見事な満月が空を飾る夜。
流れ浮かぶ雲が満月にわずかにかかって、趣深さを感じさせる。
それを見上げる人一人。
切なげな瞳で見上げ、満月を瞳に映す。瞳に宿るのは懐かしさ。
さやさやとゆるく流れる風に黒髪を揺らして、蓬莱山輝夜は縁側に座っている。
ほわほわと湯気の立つ湯のみを手に持ち月を眺める姿は、芸術家が己の技量不足を恥じて描くことを諦めるほどに美しい。
能力を使わずに時を止めさせたかのような輝夜に近づくものあり。
銀糸をゆるく編んだ髪を揺らし、静かに歩き輝夜の隣に座る。
「懐かしいですか姫?」
「ええ、懐かしいわ」
はっきりと懐かしさを込められた返答が返る。
視線はいまだ月。
「永琳もでしょう?」
「はい」
従者も主と同じだ。
月を見、懐かしさを醸し出す。
帰郷を拒み逃げたが、やはりおもうところがあるのだろう。
寂しく何かを欲する雰囲気に押されて、獣や虫やイナバたちの泣き声もどこか静かに聞こえる。
無言のままゆったりと時間が流れていく。
「懐かしいですね」
そしてもう一度口に出す。
「本当に…………………月泉堂の餡団子。しっとりとした漉し餡が美味しかったわ」
どこからかがたんと大きな音。
きっとそれは、雰囲気に押されて入れなかった二匹の兎がこけた音。
「私は黒金屋の水羊羹です。あっさりとした甘味が絶妙でした」
従者は動じず、むしろ同じ想いだ。
「また食べたいわね」
「ええ」
しらけた空間へとかわっても、主従は気にすることなく月を見続ける。
後日談
「そうよ! こんなときこそインターネットよ!」
「何の話です姫様?」
「えーと……月泉堂月泉堂っと……」
「ああ、餡団子。でもあるわけ……」
「あったあった」
「まじですか!?」
げにたくましきは月の都の商売魂。
それはさておき姫さまの甘味に対する情熱に乾杯。
メイド長は我慢だっ!