賑やかな宴会も捨てがたいが、偶には、静かに呑みたい時もある。
そんなレミリアの要望で紅魔館の一角に小さなカウンター・バーが設けられた。
基本的に誰でも利用出来るそのバーは、騒がしい幻想に疲れた人々の憩いの場となっている。
深夜、あれほど騒がしかった妖精メイド達も寝静まり、マジックランプの暖かい夕日色の灯りが紅の屋敷を照らす頃。
ようやく活動時間となった夜の王は静かに屋敷を闊歩する。
目指す先は最近設置したカウンター・バー。
月も出ていない、アンニュイで気だるい夜は此処で過ごすに限る。
壁にかかった蝋燭と、足元を照らす程度の僅かな照明。それによって照らされる「BAR」の三文字。
木製扉のノブを回し、リンと鈴を鳴らしながら中へ入る。すると、そこには既に先客が居た。
「あら、いらっしゃいませお嬢様」
咲夜がカウンターに入り、恐らく自分用のだろう。グラスに入った琥珀色の液体をマドラーでかき回していた。
「お邪魔するわ」
微笑みを返しながらカウンター備え付けの、少し高めの椅子に座る。
例のごとく窓の無い、三人も座れば満席となろう小さなバーは、そこに居る者に心地よい圧迫感を与えている。
アルコールランプの火が揺れ、グラスの氷に反射した。
「私にも一つ、同じのを作ってくれる?」
レミリアの為にワイングラスを取り出そうとした咲夜を遮る。
「ただのウイスキーですよ」
「いいの。同じのにして」
普段ワインを好んで飲むレミリアであるから、少し意外だったのだろう。愁眉を僅かに上げた後、
オールドファッションドグラスに丸い氷を入れ、背にあるボトルがたくさん並んだ棚から自分のと同じ銘柄を選ぶ。
「なんだかバーテンダーみたい。似合ってるわよ」
ふと、そんな感想を口にした。
「そうですか?」
琥珀をグラスに注ぐと、僅かに氷が溶け、カランと乾いた音色を一つ奏でた。
「ええ、燕尾服着せたらすぐに働けそう」
「結局此処で働くのですから、執事みたいになってしまいますわ」
「それもいいわね。男装の麗人」
ええ、と困ったように返事をしながらグラスをレミリアに滑らせた。
一言ありがと、と言うとレミリアはおもむろにそのグラスを持ち上げた。乾杯のポーズである。
「月の無い素敵な夜に――――」
「乾杯」
少し遅れてグラスを持ち上げた咲夜がそれに応え、杯を交わした。
二人の夜はまだ長い。
「偶にはいいわね。こういうのも」
「……そうですわね」
既に咲夜はレミリアの隣に座り、カウンターに肘をついてグラスを揺らしている。
彼女達は主従の関係ではある。だが、常に信頼を置いているお互いの関係は余りにも親しく、近すぎる。
故に二人は偶には普段のしがらみを一切忘れて、レミリアと咲夜で向き合う時間を設けることにしていた。―――今がまさにその時間だ。
ふと、レミリアがグラスを置いて、すぐ隣の戸棚に手を伸ばし、煙草を一箱取り出した。
「おっと、咲夜。火取って火。」
「ああはい、どうぞ」
一本口に咥え、カチリと鈍銀色のジッポで火をつければ、狭いバーの中に一筋の煙が立ち昇る。
「煙草、やめたんじゃ?」
「ん、まあね。フランが臭い臭い言うもんだから。……あの子が居る時は吸わないようにしているの。」
これ以上懐かなくなったら大変でしょう、と煙を吐きながら自虐気味にレミリアは言った。
ぷかぷかと、幼い少女が煙草をやる様はなんとも背徳的で、どこか官能的な雰囲気を持って咲夜を挑発する。
ごくりと、咲夜は乾いた喉に生唾を飲み込んだ。
体が火照っているような気がするのはアルコールのせいか、それとも。
「……私も、煙草は嫌いです・・・・・・」
「ん?」
ガラス製の灰皿に灰を落としていたレミリアは不思議そうに顔を上げて咲夜を見る。
「そうなの? 意外ね」
悪かったとばかりに吸いかけを灰皿に押し付けて火を消す。
「あ、いえ、そうじゃなくて」
手を振って咲夜が何かを否定した。
どうしたの、と俯いた咲夜を下から覗き込むように見つめる。
「あの……キスする時とか、煙草臭いの嫌だから……」
その言葉に、レミリアの口がだらしなく開かれる。
「あっ、済みませんお嬢様!私ったら何を……」
「ふふっ、可愛いトコあるじゃない」
レミリアは椅子の上に膝立ちになり、咲夜の顎をくいと持ち上げた。
「ぁ……」
「甘えてもいいのよ、咲夜」
咲夜の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ、頬に両手を添える。
もはやこの狭いプライベート・バーには二人を隔てるものは何も無い。
ゆっくりと、二人の顔が近付く。咲夜の視界一杯に見える愛しい主の幼顔。
酒のボトルとグラスだけが、二人を映していた――――
幻想の夜は、まだ長い。
◇
「お姉様」
明け方、レミリアがそろそろ眠ろうかと、自分の部屋目指し廊下を歩いていると、自室の前でフランドールが枕を抱きかかえて立っているのが見えた。
「どうしたの、フラン」
今日のフランドールはおとなしい。
月が出ていないせいもあるだろうが、やはり多くの人との交流で精神が大分安定してきたからだろう。
「眠れないの」
喉に練乳でも絡まっているかのような甘ったるい声。
ああ、そんなことか。
幼い子供のようなフランドールの言葉に、思わず微笑んでしまう。
「ああフラン、私の可愛いフラン。どうしたら貴方は眠れるようになるの?」
赤ん坊をあやすように、幼い妹をからかった。
「キスして。おやすみのキス」
それを気にする様子もなく、ここぞとばかりにフランドールは甘えてくる。
彼女の求めるキスとは、恋人同士がするようなものではなく、あくまで家族としてのコミュニケーションである。
レミリアはそんな彼女が無性に愛しく思えてきて
「しょうがない子ね」
彼女が求めるままに、唇を軽く重ねた。
「ほら、もう寝なさい。太陽が昇ってくるわ」
フランドールを寝室へ向かうように促す。
しかし、彼女は頬を膨らまし、不満げな顔をしてレミリアを見つめ返した。
「お姉様の、うそつき」
「え?」
「煙草はやめるって、約束してくれたのに」
これはまずい。
「あ、いやその。これは咲夜が、そう咲夜が吸ってたやつの臭いがうつっただけよ!」
「咲夜は煙草嫌いって言ってたもん」
あうち
「お姉様のばかー!!」
叫んで走り去っていってしまった。
「抜き打ち検査かよ……」
呆然と、自室の扉によりかかり、一人ごちた。
そのまま、ずるずるとしゃがみこめば、いつのまにか煙草嫌いの従者がそこに立っており、
「油断出来ませんね」
気まずそうに苦笑しながら言う咲夜に、レミリアは同じく苦笑しながら応えるしかなかった。
翌日、紅魔館が全面禁煙となったのは言うまでもない。
そんなレミリアの要望で紅魔館の一角に小さなカウンター・バーが設けられた。
基本的に誰でも利用出来るそのバーは、騒がしい幻想に疲れた人々の憩いの場となっている。
深夜、あれほど騒がしかった妖精メイド達も寝静まり、マジックランプの暖かい夕日色の灯りが紅の屋敷を照らす頃。
ようやく活動時間となった夜の王は静かに屋敷を闊歩する。
目指す先は最近設置したカウンター・バー。
月も出ていない、アンニュイで気だるい夜は此処で過ごすに限る。
壁にかかった蝋燭と、足元を照らす程度の僅かな照明。それによって照らされる「BAR」の三文字。
木製扉のノブを回し、リンと鈴を鳴らしながら中へ入る。すると、そこには既に先客が居た。
「あら、いらっしゃいませお嬢様」
咲夜がカウンターに入り、恐らく自分用のだろう。グラスに入った琥珀色の液体をマドラーでかき回していた。
「お邪魔するわ」
微笑みを返しながらカウンター備え付けの、少し高めの椅子に座る。
例のごとく窓の無い、三人も座れば満席となろう小さなバーは、そこに居る者に心地よい圧迫感を与えている。
アルコールランプの火が揺れ、グラスの氷に反射した。
「私にも一つ、同じのを作ってくれる?」
レミリアの為にワイングラスを取り出そうとした咲夜を遮る。
「ただのウイスキーですよ」
「いいの。同じのにして」
普段ワインを好んで飲むレミリアであるから、少し意外だったのだろう。愁眉を僅かに上げた後、
オールドファッションドグラスに丸い氷を入れ、背にあるボトルがたくさん並んだ棚から自分のと同じ銘柄を選ぶ。
「なんだかバーテンダーみたい。似合ってるわよ」
ふと、そんな感想を口にした。
「そうですか?」
琥珀をグラスに注ぐと、僅かに氷が溶け、カランと乾いた音色を一つ奏でた。
「ええ、燕尾服着せたらすぐに働けそう」
「結局此処で働くのですから、執事みたいになってしまいますわ」
「それもいいわね。男装の麗人」
ええ、と困ったように返事をしながらグラスをレミリアに滑らせた。
一言ありがと、と言うとレミリアはおもむろにそのグラスを持ち上げた。乾杯のポーズである。
「月の無い素敵な夜に――――」
「乾杯」
少し遅れてグラスを持ち上げた咲夜がそれに応え、杯を交わした。
二人の夜はまだ長い。
「偶にはいいわね。こういうのも」
「……そうですわね」
既に咲夜はレミリアの隣に座り、カウンターに肘をついてグラスを揺らしている。
彼女達は主従の関係ではある。だが、常に信頼を置いているお互いの関係は余りにも親しく、近すぎる。
故に二人は偶には普段のしがらみを一切忘れて、レミリアと咲夜で向き合う時間を設けることにしていた。―――今がまさにその時間だ。
ふと、レミリアがグラスを置いて、すぐ隣の戸棚に手を伸ばし、煙草を一箱取り出した。
「おっと、咲夜。火取って火。」
「ああはい、どうぞ」
一本口に咥え、カチリと鈍銀色のジッポで火をつければ、狭いバーの中に一筋の煙が立ち昇る。
「煙草、やめたんじゃ?」
「ん、まあね。フランが臭い臭い言うもんだから。……あの子が居る時は吸わないようにしているの。」
これ以上懐かなくなったら大変でしょう、と煙を吐きながら自虐気味にレミリアは言った。
ぷかぷかと、幼い少女が煙草をやる様はなんとも背徳的で、どこか官能的な雰囲気を持って咲夜を挑発する。
ごくりと、咲夜は乾いた喉に生唾を飲み込んだ。
体が火照っているような気がするのはアルコールのせいか、それとも。
「……私も、煙草は嫌いです・・・・・・」
「ん?」
ガラス製の灰皿に灰を落としていたレミリアは不思議そうに顔を上げて咲夜を見る。
「そうなの? 意外ね」
悪かったとばかりに吸いかけを灰皿に押し付けて火を消す。
「あ、いえ、そうじゃなくて」
手を振って咲夜が何かを否定した。
どうしたの、と俯いた咲夜を下から覗き込むように見つめる。
「あの……キスする時とか、煙草臭いの嫌だから……」
その言葉に、レミリアの口がだらしなく開かれる。
「あっ、済みませんお嬢様!私ったら何を……」
「ふふっ、可愛いトコあるじゃない」
レミリアは椅子の上に膝立ちになり、咲夜の顎をくいと持ち上げた。
「ぁ……」
「甘えてもいいのよ、咲夜」
咲夜の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ、頬に両手を添える。
もはやこの狭いプライベート・バーには二人を隔てるものは何も無い。
ゆっくりと、二人の顔が近付く。咲夜の視界一杯に見える愛しい主の幼顔。
酒のボトルとグラスだけが、二人を映していた――――
幻想の夜は、まだ長い。
◇
「お姉様」
明け方、レミリアがそろそろ眠ろうかと、自分の部屋目指し廊下を歩いていると、自室の前でフランドールが枕を抱きかかえて立っているのが見えた。
「どうしたの、フラン」
今日のフランドールはおとなしい。
月が出ていないせいもあるだろうが、やはり多くの人との交流で精神が大分安定してきたからだろう。
「眠れないの」
喉に練乳でも絡まっているかのような甘ったるい声。
ああ、そんなことか。
幼い子供のようなフランドールの言葉に、思わず微笑んでしまう。
「ああフラン、私の可愛いフラン。どうしたら貴方は眠れるようになるの?」
赤ん坊をあやすように、幼い妹をからかった。
「キスして。おやすみのキス」
それを気にする様子もなく、ここぞとばかりにフランドールは甘えてくる。
彼女の求めるキスとは、恋人同士がするようなものではなく、あくまで家族としてのコミュニケーションである。
レミリアはそんな彼女が無性に愛しく思えてきて
「しょうがない子ね」
彼女が求めるままに、唇を軽く重ねた。
「ほら、もう寝なさい。太陽が昇ってくるわ」
フランドールを寝室へ向かうように促す。
しかし、彼女は頬を膨らまし、不満げな顔をしてレミリアを見つめ返した。
「お姉様の、うそつき」
「え?」
「煙草はやめるって、約束してくれたのに」
これはまずい。
「あ、いやその。これは咲夜が、そう咲夜が吸ってたやつの臭いがうつっただけよ!」
「咲夜は煙草嫌いって言ってたもん」
あうち
「お姉様のばかー!!」
叫んで走り去っていってしまった。
「抜き打ち検査かよ……」
呆然と、自室の扉によりかかり、一人ごちた。
そのまま、ずるずるとしゃがみこめば、いつのまにか煙草嫌いの従者がそこに立っており、
「油断出来ませんね」
気まずそうに苦笑しながら言う咲夜に、レミリアは同じく苦笑しながら応えるしかなかった。
翌日、紅魔館が全面禁煙となったのは言うまでもない。
多分妹様もぞっこんですわ
しかし、紅魔館は子供も喘息の人もいるので、タバコ好きにはなかなか厳しい環境ですねw
脳裏に白黒カラー映画並みのビジョンが浮かんだ。
ps
小町はキセル、妹紅はクシャリ煙草が似合いそう。
おぜうさま+タバコはすごく良い…
この組み合わせは考えられなかったわ
ちなみに、蛇の妖怪はタバコが弱点です。
全体の雰囲気がすごく良かった。
シガー&バーのイメージが伝われば幸いです
香霖に噛み煙草だね