「そんなっまさか!?」
目覚めたばかりのレミリアが驚いている。
視点は定まっておらず、目の前のシーツを見ていないことはたしか。
レミリアが見ていたのは運命。己にとって受け入れがたい運命だった。
運命。それは誰でもなんにでも絶対あるもの。
いくつもの顔を持ち、ときに優しく、ときに残酷で、気まぐれだ。
求める者を嘲笑い、諦めた者に微笑みを贈ることもある。
これから語るはそんな気ままなものに挑んだ姉の話である。
「お姉様呼んだ?」
時は夕暮れ。低い位置から部屋に入り込もうとする日の光をカーテンは全身をもって遮る。
己が身を焼こうとする光を遮った暗い部屋に、吸血鬼の姉妹がそろっている。
二人して目覚めたばかりだ。
「ええ、こちらにおいでなさい」
「はーい」
フランドールは姉レミリアが座る椅子の正面にある椅子に座る。
テーブルに置かれているチョコチップクッキーを摘み口に運びながら用件を聞く。
「それでどうして呼んだの?」
「あなたの力が必要なの」
率直な姉の言葉にフランドールはキョトンした表情を見せる。その表情は外見年齢に相応しい可愛いものだ。
「お姉様がそんなこと言うなんて珍しい」
必要だなんて言われたのは495年生きていて初めてのことだった。
レミリアは困ったことが起きても自分で動くか、それが無理ならば美鈴やパチュリーや咲夜に相談して対策を決めていた。
今までそれで解決してきたし、これからもそれで十分だろう。
正直、今後も困ったことが起きたとして自分の出番はない、フランドールはそう思っていた。
故にレミリアの言葉は嬉しかった。大好きな姉に頼られて心が暖かくなっていた。
その感情を隠すことなく、満面の笑顔を浮かべて抑えきれぬ興奮からシャラシャラと羽を揺らしフランドールはレミリアに聞く。
「何をすればいいの?」
「ありがとう」
何をするのか聞くまでもなく了承の意を示した妹に万感の想いを込めて礼を言った。
「あなたにしてほしいのは、ある運命を壊すこと」
「壊すの? お姉様が変えちゃえばいいのに」
「変えるだけでは駄目なのよ。いくら変えても同じ結果に行き着いてしまう。
そんな運命を見てしまったの」
深刻なレミリアを見て、よほどのことなのかとフランドールは考える。
そんな問題をほかの誰でもなく自分に相談してくれたことが、さらにフランドールを嬉しくさせた。
「ふーん。それで変わらないのなら、私の能力で大元を壊してしまえって?」
「そうよ。それに運命を変えることはあなたにとっても利益があること。
さあもう時間がないわ、サポートするから壊してちょうだい」
「うん!」
大好きな姉と一緒になにかを行えることが嬉しく、返事にも力が入る。
やる気も満ちて今ならなんでもやれる、とまで思えてしまう。
フランドールはレミリアが引き寄せた運命をよく見て、手の中に『目』を移動させた。
「えい!」
手を握り締めるとそれはあっけなく壊れた。確実に壊せたという手ごたえもある。
フランドールには運命をみることはできないので、それがどんな運命なのかわからない。
しかしレミリアに、
「よくやったわフランドール。運命は壊れた」
という称賛と笑みを贈られて、己がなにを為したかはわからなくとも嬉しかった。
上機嫌な姉妹が夕食のため食堂に向かう。
食堂に入って姉の顔が驚愕に染まる。妹はそんな姉を不思議そうに見ている。
「そんなっ確かに壊したはず!?」
レミリアの視線の先にはほかほかと湯気をたてるチンジャオロース。ほかにもシュウマイと卵スープが湯気をたてていたが、レミリアの視線はチンジャオロースに注がれている。
「どうしたのお姉様?」
聞くも姉からは返事はない。かといって食堂内におかしなところはない。いつも食堂で食べるわけではないが、違いがあればわかる程度には来ている。
レミリアが見ているチンジャオロースもおかしなところはない。じつに美味しそうな匂いを放っている。
呆然としているレミリアが何かを呟いている。フランドールは耳をよせそれを聞いてみた。
「どうしてピーマンが食卓に出てくるの? 咲夜の献立からピーマンという選択肢をフランドールに壊してもらったのに」
答えは簡単だ。献立が思いつかない咲夜が美鈴に相談して、美鈴が夕食を作ったからだ。
あくまでも壊したのは咲夜の献立の選択肢、美鈴の選択肢にはなにもしていない。
その美鈴があまっているピーマンを見て、使おうと考えた。
全てを悟ったフランドールは紅魔館を飛び出した。
当然だろう。レミリアの様子から深刻な問題だと思っていたのに、ただ嫌いな食材を食卓にださないようにしていただけとわかったのだから。
重大なことを相談してもらえたとか頼ってもらえたとか、すごく嬉しかっただけに反動もまた大きかった。
「お姉様のバカアアァっ!」と幻想郷中で暴れるフランドールを誰が責められようか。
事実、フランドールを鎮めて事情を聞いた騒動の関係者は皆フランドールに同情した。
レミリアには純粋な子共を裏切った罰としてピーマンのいっき食いが命じられた。
ついでとばかりに能力の無駄使いも禁じられた。
ちなみにフランドールはピーマンをとくに嫌いではなく、レミリアに協力しても利益はなかった。
この事件は発端の理由があまりに情けないことから、稗田の記録に記されることがなかった幻の事件である。