※旧作分が含まれています。
※春のせいか少し春度があるのでそれもご注意下さい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……届いた?」
「多分ね」
「じゃあ、準備しましょうか」
「ええ、成功したらあの子もきっと驚くわ」
『― 夢幻物語 ―』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えーっと、次は……」
リグル・ナイトバグは『蟲の知らせサービス』の為に早朝から忙しそうに里を回っていた。
ようやく佳境を迎えたのでさあもうひと踏ん張りだよ、と蟲達に指示を出す。
「うん、君はあそこが終わったら森に戻っていいよ。ご苦労様」
依頼書にちょいちょいと×印をつける。
まだ『春』というには早いこの時期、
蟲手不足のためにリーダーであるリグルも民家に突っ込んで行き、
朝ですよーとやさしく揺り起こしてやる事もしばしばあった。
「まったく、なんで冬の初めとか春の来る直前に利用するかなあ」
出来れば蟲を大量に指揮できる春先や夏に利用してもらいたいものだが、
客の都合なのだからそれはしょうがない。
というかそれを言うならこの時期でも請負出来るようにした自分に非があるだろう。
大方、寒さで出るに出られないのだろう人たちが利用するんだろうなー、
とリグルは思っているが実情は……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おう、今日は運がよかったよ」
「くっそー、今日はリグルちゃん来なかったなあーー」
「俺なんてちょっと起きないふりしてたら上からのしかかられちゃったよ」
『なんだと! かこめかこめ!』
「ま、待て! 冗談、冗談だから!!」
「リグルちゃん可愛いわよねえ」
「うーん、いじりまわしたいっていうか」
「頑張ってるみたいだし今度何かプレゼントしましょうよ」
「やっぱりズボン?」
「あえて女の子っぽいスカートとかどう?」
「なら両方を兼ね備えたキュロットね!」
「上はセーラー!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
下心満載の男たちと少し腐った女子が、
蟲の減る時期に出張るリグルに会いたいがために利用してるだけだった。
……勿論リグルはそんなこと知る由もない。
「うん、よっしラスト!」
と、あれやこれやの内に依頼書が一つを残し×印で埋まり、
最後の依頼はどこかとリグルは場所を見る。
時刻は午前四時前。蛍としてはなるべく夜明けまでに全て終わらせて、
優雅に朝露でも啜りたい。バナジウムとか。
「えー、む、夢幻館?」
まったく知らない場所が出てきた。
「太陽の畑の……先にあるお屋敷かあ」
依頼書は里のポストから投函されているため、
まさか人里から離れたところから依頼が来るとは夢にも思わなかった。
リグルはなんだかちょっと有名になった気がして嬉しくなった。
しかし太陽の畑というとある妖怪が思い出される。
「まさか幽香じゃないよね……?」
太陽の畑を根城としている花の妖怪、風見 幽香だ。
蟲と花という関係もあり、よく話をしたりはするのだが、
いつもなんだかんだで(性的に)突っかかってくる所がリグルは苦手だった。
「そ、そういえば……」
―つい最近のこと―
珍しく幽香がずっとおとなしかったのでのんびりと年頃の少女的な会話をしていたところ、
急に幽香が言い出した。
『あ、そういえば家に来てみない?』
『え。幽香、家持ってるの!? てっきり根無し草かと……』
ついうっかり口が滑ってしまった。
『失礼な、押し倒すわよ?』
『はっ倒すじゃないんだ……ごめん! 謝るから耳に冬虫夏草突っ込まないで!!』
ノーモーションで接近してからのヘッドロック+耳に冬虫夏草はもはや恒例に近くなっていた。
隙の無いヘッドロックで痛いやら柔らかいやらいい匂いがするやらで身動きが全く出来ない。
ちなみにこのときの幽香の顔はすごい楽しそうらしく、
天狗の新聞に写真付きでしっかりと二面を飾っていた。
……そういえば最近あの天狗を見てない気がする。
『……まあいいわ、今日の私は乙女的なんだし』
運命の冒険の悪役みたいなことをのたまって拘束を解いた。
ヘッドロックは乙女的なんかじゃないよと文句を言う気力さえ出ない。
『ああ、そう……』
『で、来ない? 当主として迎えるわよ』
『ま、また今度ね』
――その後は無難に会話して(隙を見て逃げ出して)終わった。
リグルは依頼書の差出人を恐る恐る確認する。
「えー、夢幻館当主、夢月&幻月?」
違った。心底よかったと思う。
もし幽香からだったらなんかトラップ満載だったに違いない。
上から金ダライとか横に吹っ飛ばされる石柱とか……
ともかく、最後の依頼だし人里からじゃ遠いので蟲達は帰らせ、
リグルは太陽の畑の先にあるという夢幻館へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
太陽の畑を通過したが特に誰もいなかった。
幽香がもしいたらこれから向かう『夢幻館』とやらについて聞きたかったのだが、
いないんじゃしょうがない。
「ああ、やっぱり根無し草じゃなかったんだなあ……いや、もしかして土の中に……?」
幽香本人がいたら確実にしばかれていたろう事をリグルは呟いた。
いや、これで土の中から出てきたらホラー以外の何物でもない。
「と、急がなきゃ。日が昇っちゃう」
もうすぐ明け方も近いし、さっさと太陽の畑の奥地へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
太陽の畑の最奥から少し先に進むと、目的地である夢幻館が見えた。
「でかっ!」
少し遠目からでもわかるほど館は大きく、まるで威圧するようにドン、と建っていた。
まさか太陽の畑の先にこんな豪邸があったとは……
館は結界かなにかで全体的に光を遮断しているようで、
かなり陰鬱な感じがするものの、豪勢であることには間違いない。
門前に来ると殊更大きく感じられ、また陰鬱さも増しているように感じる。
こんなトコに誰か住んでいるのだろうか、とリグルは思ったが、
門番(?)がぼーっと突っ立ってるのを見てとりあえず一安心した。
「お、おはようございますー」
降り立って門番らしきヒトに話しかける。
蝙蝠みたいな羽と、金の長い髪、琥珀色の瞳を持ったの少女だった。
高飛車な感じで、あまり門番っぽくは見えないが、多分門にいるのだから門番だろう。
しかし、形は違えど蝙蝠の羽というと紅い屋敷の吸血鬼が思い出され、
いつかの永い夜のことを思い出し、何かされやしないかとリグルはびくびくした。
「んあ、おはよー」
「”蟲の知らせサービス”のリグル・ナイトバグですー」
「はい、聞いてるよ。中へどうぞー。
入ったらでかい鎌持ってる『エリー』ってのがいるから部屋はそいつに聞いてね」
ガラガラと門番の少女はあっさりリグルを中へ通してくれた。
(な、なんか威厳ないヒトだな)
なんにせよ、何にも無くてよかったとリグルが思った矢先、
「あ、あんた」
「は、はいっ!?」
思いついたようにいきなり門番の少女に呼び止められ、
「血液型は?」
と妙な事を聞かれた。
「え、XZ型です」
驚いていたせいで適当なことを言ってしまったのが不味かった。
門番は頭に?を浮かべたような顔になり、
「? 聞いたこと無いなー」
と、琥珀色の双眸でまじまじとリグルの目を見つめながら、近づいてきた。
「え、あ……」
リグルは何故か判らないが動くことも目を背けることも出来ず、ただぼーっとしていた。
気が付けば息がかかるか、かからないかという至近距離になった所で
はっとなり、恥ずかしさに急いで目を背けた。
「ねえ」
まるでおねだりをする子供のような、
しかしそれとは違う少し熱っぽい視線で少女はリグルを見つめ続ける。
首を逸らしながら、ちらりと一度だけ門番を見たリグルの目に、
門番の口から覗く二本の鋭い牙が映った。
「齧っていい?」
「――え?」
ごりっ。と何の前触れも無く真正面から門番はリグルに強く抱きつき、首に噛み付いてきた。
「ぎっ!? 痛い! 断る前に噛まないで! 痛い痛い!!」
リグルがなんとか引き離そうとしたが、
牙が深く刺さっているのか動こうとすると電気が走ったように痛み、動くに動けなかった。
門番の方はというと、自前の牙によってできた二つの傷口をさらに広げるかのように舌で穿ち、
流れ出る血を啜り始めた。
ちゅー
「苦いなー。A型にB型を少し混ぜた感じかな」
「そ、それAB型じゃ……くあ、苦いんなら離してー!」
――
「あ、っく……」
「ん、苦いのは割と嫌いじゃないよ」
――
「――うあっ、な、なんか……」
ぱっ
「おっと。危ない」
なんだか妙な気分になりそうだった直前、門番が首筋から口を離した。
吸われたのは4秒ほどで、
そう多く血を吸われた訳でもないのに何故か体に力が入らず、リグルは門番へと倒れこんだ。
「いやー、ごめんね。後もう少しで下僕にするところだった」
あはははと門番のヒトは口の回りを真っ赤にして気楽に笑うがリグルはそれどころじゃない。
「うああ……」
頭の中がぐらぐらし、呼吸が乱れて息をしようにもうまく出来ない。
まるで身体全体が熱を持ったようだった。
「うん、まあ吸血鬼の『吸血』には崔淫効果があるからね」
「うう……」
「あんたは割と好みだから後で気が向いたら相手してあげるよ」
「あ……と……って」
「ん? それともぉ」
妖艶な笑みを浮かべつつ、口を自分の耳元に近づけ、
「――いま”しようか”ぁ?」
そう囁き、まだ血が流れ出ている首筋を赤い舌でちろり、と舐めてきた。
「ひっ」
ドンッ
咄嗟に門番のヒトを地面に突き飛ばす。
「お、っと」
「わ、わああ!!」
ふらふらになりながらも必死で屋敷へとなんとか逃げ込んだ。
あのままぼーっとしてたら絶対なにかされていただろう。
――門番のヒトの笑い声が聞こえる。
「あはは! 私はくるみ、吸血鬼だよー! 覚えときなー! あっはっはっはっは!」
やっぱり吸血鬼は怖い。
改めてリグルは実感した。
(こんなことなら、幽香に呼ばれてた方が良かった……!)
ただ目の前の恐怖から逃げたいが為に、何も考えず夢幻館へと入ってしまった。
それがどういうことに繋がるか、リグルはまだ知らない。
――バタン。
(夢編・了)
※春のせいか少し春度があるのでそれもご注意下さい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……届いた?」
「多分ね」
「じゃあ、準備しましょうか」
「ええ、成功したらあの子もきっと驚くわ」
『― 夢幻物語 ―』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えーっと、次は……」
リグル・ナイトバグは『蟲の知らせサービス』の為に早朝から忙しそうに里を回っていた。
ようやく佳境を迎えたのでさあもうひと踏ん張りだよ、と蟲達に指示を出す。
「うん、君はあそこが終わったら森に戻っていいよ。ご苦労様」
依頼書にちょいちょいと×印をつける。
まだ『春』というには早いこの時期、
蟲手不足のためにリーダーであるリグルも民家に突っ込んで行き、
朝ですよーとやさしく揺り起こしてやる事もしばしばあった。
「まったく、なんで冬の初めとか春の来る直前に利用するかなあ」
出来れば蟲を大量に指揮できる春先や夏に利用してもらいたいものだが、
客の都合なのだからそれはしょうがない。
というかそれを言うならこの時期でも請負出来るようにした自分に非があるだろう。
大方、寒さで出るに出られないのだろう人たちが利用するんだろうなー、
とリグルは思っているが実情は……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おう、今日は運がよかったよ」
「くっそー、今日はリグルちゃん来なかったなあーー」
「俺なんてちょっと起きないふりしてたら上からのしかかられちゃったよ」
『なんだと! かこめかこめ!』
「ま、待て! 冗談、冗談だから!!」
「リグルちゃん可愛いわよねえ」
「うーん、いじりまわしたいっていうか」
「頑張ってるみたいだし今度何かプレゼントしましょうよ」
「やっぱりズボン?」
「あえて女の子っぽいスカートとかどう?」
「なら両方を兼ね備えたキュロットね!」
「上はセーラー!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
下心満載の男たちと少し腐った女子が、
蟲の減る時期に出張るリグルに会いたいがために利用してるだけだった。
……勿論リグルはそんなこと知る由もない。
「うん、よっしラスト!」
と、あれやこれやの内に依頼書が一つを残し×印で埋まり、
最後の依頼はどこかとリグルは場所を見る。
時刻は午前四時前。蛍としてはなるべく夜明けまでに全て終わらせて、
優雅に朝露でも啜りたい。バナジウムとか。
「えー、む、夢幻館?」
まったく知らない場所が出てきた。
「太陽の畑の……先にあるお屋敷かあ」
依頼書は里のポストから投函されているため、
まさか人里から離れたところから依頼が来るとは夢にも思わなかった。
リグルはなんだかちょっと有名になった気がして嬉しくなった。
しかし太陽の畑というとある妖怪が思い出される。
「まさか幽香じゃないよね……?」
太陽の畑を根城としている花の妖怪、風見 幽香だ。
蟲と花という関係もあり、よく話をしたりはするのだが、
いつもなんだかんだで(性的に)突っかかってくる所がリグルは苦手だった。
「そ、そういえば……」
―つい最近のこと―
珍しく幽香がずっとおとなしかったのでのんびりと年頃の少女的な会話をしていたところ、
急に幽香が言い出した。
『あ、そういえば家に来てみない?』
『え。幽香、家持ってるの!? てっきり根無し草かと……』
ついうっかり口が滑ってしまった。
『失礼な、押し倒すわよ?』
『はっ倒すじゃないんだ……ごめん! 謝るから耳に冬虫夏草突っ込まないで!!』
ノーモーションで接近してからのヘッドロック+耳に冬虫夏草はもはや恒例に近くなっていた。
隙の無いヘッドロックで痛いやら柔らかいやらいい匂いがするやらで身動きが全く出来ない。
ちなみにこのときの幽香の顔はすごい楽しそうらしく、
天狗の新聞に写真付きでしっかりと二面を飾っていた。
……そういえば最近あの天狗を見てない気がする。
『……まあいいわ、今日の私は乙女的なんだし』
運命の冒険の悪役みたいなことをのたまって拘束を解いた。
ヘッドロックは乙女的なんかじゃないよと文句を言う気力さえ出ない。
『ああ、そう……』
『で、来ない? 当主として迎えるわよ』
『ま、また今度ね』
――その後は無難に会話して(隙を見て逃げ出して)終わった。
リグルは依頼書の差出人を恐る恐る確認する。
「えー、夢幻館当主、夢月&幻月?」
違った。心底よかったと思う。
もし幽香からだったらなんかトラップ満載だったに違いない。
上から金ダライとか横に吹っ飛ばされる石柱とか……
ともかく、最後の依頼だし人里からじゃ遠いので蟲達は帰らせ、
リグルは太陽の畑の先にあるという夢幻館へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
太陽の畑を通過したが特に誰もいなかった。
幽香がもしいたらこれから向かう『夢幻館』とやらについて聞きたかったのだが、
いないんじゃしょうがない。
「ああ、やっぱり根無し草じゃなかったんだなあ……いや、もしかして土の中に……?」
幽香本人がいたら確実にしばかれていたろう事をリグルは呟いた。
いや、これで土の中から出てきたらホラー以外の何物でもない。
「と、急がなきゃ。日が昇っちゃう」
もうすぐ明け方も近いし、さっさと太陽の畑の奥地へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
太陽の畑の最奥から少し先に進むと、目的地である夢幻館が見えた。
「でかっ!」
少し遠目からでもわかるほど館は大きく、まるで威圧するようにドン、と建っていた。
まさか太陽の畑の先にこんな豪邸があったとは……
館は結界かなにかで全体的に光を遮断しているようで、
かなり陰鬱な感じがするものの、豪勢であることには間違いない。
門前に来ると殊更大きく感じられ、また陰鬱さも増しているように感じる。
こんなトコに誰か住んでいるのだろうか、とリグルは思ったが、
門番(?)がぼーっと突っ立ってるのを見てとりあえず一安心した。
「お、おはようございますー」
降り立って門番らしきヒトに話しかける。
蝙蝠みたいな羽と、金の長い髪、琥珀色の瞳を持ったの少女だった。
高飛車な感じで、あまり門番っぽくは見えないが、多分門にいるのだから門番だろう。
しかし、形は違えど蝙蝠の羽というと紅い屋敷の吸血鬼が思い出され、
いつかの永い夜のことを思い出し、何かされやしないかとリグルはびくびくした。
「んあ、おはよー」
「”蟲の知らせサービス”のリグル・ナイトバグですー」
「はい、聞いてるよ。中へどうぞー。
入ったらでかい鎌持ってる『エリー』ってのがいるから部屋はそいつに聞いてね」
ガラガラと門番の少女はあっさりリグルを中へ通してくれた。
(な、なんか威厳ないヒトだな)
なんにせよ、何にも無くてよかったとリグルが思った矢先、
「あ、あんた」
「は、はいっ!?」
思いついたようにいきなり門番の少女に呼び止められ、
「血液型は?」
と妙な事を聞かれた。
「え、XZ型です」
驚いていたせいで適当なことを言ってしまったのが不味かった。
門番は頭に?を浮かべたような顔になり、
「? 聞いたこと無いなー」
と、琥珀色の双眸でまじまじとリグルの目を見つめながら、近づいてきた。
「え、あ……」
リグルは何故か判らないが動くことも目を背けることも出来ず、ただぼーっとしていた。
気が付けば息がかかるか、かからないかという至近距離になった所で
はっとなり、恥ずかしさに急いで目を背けた。
「ねえ」
まるでおねだりをする子供のような、
しかしそれとは違う少し熱っぽい視線で少女はリグルを見つめ続ける。
首を逸らしながら、ちらりと一度だけ門番を見たリグルの目に、
門番の口から覗く二本の鋭い牙が映った。
「齧っていい?」
「――え?」
ごりっ。と何の前触れも無く真正面から門番はリグルに強く抱きつき、首に噛み付いてきた。
「ぎっ!? 痛い! 断る前に噛まないで! 痛い痛い!!」
リグルがなんとか引き離そうとしたが、
牙が深く刺さっているのか動こうとすると電気が走ったように痛み、動くに動けなかった。
門番の方はというと、自前の牙によってできた二つの傷口をさらに広げるかのように舌で穿ち、
流れ出る血を啜り始めた。
ちゅー
「苦いなー。A型にB型を少し混ぜた感じかな」
「そ、それAB型じゃ……くあ、苦いんなら離してー!」
――
「あ、っく……」
「ん、苦いのは割と嫌いじゃないよ」
――
「――うあっ、な、なんか……」
ぱっ
「おっと。危ない」
なんだか妙な気分になりそうだった直前、門番が首筋から口を離した。
吸われたのは4秒ほどで、
そう多く血を吸われた訳でもないのに何故か体に力が入らず、リグルは門番へと倒れこんだ。
「いやー、ごめんね。後もう少しで下僕にするところだった」
あはははと門番のヒトは口の回りを真っ赤にして気楽に笑うがリグルはそれどころじゃない。
「うああ……」
頭の中がぐらぐらし、呼吸が乱れて息をしようにもうまく出来ない。
まるで身体全体が熱を持ったようだった。
「うん、まあ吸血鬼の『吸血』には崔淫効果があるからね」
「うう……」
「あんたは割と好みだから後で気が向いたら相手してあげるよ」
「あ……と……って」
「ん? それともぉ」
妖艶な笑みを浮かべつつ、口を自分の耳元に近づけ、
「――いま”しようか”ぁ?」
そう囁き、まだ血が流れ出ている首筋を赤い舌でちろり、と舐めてきた。
「ひっ」
ドンッ
咄嗟に門番のヒトを地面に突き飛ばす。
「お、っと」
「わ、わああ!!」
ふらふらになりながらも必死で屋敷へとなんとか逃げ込んだ。
あのままぼーっとしてたら絶対なにかされていただろう。
――門番のヒトの笑い声が聞こえる。
「あはは! 私はくるみ、吸血鬼だよー! 覚えときなー! あっはっはっはっは!」
やっぱり吸血鬼は怖い。
改めてリグルは実感した。
(こんなことなら、幽香に呼ばれてた方が良かった……!)
ただ目の前の恐怖から逃げたいが為に、何も考えず夢幻館へと入ってしまった。
それがどういうことに繋がるか、リグルはまだ知らない。
――バタン。
(夢編・了)
もっと旧作キャラに光を当ててくれる書き手さんが現れてくれる事を願って。
続きも楽しみにしてます。