「香霖、久しぶりだな」
「…ああ」
昼下がりの香霖堂。しかし仄かにするのは酒の臭い。明け方、ルーミアと起きてきた萃香とで酒盛りをしたせいだ。酔った勢いでなんだか凄いことを言われた気がするが、しかし霖之助は気にしないことにした。気にしたら負けだと思っている。そしてルーミアは何時ものように就寝し、萃香は気絶している。最近は雨が降らないので、牛乳まみれの野良犬雑巾臭は収まりつつあった。そんな店に、久しい顔が現れた。
「久しぶりだね、魔理沙。一ヶ月ぶりかな」
「それくらいだろ。まぁ、私にもいろいろあったんだ」
来客は「弾幕は火力だぜ」で御馴染みの普通の黒白魔法使い。ここ最近、香霖堂に顔を出していなかった人物だ。おかげで香霖堂は、居候が増えたりしても大きな騒動がなかったわけだが。
「今日は何の用だい?」
その問いに、不敵な笑みを漏らす魔理沙。どうやら、何かしら愉快なことを考えてきたらしい。高確率で録でもないことだろうが。それでも、今日は、今日こそは客としてきたのだろうと信じて霖之助は用件を訊いて見た。しかし
「今日は勝負をしにきたんだぜ」
そんな淡い希望は無かったことになった。もの凄い勢いで落ち込む霖之助。ちょっと老けてる。だがそんな事では幻想郷プレ最速は停まらない。魔理沙は何事も無いかのように続ける。
「勝負の方法は、ポーカーだ。当然、一発勝負だぜ」
「…まぁ、落ち着くんだ魔理沙。お茶漬けでも食べるかい?」
さりげなく帰れと言う霖之助を余所に、魔理沙はどこからかトランプを取り出した。そして勘定台を挟んで霖之助と向かい合って座る。話を聞く気はさらさらないらしい。どんどん霖之助が老けこんでいくそばで、トランプを切り、手札を勝手に配る魔理沙。なかなかに傍若なディーラーだった。
「ホラ、香霖。そこで老けてないでさっさと起きろ。始めるぜ」
「僕は一体何を期待していたんだろうね…」
本当に何を期待していたんでしょうね。諦めて手札を見ると、なかなか悪くない数字だった。一方、魔理沙も良い手札に恵まれたようで、ニヤニヤとこちらを見ている。と、そこで不意に霖之助が顔を上げた。
「そういえば、なんでいきなり勝負を?」
その問いに、ニヤついていた顔がいっそう楽しげに歪む。
「これで私が勝ったら、借金をチャラにしてもらう」
ここまで録でもないことだと、もういっそ清清しい…わけが無い。しかし、呆けていた霖之助が、性質の悪い笑みをこぼした。
「そうか、借金をか。じゃあ、僕が勝ったら2倍になるんだね?」
「…え?」
今度は魔理沙が唖然とする。だがそこは魔理沙。すぐに持ち直す。
「な、なんでだ?」
「君が勝ったら僕への借金は-100%だろう? なら僕が勝ったら+100%になるのが道理だろう」
難しいような気もするが、おかしいことを言っているのは間違いではない。この場合、減るのはおそらく、霖之助から魔理沙への借金のはずだが。しかし、混乱したままの魔理沙はそれを見抜けなかったのか、それともリスクがあった方が面白いと考えたのか、威勢よく「いいぜ」と答えた。そして、二人とも手札を整え始める。
「…お、良い札だ。この分じゃ香霖に勝ち目は無いな」
「心理戦のつもりかい?」
「いやいや、私はただ思ったことを口にしただけだぜ?」
「そうか。僕は、…大富豪だったら強いかもね」
そんなやり取りをしつつ、カードを捨てては拾うこと二回。遂に手札が揃った。
「じゃあ、行くぜ」
先に役を出したのは魔理沙だった。出たのは、ハートの10からキングまでの四枚。四枚だけ故に、ストレートフラッシュにもロイヤル・フラッシュにもならない。
「おや、ブタかい?」
もし誰かが見ていたら、誰もがそう思うだろう。しかし、魔理沙は得意げに鼻を鳴らし、言った。
「私がエースだぜ!」
とても満足そうだ。魔理沙の会心の一発ネタだったのだろうか。しかし、その態度からは至って本気であること意外はわからなかった。彼女の中では、もう既にロイヤル・フラッシュは確立されたらしい。何を言っても動かなさそうな魔理沙を見て、霖之助はため息を吐く。
「だとしたら、僕はさしずめスペードの6あたりかい?」
「ああ、そのへんだろ。地味だしな」
皮肉のつもりで言ったはずの言葉も、自分に向かって投げ返された。もう一度ため息を吐くと、霖之助は手札を四枚晒した。カードはスペード以外の6が三枚と、ジョーカー。そして霖之助。
「ファイブ・オブ・ア・カインド。僕の勝ちだよ、魔理沙」
一瞬、魔理沙の時が止まった。そう形容するしかないほど、魔理沙は固まって動かない。
「やっぱさっきの無しで」
やっと動き出した魔理沙が言ったのは、その一言だった。
「いいのかい?」
「だってどうやったって勝てないじゃないか。それだったら、さっきの無しの方がまだ良い勝負だった」
確かに、役としては最強の物を出した霖之助には、もうあいこしかありえない。そして例え相打ちになっても、霖之助しか得をしない。だが、手を変えれば、負ける確立も高くなる。しかし、霖之助はそれを軽く承諾した。魔理沙は、ここで何かに気付くべきだったのか。或いは、怒ったふりをして店を飛び出せば、まだ良かったかもしれなかった。
「じゃあ、最後の一枚な」
「ああ」
そういって魔理沙が出したのは、ハートの9だった。ストレートフラッシュ。これはこれでなかなかに強い役だった。しかし、霖之助が出したのは、先程霖之助自身だと言っていた、スペードの6。結局、結果は変わらなかった。
「う、ぐぅ…」
「魔理沙?」
ぐぅの音しか出ない。そして突然、立てかけてあった自分のほうきを掴み、外へ駆け出した。
「覚えてろよ、こおりん!!」
そう言い終わる前に、魔理沙の姿は遠く小さくなっていった。その様子を勘定台から見送った霖之助は、ため息を吐き、
酔い覚ましと二日酔いの薬を作りながら、ついでに帳簿に魔理沙の借金を1.5倍にしておく。そして日誌には、今日も特に何も無かったと書かれるだろう。自己暗示を繰り返しながら。
ジョーカーだったかもしれないぜ?
嫁多すぎて困るなこーりん。誰かを蔑ろにしないように気をつけろよ。