ノコギリが、ある。
近頃の早苗はこれを持って、どこかへ向かうのが日課。
何でも、神奈子のためらしい。
詳細を聞いても、肝心な所をはぐらかす。名誉が台無しなので話せませんだとか。
――一体、何をしているのでしょうか。
気になって眠れやしない。
平時であれば二番のサビ部分で寝ついてしまう、早苗の十八番(子守唄)を、五番まで聞き届けてしまった程だ。
「今日は随分と夜更かしさん。洩矢様ったら大人になられたのかしら」
と言わせしめたアダルト極まりない神の威光に、そろそろ天地が平伏してもおかしくないのだが。
一向に人民の洩矢マンセーは聞こえない。
むしろ、神社全体の活気が失われているように思う。参拝客が来ないのだ。
やはり――ノコギリか。
アレで何か、細工をしたに違いない。
真の支配者たる私が、再び一国の王として君臨するのをよほど防ぎたいと思われる。
こういう私封じは、神奈子の指示である事が多い。
許せない。
文句言いに行ったら、飴玉をくれた。はむ。レモン味か……。
柑橘系でビタミンC一杯な買収に、心がぐらつく。
しかし、ここで引き下がっては神の威厳があーうーなのだ。
「神奈子ったらもう! 神奈子ったらもう! そんなに私の信仰増えると嫌なわけ!?」
「ええ……? 何言ってんのか全然わかんない」
もしかしてもう一個欲しいの、とミルク味の飴玉を渡してくる。
確かにミルク味は好きだけど、苺ミルク味だったら身も心も委ねそうで危なかったけど。
別にお腹が空いてる訳じゃないの。
「参拝客が減ってる事に、一枚噛んでるでしょ。ガリガリ」
「飴玉かじりながら喋るの、やめてくんないかなぁ」
舐め終えてから喋るか、今すぐゴックンしなさい、と残酷な二択を迫る。
そら見たことか。神奈子の本性はこれだ、毒蛇の如く冷徹。
私に神社の中でしか遊んじゃ駄目、みたいな制限を設けたのもコイツだし。
自分の信仰が磐石なものとなるまで、もう一人の神様がうろちょろしてたら都合悪い。
私に信仰集まったら台無し、その上ロリータコンプレックスは国民病だ。
どう見積もっても、信仰集めに関しては私の方が有利。
しかし、そんな本音は決して吐かないのが神奈子の怖い所。
――可愛い子がうろちょろしてたら、危ないからね。
とか、上手いこと言って私を神社に束縛する。
可愛いなんて面と向かって言われると、耳が熱くなってうつむいてしまう。
そして、何も言い返せなくなるのだ。
こういう私のピュアな気質を最大限利用した卑劣過ぎる凶行に、戦慄を禁じ得ない。
狡猾……! 狡猾なり神奈子……!
「早苗に何を吹き込んだの。ノコギリだなんて、物騒なもの使わせるなんて」
「ノコギリ……」
「神社の参拝客は減らしつつ、自分はせっせと湖で信仰集めに励む。そうして生まれた力の差を利用し、私の飴玉を全部取り上げる気ね。苺ミルク味まで。神奈子、恐ろしい子……!」
「ちょ、ちょっと待って! 誰もが甘いものの為に行動してるってのは、大きな間違いよ。それと、『子』のカテゴリーに含んでくれたのは、ありがとう」
リップサービスのつもりは全然無かったのに。
何故だか、どうしてだか、琴線に触れてしまったらしい。
「えーと、ノコギリがどうとか言ってたけど……。これ、早苗が自主的にやり出した事だし」
嘘だ。
目を見れば分かる、やたらと視線が上の方を泳いでるもの――って、帽子見てるわね。
この帽子……斬新なデザインも、背がちょっぴり高く見える所も、気に入ってるけど。
やたらと話し相手の集中力奪うのがネック。
「早苗が自主的に始めたって、どういう事かしら。きちんと説明してよね。それと目、合わせなさい」
「ん。ああ、アレは何というか――」
――愛の空回り。
神奈子はそんな、難しい事を言う。
愛の形は色々だ。
私としては、毎日可愛いと言ってくれて、素敵なお菓子くれる人なら誰でもいいけど。
――既に神奈子がその条件を満たしてる?
馬鹿言っちゃいけない。
私は至ってノーマルなのだ。子孫も残してるし。
「つまり、早苗の気持ちは全然分からない」
日常を捨ててまで、同性の神に尽くそうという一途さ。
果たして信仰のみから来るものであろうか。
神奈子が言うには。
早苗はノコギリで、やっぱり人払いをしてるらしい。
それ以上は、詳しく話してくれなかったけれど。
神奈子目当ての参拝客も、追い返してるとか。
それって――
(独占)
そう、思ってしまう。
自分だけの神様に、したいから。
早苗が神奈子を見る目は、異常である。
例えるなら、愛しくて愛しくてたまらない、愛玩動物――ペットを見るような。
――私からも、早苗に一言言っておくよ。
あの、ノコギリ姫に。
忠告。
そう、言い残して。
神奈子は早苗の元へと向かったのだった。
あれから二日。
神奈子は、まだ帰って来ない。
平気な顔して神社にやって来て、雑用をこなす早苗がたまらなく恐ろしい。
「――神奈子はどうしてる?」
何気なさを装って、聞いてみたが。
「八坂様は、とても綺麗になりましたよ」
よく分からない返事が来る。
神奈子を見かけなくなってからもう、一週間になる。
女神のいなくなった湖はきっと、斧なんか投げても返事が無いんだろうな、なんて。
頭で分かりつつも、心のどこかで奇跡を信じてる。
石ころを投げて、広がる波紋の中に物語を期待した。
でも、ここは既に抜け殻なのだ。返事なんて、来ない。
――早苗の所に、行こう。
行って、神奈子をどうしたのか確かめなきゃ。
湖面に映る自分自身と、約束した。
早苗は。
年頃の女の子だし、プライバシーだとか色々有る。
だから、彼女の生活区域には、出来るだけ入らないようにしていた。
自室――を通り越して、結構な量の土地を好きにしている為、そうとう恵まれた環境にある、と言える。
――一人くらい監禁しても、余裕が有る程の広さ。
(嫌だな)
さっきから、悪い想像ばかりしてしまう。
だって。
まさしく愛は病。
嫉妬や独占を発作に例えるなら。何が、特効薬?
何を以って、完治とする?
(死)
物騒な単語が、脳裏をよぎった。
不治の病に苦しみ続けるならば――安楽死を。
叶わぬ恋が、汚れる前に。ダイスキな人でいられるうちに、終わらされる。
寒気がした。
八坂様は、とても綺麗になりました、と。
早苗はそう言っていた。
美の完成とは、究極の美しさとは、永遠を指すのではないだろうか。
一歩、進む。
永遠に私だけを見てくれる人――それは、ある意味では理想の恋人だろう。
また一歩、進む。早苗お気に入りの部屋、陽だまりが優しい、小さな座敷へと近付く。
唾を飲む。
その気になれば、簡単に進入出来る距離に、早苗の箱庭が有る。
引き返せなくなると分かりながら、歩みを止めなかった。止めるわけには、いかなかった。
襖に手をかける。そっと、そっと、開けた。
座敷の中は――
「……?」
紅。座敷一面に、紅い花びらが散っていた。
「――見ましたね」
「早苗……」
ガラス玉を連想させる無機質な瞳に、震える私が映っていた。
たまらず目を逸らす。途端、成すべき事を思い出した。
聞かねばならない。
「か、神奈子は……?」
「八坂様なら、そこにいますよ」
そこ。
早苗が顎で指し示した場所には、既に神奈子ではない神奈子がいた。
粘膜を思わせる程に濃厚な、桃色。
白骨ですら届かないであろう純度の、白。
少女趣味の粋を凝らしたパステルカラーの布地に、これか、このフリフリがええんか、とテンプレチンピラなノリで暴走しちゃったとしか思えない量の、フリル、リボン。
いわゆるメイド服であった。
「アウアウ! 年齢的な意味で!」
「セフセフよ!」
元気に口答えする神奈子さんに、一瞥をくれてやる。
っていうか。
「どういう事?」
「……それはですね」
そこいら中に散乱した真紅の花びらを睨みつつ、早苗は言う。
「このお花、八坂様が集めたんですよ」
春は野花。
秋には紅葉しなさった落ち葉。
そんなものを集めては、押し花にする。
出来がよければ、髪飾りにしちゃうらしい。
なんだろねこの乙女趣味。
「つまり、八坂様はふりふり衣装をこっそり嗜むような、隠れ仏っ契り(ぶっちぎり)乙女なのです」
「やめてなんかその変換、いやらしい」
まるで仏さまといかがわしい事してるみたいじゃない、と生娘乙なツッコミする神奈子。
もう帰っていいかなー。
「……似合う?」
お気に入りらしい、モミジやらイチョウの髪飾りをいじりつつ、メイドさんな神奈子が聞いてくる。
(似合わねーよ……!)
究極の美=永遠の静止、即ち死というのは安易な発想であった。
早苗と神奈子の中では、フリルとオーガンジーこそが『綺麗』であるらしい。
腋やらお胸やらで犯罪的なチラリズムを勃発させる早苗。
殿方が過剰に反応して、野蛮な顔になるとか。
男の人のそういう所が怖いと怯える神奈子に配慮し、ノコギリなど用いて木工。お手製の立て札だ。
『えっちなのはいけないと思います』
と書いたので、一層煩悩を刺激してまずい事になったそうだ。
――僕達はエロスを求めてるんじゃない。タナトスであり彗星であり、少女達の見せる刹那の煌き――チラリズムを追う、フェティッシュの神に操られた求道者である。
そんな、カッコイイのかもう駄目なのかよく分からない言い訳をしてきた参拝客に、
『ふぇちなのはいけないと思います』
なんて、現人神電波丸出しの立て札を見せたらしい早苗は、天然ちゃんなのだろうか。
おかげで参拝客は来ない、来ないけど。
彼らの心に刻まれた、純情八頭身女神と腋娘は永遠である。
故に信仰心は今日も明日も振り切れており、守矢神社の将来は安泰だ。
なんか、私の事も崇拝してたらしいし。
でも園児コスはカンベンな!
いろんな服装な神奈子様……見てみたい
園児姿もどんとこいっですよ
あと早苗さんそのパンツもう履かないならボクに下さい。
これは公式チートだ!
幻想郷の(気持ちだけ)カメラ小僧に乾杯!
これは間違いなく一級神
諏訪子様可愛いよおおポッキーあげるうううう
潔癖症&男嫌いは本来早苗さんのような気がするけど、ここでは天然だから仕方ない。
でも神様にろりろりしてるとか、参拝者にこいつらとか気持ち悪い、ってw
こわごわ読んでいたら…!
ほっとしたようなちょっと残念なような(え)
だってあややが持っていたから