「今日はほれ薬を作りましょう」
いつものようにウドンゲが永琳の作業部屋で薬作りを教えてもらっている。
部屋には実験道具、材料、本、資料、筆記道具などがあり、それらはきちんと整理整頓されている。
「ほれ薬ですか?」
「ええ。臓腑に叩き込むと愛の奴隷にできるくらい強力な奴を作るわ」
「そこまで強力なものは必要ないんじゃ?
というかなぜほれ薬?」
「あなたがそれを作れるくらいの力量になったからよ。
それ以外に特に理由はないわ。
材料はここにあるものを使います」
テーブルの上にはいくつかの材料とすりこぎなどの道具が並んでいる。
永琳は一つ一つ材料を指差してその名前と主な効能をウドンゲに答えさせる。
すべて間違いなく答えたウドンゲをよくできましたと撫でる。
褒められて嬉しそうに笑みを浮かべるウドンゲだが、その笑みを怪訝なものに変えて材料の一つを指差す。
「師匠、このトリカブトの根も使うんですか?」
「使うけど、どうして?」
「猛毒ですよね?」
「ああ、もちろん毒を弱める処理はするわ。
そのまま使う薬はまだあなたには早いから」
毒は弱めると効いて安心した様子のウドンゲ。
「そういった処理をしない薬もあるんですねぇ」
「強い存在にはそれくらいの毒を使わないと効かないことがあるから」
「毒を持って毒を制す、というやつですね」
「そのとおり。
薄めた毒じゃ擬似的なつり橋効果を出せなかったのよね」
誰にとは聞かない。というか聞こえなかったふりをした。
つづいて永琳は道具の使い方を教えていく。
それが終ると薬を作る手順だ。失敗しやすいところ、材料を混ぜる長さ、タイミングをホワイトボードに書きながら説明していく。
「ざっとこんなところよ。説明したことを頭に叩き込んで、早速作ってみなさい」
「わかりました」
ウドンゲは薬作りに取り掛かる。最初に行ったのは調合の前準備だ。調合する順番に沿って、使う材料と道具を並べ替えていく。
手際よく動くウドンゲを見て、うんうんと頷き永琳は書きかけの資料を机に広げる。
「わからなくなったら私に聞きなさい」
「はい」
そう言って背を向ける永琳。
部屋にはウドンゲの作業音と永琳の文字を書く音だけが響く。
二時間が過ぎ永琳がそろそろ終るかしらと予想をつけた頃、ウドンゲの出していた作業音が止まる。
「できました!」
嬉しそうな声に永琳も表情を緩める。
「みせてごらんなさい」
「はい」
受け取った薬入りのビーカーを目の前に持っていく。
薄い紅色をした薬をゆらゆらと揺らしたり、匂い嗅いだり、顕微鏡でのぞいたりと出来具合をみていく。
結果は、
「ぎりぎり及第点といったところね」
「どこかおかしかったですか?」
「まずは色。効果の高いものは赤に近い薄紫になる。匂いもかすかに刺激臭があるわね。
これだと飲んだときの味も苦味が出てると思うわ。
おそらく作業過程で焙りすぎたのが原因じゃないかしら。あとはトリカブトの搾取が足りなかったのね」
「トリカブトの扱いにはちょっと不安がありましたから」
「もっと精進すること」
「はい」
「れーせんちゃーん。終ったー?」
作業が終ったかと、タイミングよくてゐが作業部屋入り口から聞いてくる。
「終ってるね。じゃあ早く行こう!」
「もうちょっとだけ待って、片付けるから」
「早くねー」
作業部屋入り口でウドンゲを急かす。
部屋に入らないのは、何度も薬の実験台にされたトラウマのせいだろう。
ウドンゲは使ったものを洗い、拭いて、元の場所に戻していく。
その間暇なてゐ。関心は作った物へとむいた。
「今日作った薬ってそれ?」
「そうよ」
「何作ったの?」
「今日は……(ここで正直に言っちゃうと面白がって悪戯に使うかも)。
ちょっと強力な栄養剤よ」
正直に話さず嘘をつく。しかし長い付き合いのおかげか、少し間が空いただけで嘘をついているとてゐは気づいた。
「へー(ただの栄養剤じゃなさそう)」
「これで終わりっと。師匠、ありがとうございました」
最後に自分が作った薬を自分用の棚に戻して作業を終えた。
てゐはその位置をしっかりと憶える。
「お疲れ様。今日やったことは忘れないようにあとで復習しておきなさい」
「はい。それじゃあ行こうか、てゐ」
「うん」
遊ぶ約束をしていた二人は、永遠亭を出て行く。
少しして永琳も作業を終え、部屋を出て行った。
その数時間後、辺りが暗くなりそろそろ寝ようかといった時間。
そろりそろりと静かに歩くてゐが作業部屋を目指す。目的は当然ウドンゲの作った薬だ。
何事もなく無事に目的地に着く。だがてゐは気を抜いていない。時々罠が仕掛けられているからだ。罠の製作者は永琳。
五感をフルに使い罠の有無を調べていく。その様はプロの盗賊。
永琳が罠を仕掛け、それにてゐが引っかかる。次はてゐが罠を解き、永琳がさらに難度の高い罠を考える。それを繰り返し磨かれていった
技能だ。
罠師と盗賊。二人の技能は高いところにある。身内で鍛えたとは思えないほどに。そして他人に対して使うことのない無駄な技能でもある。
「今日は罠なしか」
念入りに調べた結果、罠はないと判断。
部屋の中に入りてゐは目的のものを手に入れた。
それを手にして考える。
「誰に使おう?」
ウドンゲと永琳と輝夜は除外。身内に悪戯はしない、なんてことはなく一週間前にやったばかりだからだ。
イナバたちには? さほど面白いことにはなりそうにない。
考えてちょうどいい人物が浮かんだ。
「ちょっと疲れてるって言ってたから上手くいくはず」
くくっと楽しそうに笑い懐に薬をしまう。
いい夢が見られそうだと自分の部屋に戻っていった。
小屋というには少し大きな家。そこから何人もの子供たちが出てくる。
その子供たちを見送るように慧音も出てきた。子供たちの別れの挨拶に一つ一つ答えていく。
子供が全員いなくなった頃、慧音は小屋の影へと視線を向ける。
「誰か隠れているのはわかっている。私になにか用事なのか?」
「ばれたか」
出てきたのはてゐ。
「姿は隠していたが、気配は消してなかっただろう。隠れる気がなかったくせによくいう。
それでなんの用だ。これから里人と話し合いがあるんだ、手早く終らせてくれ」
「安心してすぐ終る。これを買わない? 安くしとくよ」
てゐが持つのは昨日手に入れた薬。ただで手に入れたのに金をとるとはちゃっかりしている。
慧音は警戒している。永遠亭の薬には何度かやっかなめにあわされているから当然か。
「それはなんの薬だ? そして誰が作った物だ?」
まずは情報を求める。この二つを知るだけでも、その薬の危険度が十分にわかる。
とりあえず永琳製ならば飲むことはやめておこうと、慧音は決めた。
「強めの栄養剤だってさ。作ったのはれーせんちゃん。
この薬の効き目を知りたいから、誰か飲んでくれる人いないか聞かれて思い出したの。
この前、疲れてるって言ってたでしょ? だから持ってきたのよ」
「つまり試飲しろってことだな? それで金を取るつもりか」
「ありゃばれた。じゃあただでいいよ。せっかく団子でも買おうって思ったのに」
ぺろりと舌を出し悪びれずにてゐは薬を差し出す。
「まだ飲むとは言ってないのだが。
まあいい、鈴仙ならばおかしなものは作るまい」
てゐの言葉を全部信じたわけではない。だが言葉に嘘をあまり感じられなかったことと鈴仙製というのが、飲んでもいいと思った決め手。
てゐ自身もこの薬をちょっとかわった栄養剤と思っているので、嘘が感じられないのは仕方ない。
永遠亭の最後の常識人鈴仙。その名は慧音の警戒を緩めるのに効果抜群だ。
この二つの要因で慧音はほれ薬を口にしてしまう。
「どう? 味とか、おかしなとことかある?」
わくわくとした様子を隠しつつてゐは聞く。
「特にどこかおかしいということはない。少し苦味があるだけだ」
永琳の推測は当たっていた。さすがあらゆる薬を作る程度の能力を持つ薬師だ。
「おかしなところはないんだ」
どこも変わった様子のない慧音を見てつまらない顔のてゐ。
本当にただの栄養剤だったのかと期待が外れ面白くなさそうだ。
てゐがそう思っていたとき、慧音がうめき声を出して地面に膝をつく。
「ちょっとだいじょぶ!?」
口では心配しているが、心の中ではきたー! と喜んでいる。
心配するふりをしたてゐが慧音に近づき、肩に手を置く。
その手を掴んで慧音がゆっくりと顔を上げてゐを見る。
瞳は潤み、頬は赤く染まり、僅かに開いた口からは艶かしい舌がちらりと見える。
掴んだ手はしっかりとされど壊れものを扱うように丁寧に握られている。
浮かぶ表情は何かを欲っし、ようやく求めたものを手に入れて満足気で妖しげなもの。
瞳の奥には情欲の炎が燃えている。
「ど、どしたの?」
嫌な予感のしたてゐは引きながら聞く。けれどもその場からは動けない。しっかりと手を掴まれているせいだ。
問いに答えず慧音はじっとてゐは見ている。掴んだ手は両手で握りこむ。白くぷにっとした手を楽しむかのように指が蠢く。
その感触に嫌な予感がさらに増したてゐは、手を振りほどこうと頑張ってみた。
勢いよくぶんぶんと腕を動かしようやく解ける。
それに慧音が「あっ」と小さな呟きを漏らす。
「じゃ、じゃあわたしは帰るね」
しゅたっと手を挙げ最速でその場を離れようとする。
それを慧音が止める。
「待ってくれ! 我が主よ!」
予想していなかった言葉にてゐがこけた。
「大丈夫か!?」
こけたことを心底心配して駆け寄る。
てゐを立たせ汚れを払っていく。その際にスカートの中に手が入ったことでてゐは再起動。
スカートを押さえて、素早く離れる。
「ちっ」
残念だとわかりすぎるくらいの表情で舌打ちをした慧音。
表情を不思議そうなものへころりと変え、
「なぜ離れるんだ」
「あんたがおかしいからよ」
「私のどこかおかしい」
「主って言ったり、スカートの中に手を入れたりよ!」
「?」
本気で首を傾げている。本人はおかしなことだと思っていないのだろう。
「心の欲するままに行動しただけだぞ。
それは悪いことなのか?」
「うっ」
てゐとしては反論したくとも反論できない。普段の自分も心の赴くまま悪戯しているから。
ここでなんとか反論しておくべきなのだが、その機会を逃したてゐに何か言うことはできない。
できることは手をわきわきとさせ近づいてくる慧音から逃げることだけだった。
「助けてーれーせんちゃーん!」
慧音から逃げるてゐは永遠亭近くまできていた。
へるぷみーえーりんは輝夜だけのものなので、かわりにへるぷみーれーせん。
そのあとを追いかけてきた慧音も一緒だ。
本気で助けを求めるてゐとは違って、慧音はおいかけるというシチュエーションを楽しんでいる。
こういった単純なプレイもいいなときたもんだ。
「どうしたの!」
助けを求める声が聞こえたウドンゲが永遠亭から出てくる。永琳と輝夜も何事かと一緒に出てきた。
てゐはウドンゲに勢いよくぶつかり抱きついた。受けとめきれずウドンゲはてゐと一緒に転ぶ。
「いったぁ。どうしたのよ?」
「おかしくなった慧音が来る!」
震えながら後ろを指差す。
そこにはてゐのめくりあがったスカートからのぞく太ももに、視線くぎづけな慧音がいる。
それに気づいたてゐは素早い動きで太ももを隠す。
「慧音、なんでてゐと一緒に?」
「そういったプレイの最中だからな」
「は?」
意味のわからない返答にどういった反応をすればいいのかわからないウドンゲ。
「れーせんちゃんの作った栄養剤を飲ませたらああなったの」
「栄養剤? …………あ、昨日のあれ飲ませたのね!?
あれってほれ薬よ!」
んな゛っと自分が飲ませたものを知って硬い悲鳴を上げるてゐ。
「やっぱり罠仕掛けていたほうがよかったかしら。
ちょっと困ったことになったわね」
そう言うのは永琳だ。実はてゐが薬に関心を持っていたことに気づいていた。面白そうだからとほおっておいたのだ。
それを聞いても今の状況が正確には掴めない輝夜が永琳に聞く。
「つまりどうことなのよ?」
「昨日ウドンゲに作らせてみたほれ薬を、てゐが悪戯目的で慧音に飲ませたのでしょう。
てゐはあれがほれ薬だと知らなかったようですが」
「自業自得じゃない」
「ですね」
あっさりと言い捨てた輝夜に永琳も同意。
「えーりん様助けてください! えーりん様ならできるでしょう!?」
「師匠、私からもお願いします」
見捨てられる、もしくはしばらくこのままになると焦ったてゐは、なんとか助けてもらおうとする。
「でもねうどんげ? そんな泣き顔のてゐもそそられるものがあるでしょう? もうしばらくはこのままでも」
言われてウドンゲはてゐを見る。たしかに自分の胸元には普段見れないてゐが。思わずそれもいいかもと思ってしまう。
静かな慧音は永琳と同じで半泣き顔のてゐを満喫している。
この場にてゐの味方がいなくなりそうになったとき、さらに登場人物が現れた。
「どうしたんだよ、騒がしい」
慧音の声が聞こえたのでやってきたのだろう竹林から妹紅が姿を現した。
声の内容が聞こえていたら、本当に慧音なのか悩んでやってくることはなかったかもしれない。
「あんたの好きな妹紅がきたわよ! わたしじゃなくて妹紅にその気持ちをむけろー」
「なんなんだ?」
震えた声でなんとか関心を妹紅に擦り付けようと声を上げるてゐと状況のわかっていない妹紅。
「たしかに妹紅の手の平サイズの胸や、幼児のようなぽかぽかボディや、輝夜に素直になれず落ち込んでしょんぼりした姿や、好きだの一言が
言えず悶える姿が好きだ!」
「な、なに言ってる慧音!?」
「だが! 今日私は真理を得た!
つるぺた、ロリ、悪戯っ子はジャスティス!
今日この素晴らしい日をつるぺたの日とする!」
強く握った拳を突き上げ慧音は宣言した。今は歴史は作れないはずだが、勢いだけでそういった歴史を作り上げてしまいそうだ。
そして今が満月ならば、間違いなくそういった歴史を作っていた。
「わたしはあんたより年上だからロリじゃない!」
「年齢は関係ないんだ。見た目が大事なんだ」
叫ぶてゐに真顔で説く慧音。
いろいろと駄々漏れな壊れた慧音を見た妹紅はふるふると震え、
「こんなの慧音じゃない!」
泣きながら走り去った。肉体的には異常に打たれ強いが、精神のほうはそうでもなかったらしい。
妹紅の泣き顔を見た輝夜が人知れず胸キュンしていた。
「師匠、これって本当にほれ薬なんですか? 違った効果なような」
「変態化してるしねぇ。作る工程で違いがでたせいかしら。
この薬をウドゲ酸ヘンタイカスールと名づけましょう」
「私が変態になるみたいじゃないですか!
それにその名前は成分っぽいですよ!」
「あら? それじゃあ、ほれ薬変態化verで」
師弟が微笑ましい会話をしている間に、見ているだけでは我慢できなくなった慧音がてゐをさらっていた。
それにウドンゲは気づいていない。てゐを抱いたままの格好で話を続けている。
なんとか体をまさぐる慧音から離れたてゐは、再び捕まらないように警戒している。
「名前はいいですからいいかげん慧音を元に戻しませんか?」
「うんと言いたいところだけど、媚薬やほれ薬や悪戯用の薬ばかり作っていて、効果を打ち消すような薬ってそんなに作ったことないのよ。
今から作るとなると、ちょっと時間かかるわね」
「悪戯目的ですか?」
永琳の言葉に聞き逃せないものがあったウドンゲは、師匠に対する敬意がなくなることを覚悟して問う。
それにまったく悪びれず永琳はあっさりと答える。
「ええ、あなたをアフロにしてみたり」
「あれって悪戯だったんですか!? てっきり失敗したせいだと」
「あらゆる薬を作る程度の能力を持つ私が、そうそう失敗するわけないでしょう?」
「それじゃあ猫耳になったり、てゐと体が入れ替わったり、イナバたちが合体したりしたのも!?」
「全部狙った効果が出たわね。
そんな些細なことは置いといて、てゐを助けるのに手っ取り早いのは、慧音に薬を飲んだという歴史を消してもらうことなんだけど」
落ち込むウドンゲを無視して、ちらりと慧音を見る。
「そのめくれたスカート奥に見える白が私に明日を生きる活力を与えてくれる!」
「見るなー!」
スカートを押さえ逃げるてゐと一瞬のチャンスに目を鋭くし追う慧音。
「あれじゃあ頼めそうにないわっていうか頼む気が起きない」
「……だから師匠がどうにかしてください」
「そうねぇ」
なぜか乗り気ではない永琳。ほんの少しだけ永琳から苛立ちみたいなものが感じられる。
「もう妹紅ったら!」
いきなりくねくねと輝夜が照れだした。その目はキラキラと輝いて、まるでベルサイユのバラに出てくるマリーアントワネットのようだ。
「どうされたのですか姫」
「ああっ永琳、長年仕えてくれた貴方の愛を裏切る私を許してほしいの!
私はこの気持ちに嘘はつけない! 妹紅のもとへ行くわ!」
「それが姫の気持ちならば、この永琳潔く身を引く所存です」
「ありがとう永琳!」
慧音の言葉や泣き顔の妹紅を見て燃え上がるものがあった輝夜は妹紅を追って去っていく。
永琳お表情に浮かぶのは寂しさ……ではなく、どこかさわやかなもの。問題が解決したと言わんばかりの不敵な表情だ。
えらくあっさりと身を引いたのは何か思惑があるかららしい。
「さて薬を作りましょう!」
「急に気合が入りましたね師匠」
「姫が妹紅を追ってくれたおかげで、私も新しい恋をできるから!」
「新しい恋?」
「慧音とね」
ポッと頬を染め照れる永琳は素敵だ。少し前の妖しく不敵な表情がなければの話だが。
いつのまに慧音を狙うようになったのか。それは輝夜と妹紅の死合の度に出会うことが発端だ。
もう少し仲良くしてくれないかと話し合ううちに、いいなと思うようになったとのこと。
輝夜の行動は永琳にとって都合がよかった。少し前に感じられた苛立ちは、想い人が自分ではなくてゐばかり見ていたことからきていたの
だろう。
「私は薬を作ってくるから、ウドンゲあなたはあの二人が18禁な世界に突入しないように見張ってなさい」
「はあ」
やる気に満ちた永琳が永遠亭に入っていくのを見送るウドンゲ。
どこか呆れた表情になるのも仕方ないのかもしれない。
見張り始めて少ししたとき、空から文が降りてきた。
「こんにちわ、号外書いたんですけどどうですか?」
「号外って珍しいわね」
「面白いネタを見つけたんで急いで書いてみました」
「へー見せて」
ポケットからお金を出して渡す。
「毎度~それじゃ私はほかの場所へ行きますね」
「ほかでも売れるといいわね」
「すでにここのお姫様に売れましたよ」
「姫様も買ったんだ」
慧音とてゐに全く触れず文は空へと消える。おかしな言動を繰り返す慧音を見て、ネタを探す記者の本能よりも生物の本能が触れると危険だ
と告げたのか。
二人から目を離さないように気をつけつつウドンゲは、新聞を読んでいく。
『紅魔館立てこもり事件発生!
本日昼過ぎ、湖近くの赤い屋敷で立てこもり事件が起きました。
実行犯は炎を纏い窓から突入。屋敷のあちこちを飛び回ったあと、図書館にてパチュリー・ノーレッジ氏を人質にして立てこもり。
人の精神を正常に戻す薬を要求するという、自分のことをよくわかった要求を出しています。
犯人をフジヤマヴォルケイノ(仮名)と名づけ、紅魔館のメイドたちは対策本部を設立。
犯人の求めに応じるという声が強いようですが、それを実行できる人が人質なため会議は荒れた様子を見せています。
メイド長にインタビューしたところ、
「このまま連れ去ってくれないかしら? そうすれば仕事が減るのに」
という人質を心配した心温まるコメントをいただけました。
当社では引き続き、この事件を追うことにしています。
何か情報があれば当社の記者へと連絡をお願いします』
「何してるのかしら妹紅」
薬なら師匠に頼めばいいのにと思うウドンゲ。
しかし直感で慧音のおかしくなった原因が永遠亭にあるとわかった妹紅には、永琳に頼むという選択肢は浮かばなかった。
その直感が当たっているだけに、無理もないことだと思う。
「てゐ分が足りないっ。今すぐ補給しないと!」
「そんなものは永遠に足りないでいいだろー!」
「あのしっとりとしているのにむっちりとした太もも、さらっとぷにっとしたお腹! 絶対もう一度触る!」
「触るなー!」
相変わらずな二人を見て、少しだけ楽しそうだとこの状況に慣れ始めたウドンゲは思ってしまう。
私もてゐを追いかけだしたら、どんな表情になるかとSっ気が出始め、いやいや止めておいたほうがいいと良心が叫ぶ。
悩んでいるうちにけっこう時間が過ぎたのか、号外その弐を持った文が再びやってきた。
「号外の続きどうですかー?」
「さっきの続きよね?」
「そうですよ」
「どうなったか気になるしもらうわ」
「毎度あり!」
新聞を渡した文は飛び去っていく。
悩みをとりあえず置いといて、新聞に目を通す。
『湖にUMA!?
ここ数ヶ月で流れ始めた噂に湖のUMAというものがある。
これを興味が湧いた私は早速調査に乗り出した。
湖周辺に住む住民から情報を集めたところ、バケツに平らなシャンプーハットをつけ、さらにバケツ底に二つの球体をつけたものが空を飛ぶ
という明確な姿になった。
この湖でよく散歩するという洩矢諏訪子氏だけは、一回もそのUMAを見たことがないとのこと。
これは洩矢諏訪子氏を恐れてUMAが出てこないのだろうか?
引き続き調査したい。
追伸 このUMAを私はスッシーと呼ぶことにした』
「なにこれ?」
文から受け取った新聞には、紅魔館とは全く関係ないことが書かれていた。
よく見ると新聞が二枚重なっている。今読んでいる新聞の下に、読みたかった新聞がある。
おそらく読んだ新聞は、書きかけのものが紛れ込んだのだろう。
ウドンゲは読んでいたものを投げ捨て、読みたかった新聞を読み始める。
『紅魔館で結婚おめでとう!?
立てこもりの起きた紅魔館で進展がありました。
ふらりとやってきた蓬莱山輝夜氏が図書館に乗り込み、フジヤマヴォルケイノ氏との婚約を突然発表!
かねてより仲の悪かった二人が婚約したことに、全紅魔館員は驚きの声を上げています。
婚約の勢いのままフジヤマヴォルケイノ氏を連れた輝夜氏は、睡眠中のレミリア・スカーレット氏を叩き起こし、陽光の照らす紅魔館の庭で
結婚式を行いました。
式の準備の間にお二人へと、どのようなプロポーズだったのかインタビュー。
「そうあれは私がパンがなくてお餅を食べようとしていたときです。
お餅は網焼きにかぎると思っていたのですが、火がなくて困っていたところに現れたのがこの人なんです」
「火の扱いは私の得意分野だからね、強火であぶってあげたさ」
「墨になるまであぶるこの人を見て、私にはこの人しかないとプロポーズをしました」
「墨を頬張るこいつを見て愛しくなった私は、そのプロポーズを受けたのさ」
素晴らしいプロポーズです。誰もが憧れるプロポーズですね。
仕事中の門番さんからも、
「お餅は煮て、砂糖醤油で食べるのが一番です」
という祝いの寝言をいただけました。
無事に式を終えた新郎新婦は新婚旅行の目的地であるマヨヒガへと向かいました。
なお体を灰にしながらも立派に神父役を務めたレミリア氏を、メイドたちは歓声を上げて悲しむふりをしました。
その歓声に怒ったレミリア氏は即座に復活。メイドたちに一週間おやつ抜きという厳しすぎる罰を与えました。
その罰に紅魔館労働組合は横暴だと抗議の声を上げています。
メイドたちは銀のナイフ、木の杭、ニンニクを持って紅魔館大広間にて集会を開いている模様。
この騒ぎにのりおくれたフランドール・スカーレット氏が破壊する能力を使用し、この騒ぎを壊したことで事態は沈静化。
立てこもり、結婚式がなかったこととして全て白紙に戻されました。
未確認情報として、新婚旅行中の新郎新婦の関係も白紙化されマヨヒガにて弾幕勝負が勃発したと入ってきています。
これが外の世界でいう成田離婚というものなのでしょうか?
追伸 人質であったパチュリー氏は全身ヤケドのため全治一年という情報を主治医である小悪魔氏からいただけました』
「うわぁ。すごいことになってるね」
混沌とした新聞をそれだけの感想で済ませる。
「手を入れるなー!」
てゐの叫びが辺りに響く。
ウドンゲが新聞に集中している間に、慧音がとうとうてゐを捕まえていた。
慌てて二人に近寄って離そうとするが、逃れようとじたばた暴れるてゐのせいで上手くいかない。
スカートの中に入った手が胸へと届こうかとしていたとき、不意に慧音の動きが止まる。
「私はなにをしているんだ?」
「あ、薬の効果が切れた?」
「薬?」
ご丁寧に暴走していた記憶が消え首を傾げる慧音。もしかすると思い出すことが嫌で、自ら心の奥底に封印しただけかもしれない。
てゐは今のうちに慧音から離れ、ウドンゲにしがみつく。
そのてゐを宥めつつ、軽く事情を説明していく。
「薬が効きすぎてハッスルしてたのよ」
「そうなのか。てゐがなぜか怯えているのもそれが原因なのか?」
大雑把過ぎる説明に納得する。
無意識に詳しい説明をうけることを避けたのだろう。
「まあね」
「それはすまないことをした」
里人との約束を思い出した慧音は謝罪は後日と言って、急いで里へと帰っていった。
これにより今回の騒動はあっさりと幕を閉じた。
後日談
永琳はウドンゲの作った薬をいくつか再現し、幻想郷の誰かと何度か一夜のアバンチュールを楽しむ。
だが自分にぞっこんなのは楽しかったけど、もう少し抵抗してくれたほうがもっと楽しいと言って、この薬を作ることをやめた。
その後は、割と真面目に慧音を落とそうと頑張っている。
慧音はいつもどおり過ごしている。
ただ、妹紅が自分と少し距離を置くようになったことを寂しく思う一方で、自立しようとしているのだなと嬉しく思っている。
その考えが違うとわかったとき、慧音はどういった反応を見せるのか。
てゐはほんの少しだけ悪戯を控えるようになった。
そして、より慎重に悪戯をするようになった。
慧音にたいしては軽くトラウマができたらしい。
ウドンゲは師匠にたいして今までのように無条件で信頼はできていない。
薬師としての腕は確かなので尊敬はしている、でもそれとこれは別ということ。
輝夜と妹紅は相変わらず死合ばかり。
しかしどこか互いに親愛の笑みを浮かべ弾幕勝負しているようにも見える。
文は本当のことを書いたのに、事件がなくなったことになり嘘を報じたとして、信頼を落とした。
スッシーのネタで信頼を取り戻そうと頑張っている。
一番の被害者かもしれないマヨヒガ一同は、滅茶苦茶になった家の片付けに一週間かかったらしい。
紅魔館は事件がなかったことになったので、変わりようがない。
いつもの日常を送っている。
永淋は未亡人ってイメージがあるから独り身で良いと思う。