※このSSは捏造があります。
原作の設定どおりがいいという人は読まないほうが吉。
ああ、またか。
幾度繰り返しても慣れやしない。
いつものように私は膝を抱えて顔を埋める。
去来するものを耐えることしか、私にはできない。
いままでだってそうだったし、これからもきっとそうだ。
いつもならば家屋の隅で時間が過ぎるのを待つ。
しかし今日は夜の竹林を歩いているときにそれはやってきた。
帰ることすら億劫だからその場に蹲った。
こんな竹林の奥、しかも夜だ。とおりすがるやつなんていやしない。
そう思っていたのにそいつはやってきた。
「何してるのよあんた」
わずかに動く気もおきない体を動かして顔を向ける。
そこにはよりにもよってあいつのとりまきがいた。
「なんでもない。さっさとどこかにいってくれ」
感情の篭らない声でそれだけ言うとまた顔を埋める。
なのに近づいてきて隣に座る。
ほっといてくれ、一人にしてくれ。私に寄るな。
そんな思いが浮かんでは消えていく。
「蓬莱の薬を飲んだ奴って、そんな症状に罹らないと気がすまないの?」
気楽に言ってくれるっ。
お前にこの気持ちがわかるもんか。
この気持ちは誰にもわかりはしない。
そうさ輝夜にすら。
考えは外に出さず、心の中だけで発せられる。
現実の私はてゐの問いに何も返さずじっとしているだけ。
なのにこいつは気にせず喋り続ける。
「ほんとに姫様そっくり。まあ今はそんなとこなくなったけど。
えーりん様のような存在がいないぶん、あんたのほうが症状は酷そうだけどねぇ」
共に長い時を過ごす存在が傍らにいるぶんだけ、あいつは恵まれている。
同じ薬を飲み、死ぬことがなくなったこの体。
復讐を誓い奪い取った薬は、呪いの薬だった。
皆私をおいて去っていく。どんなに仲良くなっても待つのは別れ。
親しくなるだけ受ける傷は深い。
だから私は一人でいるようになった。距離をおくようになった。
どうせ私一人おいていかれ辛い思いをするならば、始めから一人がいい。
慧音だってきっと私をおいて先に逝く。
だから最後の最後で受け入れていない。全部受け入れて終わりに待つのは、きっととても深い傷。
そんな傷は負いたくない。いままでの傷で十分だ。
慧音もきっと気づいている。私が心の奥底で慧音を拒否していることは。
時々見せる哀しげな表情でわかる。見せまいとしてくれているけど、すべて隠すことはできやしないさ。
「私だけが辛い。私だけが苦しい。なんて考えてる顔だね」
事実だ。
「そうだって顔だ」
そう言って大きな溜息をついたあと、馬鹿だと言った。
「馬鹿だと?」
「そうだろー。
たかだか千年ちょっと生きて、生意気言っているんだから。
あんたの受けたものは、あんただけが受けたものじゃない。
ここは幻想郷。あんたよりも長生きな怪物の住まう場所。その長い時間で別れの一つも経験していない存在なんていやしない」
そいつらにはそばにいてくれる存在がいる。
私とは違う。
「その意見は今を見て言ったもの。その長い時間を見て言ったものじゃない。
その考えはあいつらを侮辱しているよ」
私は言葉にはしてないのに、なぜ心を読んだかのように答える?
こいつには読心の能力なんかないはずだ。
「驚いてるね? 姫様と似てるって言ったでしょ。
姫様と同じ問答をしたことあるから、大体の予想はつくの」
「あいつと同じなもんか」
「同じよ」
「違う!」
同じなはずがない! あいつは永遠に失われることがない存在を得ている。失うという恐怖に怯えなくていい。
それが憎い。父のことなんか正直どうでもいいんだ! 私が憎いのは、あいつにだけ傍らにいてくれる者がいること!
そんなあいつが私と同じだと!? ふざけるな!
「そりゃ姫様にはえーりん様がいてくれる。それでも親しい存在がいなくなるのは避けられない。
だって姫様のそばにはえーりん様のほかに、寿命の定まった存在がいる。私やれーせんちゃんやイナバたちといったね。
もちろん以前もいて、そういった子たちと姫様は別れてきた」
「そのたびに傷を負ってきたと?」
「親しくした存在と別れるんだから悲しみはあるよ当たり前。
でも傷だけが残るわけじゃないでしょ?」
「思い出が残ると言いたいなら、陳腐な考えだぞ。
楽しかった思い出は一人なときに、心を冷たくして抉る」
「たしかに思い出も残る。それだけじゃないけど。
続きを話す前に言いたいことがある。
あんたにとっての思い出のあり方は間違ってる」
何か言い返す前に先に続けられた。
「思い出は、過去を懐かしむことで今の楽しさを再確認することができるもの。
それなのにあんたにとっての思い出は、そのときが一番だったって思い込んで今をみつめることを拒否してる。
『今』だって昔に負けないくらい楽しいのに」
なぜかこいつの言うことには、妙に実感が篭っている。
ちらりと視線を向けると空を見ていて、こっちを見てはいなかった。
視線の先にあるのは暗い空。でもこいつは空じゃなく別の何かを見ている。
「話を戻すけど、残るものだっけ?
残るのは繋がり」
繋がり?
「一人なあんたにはわからないだろね。そのくせ一人が寂しく辛くて蹲る。それを認めずぐるぐる回る。
せめて慧音に全部さらけ出して、一緒にいればわかったかもしれないけど。
接した人を通してできた知り合い、親族。その人たちとの間にできた絆。
一人で辛いことは、ほかの皆と分ければいい。あんなことあったね、こんなことあったねって笑いあって泣きあって。
そしたらいつのまにか立ち直れてる。
残してくれた者と一緒に生きて日々を楽しむ。そうやって生きてきた」
最後の部分は私にむけて言ったものじゃない?
「あんたが辛いのは一人だから、分け合う人がいないから。
思い出してみて? そんな体になった最初から苦しかった?」
昔の記憶は思い出したくない。
でもこいつの声には、思わず言うとおりにしたくなる優しさのようなものが込められている。
今なら大丈夫かも、そう思って思い出を紐解く。
するとたしかにあった。こいつの言うとおりだ。
死ななくなったことで怪しまれはしたが、悲しみを分け合っていた頃が、皆といて楽しさを倍増させていた頃が私にもあった。
少ない友人が早く死んでいくことに耐え切れず、心を閉ざし哀しみを紛らわすため輝夜を追った。
自分から繋がりを断ち切ったんだ。
「ここは幻想郷。外と違って寿命の長さに定評あるものたちが多く住む場所。
ここの住人なら、わかれの悲しみを吹き飛ばせるくらいたくさんの思い出を作ることができるよ。
たくさんの友を作れば、たくさんの楽しい思い出に囲まれて悲しむ暇はないかもね?」
そばにいてくれた慧音すら拒否してきた私に、いまさら繋がりを得ることができるのか?
「怖くて踏み出せないなら、私が押してあげる。
私は悪戯うさぎ。騒ぎ起こして、不安を吹っ飛ばすほど滅茶苦茶にして、笑顔を誘う。
あなたにも幸せを届けてあげる。悪戯付きだけどね?」
ようやく私を見てそう言ったときの笑顔は、外見は私よりも幼いくせに、すごく大人びたものだった。
理解した。こいつはきっと私よりも、幻想郷の誰よりも長く生きてきたんだと。
私には想像つかないほどの出会いと別れを繰り返してきたんだろう。
それでもたくさんの繋がりを持っているから笑っていられる。
伸ばされた手をとって立ち上がったとき、これからは部屋の隅で蹲ることはないのだろうと思えた。
「師匠ー」
「どうしたの?」
「最近てゐが決まった時間にいなくなるんですけど、何か知りません?」
「幸せを振りまきに行ってるみたいよ」
くすくすと笑う永琳と意味がわからず不思議そうな表情になるウドンゲ。
「どういうことです?」
「あの子世話焼きなところがあるから、姫に似ていたあの子をほおっておけなかったのでしょうね」
「……もしかして妹紅のところへ?」
ピンっとくるものがあったのか正解を言い当てる。
それに永琳は笑みを浮かべるだけで答えない。
「外の世界にtrick or treatって言葉があるらしいけど、てゐはtrick and happyね。
悪戯うさぎで幸せうさぎ。悪戯をもって幸せをふりまく。
てゐの幸せを与える能力はそれほど高いものじゃないのよ。
それでもてゐが幸運の素兎と呼ばれるのは、てゐが行動したことで幸せになれた人がいるから。
私も姫も幸せになっているもの」
「そんな立派なものじゃないと思いますよ」
「あら、あなたも永遠亭に着たばかりの頃、お世話になったでしょ?」
「それは、そうですけど」
「それに今も幸せであり続けている。それはてゐが始終騒いでくれているからでもあるでしょう?
てゐが好きならそうだって示さないと、ほかの人に盗られちゃうわよ」
「出かけてきます!」
ウドンゲは慌てて、てゐのもとへと向かう。
少しすると、どこからかウドンゲと妹紅の大声が聞こえてきた。
その声は、とてもとても楽しげなものだった。
やっぱてゐは世話焼きな方が好き。
お姉さんてゐ、もっと見たいなあ。