さあ今日も仕事を頑張るか。
目が覚めて思ったことだ。らしくないとわかってはいるが仕方ない。
もっと寝ていたいという欲望を振り切って、気持ちのいい布団から出る。
パジャマのまま台所に立ち、朝食の準備。
しっかり食べないともたないからのは、ここ数日でよくわかってる。
味噌汁とご飯と漬物とシシャモをかきこんで、ご馳走様と手を合わせる。
茶碗を桶に漬け込んで、顔を洗うなど出かける準備をすませていく。
仕事着に着替えて、気合を入れる。
「今日も一日頑張るかね」
鏡を見ておかしなとこはないか確認。
壁に立てかけていた大鎌を持って、死神である小野塚小町は家を出た。
三途の河にかかった橋で大きな台車に幽霊を乗せて運ぶ、そんな勤労なあたいを見て驚く人はもういない。始めこそ驚かれはしたが、
もう慣れたんだろう。
能力も使い走りながら橋の下を見る。
「まだまだか。あと何日こんな生活続ければいいのかねぇ。
さぼってばかりの日々に早く戻りたいよ」
橋の下ではようやく水が戻ってきた三途の河が見える。でも深さが足りず船をだすことはできない。
橋の上ではあたいと同じように、死神が台車を使って幽霊を運んでいる。
あたいのように移動用の能力がないあいつらは、体力が持つように一度に運ぶ幽霊の数を少なくしている。
そのぶんあたいが頑張らないといけないのだ。
こんなことになった原因は一応あたいにあるので文句も言えないし、さぼることもできやしない。
原因のおおもとは映姫様にあるような気がするけど、間違ったことは仰ってないしなぁ。
ただこんなことになったのが予想外なだけで。
それでも思っちまうのはいけないことなのか。真面目に働くんじゃなかったと。
その日もあたいはさぼっているところを映姫様にみつかって説教を受けていた。
長い説教の最後に映姫様はいつものように、
「小町、あなたに今できる善行は真面目に働くことです」
と言って説教を終えた。
正直、今まで何度も聞いてて聞き飽きた言葉だけど、このときはなんでか、
「わかりました。今日はもう無理なので、明日真面目に働きます」
と答えた。これは偽りじゃなく、本当にそう思って答えたんだ。
たまには言うとおりにしてみようと思っただけなんだがね。
映姫様もいい加減に答えたのではないとわかったのだろう、嬉しそうに頷いてくれた。
いい笑顔だったんで気合も高まった。
そして次の日、宣言どおりあたいは頑張った。死神になって初めてといえるほど、仕事に集中した。能力も使ってたくさんの幽霊を運んだ。
いつもは五人ほど運んで一日の業務を終えるあたいが、その十倍の数を運んだんだから褒めてほしい。
50人という数はあたいがいままでに運んだ最高人数。それだけじゃなく歴代の死神の中でもナンバーワンだった。
映姫様も「やればできるじゃないですか」と、とても喜んでくださった。くたくただったあたいはそんな映姫様に言葉少なに答えて家に帰った。
そんな状態だったから、どうしたんだと聞いてくる同僚の相手もできなかったよ。
このとき理由を答えていれば、もしかすると後の惨事を防げたかもしれない。いまさらどうしようもないことだけど。
夕食も食べずになんとか湯浴みを済ませて布団にもぐりこむ。
あとはそのまま朝までぐっすり。
目を覚ましたのはトントントントンという音を台所から聞いたから。
懐かしい音で、寝ぼけた頭に「ああ、昔かあさんが朝食の準備してくれてた音だ」と浮かんだ。
とそこでがばりと起きた。あたいは一人暮らしだから、そんな音が聞こえてくるはずないんだ。
ご飯まで食べていく変な泥棒かと思って足音を忍ばせて台所に向かうと、そこにいたのはエプロンを身につけて料理している映姫様。
ふーっと安堵の息を吐いて、何しているんですかと声をかけた。
「おはようございます。見てわかるでしょう?」
「ええ、わかります。でもなんで朝食を作っているのかはわかりません」
そう言うと。
「ご褒美といいますか、なんというか。
昨日あなたすごく疲れていたでしょう? 普段使わない能力まで使って働いたから」
「はい」
「それで料理を作るのも億劫なのではと思ってですね、昨日ここに来たのです。
案の定、料理もせずに寝ていました。
夕飯を作ったあと起こしてみたのですが、熟睡してて起きなかったのですよ」
「はあ、すみません」
なんとなくだけど誰かに声をかけられたような? あれは映姫様だったのか。
「謝ることはありません。それほど疲れていただけですから。
それでもせっかく作った料理を一緒に食べることができないのは寂しいと思いまして。
家主の了承を得ず、勝手に宿泊し、朝食として温めなおし準備をしていたというわけです。
ですから謝るのは私のほうですね。勝手に泊まり申し訳ありません」
「い、いえ映姫様が謝ることはありませんよ!
あたいのことを思ってしてくれたことですから。
ありがたいと思ってます」
本当に、だから映姫様は好きなんだ。
さぼってばかりのあたいを見捨てずに気にかけて、今回のようなこともしてくださる。
「そう言ってくれますか。
さあ食べましょう。正直、料理はあまり得意ではないので恥ずかしいのですが」
「少しくらい不味かろうが食べますよ。あたいのための料理ですから」
久しぶりの一人ではない食卓に、部下おもいの上司が作ってくれた料理。
あたいは幸せ者だ。
料理は映姫様も言っていたとおり美味しいというほどでもなかった。
でも想いが込められていたぶんだけ、暖かかで食が進んだ。
後日ふと思ったことがある。映姫様はどうやってあたいの家に入ったのか?
鍵はかけたはずなんだ。ピッキン……いやいやまさかね? 窓から入ったのさ、きっとそうだ。
そのあとは映姫様と一緒に職場である三途の河にむかった。
そしたら河付近が騒がしかったんだ。どうしたんだろうと思っていたら見たことのない光景が目に入ってきた。
三途の河が枯れてた。
長いこと船頭してるけど、三途の河は枯れるどころか、水位が減ったところすら見たことがないのに。
いま目の前にあるのは向こう岸まで地続きで、幽霊の魚がぴちぴちと跳ねている地面だけ。
何があったんだろう?
映姫様なら知ってるかなと隣を見たら、映姫様も呆然としていた。
おもわず天狗から写真機を借りてきて、撮って残しておきたいくらい可愛らしい表情だ。
愛らしい映姫様をずっと見ていたかったけど、そういうわけにもいかなかった。
幽霊たちが向こう岸へと移動し始めたからだ。水がないので渡れると思ったらしい。
慌ててその場にいた死神たちが止める。でも止める必要はなかった。水があった部分に踏み入ろうとして止まったから。
進もうとしても進めないところを見ると、水はなくても幽霊が三途の河跡地を渡ることはできないらしい。
勝手に動くことは免れたけど、別の問題が出てきた。幽霊を向こう岸へと運べないのだ。
今取れる手段といったら幽霊を背負っていくこと。それはさすがに勘弁だ。知らない奴に触れられるのはいい気分じゃない。
「小町」
いつもの真面目な顔に戻った映姫様があたいを呼ぶ。
「はい?」
「私を向こう岸へと運んでもらえますか? ほかの閻魔たちならば、この状況の原因を知っているかもしれません」
「了解です」
映姫様に背を向けて屈む。
「乗ってください」
「……はあ」
なぜか溜息をついた映姫様はしぶしぶといった感じで負ぶさる。
もしかして抱っこのほうがよかったのだろうか?
見た目どおり軽い映姫様を背負って、あっという間に岸に到着。もうちょっと背負っていたかった。能力使うんじゃなかったか。
「映姫様が調べている間、あたいはどうしましょう?」
「そうですね……ほかの死神を手伝って幽霊を運んではどうです?」
そう言って指差す方向には、板に幽霊を乗せて二人がかりで飛んでくる死神の姿が。
船をこぐのとは費やす体力が違うのか、こっち側にきたときにはその死神二人はばてていた。
「……すごく疲れそうですよ?」
「それでも幽霊を運ばないわけにはいかないでしょう?
体を壊さない程度に手伝ってくるのです」
「……わかりました」
昨日も疲れて、今日も疲れるのか。
適度に休憩を入れながら幽霊を運んでいると、映姫様が差し入れを持ってやってきた。
その表情はどこか困っているようにも見えた。
どうしたのですかと聞くと、なんともいえない表情で説明を始めた。
簡単に言うとこの状況の原因は私にあるらしい。直接的ではなく間接的にだが。
真面目に働いて歴代トップの記録すら叩きだしたあたいを見て、同僚が騒ぎ、中有の出店連中も驚いて、その騒ぎを天狗の記者が聞きつけ
新聞にして、といった具合にどんどん繋がっていき、最後には八雲紫にまで騒ぎは届いた。騒ぎに巻き込まれた際に、操作しようとした隙間を
誤って三途の河の水源に開けた。その隙間に三途の水が流れ込んであっという間に水はすっからかん。
という理由らしい。なんであたいが真面目に働いたくらいで、ここまで大変な状況になるんだろうな?
不条理だと思っていると、映姫様は続きを話していた。
「河が元通りになるまで、一時的に橋をかけることになりました。
明日には橋はかかっていますから、幽霊を運ぶ際にはその橋を使ってください」
「わかりました。でも橋って一日でできるもんですか?」
「今日は運よく満月です。上白沢慧音に協力してもらい、橋は元からあったという歴史を作ってもらえることになりました」
「へーそれは助かる話です」
回想に浸っている間に橋の終わりが近づいてきた。ここからはスピードを落とさないとね。
「到着だよ。降りた降りた」
七人ほど乗っていた幽霊を下ろす。
「あとは真っ直ぐ進めばいいからね」
それだけ言って来た道を戻る。一日に十往復以上するから、歴代記録はさらに伸びている。
まあ、どうでもいいことさね。そんなことよりも早くさぼれるようになりたい。
そんなことを思いながら、その日最後の仕事を始めた。
橋の終わりに映姫様が立っている。悔しそうな申し訳なさそうな顔をして。
少し離れたところには上白沢慧音の姿も見える。
最後の客を見送ってから、映姫様に近寄る。
「どうされたんです? そんな顔して」
映姫様は言いづらそうに話し始める。
「……十王がある判断を下しました。
それは三途の河が枯れたという事実をなくすことです。
橋を作ったときと同じように上白沢慧音に依頼し、原因の歴史を食べてもらうことになりました」
慧音がいるのはそのためか。
原因というと……あたいが真面目に働いたことだ。
それで三途の河が元に戻るなら、あたいは構わないんだけどさ。
「私は反対したのですが、ただでさえ滞っていた審判に支障がでて、比岸にいる幽霊の数も増えて、比岸や中有辺りの秩序が保てないと説得され
承諾せざるおえませんでした。
本当に申し訳ありません」
そう言って映姫様は頭を下げるけど、なんで謝るのかあたいにはわからない。
「三途の河が元に戻るならば、いいことじゃないですか。
どうして映姫様が謝るんです?」
「なかったことにするということは、あなたの頑張りをなかったことにするということですよ。ここ十日の働きが全てなくなるのです。
私はそれが無念でならないのです」
あたいの頑張りを守ることができなくて、謝ってくれたのか。
本人はたいして気にしていないのに、あたいこそ申し訳なくなってくる。
そんなに想ってくださって、ありがとうと言いたい。
でも今は映姫様にこんな表情をやめてもらうほうが先だ。
「気になさらないでください。自業自得だと思っていますから。
普段からもう少し真面目だったら、こんなことにはなっていませんでした。
だから映姫様がそんな表情をなさる必要はありませんよ」
「ですが」
「本当に大丈夫ですから。ありがとうございます」
あ、でも一つだけ心残りがあるな。
映姫様が料理を作ってくれて、一緒に食べたこともなかったことになるのはちょっと残念だ。
……それも自業自得か。
「ここにいるってことはすぐにでも始めるんだろ?」
慧音に話しかける。
「ああ、そうだ。だがお前はそれでいいのか?」
「いいさ。だからさっさと始めとくれ」
「……わかった」
頷くと慧音は力を解き放った。
あたいはさぼっているところを映姫様にみつかって説教を受けている。
長い説教の最後に映姫様はいつものように、
「小町、あなたに今できる善行は真面目に働くことです」
と言って説教を終えた。
……なんだか今日の説教以前も聞いたような気が? 何度も説教されているからそう思ったのか?
「聞いているのですか小町?」
「あ、はい。ちゃんと聞いてます」
「あなたはやればできるのですから、もう少し真面目になりなさい」
ん? やればできるって映姫様なに言ってるんだろう?
自慢じゃないが真面目に働いたことはないけどね?
でも、そう言われて悪い気はしない。
「それじゃ今日は無理ですから、明日ほどほどに頑張ります。
頑張りすぎて体壊さない程度に」
普段の3倍くらい頑張ればいいかね。それでやっとほかの死神の平均だけど。
「仕方ありませんね」
軽い苦笑を見せる映姫様。なんだか一瞬いい笑顔も見えた気もする。気のせいか?
ま、そんなことより。
「映姫様、これから一緒にご飯食べに行きません?」
「……まだ少し仕事が残っているのですが」
「終るまで待ちますよ。遅くなるようなら、あたいが作ります」
「……わかりました。少し待っててください。すぐに終らせてきます」
「はい、待ってます」
いってらっしゃいと見送る。なんとなく急いでいるように見えたのは、映姫様も楽しみしてくださっていると思っていいのかな。
映姫様と一緒の食事って久しぶりだね。楽しみだ。
たしか映姫様の手料理は食べたことがなかったはず。一緒に作って食べるのもいいかな。
うん、決めた。材料買って一緒に作ろう! 何を作ろうか、映姫様の好物ってなんだったっけな~。
献立を考えていたから映姫様を待つ間、暇なんかすることなく楽しく待てた。
こんな時間をくださった映姫様には感謝だ。
明日は頑張って仕事するかね。ほどほどに。
歴史を食べるというのは慧音だけの能力だ。
歴史をどんなふうにして食べ消すのか、ほかの誰にも理解はできないだろう。
だから指定された歴史を全て消したかなど誰にもわかりはしない。
もちろん矛盾がでてくると困るから、残すとしてもほんの少しだけだろうが。
例えば、あまりに無念そうな映姫を慮って、小町と映姫の記憶にうっすらとだけ残すとか。
所詮は憶測だし、そもそも慧音以外は覚えておらず確認のしようがないこと。
いま確実なのは、これからのことで楽しそうにしている小町と映姫だけ。
やっぱりどのキャラもそれなりにきちんと、自分の正しいと思うことをやってるんですよね
小町のがんばりに本当に嬉しそうな映姫様が微笑ましい