の上に置いてきたの。私の自作なのよ? パチェったら喜んじゃって、ずっと読んでばかりみたい。本当、頑張って書いてよかったわ」
「お嬢様本を書かれたのですか?」
「私を誰だと思っているの? 本を書く位余裕よ。ある紅い館に住む偉大な吸血鬼が、たちの悪い悪魔に魅入られた友人の魔女を助けるため、その軽挙妄動するお邪魔虫を叩きのめす遠大なストーリーなの。最後に二人は友情を確かめ合って、満月に向かって走り出すのよ。薄暗くても読めるように、大きな文字で綺麗にわかりやすく書いたのよ。パチェが喜んでいるのも当然ね」
一時間後、机に突っ伏している所を小悪魔に発見されたパチュリーは真相を知り、再び『むきゅー』と眠りについたそうな。
『おしまい』
いいオチで一安心
いや、これは負けかwww
お嬢様が凄いのか阿呆なのか分からなくなってきたw