Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

倍々妹四星(前編)

2008/04/30 19:22:14
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≪ 6:58 ≫

金属の食器が載せられた台車を引きながら、真紅に彩られた廊下を進む。
紅魔館の地下。薄暗く、薄気味悪い気配を湛えているのは、単に蝋燭を節約しているからではない。
人の寄りつかないこの場所に蜘蛛の巣はおろか埃一つ無いのは、ひとえに彼女の完璧主義とその手腕によるものだった。
メイド長、咲夜は立ち止まる。廊下の突き当たりに聳える、頑強な鉄扉。ただしそのドアノブやビス、はては幾重にも張り巡らされた鎖まで、あらゆる部分が銀細工で作られている。有用ではあるものの、センスを疑う代物ではあった。

(……関係ないわね。特に、ここの主からしてみれば)

脳裏に浮かぶのは、二人の姉妹。どちらを指して、自分はそんな事を思ったのか。
気の狂った挙句、実の姉にこんな地下に封印された部屋の主と。
世間体を気にして、実の妹をこんな地下に幽閉した館の主。

(……不敬罪。減給モノね、もらってないけど)

かぶりを振り、鎖に付けられた錠を一つ一つ外しにかかる。朝昼晩、食事の度にこの作業を行い、再び全て元通りにするのが、この扉を開ける際の規則だ。
どうせ、室内はおおいに散乱している事だろう。グラス一つでは済むまい。棚か、ベッドか、シャンデリアか。いずれにせよ箒で片付けられる被害である事を願う。分身した一人だとしたら面倒だ、雑巾を取りに戻らなければならない。

最後の錠を外し終わり、鎖がだらりとぶら下がる。続いて扉本体の鍵を外し、咲夜は改めて鉄扉の前に立った。ノックを二回。

「お嬢様、朝食をお持ちしました」

「「「「―――どうぞ」」」」

答えた声は、複数。いずれも同じ、部屋の主である少女のものだった。
家具の被害総数をざっと計算し、零れそうになった溜息を押し隠す。せめて口元だけでも、と笑顔を取り繕って、咲夜はドアノブに手をかけた。
案の定広がる、家具の破片が散乱した室内には―――


「「「「「「「「「「「「「「「「今日のご飯は、なぁに?」」」」」」」」」」」」」」」」

十六人の、フランドール=スカーレットがいた。





≪ 11:08 ≫

「「「「あはははははははははははははははは」」」」

その真紅の空は高らかな哄笑を上げながら、地上を覆っていた。
正確にはそれは空ではない。無数の―――しかしどれも同じシルエットをした、少女。
本来なら太陽が顔の出している筈の蒼穹は、隙間なく宙を漂う少女達によって遮られていた。
その一人一人が炎のような淡いオーラを纏いながら、赤血球のように流動する。揺れ動く両翼に垂れ下がった虹色の結晶が、まるで星々のように散りばめられる。まるで悪夢のような、空模様。


「「「「あはははははははははははははははは」」」」

ひしめき合い、蠢き合い、互いに傷つけ合い、滅していく。しかし少女達がその数を減らす傾向は、一向に訪れない。一人が息絶え墜落すれば、それを補うかのように少女はその数を増していく。
そのいずれもが、笑っていた。
無邪気に口元を歪ませ、放たれる光弾の爆砕音をも掻き消すかのように、その甲高い嬌声は幻想郷のあらゆる場所に響き渡っていた。

「「「「あはははははははははははははははは」」」」






≪ 絶望の13:45 ≫

「報告します!現在、幻想郷上空を覆う吸血鬼フランドール=スカーレット嬢の総数、3,362,952人!毎秒127人の速度で依然増加中です!」

白狼天狗が高らかに告げる。それを受けて、言葉を返す者は誰もいなかった。
妖怪の山の頂に立つ守矢神社。その一室で机を囲み、数人の少女達が集まっている。
誰もが暗い表情で黙り込むなか、立ち上がった緑髪の巫女が廊下に佇む天狗のもとに歩み寄り、息を整えるその背中をさすってやった。

「ご苦労様です。他の天狗と交代して、しばらく休んでください」

息も切れ切れの白狼天狗、その任務は幻想郷の空をあらゆる場所から偵察する事である。彼女はよくやったと言えよう、空を覆いつくす悪魔、フランドール=スカーレットの大群はもはや目視で数える事が不可能なまでに増殖していた。

(……フラン)

胸中で、レミリアは呟いた。495年間地下に幽閉されていた、可愛そうな私の妹。
天狗を送り出した守矢の巫女が戻ってくるのを見届けてから、レミリアの隣に座る少女、パチュリーは口を開いた。

「……報告の通り、幻想郷は今かつてない危機に見舞われているわ。早急に打開策を講じないとならない」

「あの、質問があります」

「はい、東風谷さん」

控えめに掌を晒してみせる巫女を、パチュリーが指差す。

「なんで、うちの神社でこんな会議をしてるんでしょう?」

守矢神社にすまうという二人の神様はここには居らず、山の上空でフランドール達を牽制している。二人の代行、および代表として、この巫女はここにいる。自分達の住居が前線本部のように扱われている事を疑問に思うのは当然だろう。

「幻想郷の全貌を把握するには、ここ山頂の神社が最も好条件だからよ。それに……」

ここでパチュリーは溜息をひとつ挟み、

「紅魔館は一番最初に跡形も無く破壊されて、今は今は第二の湖と化してるの。埋もれた図書館を掘り起こせれば、手っ取り早く解決策がわかるかも知れないけど」

「……私は、もう少し根本的な事が聞きたいわね」

やる気なさげに机に突っ伏した黒髪の少女、輝夜が、パチュリーと―――レミリアを一瞥する。その視線にははっきりと怒りの感情が込められていた。

「一体全体、何がどうしてこんな事になったのよ?そこの吸血鬼が三百人姉妹だったなんて聞いてないわよ」

輝夜の住む永遠亭、竹林の奥に佇む屋敷は現在、フランドール達による被害を受けた怪我人を収容する救急病院として機能している。ただし、患者のほとんどは紅魔館の従業員や近辺にいた妖精で占められていた。永遠亭の頭脳役である永琳が多忙な為、その代わりに来た彼女に対しパチュリーはあくまで姿勢の良いまま向き直る。

「……端的に言えば、魔力の暴走よ。フランが内に秘める無尽蔵の破壊力がエネルギーとなって蓄積し、それが彼女の特殊能力の一つであるフォースオブアカウントとなって発現した。その結果、空を埋め尽くすほどの分身を生んでしまったと考えられるわ」

「そんな荒唐無稽な結果に陥るまで、実の妹の異変に気付かなかったわけ?」

「フランの危険性を注視しすぎて、盲目的に封印を重ねていた事は……」

「秘書さんは黙っててもらえる?私はあんたに聞いてるのよ、三百万人のお姉さま?」

パチュリーの言葉を遮るように―――というよりは、俯いたままのレミリアを叱るかのように―――、輝夜は袖を翻し、机をばしりと叩いた。

「あんたの教育不行き届きじゃない、要するに。嫌われてんじゃないの?あんたへの反抗心のとばっちりを、幻想郷全体が被ってるとは思わない?」

「それは……」

レミリアは言葉を紡ぎかけたが、何も言える事がない自分自身に失望し唇を噛む。

「……カリスマの欠片もないわね」

吐き捨てるように告げ、輝夜はその視線をよそへと逸らした。

(わかってる……)

尖った八重歯が、噛み締められた唇の表面を破りかける。
その痛みを和らげたのは、膝のに置かれた握り拳に添えられた、パチュリーの白い掌だった。彼女の方を見ようかとも思ったが、レミリアは顔を上げなかった。

「私からも質問、いい?」

外の空模様以上に重苦しくなりつつある室内の空気に耐えかねてか、会合の中の一人、アリスがパチュリーへと向き直る。

「私の時計が壊れてなければ、今ってお昼時よね。あのフランちゃん……達?は太陽の光を浴びても平気なわけ?」

「もちろん、陽光を浴びた吸血鬼は気化して消滅してしまう。フランも例外じゃないわ。ただ……フランの分身速度が速すぎて、下層のフランに陽光が届く前に新たなフランによって塞がれてしまってるんだと思う」

「……それは、それは」
 
出かけた言葉を無理矢理引っ込めるように、口元をひくつかせるアリス。しかし、その横に座っていた黒白の魔法使いが身を乗り出し、

「アメーバみたいだな。もしくはピンクの魔人か」

「ちょっと、魔理沙っ!」

「間違いなく幻想郷の危機だな。こんな時に霊夢やあのスキマ妖怪何やってんだ?」

膝の上に置いた三角帽子のリボンを弄びながら、魔理沙はわざとらしく左右をキョロキョロと見回してみせる。
この会合の場にいる少女は、全部で六人だけだった。幻想郷全体を覆いつくすフランドールの大群に備えて、各地で防衛線が張られている為だ。冥界では幽霊が、人里ではワーハクタクが、三途の川では死神たちが、それぞれその場を離れられずにいる。
今現在のところ、フランドール達が地上に攻撃を仕掛ける予兆はない(フランドール同士で争っている為、地上には興味がないらしい)。しかし、弾幕の零れ弾や分身の残骸が頻繁に降ってくるうえ、フランドール達がいつ地上を標的に定めるかわからない為、何処も気が気ではない筈である。
魔法の森の奥にひっそりと建てられた家は狙われにくいと踏んでいるのか、あくまで気楽に魔理沙は喋る。

「霊夢はともかくスリットゆかりんなら、このくらいの異変まるっと解決してくれるんじゃないか」

「……あの二人は、それどころじゃないわ」

それが一番の悩みの種とでも言いたげに、パチュリーは深く溜息をつく。

「今この瞬間も際限なく分身を続けているフラン達は、幻想郷の空に充満してるだけでなく、博麗大結界にも深刻な負担をかけているそうなの。このままでは結界が破裂して……」

「……フラン達が、外の世界に出ちまうと?」

「えぇ。現在、博麗の巫女とスキマ妖怪は大結界が破壊されないよう維持する為の対応で手一杯だそうなのよ」

聞き終えた魔理沙が、机に乗り出していた身体をゆっくりと元に戻す。その頬に一筋の冷や汗が伝った。

「あの紫が、手一杯…・・・?」

「それってすごくまずい……んですよね、多分?」

パチュリーの話を聞いていたアリスと早苗が、ごくりと息を呑む。輝夜は何も言わず、再びレミリアに厳しい眼差しを向ける。どうしてくれる、そう物語る彼女の視線を、レミリアもまた無言で受け止めた。
今度こそ、室内は絶望すらを孕んだ重圧的な気配に包まれる。沈黙が、遠くから響いてくる笑い声と炸裂音をやけに大きなものに錯覚させる。

「……とにかく、もう時間がないのよ」

「どういう事だ?」

躊躇うような口調で切り出すパチュリーに、魔理沙が問いかける。

「言ったでしょ?今は太陽の光によってフランの分身のいくらかは消滅させる事が出来ているけど、太陽が沈めば彼女を抑制していたものはなくなってしまう。分身は消滅する事無く増殖する一方、そうなれば間違いなく大結界の方がもたないでしょうね」

「…………」

「タイムリミットは日暮れまで。あと四、五時間といったところよ……」

誰もが語るべき言葉を失い、暗く沈みこんでいくなかで。
レミリアは今度こそ顔を上げ、パチュリーの横顔を見やった。あくまで冷静に事態を解説してのける、400歳年下の友人。彼女から添えられた手が帯びている、わずかな震えを感じ取る。
それでもなお、弱々しい吸血鬼の少女は黙っていた。





≪ 15:15 ≫

「……咲夜、大丈夫?」

「…………うぅ」

呼びかけに答えたわけではないのだろう。布団に寝かしつけられた咲夜は、悪夢にうなされているかのような苦悶の声を上げた。
その表情は窺い知れない。頭から爪先までびっしりと包帯に覆われていて、この人型の物体が咲夜であると判別出来るのは、ひとえにこんな成りになってですら着けたままのヘッドドレスによるものだった。
その額(であろう部分)にレミリアは手をかざし、傷口に触れないようそっと撫でてやる。モーニングコールから消灯までを共に過ごしてきた従者がこうして床に伏せ、主人である自分がこうしてそれを看取っている。極めて稀な事ではあったが、苦笑する気にすらなれずレミリアは立ち上がった。
永遠亭内の救急病棟として設えられた大広間には、所狭しと布団が敷き詰められ大勢の怪我人が寝かされている。そのほとんどが紅魔館で働く従業員や近辺に生息する妖怪たちで占められていた。普段は無駄に騒がしいはずの連中は、咲夜と同じように全身を包帯に巻かれているせいか、皆一様に静かである。

(……わかってる。全部私のせいだわ)

静寂が思考を抉る。それ以上は考えないよう努め、レミリアは大広間から出ようと歩き出した。
手を掛けようとした障子が、不意に開け放たれる。いきなり姿を現した相手と間近で向かい合い、身長差のせいもありそれが誰だか一瞬わからなかった。

「あら、吸血鬼のお嬢さん。お見舞いかしら?」

レミリアが見上げると、眼が合った白髪の女―――確か永琳だったか―――は意外そうな顔で言った。その隣には、ウサギ耳の女。木製の救急箱を重たそうに両手で担いでいる。
何となくバツが悪く、レミリアは彼女たちから迂回するように道を譲った。

「……悪いかしら」

「とんでもないわ。身内に見舞われる事によって患者に与えられる精神的安堵感は体調回復の促進に繋がるのよ」

何を言っているのかはわからなかったが、彼女の浮かべる微笑は取り繕ったものではなさそうだ。廊下に出たレミリアと入れ違うように、永琳は広間の中央へと入っていく。その後ろをそそくさとついていくウサギ耳越しに永琳の後姿を見つめ、レミリアは彼女を呼び止めようかと口を開きかけた。

(……何を、言う事があるっていうの?)

躊躇していると、意外にも永琳の方が振り返ってくる。驚いたウサギがきゃっと鳴いたが、それには構わず。

「うちの輝夜、苛立ってたでしょ?」

「……は?」

名前を出され、レミリアは昼間の会合でこちらを睨みつけてきた姫君の顔を思い出す。

「彼女もね、不安なのよ。やっと見つけた安住の地だもの、ここは。私も藤原の娘も忙しくて構って上げられなかったから、フラストレーション溜まってるのね」

「はぁ」

「あら、それじゃない?じゃあ……」

永琳はしばらく顎に手をやって考え込み、

「大丈夫よ、この人間―――咲夜さん?―――は必ず治してあげるわ」

「……貴女の雑談って飛躍が凄くてついていけないんだけど」

「雑談じゃないわ。診断よ」

落とした薬箱の中身を拾い上げながら足元まで這ってきたウサギを蹴り飛ばしながらも、永琳の視線は揺らぐ事無くレミリアを見据えていた。冷たい眼だ、と素直に感じる。

「今の貴女、下手な精神疾患者より元気がないんだもの」

「私が……?」

「そう。まるで身体の一部が欠けているよう。支えを失って、今にも倒れそう……」

「何が言いたいの?」

「一人ぼっちは嫌?お嬢さん」






≪ 15:31 ≫

立ちふさがる人影を前に、魔理沙はひとまず素直に立ち止まる事を選んだ。

「……どいてくれないか、アリス?」

両腕を広げ、口を一文字に閉じたままアリスは微動だにしない。その両肩付近には、二体の人形が彼女と同じポーズでふわふわと浮遊している。
魔理沙は箒の柄を深めに持ち直し、その先端をアリスへと向けた。正確には彼女によって妨げられた先に続く深淵の奥へと。
嘲笑うかのような人面の窪みがついた樹木や、バラバラに垂れ下がった蔦が雑然と立ち並ぶ、瘴気に満ちた森林地帯。真紅の空と相まって一層不気味なこの場所を、彼女たち魔法使いは禁忌の森と呼んでいる。

「私はこの先に用があるんだ」

「知ってるわよ。だから行かせないんじゃない」

「アリス……」

「駄目よ、魔理沙。この先に行けばどうなるか、充分わかってるでしょ?」

「知ってるさ。だから行くんだよ。無駄な時間を取らせないでくれ」

アリスの強情さは―――そして、私を心から気遣っている事も―――良くわかっていた。だからこそ、徐々に語気が荒くなっていく自分を抑える事が出来ない。それは、アリスの想いを跳ね除けねばならない魔理沙自身への苛立ちだった。

「もう一度言う。どいてくれ、アリス」

「嫌よ」

「アリスっ」

思わず名前を叫んでしまい、魔理沙ははっとした。
アリスは、とうに両の目に涙を湛えている。震える声で、彼女もまた叫んだ。

「どうしてよ!?私の事は散々こき使って、困らせて、泣かせるくせに、他の娘の為にはそんなに一生懸命で……」

「そんなつもりは、」

「今だって、あの娘の……フランのためなんでしょう?」

「……あぁ」

「どうして……どうしてよ……」

人形達が音も無く地面に落ちる。
広げられていた筈の両手で頬を擦りながら、アリスはとうとう嗚咽を漏らし始める。
突きつけていた箒を下ろし、魔理沙は少女の元に歩み寄った。

「私のせいだからな、これは」

「え……?」

抱き寄せる……事はしなかった。
アリスの両肩に手をやって、彼女と向かい合う。涙にまみれほのかに晴れた彼女に触れ合いそうな位置にまで顔を寄せ、その瞳を覗き込む。

「495年間、あいつは一人だった。あいつに遊ぶ事を教えちまったのは、私なんだ」

嗚咽をやめ、呆然と立ち尽くすアリスからそっと身体を離す。そのまま人形遣いの背後へ忍び足で回り込みつつ、遠ざかる。

「だから、私が相手してやらなくちゃならない」

「―――魔理沙っ!?」

催眠の魔法―――アリスほどの魔法使いなら、まず引っかからないような低級魔法―――から覚めた彼女が振り返るよりも早く、魔理沙は禁忌の森の奥へと駆け出していった。


副題:24シーズン幻想郷~これは7時から15時までの間に起こった出来事である~

トンデモ話を書こうとしたら、こんな事に……
無駄に長くなってしまったので、二つに分けます。ごめんなさい
転寝
コメント



1.削除
素直に、面白いかと。
2.名前が無い程度の能力削除
これはいい。

しかし、空一面の妹様を想像して吹いた