カリスマなんて飾りです! 偉か人にはわからんとです!
時刻は正午を過ぎたあたり。屋外では太陽が頑張っている時間だ。
ときおり朝起きて、夜寝る。そんな真人間のような生活を行う変わった吸血鬼のいる紅魔館。
太陽光を入れないように、しかし部屋が暗くなりすぎないように、そんな絶妙な光の透過具合のカーテンが使われた紅魔館主の部屋。
そこでレミリアは手にした本をテーブルへと置いて、咲夜の名を囁いた。
誰かを呼ぶというには小さすぎる声だが、咲夜はそれを聞き逃すことなく、音もなく主のもとへと現れた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、少し聞きたいことがな」
幼い容姿とは違い、落ち着いて威厳に満ちた言葉遣いで答える。
「なんなりと」
「紅の霧を撒き散らしたあたりからだろうか、私に対する印象が変わってきているのではないかと思ってな」
「と言いますと?」
咲夜はレミリアが何を言いたいのか半ば予想はついていた。
それでも出すぎた真似はしないようにと、素知らぬふりで先を促す。
「私は吸血鬼だ。夜を支配する種族だ。
数々の弱点はあるものの、それを補って余りある強さを持つ最強の一角を担う存在だと自負している。
そしてそれはこの幻想郷に来ても変わってない」
「そのとおりだと」
咲夜の頷きに満足そうな笑みを浮かべる。
しかしその笑みもすぐに消え。
「だが、だがな。
世間では、れみりあうー。カリスマ落としてますよ。へたれみりあ。などと言われている。
なぜだ!? あの者たちにはこの満ち溢れる威厳が見えてないというのか!」
「特殊な嗜好の持ち主の言うことです。お気になさらぬほうがよいかと」
「しかしっ万物をひれ伏せさせることのできるこの私が虚仮にされたままでは!」
興奮しかけるレミリアを落ち着かせたあと咲夜は発言の許可を求める。
「許す」
「ありがとうございます。
叱責覚悟で申し上げますが。お嬢様の威厳は紅霧異変以前から徐々になくなっておりました」
「なんだと!? 具体的なことを言ってみろ」
「はい。まず好物がハンバーグやカレーと言ったお子様向けに変わったことです」
「美味しいからしょうがないじゃない」
口調が容姿に見合ったものに変わる。
それに咲夜はほんのわずかに反応するが、すぐに続ける。
「仮にも数百年生きてきて、この好物はないかと。
せめて吸血鬼らしく血の滴るレアステーキといったものにしておいたほうが」
「血なまぐさいからレアは嫌いよ」
「吸血鬼の言うセリフではありません」
「そうかもしれないけど。
次は?」
「眠られるときに博麗の巫女や妹様のぬいぐるみを抱えていることもです」
「だって咲夜一緒に寝てくれないし」
「活動時間が違いますから。
一時的に生活スタイルを変えることはできますが、ずっとそれを続けることは不可能です」
「一人寝は寂しいのよ」
「妹様はお一人で寝ていらっしゃいますが?」
「フランはフラン。私は私」
「都合のいい言い訳です」
「ほう?」
おもわず出た咲夜の言葉を受けて、じわりとレミリアから重圧感が発せられる。
常人ならば無理だと思いつつもすぐに逃げをうつこの状況で、咲夜は少しも動じず頭を下げた。
「口が過ぎました。申し訳ありません」
「まあいい。ほかには?」
「何かを行う際にどこか抜けた部分があることです」
「細かい部分を考えるのが苦手なのよ。そこをフォローするのがあなたの役割でしょう」
「承知しております。
そうですね、これくらいかと」
「そうか…………ふむ。
つまりそれらを改善すれば私はカリスマに満ち溢れていると認識されるわけだな?」
「それはどうでしょうか?」
得たと思った解答を否定されレミリアは不思議そうな表情となる。
「どういうことだ?」
「そもそもカリスマとはどういったものなのでしょう?」
「私の質問に答えるのが先だろう」
「いえ、これからの話に関係してくるのです」
「……なんだかわからないが人を惹きつけ、すごいと思わせる気配。
そのようなものだと私は考えているが?」
「私も同じ意見です。
しかし、あやふやなものでもなにかしらの方向性はあると思うのです」
レミリアは無言で先を促す。
「今までのお嬢様は威厳でもってカリスマを出されていました」
「ああ、そうだ」
「それは減ってきています。かわりにヘタレという印象が目立っていますね?」
「腹立たしいことにな」
「そこから考えるに、お嬢様は威厳を出すということにむいていないのでは、と私は考えました。
そしてしばらくお嬢様を見続けて確信いたしました。
お嬢様は天然のヘタレだと。威厳のほうは、よくて秀才の域だと。
秀才は努力で天才においつけます。しかし天才は努力で天然にはおいつくことはできません。
そこで」
「まて」
のってきて口のすべりがよくなった咲夜をレミリアは止める。
その表情はひきつっていた。
「聞いていればヘタレだの、威厳だすのに向かないだの。
酷いじゃないの!」
「調査に協力していただいたパチュリー様も同意見ですが?」
「パチェまで!?」
衝撃を受けたレミリアを気にせず咲夜は続ける。
「そこでカリスマを出すにはヘタレを極めるしかないと結論がでました」
「どういうことよ」
「先ほども申し上げたように、秀才は天然に勝つことはできません。
このまま威厳を出し続けても道化となるだけです。
この咲夜、お嬢様が道化となるのは我慢なりません!
天然のヘタレという素晴らしい資質を磨かないでどうするのですか!」
どう考えても勢い任せの理論をぶちまけた。
なんだかよくわからない理論だが、強い想いが篭っているせいで理解不明な説得力がある。
「ヘタレを極めれば、お嬢様の望んでいるカリスマも手に入るのです!
さあ今こそ決断のとき!
道化となるか、幻想郷のアイドルになるかの分かれ道です!」
「あうあうあうぅ」
力いっぱい元気いっぱいな咲夜にレミリアは押されっぱなしだ。
そしておもわずこくんと頷いてしまった。
「それでこそお嬢様です。
この咲夜の熱い想い、きっと伝わると思っていました」
「……具体的にはどうするのよ……」
ぐてーんと椅子に寄りかかりだれた様子でレミリアは聞く。
熱すぎる想いを押し付けられて、いろいろと疲れたらしい。
それを見て咲夜の鼻から赤いものが。
「そのままでいてください。
口調はわざと偉ぶらないでください。
そうすれば自然と身についていきます」
流れるものを拭わずに咲夜は喋る。
レミリアはそれに触れない。何か危ない気がしたから。
「口調にだけ気をつけて普段どおりでいればいいのね?
簡単じゃないの」
「簡単なのは、お嬢様の資質が素晴らしいからでございます」
「そう言われると悪い気はしないわね」
咲夜の言葉を訳すと、お前普段からへたれてんだよ、ということになるのだがレミリアは気づいていない。
こういったところがヘタレなどと言われる原因なのだろう。
その日からレミリアは変わっていった。
良いとか悪いとか、そんなことは超越した方向に。
幻想郷住民のレミリアの印象は、すごい奴といったものから、ある意味すごい奴といったものへと変わっていった。
それは褒め言葉なのかとても微妙だ。
けれども、ありとあらゆる人からほおっておけない人だと思われることで、レミリアの周りには人が多く集まった。
それを高まったカリスマのおかげだとレミリアは喜んだ。
かわりに失ったものもある。
妹からの敬意だ。ヘタレミリアを見て、尊敬しろというほうが無理なので当然の結果だろう。
まあ嫌われているわけではないので、良しとしたほうがいいのではないのだろうか?
というか最初の訛った名台詞に一発で笑ってしまいましたとも。
一つ気になったのは
「特殊な嗜好の持つ主の言うことです。お気になさらぬほうがよいかと」
↑ですが『持ち主』ではないかと思いました。違ってたらすみません。
「あいつがへたれだから私がしっかりしないと…」
ってやつだな!