逃げられないとわかって、ものごころついてからの光景がいっきに思い出される。
そうかこれが走馬灯なのか……懐かしい思い出がたくさんだ。
危機的状況なのに穏やかな気持ちでいられるのは不思議だ。
小さい頃のやんちゃ、成長してからの甘酸っぱい思い出、失敗、喜びが浮かんでは消えて、記憶がじょじょに今日に近づいていく。
竹林に竹の子をとりにいった帰り道、暗くなりかけていたから回りも見ずに里へと急いでいた。
そんなとき頭上から幼女らしき声が聞こえてきた。
「食べ物みーつけた」
声のしたほうを見ると闇があった。
それは少しずつ近づいてくる。こんなものは妖怪でしかないと思ったとたん体が動き、その場から逃げ出す。
逃げながら思い出していた。あれは彦左衛門さんの言ってた黒い塊なんだと。
「逃げちゃ駄目~。久しぶりのご飯なんだから」
そんな声が闇から聞こえて、あとを追ってくる。
もともと急いでいたのに走って逃げたからすぐに息はきれ、走るよりも歩いているといった速度になる。
それでも逃げようとしていると、視界がさらに暗くなる。さっきまでは見えていた道がまったく見えない。
妖怪の闇の中に入ってしまった。同時に、逃げようとする焦りがなぜか次第に落ち着いていく。
いまだに逃げようと思ってはいるけど、さっきほど怖くないし必死さがなくなった。
「あ、入ったね。
どこかなー?」
妖怪は俺が闇の中に入ったとはわかるらしいけど、どこいるかはわからないようだ。
これならまだ逃げ切ることはできそうだと、できるだけ静かにその場から動いていく。
今も心は不思議と落ち着いたまま。
「あ、そっち?」
俺が動いたことに気づいたのか何かが近づいてくる。
妖怪は人よりも耳も目もいいから俺の出した微かな音にも気づいたのか?
「捕まえた」
そう言って俺の腕を掴んだのは、想像していたよりも小さな手。
声もからもわかるけど、この妖怪は小さい子らしい。
なんとか振りほどこうとするも、無理だった。小さくても妖怪、俺なんかより力は強い。
「すぐ食べたいけど、ここじゃ邪魔が入るかも。
違う場所で食べよ」
邪魔というのは慧音さんだろう。
腕が引っ張られて、足が地面を離れた。
大声を出してたけど里まではわずかに届かない。届いていれば慧音さんが助けてくれたはず。
俺がいくらわめいても妖怪は気にすることなく、鼻歌を歌い上機嫌にどこかへ俺を連れて行く。
次第に俺はわめく声が小さくなり、されるがままになっていった。
そうすると闇の中が穏やかで気持ちのいい空間に感じられてきた。わめくよりもこの安らぎを貪りたい。
なんていうか記憶にない赤ん坊の頃を思い出せそうな気分だ。
赤ん坊もこんな気分なのかもしれない。光のない胎内で母親に暖かく包まれて過ごす。
穏やかさに身を任せたままでいるとどこかに下ろされて、妖怪の声が間近に聞こえた。
「いただきまーす」
黄色い髪と赤い目の口を開けた幼女を見たような気がする。
俺の記憶はここで途切れた。
「ごちそうさまでした」
口回りを赤く血で染めた笑顔のルーミアが満足そうにお腹を押さえている。
満腹になったルーミアは浮かびどこかへと去っていった。
その場に残っているのは少しの肉片と骨。
魂は彼岸へと行ってしまったのだろう。
三途の河を越え審判を受ける幽霊が発する感情は食べられたとは思えないほど穏やかな感情を発していて、四季映姫に首を傾げさせる。
ほかの妖怪に食べられた人はもっと生への執着心や悔恨を見せる。
だがルーミアに食べられた人にかぎっては、皆穏やかなのだ。
その事情を聞きたくとも幽霊は喋ることができない。
四季映姫は解けない疑問を抱き続けるしかない。
闇は恐怖を感じさせるがそれだけではない。恐怖と同時に安息といった面も持っている。
ならば宵闇の妖怪たるルーミアの闇もそういった面を持つのではないか?
ただの闇ではなく妖怪の闇。魔性を帯びて捕らえた獲物に恐怖を圧倒する安らぎを与えて、安らかな死に至らせることもあるかもしれない。
真実は誰にもわからず闇の中。
真実を求めて闇に入ったとしても、安息に囚われるだけで何にもならない。
ただ死が訪れて、ルーミアの空腹を満たすだけ。