一人の男が頭を抱えながらも本を捲っていた。
何時でも閑古鳥が鳴いているような古ぼけた店内。天井の方には、うっすらと蜘蛛の巣まで張られている。流石に商品……と称したガラクタには蜘蛛の巣こそないものの、若干の塵が鎮座しており、主人がどれだけ手入れをしていないかが良く分かる。
しかし、その主人はと言うと……眉に皺を寄せてページを捲り、次のページを見て更に顔を顰めていた。
持っていた本は然程分厚いものではなく、むしろ薄いと言える。わずか数分で読んでしまえるような代物だ。
だが主人は何度も読み返している。その表情は次第に苦渋の色を濃くしていった。
~数刻後~
「おーっす、香霖。遊びに来たぜ!」
「…いらっしゃい」
物凄い音を立てながら店内に入ってきたのは、白黒の格好をした魔女……魔理沙であった。
店内はいつもの様に薄暗く、営業時間とは到底思えないし、主人は決まった様に憎まれ口を叩きつつも受け入れを拒否しない。
何もかもがいつも通りのはずだった…。
「魔理沙、少しそこに座ってくれないか?」
店主霖之助はカウンター越しに、商品である椅子を指差して言った。いつもならば、商品に座ることを咎めるというのに……。
「? どうしたんだ? 香霖」
「ちょっとね……真面目な話があるんだ…」
何時になく真剣な表情で魔理沙を見詰める霖之助。その目は眼鏡越しにでも分かるほど鋭く……魔理沙は、自分を叱る父親の面影を霖之助に見た気がした。
「魔理沙。これから僕が言う質問に、正直に、答えてくれ。勿論、これが真面目な話だってことを忘れずにね」
「……分かったぜ…」
『正直に』の部分をやけに強調して言う。魔理沙は緊張した面持ちで椅子に腰掛けた。霖之助と対面し、改めてその気迫を一心に受ける。
思わず唾を飲み込む。やる気のないいつもとは大違いだ。というか、霖之助がここまで真剣な表情をしたのを見たのは何時だっただろうか?
消えかかっている記憶を漁ってみても、ハッキリと思い出せない。
「…魔理沙」
「……」
名前を呼ばれ、思わず身構える。
「……………君は今、気になっている人はいるかい?……」
「……………………………は………?」
その言葉に、魔理沙の思考はフリーズした。
脳内で言葉をリピートさせる。
『君は今、気になっている人はいるかい?』
気になっている人……という事は…恐らく、そういう意味なのだろう。この場の重苦しい空気と緊張感が、それを裏付けている。
霖之助が言わんとしている事を感じ取り、魔理沙は思わず顔を俯けた。
「…………………………………いるぜ……」
蚊が鳴いたような小さな声だった。しかし、静かな店内にそれは十分すぎるほどよく聞こえる。霖之助からはよく見えなかったようだが、魔理沙の顔は段々と赤く染まっていく。
「……そうか…」
一つため息を吐き、霖之助はやれやれとでも言いたげに額を押さえた。
「魔理沙、君は幼い頃に家を出て、先代の魔女に保護されて今に至るわけだ。だけど僕だって、此処で君や霊夢を見つけてから色々と面倒を見ることだってあった…。つまり、僕は君たちの保護者と称しても過言じゃない。……僕の言いたい事は分かるね…?」
「っ! ……それって…!」
ハッとなり、魔理沙は顔を上げて霖之助を見詰めた。その瞳の中には…戸惑いの色が見て取れた。
その視線を確りと受け止め……霖之助は首を横に振る。
「駄目だよ、魔理沙。僕にやる気とかそういうものがないのは確かかもしれない…。
けど、僕は間違った道を歩もうとしている君を注意しないでいるほど、ぐうたらな訳じゃないんだ」
「……くっ…」
再び顔を俯かせる魔理沙。しかし今度は羞恥からではなく、悔しさから。実るか実らないか分からないような青果が、たった一回の嵐で駄目になってしまったかのような、深い絶望。
思わず膝の上に握り拳を作る。涙が出なかっただけ上出来だと、自分でも下らない事を考えてしまった。
「……魔理沙………君は本当にそれでいいのかい?」
「…えっ…?」
今までの言葉を打ち消すかのような、霖之助の言葉。それは一方的なものではなく、問い掛けだった。
それを頭の中で整理しようと奮闘している魔理沙に、更なる声が掛けられる。
「君は、僕が魔法を習った霧雨家の娘でもある。出来れば普通に一生を過ごして欲しい……というのは、僕の個人的な意見だ。
しかし君は君だ。僕が周りの人達の言葉に右往左往しながらも、最終的にこの店を構えたのと同じように、君には自由に生きて欲しい」
そこで一旦言葉を切り、霖之助は席を立つ。
「だから、君が本気なんだと言えば、僕だって折れる。けど君は、確実に人道を外れる事になるんだ」
そのままカウンターを回り込み、魔理沙の前に仁王立ちした。
「それでも君は……」
二人の視線が交差する。
「……彼女が好きかい?」
「…………………は…?」
彼女にしては珍しく、間抜けな声が出た。口をぽかんと開けて眼が点になる。しかし、それでも霖之助の演説は終わらない。
「僕は別に、同性愛を非難している訳じゃない。そこに確固たる愛があるのなら構いやしない。
ただ子供を成す事が出来ないから、辛いかも知れないよ? 世間からの視線もある。
魔法でどうにかするという方法もあるけど、安全とは言いがたいし、どんな副作用があるか分かったもんじゃないからね。
そして一番大切なのはその子供だ。いずれ君と同じように育っていく……その過程の中でどうやって自分自身の中で親の位置づけを整理するのか………君たちはそこまで責任を持たなきゃいけないんだ」
呆けている魔理沙の両肩を掴み、最初と変わらない真面目な顔で彼女を見詰める。
「一時だけの感情に流されて、これからの全てを失うというのは大変愚かな行為だよ? 魔理沙。
相手が誰かはよく分からないが、妖怪なのかもしれない。そうなると、君はその相手を残して逝ってしまう事だってあるんだ」
視線を虚空へと向ける霖之助。魔理沙は顔を俯かせ、若干肩を振るわせ始めた。
「幻想郷は全てを受け入れてくれる。確かにその通りだ。だけどそれは、一歩間違えれば恐ろしいことになるんだよ?
君はこの前、速度を出しすぎて木に激突したと言っていたね。
あの時ほんの少しでも注意していれば……。あの時もう少し低速で移動していれば……。そうやって悔やんでいた。
同性愛というのはそれ以上の苦しみを君に与えるかもしれない。
勿論、苦しい事だけじゃなく、楽しい事だって沢山あるだろうけど……苦しい時は、本当に苦しいかもしれないよ…?
……僕はそんな後悔の念を、君に抱いて欲しくないんだ…」
「…………りんの……ぁ…」
「ん…?」
そこでようやく、霖之助は魔理沙が肩を震わせているのに気がついた。何となく嫌な予感がし、数歩だけ後退する。
「香霖のアホンダラァァーーーー!!」
「はぅあッ!!」
『マスタースパーク+掌底×思いの丈=破壊力』という公式が成立した瞬間であった。
~半刻後~
「で? 何であんな事聞いたんだ?」
先程とは打って変わって、商品の椅子に踏ん反り返っている魔理沙と地面に正座している霖之助。ちなみに霖之助の上半身は、マスタースパークによりキャストオフされてしまった。つまるところ半裸だ。
「実を言うと、無縁塚でとある本を見つけたんだ」
「本?」
胡散臭げに眉を寄せる魔理沙。それに対し、霖之助は横の本棚の隅を指差した。
魔理沙そこへ眼を向けると……やけに薄い背表紙の列が目に入った。
「……これか…」
「そう……どうやら外から流れ着いた物らしいんだけどね。どうもその……君たちの事が書かれているんだ…」
「ほう…」
試しにと、一冊だけ抜き取りその表紙を眺める。
「……ほほぅ…」
魔理沙の声のトーンが格段に下がり、ついでに部屋の温度までも下がった。霖之助は慌てた様子もなく正座している。
「香霖、何だコレは?」
「君と人形遣いの子が描かれてるね。しかも濃厚な口付けを交わしてる」
「そうじゃない!! 何なんだよ!? この本は!!?」
「同人誌らしいんだが……どれもこれも、こういった女性同士の春画ばかりだね。外の世界ではこういうのが流行っているのかもしれない」
そう言ってから、ため息を吐く。その口ぶりだと、全て読破したようだ。
魔理沙は荒々しくページを捲り、顔を真赤に染める。内容は全て18歳未満お断りな内容ばかりである。
「……香霖…」
「…なんだい?」
「全部燃やすぜ」
「全部商品だかね。それ相応の対価は払ってもらうよ」
「じゃあ借りてくぜッ!」
「駄…」
しかし現実は残酷かな。霖之助が言葉を発する前に、魔理沙は本を全て持って行ってしまった。
「………はぁ…」
霖之助は珍しく落胆したような表情を浮かべた。とりあえず着替えようと思い、地面から立ち上がった。
「……臼を貸した爺さんの気持ちが、何だかよく分かる気がしてきたな…」
呟き、カウンターの裏に隠していた数冊に視線を向け、果たしてコレが売れるのだろうかと思いを馳せた。
「あ、香霖出てる…………………………うわっ、こんなのなのか…」
顔を真赤にさせながらも、何気に眼を通しておく魔理沙だった。
ここの魔理沙は健全そうで安心安心w
ただ一言だけ言わせろ
この朴念仁
しかし、魔理沙に一つだけ言っておくぜ。
マリ●様がみてるは、まだセーフだと思うんだ!
そしてやっぱり言いたい
この朴念仁
マスタースパーク+掌底×思いの丈=破壊力
む、期待-絶望の数値を含み忘れてるぞ?
また香霖SSをみたいものです
こんなノリの小説でいいのかとビックリしてます。
>>名無し妖怪様
魔理沙は純情派だと思います。
>>名無し妖怪様
同士ですね。
>>名無し妖怪様
それが香霖クオリティ。
>>☆月柳☆様
赤い配管工の話ですからね(違。
>>ノットマン様
魔理沙の怒りにより、マイナス補正はかかりませんでした(待。
>>名無し妖怪様
香霖総受けが私のジャスティs(スターダストレヴァリエ
>>名無し妖怪様
ありがとうございます。ネタが思いつけばまた書きます。