【前書き】
本来の「大鐘婆の火」の言い伝えとは異なる、自己解釈版とも言える内容となっています。
なので、そういうのが苦手な方は、「戻る」をお勧めいたします。
プチ創想話 作品集24の「ごめんなさい」の後日談という位置づけで書いていますが、
読まなくても話は分かるように書いています。
途中の昔話の所だけ、語り口調にしてあります。
なお、この部分だけ作者は私ではありません。
※ ※ ※
その日の寺子屋の道徳の授業中の事。
「え~っと……、え~っと……」
珍しい光景が寺子屋の中にあった。
普段、人前に滅多に出る事もなく、まして人を前にして自分から話すなんて事は今まで……
いや、間違いなく生まれてこの方した事がないと思える女性が困惑していた。
いつも様に、両手を前で組んではいるが、モジモジしていて、落ち着いていない。
何を話していいのか?
どんな話をすればいいのか?
今まで体験した事がない状況下で、その女性は、軽いパニック状態になっていた。
落ち着こうと周りを見ると、普段だったら自分の事を忌み嫌う目を感じる事がほとんどだったのに対して、
今は、その真逆の好奇心や好意を持った目で…… しかもたくさんの目で見られている。
それが、さらにその女性のパニックに拍車を掛ける。
視線が定まらない。
指も手も細かく振るえ、まるで自分の物で無い様な感覚になり、居場所も定まらない。
口も、時々引き攣る用な感覚に襲われ、思うように動かない。
その女性は、この状況下で思っていた。
「本当に私でいいのかしら……?」と。
すでに、心の中で半べそ状態になっていた。
※ ※ ※
少しだけ時間をさかのぼる。
2日前。
その日の寺子屋の最後の授業である「道徳」の時間。
この寺子屋の講師である「上白沢 慧音」が、生徒に質問をしていた。
最初は軽い気持ちだった。
「たまには違った授業ってのも気分転換にはいいかもしれないな。
なにかやってみたい授業とかはあるかな?」
風の噂で、自分の授業が「堅苦しい」とか「難しすぎる」という評判を聞いた慧音は、
少し考えて、生徒の意見を聞いてみたいと思い質問をした。
けど、変な事を言ったら頭突きがくるかもしれない……
そう思った生徒達は、誰も答えない。
まあ、それも慧音には想定済み。
「じゃ、今から紙を配る、名前とかは書かなくっていいから、やってみたい授業の要望を書いてくれ」
と、前列にいる生徒に無地の紙を渡して後ろの方へと配らせる。
……静かな教室に響く紙に書き込む音……
筆の走る静かな音もあれば、鉛筆のカツカツいう音も聞こえてくる。
その音が途絶えた頃を見計らって、慧音が声を出す。
「そろそろいいかな? じゃあ後ろから集めてくれ」
最後部に座っている生徒が歩きながら、前の席の生徒の紙を集めて慧音の元へ。
「じゃあ、これを参考にして、みんなのやってみたい授業を考えてみるよ」
手に集まった紙を持ち、生徒に見せる。
そして終業の鐘の音がなる。
「慧音先生、さようなら~」
生徒達が寺子屋を後にする。
数分後、だれも居なくなった寺子屋の中で、慧音がさきほど集めた紙を眺めている。
「どれどれ…… 何? 『妖怪の森探索』だと? 危険すぎるだろう! 却下!」
「ん? 『自宅学習』だと…… 帰宅と変らんじゃないか!」
などと、まったく参考にはならない回答が多数ある中、慧音の目にいくつか留まった回答があった。
「慧音先生以外の人の違った話も聞いてみたい」
これを最初みた時に、慧音は少しだけムッとしたが、けど考えてみるとそれもいいかもしれないと思い始めていた。
さらに、これに似た内容の回答も数点あり、読んでいく程に少しずつ納得していっている自分がいた。
すべての回答を読み終えた慧音は思った。
「よし、じゃあちょっと考えて見るか…… 『代理教師』って奴を……」
こうして、慧音の「少し違った授業」の方向性が決まった。
※ ※ ※
その夜。
暗くなった寺子屋の中に、一枚の紙を前に頭を抱える影が二つ。
影の一つは、「慧音」
そして、もうひとつの影は、その友人の「藤原 妹紅」
その紙を前にブツブツと小言を言っていた慧音が何かに切れた様に突然声を上げた。
「なんで、こうも一癖も二癖もある奴ばっかりなんだ!!」
「仕方ないだろう…… 自分達だって人の事は言えないぞ……」
半狂乱になりそうな慧音を妹紅が留める。
二人が何に頭を抱えているのか?
それは、その紙に書かれていた物に非常に関係のある事。
その紙に書かれている物とは……
博麗神社などで見た、宴会に来ていた妖怪や神様、妖精などの名前の一覧表だった。
慧音は、この中から、一時的な代理教師を選ぼうとしていた。
が、声を上げた様に、ほとんどの人は一癖も二癖もあるので、自信を持って選べない……
⑨の様に論外な者もいれば、メディスンの様に人間に対して敵意を持っている奴もいるし、
ルーミアの様に、人間を食べてしまう可能性が有る奴だっている。
冬眠している奴もいれば、今の季節にはもういない奴だっている。
最初、慧音は博麗 霊夢にお願いしようとしていた。
が、妹紅の「あいつ、絶対にお賽銭とかを要求して来るんじゃね?」の一言で、却下となった。
次に霧雨 魔理沙を考えたのだが、道徳の授業に泥棒はないだろう……で却下。
同様に因幡てゐも、道徳の授業に詐欺師はないだろう……で却下。
それに、生徒達に「だぜ!」とか変な詐欺が流行ってしまうかもしれないし…
となると、かなりの人数がいるはずなのだが、必然的にお願いできる人は数名に限られてくる。
「仕方ない、この中でまともと思える人だけを数名選んで、あとは生徒に選んでもらうしかない!」
……けど、その「まとも」と思える人達でも、一癖も二癖もあるのだが……
※ ※ ※
翌日。
少しだけ目の下にクマが出来ていた慧音は授業へ向かう。
午前中の授業は何とか無事に終了。
そして午後の授業の道徳の時間へ……
早速、昨晩妹紅と二人で作った用紙を生徒に配る。
その用紙には、4名の名前と所属(妖怪とか神とか妖精)が書かれていた。
「昨日集めた用紙の中に、たまには違った人の話を聞きたいという要望が数件あった。
なので、今配った用紙に書いてある人の中で、自分が話を聞いてみたいと思える人に印をつけてくれ」
生徒が用紙を見る。
そこには4名の名前が……
生徒は思い思いの人の名前に印をつけていく。
生徒が書き終わった頃を見計らって、用紙を回収する。
「よし、じゃあ今日これを集計して、一番票が多かった人に頼んでみるよ」
慧音は、その集めた紙をしまって今日の道徳の授業を始めた。
授業終了後。
誰もいない教室の中で、妹紅と二人でさきほど集めた紙の集計を行っていた。
慧音は読み上げ、妹紅が集計を担当していた。
ほぼ半分を経過した所で、慧音と妹紅が手を休めて、ほぼ同時につぶやいた。
「やっぱりな……」と。
妹紅の集計した紙を見ると、とある一人だけ票が伸びていた。
まあ、仕方ない。
先日の一件もあることだし、この結果は当然とも言える。
これ以上集計しても、この人が一位である事はこの時点で揺るぎない事が分かる。
「決定……だな」
「そうだな…」
二人は、早速選ばれた人にお願いをする為に準備を始めた。
※ ※ ※
そして、冒頭に戻る。
生徒によって選ばれたのは、厄神こと「鍵山 雛」
お願いに行った時に、「周りに厄が移るから…」と頑なに拒否していたのだが、
慧音の「私の生徒達が、貴女の話を聞きたがっている」との言葉に、やっとの事で重たい腰を上げてくれた。
この前の様に先に体の厄を落としてもらい、妹紅が里の寺子屋へ雛を案内する。
寺子屋は、午後の道徳の時間が始まる寸前だった。
なので、慧音の指示で雛は廊下で少し待つ事に。
このとき、雛の心臓は破裂しそうなほどにドキドキしていた。
『わ……私は何を話せばいいの? それに、こんなの初めてよ! どーすればいいのよ!!』
不安と緊張が入り混じる。
喉が渇く。
手足がガクガクと細かく震えている。
視線も泳いでいるのが自分でも分かる。
ああ、このまま気を失って倒れたら、どれほど楽だろう……
そんな事を思いながら、雛は廊下で教室の中の慧音から声が掛かるのを待つ……
廊下にいる雛の耳に教室の中にいる慧音の声が聞こえてきた。
扉越しなので、少し篭って聞こえているが、何を言っているのかはわかる。
「はい、じゃあこれから午後の道徳の授業を始める…… が、先日みんなに書いてもらった「話を聞いてみたい人」が、
今日来てくれたから、今日はこの時間をその人にお任せしようと思う!」
その言葉を聞いて、雛は「えっ?」という表情を浮かべる。
『何よ! 「お任せしよう」って? 私は何も考えていないわよ!!』
廊下の扉越しに雛は焦る。
「じゃあ、お願いします!!」
教室から慧音の声が響き、扉が開かれた。
雛の緊張が最高潮に達した。
廊下に見える雛の姿をみた生徒から声があがる。
教室の中から、「あ! 厄神様だ~!!」と歓喜の声が上がっていた。
が、あまりの緊張で、その声は雛の耳には届いていない。
「ははっ……」
雛は、少し口元を引き攣らせながら、何とか生徒に向かって軽く手を振りながら、右手と右足を同時に前に出す歩き方で、
なんとか教壇の所までぎこちなく歩いていく。
その姿を見た妹紅は教室の後ろで「プッ」と吹き出していた。
「じゃあ…… もうみんな知っているな。
今日来ていただいたのは、厄神様こと、鍵山 雛さんだ。
じゃあ、今日はよろしくお願いいたします」
慧音は、そう言い、後を雛に託した。
「え~っと……、え~っと……」
※ ※ ※
雛が立っている教壇の横にいた慧音は、雛が震えているのが分かった。
雛のブーツの紐が、細かく振動しているのがよく分かる。
『こりゃ、少し助け舟がいるかな?』
そう慧音は思い、生徒に聞いてみた。
「何か質問とか聞いてみたい事とかあるかな?」と。
少しの静寂の後、一人の生徒が手をあげた。
「は~い! 厄神様に聞いてみたい事がありま~す!!」
少しだけ緊張が解けてきた雛が、「何かしら?」と聞き返してみる。
「え~っと…… 是非とも厄神様の『スペルカード』の名前を教えてください」
「スペルカードの名前?」
以外な質問に雛は驚く。
「慧音先生や妹紅さんのを聞いたら、「GHQクライシス」とか「フジヤマヴォルケイノ」みたいな、
名前があって、面白いな~って思っていたんで、もし厄神様もスペルカードを持っているなら、
その名前を教えてください」
「いいわよ、ちょっと待ってて」
そう言い、雛は胸元から8枚のスペルカードを取り出した。
「え~とね…… 私は8枚持っているのよ」
そして、その8枚の名前を読み上げる。
『厄符 バッドフォーチューン』
『厄符 厄神様のバイオリズム』
『疵符 ブロークンアミュレット』
『疵符 壊されたお守り』
『悪霊 ミスフォーチューンズホイール』
『悲運 大鐘婆の火』
『創符 ペインフロー』
『創符 流刑人形』
「この8枚ね」
雛は一枚一枚確認しながら、その名前を読み上げていった。
質問した生徒は、その中のある一枚の名前に興味が沸き、さらに質問してきた。
「あの~、この『悲運 大鐘婆の火』って、どういう意味があるんですか?」
それを聞いた雛は、ある事を思いついた。
……これなら、私でもお話できる……
「じゃあ、今から、この『大鐘婆の火』のお話をしてもいいかしら? 聞きたい?」
生徒達からは、「聞きたい!!」との声が上がっていた。
「じゃあ、ちょっと長いけどお話するね…」
そう言い雛は、少しずつ緊張が解けかている体を後ろの黒板に寄りかからせて目を瞑り静かに語り始めた。
「むか~し、むか~し……」
※ ※ ※
昔、昔、みんなのおとうさんやおかあさん…おじいちゃんやおばあちゃんの…そのおじいちゃんやおばあちゃんが生まれる
もっと前のお話よ。
みんなが居る幻想郷の外の世界のお話……
そして、私がまだこの体じゃなくって、人形の体だった頃のお話……
みんなの居る里から、湖が見えるでしょ?
けど外の世界にはそれよりも、も~っともっと大きい「海」っていう所があるの。
向こう岸なんて見えない位にすごく大きいのよ。
その海のすぐ近くに村があったの。
みんなの居る里よりも、ちょっと小さい村なんだけど、この村は、その海で魚を取って生活していたのよ。
だから、村の人はほとんどが船という、その海の上を移動できる乗り物を持っていたのよ。
村の人達は、毎日その船に乗って海に行って魚を取っていたの。
とても平和な村だったわ。
その村に一組の夫婦が居たの。
まだ結婚したばかりで、とても若い夫婦。
旦那さんは、名前を「三郎」と言って、お嫁さんは名前を「妙」と言っていたわ。
まだ、結婚したばかりで、周りからも羨ましがられているほど、その夫婦の仲は良かったの。
三郎さんは、朝早くに船に乗って海に行って、お昼過ぎに家に戻ってくるの。
妙さんは、その三郎さんを迎えに、いつも決まった時間に海の前に行って、いつも出迎えていたの。
とても幸せそうな夫婦だったわ。
けど、その幸せもそんなに長く続かなかったの。
その頃、隣の国との戦が起きたのよ。
そして、その戦に参加しろ!って、その国のお偉いさんがその村に来たの。
もちろん、若い男性はほとんど強制的に参加させられるの。
嫌がっても、その後に家族とかが酷い目に会うって分かっているから、誰も嫌がらなかったわ。
そして、三郎さんも参加させられたの。
それを聞いた妙さんは、とても悲しんだわ。
けど、これは避けられない事なの。
だから、妙さんは三郎さんに家に伝わる宝刀を渡したの。
絶対に無事に帰って来れますように! と願いを込めて。
その翌日、村の人達は、自分の船に乗って敵の国まで向かったの。
漁に見せかけて敵の国を襲うっていう作戦らしいの。
出発する朝に、海の所で村に残った女の人とか子供達で戦に向かう人達を見送ったの。
もちろん、その中に妙さんもいたわ。
妙さんに向かって、船の上からその宝刀を振って三郎さんは笑顔で「絶対に帰ってくる!」って大声で……
でも、それが妙さんが見た三郎さんの最期の姿だったのよ。
その出発から三日後。
戦が終わったと連絡があったの。
自分達のいる国が勝ったらしいわ。
それを聞いて、村の人は喜んだわ。
「これで若い男衆が帰ってくる!」って。
そして、村の近くの海に、ポツポツと男達が帰ってきたわ。
怪我をした人…… 船を沈められた人…… まったく無傷だった人……
自分の思いを寄せた人の姿をみた村に残った人達は、涙を流して再会を喜んだわ。
そしてほとんどの人が帰ってきたの。
無事に再会を果たせた人達は、みんな自分の家に戻ったり、病院へ行ったりしていたわ。
けど、その場にずっと残っていた人が居たの。
しかも、たった一人。
その一人は、「妙さん」だったの。
さっきまでたくさん村の人がいたのに、今は私だけなの?
三郎さんは? みんな無事だったんだから、どこかにいるんでしょ?
あ、そうか。 誰かの船に一緒に乗っているんだ……
……でも、もうこの場所には誰もいないわ……
遅れているのかもしれないわ。
そうよ!きっとそうよ!
そう思い、妙さんは、その後に戦に行った人から、三郎さんの事を聞いて回ったけど、誰も三郎さんがどうなったのかを
知っている人はいなかったの。
その戦の状況を聞くと、どうもみんな必死に戦っていたから、そこまで目が届いていなかったみたい。
ほとんどの人が、三郎さんが居ない事を知ったのが、自分達の村に帰ってきてからだったから……
妙さんは、落ち込んだわ。
でも、まだ諦めては居なかったの。
その日から、毎日海の所に行って、三郎さんの帰りを待っていたの。
妙さんは、ほとんど一日を海で過ごしていたわ。
暑い日も寒い日、雨や風の日も……
その間、「もしかしたら…」って思いも込み上げて来たけど、それは考えないようにしていたのよ。
だから、ひたすら待ち続けたの。
三郎さんが帰ってくる事を祈り続けて……
それから、数年が経ったわ。
まだ三郎さんは帰ってこないの。
妙さんは…というと、もう三郎さんが居た頃とは別人の様な姿になっていたの。
髪はボサボサ……着物は所々切れている……顔は、昔は美人と言われていた面影もないくらいに、
痩せこけて、実際の年齢よりも年寄りに見られる位に老け込んでいたの。
最初は、村の人達から同情されていたわ。
「他の誰かと結婚したら?」とか「もう三郎さんは死んだんだよ」とも言われていたわ。
でも、妙さんはそれらの話に耳を貸さずに三郎さんの帰りをひたすら待ち続けたの。
そして、毎日海に立って、三郎さんの帰りを待ち続けたの。
だから、時間が経つにつれて、村人も同情の目から、忌みの目に変わって行ったわ。
そして、妙さんのその代わり果てた姿……
妙さんは、その姿になっても毎日海に立って、三郎さんの帰りを待っていたわ。
だから、村人も気味悪がって誰も近寄らなくなったの。
そんなある日に、妙さんの目にある物が見えてきたの。
遠くの海にひとつの船の姿が見えたの。
妙さんは喜んだわ。
「三郎さんが帰ってきたんだ!」って。
だから、妙さんは大声を出したり、転がっていた棒などを振り回したりして、その船に合図を送ったの。
……でもね、その船は三郎さんの船じゃないの……
どこかの商人の荷物を運ぶための大きな船だったの。
だからしばらくしたら、その船は妙さんの視界から消えて行ったわ。
でも、妙さんは思ったの。
「こんなに時間が経っているから…もしかしたら、三郎さんは村の場所が分からなくなっているかもしれない」って。
だから、妙さんは考えたわ。
もっと大きな音を出して、こちらの場所を教える方法はないかしら?って。
そして、妙さんの頭にある考えが浮かんだの。
大きな音を出せる物がある場所を……
そして、また違う日の事。
その日も遠くの海にひとつの船の姿があったの。
それを見た妙さんは、ある所へ走って行ったの。
妙さんが向かったのは、村のはずれにあるお寺。
そのお寺には、大鐘があったの。
何か行事があったり、除夜の鐘とか以外では鳴らす事はない鐘。
でも、妙さんの昔の記憶では、この鐘の音はかなり大きく、遠くまで響くと知っていたの。
だから、妙さんは、この鐘を鳴らそうとお寺に向かって行ったわ。
息を切らせながら、なんとか妙さんはお寺に着いたの。
そして、まっすぐに鐘付堂へ向かって行って、力一杯鐘を鳴らしたの。
「ゴーン…… ゴーン……」
静寂だったお寺の中はいきなり鳴った鐘の音で、驚いていたわ。
鐘を鳴らし終わった妙さんは、また急いで海の方へ走って戻っていったの。
だから、慌てて外に来たお坊さん達に妙さんは姿を見られる事はなかったの。
海に戻った妙さんが見たのは……
また、視界から消え去ろうとしている船の姿。
妙さんは悲しんだわ。
そして、船の姿が見えるたびに、お寺に走って行って、鐘を鳴らす様になったの。
でも、その鐘は行事や除夜の鐘以外では鳴らしてはいけない鐘。
だから、お坊さん達も犯人を捜そうと必死になったの。
そして、とうとう鐘を妙さんが突いている所をお坊さんに見られてしまったの。
でもね、そのお坊さんの方が驚いてしまったの。
鐘を突いている犯人が、妖怪の様な姿をした、お婆さんだったから。
だからお坊さんは、そのお婆さんの事を「大鐘婆」と呼ぶ様になったの。
鐘を突くだけの妖怪か何か? と思ったみたいね。
そして、その話が村にも広がり、普通の日にお寺の鐘が鳴ると「ああ、あれは大鐘婆が鳴らしてるんだよ」と
言われる様になったの。
けど、お寺の方も、そう黙っては居られなかったの。
だって、いくらなんでも行事とかでしか鳴らしてはいけない鐘を勝手に鳴らされてしまうのは、いけない事だから。
だから、お坊さんは鐘を突く棒を隠してしまったの。
だから、次に妙さんがお寺に来た時に驚いてしまったの。
これでは鐘を鳴らせないって……
妙さんは、ガックリと肩を落として海に帰って行ったわ。
「じゃあ、次からは、どうやって船を見つけたらここの場所を教えればいいの?」って。
妙さんは考えたわ。
そして、「火を使えばいい」と考えたの。
だから、手当たり次第に燃やすものを集めたわ。
そして、もっと船から見えやすい近くの崖の上に移動したの。
その崖の上に、燃やすものをたくさん運んで行ったわ。
枯れた木や大きなゴミとか……
とにかく集めたの。
そして、その崖の上で火を焚いたの。
決して途切れない様に、見張りながら……
そして、何日も過ぎて行ったわ。
もう燃やすものも尽きてきたから、今まで自分が住んでいた家の家具や壁も壊して燃やしていったりしたの。
その間に何回も船の姿を見ていたんだけど、こちらにはまったく気が付いていないみたいだったの。
だから、妙さんは昔自分が住んでいた家をすべて壊したの。
そして、その破材を燃やしたの。
もう、この頃の妙さんには昔の三郎さんとの思い出とかの感情はなくなっていたみたいね。
ただ、ひたすら「三郎さんが帰って来れるように」の一心でしか行動していなかったみたい。
そして、とうとう燃やす物が尽きたの。
残っているのは、今わずかに燃えている物と、自分の着ているボロボロの服だけ。
周りにあった枯れ草などは、すべて燃やしてしまったので、もう何も残っていないの。
その時、今まで見た事がない位に近い場所にひとつ船の姿があったの。
ただ、もう夜だったから、月明かりでおぼろげにしか見えていなかったんだけど、
でも、小船と分かる近い所に、その小船は居たの。
妙さんは喜んだわ。
「きっと、三郎さんに違いない!」と。
その小船を見ると、どうも暗くってどこが岸だか分かっていない様子だったのね。
それを見た妙さんは、火を使って……と思ったんだけど、もう燃やすものがなかったの。
残っていた火はとても小さく、これでは小船に気がついてもらえない!
でも、もしあの船が三郎さんの船だったら……
この機会を逃したら……
……三郎さんに会いたい!……
その思いが妙さんを狂気に走らせたの。
妙さんは、もう燃やすものがないなら……
そう思って、自分に火をつけたの。
もう年を取って水分の少ない皮膚は簡単に燃えたわ。
ボロボロの服も、ボサボサの髪の毛も、あっという間に燃えたの。
でも、妙さんはあの船が三郎さんの船だと信じて、その船を見ていたの。
炎に包まれながら……
その船は、その炎に導かれる様に、岸に着いたの。
「……よかった……」
そう思った妙さんは、そこで息を引き取ったのよ。
でもね……その小船は三郎さんの船じゃなかったのよ……
それを知った妙さんの魂は、成仏せずにその場に留まったの。
そして、自分が息絶えた崖の上で自分の魂を光らせて、ずっと海を行く船に合図を送り続けたの。
ただ、三郎さんを待ち続けるためだけに……
でもね、その光はとても禍々しい光だったの。
だから、その光を見た人達は、恐れ慄いていたわ。
でも、妙さんは待ち続けたの。
もう、とっくに三郎さんは生きてはいない位の時間が経ったけど、それでも待ち続けたの。
ただ、「会いたい」という思いだけで……
どれくらい時間が経ったのかしら?
ある日、隣の国の骨董屋がお寺に来たの。
その骨董屋は、一振りの刀を持っていたの。
骨董屋が言うには、この刀は妖刀で、持っている人を不幸にしてしまうという話らしいの。
で、なんでここのお寺に持って来たのか? というと……
その刀を調べていたら、柄の中に一枚の手紙が入っていたの。
その紙には、持ち主の名前と住んでいた場所……そして、妻の名前が書いてあったの。
そう……その刀は、妙さんが三郎さんにあげた宝刀そのものだったの。
だから、骨董屋は持ち主に返却したいと思って、このお寺を訪ねてきたの。
けど、もう三郎さんが亡くなった時の戦を覚えている人はだれもいなかったの。
だから、何か記録が残っていないか? と思って、このお寺に来たのよ。
お坊さんは当時を記録を探したわ。
そして見つけたの。
見つけた記録は2つ。
戦の記録と「大鐘婆」の記録。
その二つを読み、お坊さんはある事に気がついたの。
「もしかしたら、崖の上の光になにか関係があるのではないか?」って。
そう思ったお坊さんは、その刀を持って崖の上まで行ったの。
あの崖の上には、あの禍々しい光が輝いていたの。
けど、そのお坊さんは、その光に近づいていったわ。
そして、その光に持っていた刀を見せてこう言ったの。
「この刀に見覚えはないか?」って。
その刀を見た妙さんの魂は、一瞬光るのをやめたの。
間違いない! その刀は私が三郎さんにあげた刀!
そして、その光は、もう一度光りだしたの。
禍々しい光ではなく、とてもやさしく暖かい光で……
それを見たお坊さんは、その刀をその光の下に埋めたの。
「今度はずっと一緒に居れますよ」とささやいて。
それから、その崖の上には海を行く船や道を行く旅人に、道標になる様なやさしく明るい光が輝いていたの。
夜でも辺りを明るく照らすその光は、親しみを込めて人々から「大鐘婆の火」と呼ばれる様になったのよ。
その光には、妙さんの「もうこんな辛い思いはみんなにして欲しくない」という願いが込められていたの。
旅人や船の人からは、道中の守り神として崇められたわ。
そして、それ以降、その光が見える所では、事故は起きなかったのよ。
そして、今もその光はその場所で道行く人の安全を願いながら光輝いているわ。
……で、私のスペルカードの「大鐘婆の火」だけど……
この妙さんの魂の様に、人間の安全を願うって思いを私も込めてみたい……
そう思って、この名前を使わせてもらったの。
それが、このスペルカードに「大鐘婆の火」と名前をつけた理由よ……
※ ※ ※
「厄神様、ありがと~! また来てね~!!」
森へ帰ろうとしていた私に寺子屋の生徒達が手を振ってくれる。
「じゃあ、またね」
私も手を振って、それに答える。
初めて、人間の方から私の事を必要としてくれて、好意的に接してくれた……
それを思うと、なんかうれしくなる。
私は思い出しながら、笑顔で森に帰っていった……
『妙さん…貴女の話を使わせて頂きました…… ありがとう』と思いながら。
残りの3人は誰だったんでしょうな、大妖精、八雲藍、八坂神奈子様辺りかな?
恐らくこの話を教壇から身振り手振りで必死に伝えようとしている雛様が可愛くて仕方ない。
あなたはエスパーか!!w
なんで全員分かったんだろう?
涙が出ました…
自分の祖母の兄も戦争で10代の若さで命を落としたと祖母から聞いた話を思い出したので…
私の地元には、当時の残骸が今でもありますよ。ゆっくりと風化しながら…
いつ読んでも暖かいお話です。
あああ…そんな前の作品から読んでいただけたんて……
ありがとうございます。
>#15様
残骸は、私の地元にもありますね。
だた、決してその当時の思いは風化させてはいけないと思います。
>時空や空間を翔る程度の能力様
昔話の部分を書いたのは、姪っ子だったりします。
その部分があって、前後を私が書いたという作品になっていますので、
話が繋がっていないかどうかが心配で……
苦有楽有様のSSは全て自分のパソコンに保存しております。
姪っ子さんの書かれた部分も非常に良かったです。
昔話も面白かった。