「また来ていたの?」
「それはこっちのセリフよ」
日が落ちた博麗神社の庭で紫と咲夜を連れたレミリアがにらみ合う。
両者の目的は霊夢と過ごすこと。
その霊夢はこたつに入って、お茶を堪能していて、三人の動向を気にしていない。
「昨日もきたのでしょう? 今日は帰りなさい。
それとも耄碌してそのことを忘れたのかしら?」
「あなたよりは長生きしているけど、まだまだ耄碌なんかしないわよ。
あなたこそ一人で来ることができないのならば、赤いお屋敷に引き篭ってなさいな」
二人のにらみ合いは続く。咲夜は静かにレミリアの後ろに佇むのみ。
言葉での応酬が続き、我慢の限度が限界に届こうとしても咲夜は動かない。
被害がでることはないと知っているからだ。
このやりとりはすでに幾度も行われていて、過去にスペルカードでの勝負にまで発展したことがある。
そのとき博麗神社に被害がでたことで二人は霊夢にこっぴどく怒られ落ち込んだ。
それときの霊夢は何倍も生きた存在を軽く圧倒していて、二人は二度とあのときの霊夢に会いたくないと思っていた。
だから被害のでることのない口での応酬で済ませるようになっていた。
それだけではすまないこともあり、そんなときは被害のでない勝負を行う。
今日もそんな勝負になるのだった。
「今日は従者のことをどれだけ知っているかで勝負よ。具体的には従者が苦手としているものを述べていくということでどうかしら?
己の苦手なものは主といえど全て知らせるなんてことしずらいだろうし。それを知っているかで、どれだけ従者を見ているか判断するの」
「かまわないわ。
それなら藍を呼ばないとね」
紫はスキマを通して、藍を自分の家から強制的に呼び寄せる。
洗いものの最中だったのか袖をめくり上げ、洗剤で手をぬらした藍が若干迷惑そうな顔で己の主人を見ている。
「何かご用ですか?」
「ええ、私たちの勝負の間ここにいてほしいのよ。
勝ち負けは従者のことをどれだけ知っているかで判断する」
「別にかまいませんが、先に手を洗ってきてもいいですか?」
「早く済ませてきなさい」
藍が博麗神社に入っていき、戻ってくると勝負は始まった。
「まずは私から始めるわ。
咲夜の苦手なものは熱いものね。一緒にお茶を飲むときよく冷まして飲んでいるし」
ほかにもさらさらと咲夜の苦手なものを上げていく。
その一つ一つに咲夜が頷いていく。
「さすがですお嬢様。すべてそのとおりでございます」
にこやかな表情で己の弱点というものを認めた咲夜に、レミリアは満足そうな笑顔を向けた。
「当然よ。
さあ、次はそっちの番」
「藍が苦手なものは水ね。式は水に弱いから。ほかにも狐が苦手なものは、藍も駄目よ。
弱点とも好きなものとも言えるのが、油揚げと橙。
新しい何かを生み出すのも少し苦手だったわね。
あと冬も嫌いみたい。
こんなところかしら。どう藍?」
自信満々な紫は藍に聞く。間違ってはいないと思っていることが表情からもわかる。
「この勝負、吸血鬼の勝ちです」
藍はきっぱりとそう告げた。
「ち、ちょっと待ちなさい!
藍? 私にあなたの知らないことがあるっていうの?」
「往生際が悪いわね。従者の言うことが信じられないの?
従者の真偽を見分けるのも主として大事な資質よ?」
「あなたは黙ってなさい!
ねえ藍、間違いよね? 私が言ったもので全部でしょう?
それとも何か怒らせるようなことを私がしたのかしら?」
「いえ、していませんよ。
洗いものの途中で呼び出されたのは迷惑ですが、そんなこと日常茶飯事ですし。
ただ本当に一つだけ紫様が言わなかったものがあるのです」
紫、レミリア、咲夜の三人とも藍を見ているが、藍が嘘をついているようには見えなかった。
紫は問う。
「それはなにかしら?
私としても知っておきたいのだけど」
「それは桜吹雪です」
紫が聞くと藍は簡単に答えた。
「桜吹雪? 桜ではなく?」
「ええ。桜は好きですよ」
桜はよくて、桜吹雪は駄目。
三人は首を傾げる。なぜ駄目なのかわからない。
「でもお花見のときは機嫌よさそうにしているじゃない。
苦手そうな顔なんて見たことないわ」
「紫様が桜吹雪を楽しんでおられますから。
紫様の笑顔を見ることができるのは、私も橙も嬉しいことです」
ますますわからないといった表情になる三人。
そんな三人を見て藍は話しを続ける。
「私は紫様が好きです。もちろん橙も同じ想いです。
だから紫様が眠ってしまう冬は嫌いです。話しかけても触っても、なんの反応も返してくれないのですから。
たしかにそこにいるのに私たちを認めてはくれない。私たちにできることは、寂しさを抱えて紫様が起きる日を待ち続けるだけ。
桜吹雪は雪が降っているように見えて、そんな寂しい冬を思い出させる。
ようやく春が来て紫様のいる生活が戻ってきたのに、紫様のいない日々を思い出させる。
だから好きにはなれません。
わかりましたか? 私が桜吹雪を嫌いな理由が」
辺りがしんっと鎮まる。
真剣な想いを述べた藍に、誰もが生半可な言葉をかけることができない。
少しして口を開いたのは紫だった。
「私の負けね。
藍、帰るわよ」
「はい」
端的にそれだけ言ってレミリアに何か言う暇を与えずに、紫と藍はスキマを通って帰っていった。
次の日、八雲家の夕食は紫が久々に腕をふるった。
メニューは藍と橙の好物で埋め尽くされていたらしい。
そして次の年から冬眠から目覚めた紫は、起きたその日を藍と橙のために使うようになった。
話がしっかりまとまっていて絶妙です。
いいなあ、きっちりお互いに愛がある迷い家は。
大変ほっこりしました。