風が吹き、竹の葉がひらひらと舞うように落ちていく。
細長い葉は、バレリーナのようにくるくると回転しながら風の舞踏会を舞い踊る。
竹とその葉で敷き詰められた緑の地面に、一つだけ灰色の物体が見える。
見たところ、墓石みたいだ。
「こんなところにいたのね、てゐ」
「あ、鈴仙・・・」
私の探していた相手は、その墓らしきものの前に佇んでいた。
「全く・・・あなたがいないと、兎達が言うことを聞かなくて困るのよ」
「ん~、鈴仙は同じ兎に見られていないのかもね」
「・・・ありえなくも無いわね」
私は嘆息しながらてゐの側に歩いていく。
「これ、お墓・・・?」
「そう」
私の質問にてゐは頷いて答えた。
「誰の?もしかして知り合いの?」
「まぁ~、知り合いって言えば知り合いかな」
「?」
私が首を傾げると、てゐは今まで見せたことの無い顔ではっきりといった。
「私の事を騙した、今までで一番大っ嫌いな奴の墓」
今より随分と昔、私はボロボロの姿で山の中に倒れていた。
「・・・あ~あ、失敗しちゃったな・・・」
その時、私は詐欺がばれた為にその報復を受けて満身創痍で今にも死に掛けていた。
(もうちょっと生きたかったけど・・・ここまでかなぁ・・・健康には気を遣っていたんだけどねぇ。こればっかりはどうにもならないからなぁ・・・)
いくら健康に気を遣っていても、命の源である血が流れていってしまえば意味が無い。
視界が徐々に暗くなっていく、せめて止血できれば持ち前の体力でどうにかなるのだが、流石に傷が一瞬で塞がるほどの力は無い。
(あ~、死ぬ時なんてこんなものか・・・)
当時の私は今よりも少し諦めが早くて、その時はもうだめだと観念して目を閉じようとした。
「おや、行き倒れか?」
私はいきなり掛けられた声に、少しだけ目を開けた。
「ん?まだ生きてるのか」
私の目は既にぼんやりとしか景色を写さなかったけど、誰かが私を覗き込んでいるのはわかった。
「ふむ、一つ聞こう。お前は生きたいか?」
その誰かは、私にそんなことを聞いてきた。
そこから先の記憶はないけど、多分私は最後の力を振り絞って頷いたんだと思う。
その時の最後の記憶は、土が顎をする感触だったから。
次に目が覚めると、どこかの小屋らしい木の天井が見えた。
「あれ、ここは・・・?」
「ん、目が覚めたみたいだな」
「!?」
私は自分に掛けてあったものを取り払い、飛び上がって構えた。
その際に体中が悲鳴を上げたが、歯を食いしばってそれに耐える。
もし、その声の主が自分が騙した奴だったら、逃げるか戦うかしないといけないからだ。
しかし、自分の目に写ったのは全く知らない男だった。
そいつは私の事をじっと見つめて、何度か頷き、
「もう、そこまで動けるようになったのか。流石人外、直りが早い」
そして相手は、私を見ながらさらにこう付け加えた。
「ただ、その格好で立っているのははしたないと思うぞ。まぁ、俺としてはいい目の保養になるのだが」
それを聞いた私は相手の視線の先、私の顔ではなくその下にある自分の体を見た。
そこには一応包帯としての布などが巻かれているが、それ以外は一切何も見につけていない己の裸身があった。
普通ならここで悲鳴を上げるものだが、当時の私は悲鳴の代わりにこんな言葉を口にした。
「じゃあ、私の裸を見た観賞代頂戴。私の裸はタダじゃないんだから」
今なら悲鳴を上げてたかもしれないけど、その時はさっきまで死にかけていたせいかそれほど羞恥心がわかなかったのだ。
で、普通ならここで相手は驚いて固まるんだろうけど、男はすぐさまこう返してきた。
「ふむ、ではいくらだ?」
「へ?」
「だから、いくらかと聞いている」
「え、えっと・・・」
この時は思わず言った私の方が固まってしまった。
私はしどろもどろに適当な値段を言うと、相手は一つ頷いてから手を出してきた。
「・・・何?」
「治療代」
「は?」
「だから治療代。死にかけてたお前を救うためにかなり高価な薬などを使っているんだ。だからその金。あんたがいった観賞代を引いて俺に渡してくれ」
そう言って、男はとんでもない値段を言ってきた。
とてもじゃないが、払える額ではない。
一瞬詐欺かと思ったが、治療されているのは事実だし、何より強烈な薬らしき臭いが自分の血の匂いに混じって臭う。
私はこのまま逃げようと考えたが、その前に男がこう言ってきた。
「逃げるのは構わないが、そんな傷だらけではすぐに他の獣や人間に捕まってしまうぞ。それに薬と血の臭いがすごいからな、もし隠れてもすぐにわかる」
それを聞いて、私は少し前とは違う意味でどうにもならないことを知った。
うな垂れた私に何か布が被される。
「ま、とりあえずそのままでるのもなんだからな。小さいとは言え女子だしな」
「・・・」
そのままポンッと頭に手を置かれた。
(なんか悔しい・・・)
私は少しむくれて、被された布を強く握り締めた。
あれから数日たった。
男はその間、私の面倒をよく見てくれた。
それについてはとても感謝しているんだけど、後でいくら請求されるかわかったものではない。
それに、あいつはいろいろ皮肉めいたこととか私の神経を逆撫でる様なことをちょこちょこ言ってくるのだが、それがかなり癇に障る。
しかも、口では絶対に勝てないのがされに拍車を掛ける。
――結論、こいつは嫌い――
「ところで」
「何?」
私の世話をしながら、あいつが聞いてくる。
怪我の治療だから服は着ていない。
・・・この状況になれた自分がちょっと嫌。
「あんたは人を騙してその怪我をしたんだよな?」
「そうだよ・・・」
嫌なことを思い出させてくれる。
誰しも最近の自分の大失敗など思い出したくはない。
「一応どんな風にやったのかは聞いたが、詳しく聞いてもいいかい」
「いいけど・・・」
私は自分の行った詐欺について話した。
どうせ失敗したやつだ、もう二度と使えないし。
私がしばらく話すと、あいつは顔をしかめて言った。
「あ~、それはばれるに決まってる」
「どういうこと?」
「まず、あんたの言葉は嘘が多い」
「騙すんだから嘘を言わないでどうするのよ?」
私が反論すると、あいつはわかっていないといった顔で言ってきた。
「いいか、人を騙したいのならば嘘は少なければ少ないほどいい」
「そうなの?」
「基本は真実のみを言い続け、騙したいところだけ嘘を入れる。真実九割、嘘一割だ」
「ふ~ん」
「または、全く嘘をつかない」
「?それで、どうやって騙すのよ?」
「嘘は言わないが、真実も言わない。つまり相手を誤解させるのさ」
「あ~、なるほど」
確かにそれなら嘘がばれることはない。だって嘘をついていないのだから。
「もちろん、嘘で塗り固める方法もあるが、その場合よほど練りこまれたものでないとばれる可能性が高い」
「私のがそうだっていうの?」
「理由の一つではあるな。嘘って言うのは作り話だから、大なり小なりどこかしらに矛盾が生じやすい。そして人はそれをかなり敏感に感じるものだ」
「練りこまれた嘘って言うのは、その矛盾が無い嘘ってこと?」
「そうだ。だが、これが非常に難しい」
「だから、嘘が少ないほうがいいのね」
「そういうことだ」
あいつは私の答えに頷くと、次ににやっと笑って付け加えた。
「ま、でも、それが出来てこそ詐欺師なのだがな」
「む・・・」
それは遠まわしに私が詐欺師としてはまだまだといいたいのだろう。
「っていうか、もしかして・・・」
「ご名答。俺も同業者だよ」
私は少し頭を抱えたくなった。
よりによって、最も厄介な人間に助けられてしまったものだ。
「さて、もう一つの大きな理由は知識不足だな。どうもあんたは自分の詐欺に使った内容について、一般常識以上の知識を持っていないように感じたからな」
「私は専門家じゃないのよ。そんなに知識を持っているわけ無いじゃない」
「だがそれだと真実を言うにも、嘘を吐くにも困るぞ?知識は矛盾や間違いの減少につながるだけでなく、自分の自信となって言動に表れ、頼り甲斐を感じさせる。少なくても相手よりは知識を持っていなくてはいけない」
「うわ~面倒そうね」
私が顔をしかめると、あいつは真面目な顔で言ってきた。
「何か勘違いしているようだから言うが、詐欺っていうのは楽して儲ける方法じゃないぞ?」
「違うの?」
「違う」
私がそう尋ねると、あいつはきっぱりと否定してきた。
「そんな楽してできるのは物凄いちんけな詐欺ぐらいだ。一流の詐欺師が行う詐欺とは、少ない元手で大量に稼ぐ一つの方法だ。それには知識、機転、そして度胸がいる」
「ふ~ん」
私のあいつの言葉に少しだけ納得した。確かに楽に稼げる方法なら、この世にもっと沢山詐欺師がいるはずだからである。
倫理よりも欲によって動く奴なんてごろごろいるのに、詐欺師がそこまで多くないのは、詐欺が難しいからというわけだ。
「それでだ、あんたは度胸はあるみたいだし、機転も利きそうだ。どうだ、俺と一緒に組まないか?」
「は・・・?」
私はあいつがいきなり出だした事に、言葉を失った。
「知識は後からでもどうにかなるが、機転と度胸はなかなかそうはいかない。しかもあんたは見た目が女子だ。不利な部分もあるが、利点もある」
「もしかして、その為に助けたの?」
自分もそうだから詐欺師が意味無く人助けをするっていうのは、信じられない。
私がジト目で睨むと、あいつはにやりと笑って。
「さて、どちらでもいいことだろう?俺に借金しているあんたに選択肢はないぜ」
「・・・」
私は顔を歪めるが、あいつは気にした様子も無く話を続ける。
「一人より二人のほうが詐欺の幅が広がるし、人数が多いほうが信用されやすい。儲け話のとき、人は第三者に見える相手の事を信用しやすいからな。あんたも、俺といればいい詐欺の勉強になると思うぜ。少なくても、今のあんたよりは俺のほうが詐欺師としては腕がいい」
「・・・・・・」
あいつの言うことは最もだし、私に選択肢がないのも事実だ。
でも、素直に頷けない。
「ま、よく考えてみてくれ。一時の恥を我慢して技術を取るか、ここから逃げてプライドをとるか、な」
そう言って、あいつは外に出て行った。
それから、私達は一緒に行動することになった。
「そういえば、あんたは兎の妖怪みたいだが、白兎なのか?黒兎なのか?」
「白兎よ。私のどこが黒いって言うの?」
「髪」
「・・・他は白いでしょう」
「ふむ、見た目は白だが黒い部分を持つ。まさに詐欺師っぽいかもな」
「・・・白く染めようかな」
あいつといろいろな詐欺をする傍ら、様々な詐欺の方法を知った。
「詐欺師っていうのは、信用を得るのが重要だ。これはじっくり時間を掛けてやる方法もあるが、それができないときは人の名前を借りる」
「名前を借りる?」
「そう、信用されている有名人の名前をつかったり、公の名前を使ったりして間接的に信用をえるのさ」
「なるほどね」
詐欺以外では私があいつを助けることもあった。
「いやいや、助かった。流石妖怪、見た目は小さくても強いな」
「全く、ただの獣だから良かったものの・・・私だってそんなに強くないだからね」
「まぁ、詐欺師とは危険と隣り合わせなものだからな。これぐらいは仕方ないだろう」
「・・・山の中で獣に襲われるのは詐欺師と関係ないんじゃぁ?」
大成功することもあった。
「あはははは、いや~、上手くいった、上手くいった!」
「ほんと!すごいわよねぇ」
「ふふふ、きっとあいつらは騙されたことに一生気付かないだろうな」
失敗することもあった。
「くっそ~、あそこで邪魔が入らなければ、上手くいったのに!」
「喋ってないで逃げないと!!」
「次は、必ず成功してみせる!」
「わぁ!?矢が飛んできたぁ~!!」
そうして、季節は過ぎていった。
「そういえばさ」
「ん、なんだ?」
私は前から疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「最初私を仲間に加えるとき、私に逃げてもいいっていう選択肢も与えてくれたよね。あれは何故?」
「あ~、それか。いやさ、無理やりに連れて行っても裏切られる可能性が高いだろう。だから、自分の意思でついてくるかどうか決めさせたんだよ」
「でもさ、それで私が逃げたらあんたの丸損じゃない」
「あぁ、そんなことか」
そう言うと、あいつはにやりと笑ってこう答えた。
「あんたは絶対自分のためになることを見逃さないと思ったからさ。自分の感情を多少無視してもな」
「む・・・」
なんか見透かされているようで、少しムカッときた。
「人を見るのも詐欺師には必要だぜ」
「むむむ・・・」
とりあえず、なんとなく蹴っといた。
あいつと出会ってから随分とたった。
そして、自分の手元に今まで稼いだお金がある。
「ねぇ」
「ん?」
私はあいつに手に持ったお金を渡した。
「なん・・・」
「治療代。あの時言っていた」
その言葉を聞いてあいつは驚いた。
「何、払わないとでも思っていた?」
「いや、まぁな」
「これで、あんたと一緒にいる理由が無くなったね」
「・・・確かにな」
あいつはお金を前にして複雑な顔をする。
「じゃあ、ここでお別れか?」
「そうだね・・・」
あいつは諦めるようにため息をついた。
「仕方ない、では・・・」
「あんたが何も言わなければね」
私はあいつの言葉が言い切られる前に、さらに言った。
「・・・?」
「あんたが何も言わなければ、ここでお別れ。でも・・・」
いいながら私はあいつに顔を近づけた。
「あんたの言葉しだいではわからないよ?」
額をくっつける。
お互いの息がかかりそうな位置で、視線が交差する。
「・・・」
「・・・」
少しの間、何も言わないままお互いの瞳の中を見つめた。
「・・・お前の時間は買えるのかい」
「高いよ」
「いくらだ」
「あんたの時間と同じくらい」
それを聞いてあいつはにやりとした。
「いいだろう。俺の時間とあんたの時間を物々交換だ」
私もそれを聞いてにやりとした。
「いいの?詐欺師がまともなやり取りをして」
「構わない。絶対必要なものは確実に手に入る方法で手に入れないとかないとな」
そして、同時に真剣な顔になる。
「あんたは私がいて欲しいとき、常にずっといること。それが私といる条件」
「ああ。お前が望む限り、ずっと一緒にいよう」
そして、二人は目を閉じた。
「大っ嫌いな奴だよ。ずっと一緒にいるっていってたけど、数十年したらいなくなっちゃたもの」
てゐは頬を軽く染めながら微笑するといった、今まで見たことの無い表情で墓石を見つめていた。
「てゐ、もしかしてまだ・・・」
「あいつが騙し取ったものは、あいつの一生分の時間じゃあ結局足らなかったのよね。だからね・・・」
てゐはにやりとしながら顔だけこっちを向いて、こう言った。
「あいつが生まれ変わったら、今度はあいつのを騙し取ってやらないとね」
てゐはそのまま、竹林の中に走っていった。
「あ、ちょっと待ちなさいよ~!」
私はそれを追いかける。
あいつが私に対して行った詐欺は、この世で一番すごい詐欺だった。
――もっともすごい詐欺っていうのは、騙された相手も幸せにするものさ――
だからこそ、再びあいつと出会ったらは今度は私があいつのを騙し取ってやろう。
・・・・・・一生分の『心』ってやつをね・・・・・・
こんなに俺を幸せな気分にさせてくれるなんて、これはまさに最上級の詐欺だぜ!!
かつて彼女ほどチャーミングな詐欺師が居ただろうか、いや、居ない
お見事。
良い
素晴らしい
いい話だ・・・・・・。