いつものように神社を掃除していた早苗は、気が付くと博麗神社で棒立ちしていた。
その間、僅か二秒。これはカップラーメンを0,01個作るのに必要な時間であり、0,001人の幽々子を満足させることができる。
「ど、どういうことですか?」
幻想郷に聡い者なら、これが八雲紫の仕業だと見抜けよう。しかし、そこは新人。
右も左も分からぬ新入社員に、風林火山の山を体得した窓際族のような活躍を期待するのは酷というもの。
キョロキョロと視線をさまよわせる早苗を見ても、責めることなどできようはずがない。
「さっきまで守矢神社に居たのに……どうして博麗神社に?」
「あー、そべばスキマ妖怪のしばざね」
妙な訛りに眉を潜め、声のする方を見ると、どてらを着た霊夢がいた。あまりに着込みすぎているので、思わず巨大なダンゴムシかと思った。
「なんですか、その格好」
「風邪ひいたのよ。でも、ちょうど良かった。あなた、わだじの代わりに一日だけここのちーん巫女やってちょうだい」
「話の途中で鼻をかまないでください」
懲りた様子のない霊夢は、丸めたティッシュを虚空へ投げた。何故かティッシュは落ちてくることなく、そのまま姿を消した。
「まあ、ここには守矢の社もありますから。言ってみれば、ここも守矢神社です」
「随分と強引な解釈ね」
「代理をするのはやぶさかではありませんが、守矢神社を留守にするわけにはいきません」
霊夢は赤くなった鼻をかきながら口を開いた。
「大丈夫でしょ。そっちには神様が二人もいるんだから。一日ぐらい巫女がいなくたって、何とかなるわよ」
「そうでしょうか?」
「そういうものよ」
神奈子も諏訪子も馬鹿ではない。早苗がいなくとも、普通に暮らすことはできるはず。
それに、一日程度なら代わっても問題はない。
元々、あの神社には大して人間も来ない。河童や天狗ばかりだ。
たまには人間の訪問する神社で働き、守矢神社を宣伝するのも悪くはない。
「わかりました。それじゃあ、一日だけですけど代理巫女を勤めさせて貰います」
「この日誌を預けておくから。何かわからないことがあったら見ると良いわ」
手渡されたのは薄汚れた一冊のノート。タイトルには博麗霊夢業務日誌と書かれていた。
適当なように見えて、意外とマメだ。
「それじゃあ、後はばかせだわよちーん」
「だから話の途中で……って行っちゃった」
こうして、東風谷早苗の代理巫女生活が始まったのである。
午前八時半
そういえば、朝食がまだだったのを思い出した。
何か食べ物はあるのだろうか。寝ている霊夢を起こさないように気をつけながら、台所へお邪魔する。
ご飯と余り物のみそ汁しかなかった。
霊夢はこれを食べて眠りについたらしい。しかし質素な。
毎日こんな食生活をしているのかと気になり、早苗は日誌を開いた。
『○月×日
朝食はご飯とみそ汁。質素すぎるので玉子焼きが食べたいと嘆く。
すわ、なんとしたことか。空から卵焼きが降ってくるではないか。
我、これを天玉と名付けたり』
なんという怪奇現象。しかし、先ほどのティッシュ消失や早苗の移動のこともある。
試してみることにした。
「あー、玉子焼きが食べたいな」
辺りに訪れるのは空しい静寂。玉子焼きどころか、砂粒一つも落ちてきやしない。
霊夢は普段から朦朧としているに違いない。
早苗はそう決めつけ、乱暴にご飯とみそ汁を片づけた。
猫まんまの味がして候。
午前九時
普段なら境内の掃除をしている時間だが、果たして博麗ではどういうことをしているのか。
早苗は日誌を開いた。
『○月×日
境内の掃除は面倒くさい。
ゴミが一カ所に集まらないかと愚痴をこぼす。
さすれば、見る見るうちにゴミが萃ったではないか。
巫女の奇跡を垣間見たり』
安っぽい奇跡だなあと、半ば呆れる。
しかし、これが事実なら非常に助かる。風をおこすことだって出来るが、ゴミを一カ所に集めるのは骨が折れる。
「境内の掃除は面倒くさいなあ」
すると、俄に風が吹いた。まさか、これは。
期待に満ちた早苗の顔に、一枚の紙切れが飛んできて張り付く。
引きはがしてみれば、力強い文字が書かれていた。
『甘えるな』
破った。ゴミが増えた。
午前十二時半
予想外のアクシデントにより、境内の掃除に思ったより時間を取られた。
おかげでお腹が警報を発令している。
空腹で台所に舞い戻ってみれば、何故か朝と同じメニューが熱々で再現されていた。
そして霊夢の傍らには空の茶碗とお椀が。
作る手間が省けて非常にありがたいのだが、朝昼同じではさすがに飽きる。
どうしたものかと、早苗はあまり役に立たない日誌を開いた。
『○月×日
昼食もご飯とみそ汁。やはり質素すぎるので、今度は砂糖入りの玉子焼きが食べたいと嘆く。
すわ、なんとしたことか。空から砂糖入りの玉子焼きが降ってくるではないか。
我、これを砂玉と名付けたり』
便利な神社だ。
そしてやはり早苗が試してみても、空か砂糖入りの玉子焼きが落ちてくることはなかった。
半分憤りを感じながら、ご飯とみそ汁を強引にかき込む。
我、また一歩猫に近づいたり。
午後三時
意外なことに博麗神社では昼食を食べたら、他にもうすることがなかった。
日誌を見ても、次の書き込みは三時まで空白だった。
これが守矢神社なら尋ねてくる妖怪と話をしたり、諏訪子や神奈子の相手をしたりと盛りだくさんなのだが。
まあ考えてみれば、神社が一つぐらい増えた程度で乗り込んでくるような巫女の神社だ。
あまり人が来ていないのは、少し考えればわかることだった。
意外な実体に気が付いた早苗は、三時になったことを確認し、日誌を開いた。
『○月×日
お茶請けにあの砂糖入り玉子焼きが欲しくなる。
我、砂玉が欲しいと天に願いけり。
文字通り、砂玉が落ちて候』
呆れた巫女もいるものだ。
早苗は苦笑しながら、自分も試してみることにした。どうせ、何も落ちてこない。
しかし、何故かこういうときだけ願いは叶う。
大量の砂が早苗を襲った。
「なんでですか」
午後六時
水で砂を洗い流し、することもなく早苗は境内をふらふらと彷徨いていた。
人が来ないと思っていたが、それでも一人か二人は訪れる。
だが、だからといって巫女にすることなどない。お守りや祓いの依頼でもない限り、基本的に巫女は暇なのだ。
「そういえば、夕食はどうしよう。さすがに三食同じものは嫌ですね」
まさかと思いつつ、日誌を開く。
『○月×日
夕食もご飯とみそ汁。あまりにも質素すぎるので、今度は金粉入りの玉子焼きが食べたいと嘆く。
すわ、なんとしたことか。空から豪華絢爛な金粉入りの玉子焼きが降ってくるではないか。
我、これを金――』
日誌を閉じて、賽銭箱に放り投げた。
無論、夕食がご飯とみそ汁だったのは言うまでもない。
午後七時
もう人が訪れることもないだろうからと、早苗は賽銭箱の確認へと赴いた。
人が来なかったとはいえ、いくらか入れているのは目撃している。
金にがめついわけではないが、賽銭泥棒が現れないとも限らない。
こういうものは早めに回収しておくに限る。
いそいそと賽銭箱の中を覗き込む早苗。
「あら?」
どうしたことか、賽銭箱には一円も入っていなかった。
あったのは投げ入れた日誌だけ。
早苗は日誌を取り出し、同じ時間帯の報告へ目を通す。
『○月×日
賽銭箱の中身を確認する。
一銭も見あたらない。馬鹿には見えないお金なのかと、氷の妖精を連れてくる。
見えたそうな。軽く落ち込む』
最後の方は涙でにじんでいた。
『諦めきれず、夜通しで賽銭箱を見張ることにする。
妙に寒い。まだ氷の妖精が近くにいた。
我、アルゼンバックブリーカーをかけて候』
それで日誌は終わっていた。
「なるほど。一晩中外にいて、しかも氷の妖精と戯れていたなら風邪をひいてもしかたありませんね」
少しだけ巫女が不憫になり、早苗は五円玉を賽銭箱に放り投げた。
しかし、五円は賽銭箱に入ることなく、虚空で文字通り姿を消した。
これが世に言う金隠しである。
「紫様、最近どこかへ出かけられているようですが。何をしているんですか?」
「バイトよ、バイト。たまに鬼に手伝って貰ったけど。趣味と実益をかねた、巫女を弄る面白いバイトよ」
楽しそうに笑う紫の手には、何故か五円玉が握られていたという。
ちなみに巫女は次の日も夜通し見張りを続けて、また風邪をひいたという。
しかして、どうして八雲紫の仕業だと思わないのか。
このことを突き止めた新聞記者は巫女に突撃をし、そのような質問をした。
すると巫女はこう答えた。
「だって、気がついたら明日から誰が食事を用意するのよ」
記者は言った。
「だからって風邪ひくまでやりますか?」
「やるわよ。だって、それだけの価値があの玉子焼きにはあるの!」
今ならこの玉子焼きを一パック2000円で。
ただし、お一人様三個までとさせて頂きます。
お申し込みはフリーダイヤル、0120ー0901-0901。はくれい、はくれい。
お間違えのないようにお掛けください。
八雲通販でした。
PVが売れたのはアルゼンチンと予想。
ファン○程度に割とマジメな霊夢が大好きです。
追記 >午前三時
になってまっせ。
しかし早苗の扱いがなける;;
とかいいつつ金--の所で吹いたwww
まさかそういうネタでくるとは、よめなかったわw
めっさ吹いたwww
> 意外な実体に
実態だと思います。
私も不覚にも吹きましたwwwwwwww