どうもみなさまこんにちは。私、パチュリー様のお付きとして図書館の司書をやらせていただいております、小悪魔です。
ちなみに本名とか言われても困ります。これそこ、ペンネームかっこよく気取ってんじゃねーとか言うな。
やってるお仕事としては、司書として図書館の本の整理とか、パチュリー様のお世話、たまに紅魔館の資金状況を整理したり、一般メイドさんからのお悩みを聞いてあげたりしてます。
一般メイドさんにも多くの悩みを持つ人が多くってですね。コレ聞いてると面白いんですよー。たまに恋の悩みを持ってる人が来て
「魔理沙さんのあの勇姿が忘れられなくて……でも紅魔館で働いてる以上、こんな事考えてると……もう耐えられない!」
とか、笑い耐えるこっちの身にもなれって。
こういうのにカッコよく意見渡すのが楽しくてですねー、
「あなたの勇姿をあの魔理沙に見せてやるのですっ! そうすれば、きっと魔理沙さんもその姿が忘れられなくなりますよ!」
とか。鵜呑みにしたメイドさんの姿見てるとニヤニヤするんだよなー、こぁー。
そうそう、あの白黒ったら未だに強奪癖が絶えないんですよねー。最近じゃ図書館中に
「この白黒を見たらヒャクトーバン!」
とかいろいろやってんですけど、てんで効果ないです。つか、ヒャクトーバンてナニ。
そんな私に、転機が訪れた。
天気は晴天。趣味でやってるミステリ小説執筆の大半を終わらせたこあはパチュリー様のもとへとれっつらごーしました。
そしたら何事かと。胡散臭いぐーたら妖怪で知られる八雲紫がパチュリー様の隣に座っているんですよ! コラテメェそこ私の指定席じゃぁ! 何勝手に紫ってる!?
【紫ってる:紫色に関する何かが共にある事、何かをしている事を示す。読みは「ゆかりってる」「むらさきってる」どちらでも構わない】
で、その隣にスッパネタもある程度途絶え、今は親馬鹿キャラで知られる八雲藍と、そのお隣にお子さん役の橙が座っておるのです。何か仲良さそーにしてるな。
……と、ここで嫌に目に付く物が。
「あの、パチュリー様?」
「何? 今忙しいから後で、ってあー!?」
「うふふ、私にかかれば秒とフレームの境界もお手の物。ウメハラブロッキングもこの通りよ、おほほ」
「くぅーっ、流石幻想郷のウメハラと言われる紫様! で、藍様、ウメハラって誰ですか?」
「さ、さぁ……?」
「くっ、今のブロッキングから真空波動拳は……って、それでトドメさすとか、私に対する侮辱? 他に技あるでしょ? ゲージもあるのに」
「んー、さくらがんばるぅ~」
なんかあっちで勝手に話進んでるんですけど、全くわかりません。
というか、得体の知れない四角がいくつか置いてあって、そこから糸がにょろーんなんですけど。にょろーんですよにょろーん。あるっはれーたひーのことー、まほーいじょーのゆーかいがーって奴ですかこれ。
で、そのにょろーんの二つがこれ、ぐーたらゆかりんとパチュリー様の手元に伸びてるんですよ。後で聞いたんですけど、あれコントローラって言うんですね。へぇー。
でもそんなの関係ねぇ。
私の視点が捉えたのはたった一つの四角に移った物。
紅いスーツの様なのを着た紳士みたいなのを、たった一つの弾で倒した少女。さっきの八雲氏の言葉から察するに、さくらちゃんだそうですね。可愛い名前。
それなのに、なんだ、今の強さは。彼女はどこからどうみても人間であった。それが、雰囲気だけでもクソつよそーな相手を、ただの人間には出せなさそうな弾で、倒した。
……あのメイドを笑った事を悔んでしまう。一度、いや、一瞬見ただけなのに。見惚れた。あのメイドの気持ちがわかった。
「……こぁー……」
溜め息が出てきた。
そうとも。私が目指しているのは、あーいうのを倒せるぐらい強い小悪魔になる事じゃないか。あの白黒を倒すのとか。
なのに私は、あんなただの人間の少女にまで劣るのか。実際そうでもないと思うのに、そう思い込んでしまった。
私も、あんな風になりたい。その時から、私は変わった。
「お願いします!」
「…………」
前途のような事が起こり、現状は紅魔館の門の前にて、小悪魔が通称中国としてしられる紅美鈴に「気孔の正しい使い方」を習う事に至る。
といっても、頼まれた本人と言えば無言で困っているところである。確かに気を使える事は使えるのだが、他人に教えるような事をした事は殆どない。
というか、小悪魔自体弾幕が使えるんだからいーんじゃねーの? とか内心思っている投げやり中国なのだが、彼女が本気である事を察するに、断り切れないのである。
まぁ百歩譲って教えてやってもいいだろう。中国は考えを改め、別の視点から悩む。
何故、気孔なんぞ使いたがる?
確かに見た目も中身も子供っぽいし、名前からして小悪魔である程な事は知っている。
が、それ以前に図書館の司書をやってるくらい真面目なのだ。悪戯癖があるともっぱらの噂だが。
うーむ、さしずめ子供っぽいし、誰かに何か吹き込まれた、みたいな事なのだろうか。がしかし、身近にいる人物といえばあのパチュリーだし、何か吹き込むような人柄ではないと思ふ。
……まぁ、いいとしよう。小悪魔なら、変な方向に気孔を使うような真似はしないと思われ。
美鈴の考えもここでようやくまとまり、返事を返す。
「……まぁ、いいでしょう。変な事に使わなければ」
「やったぁっ!!」
こうやってはしゃいでいる姿を見ると、ますます子供である。本当に大丈夫だろうか、と美鈴も首を捻る。
「あ、あとついでに体術についても。空手とか柔道みたいなのとか、一応出来ますよね?」
……本当に、大丈夫なんだろうか。誰に答えを求めるのでもなく、美鈴は自分に問いかけるようにして思った。
この幻想郷で、彼女は一体どんな事に気孔やら体術やらを使うのやら。まぁ、それを会得している美鈴自身、同じ立場である。
2ヶ月半が経ち。
あれから、紅魔館での小悪魔の名は大きく轟いていた。
「……本当に?」
紅魔館メイド長、十六夜咲夜も、近々一般メイドからその話を聞いていた。
「そうなんですよ! あの白黒を再起不能一歩手前にまで追い込んだんですよ!」
それはつい数週間前の話であり、それ以前ではひっそりと知られていた小悪魔の修行。
そして最近、通称白黒と言われる霧雨魔理沙が図書館に侵入した時、その成長した実力が紅魔館内で公にされた。
「いやー、最近あの門番と一緒にいる所をよく見かけるんですけど、まさかあーいう事だとは」
「素晴らしい体術でしたよ、あれ。一度咲夜さんにも見せてみたいくらいに」
「……小悪魔が、体術を?」
実は咲夜にも体術にはちょっとした心得があるのだが、勿論熱心に学ぶような物でない。
彼女は時を止める能力やらを持ち合わせているが故に、それを最大限に活用している。体術なぞそこまで真面目に学んでも応用が厳しい。
だが、その自分の利点を用いても手間をかける相手というのは、やはりいつもの様に対峙し、手を焼いている霧雨魔理沙である。
そんな彼女を上回ろうとしているのが、あの小悪魔と聞けば、流石の咲夜もそちらに考えが行く。しかも、彼女に似つかわしくない体術だ。
時はその数週間前に遡る。
その日、魔理沙が図書館に襲来する前日、冒頭のように八雲一家が小悪魔の目を引かせた、「ゲーム機」を持ってきた。
紫曰く、「弾幕に浸ったこの幻想郷で、こういう異質の塊で遊んでみるのも面白くない?」とか言い出したんだとか。
彼女自体、幻想郷の外に存在する機材をまともに扱うような事はまるでない為、非常に珍しい行動である。
図書館に来てそれを遊ぶという理由こそ理解できないのだが、それを紫に聞く事自体間違いであろう。そういう考えは幻想郷中のある程度が持ち合わせている為、パチュリーもそれに習って、その遊びに付き合っている。
結局その日も、紫とパチュリーは遊んでいた。
以外にもパチュリーの適応力は早く、2ヵ月半前に紫に散々やられていた彼女は、意外にも紫と良い勝負ができるまでに上達していた。
こう見てみると、非常に楽しそうである。一緒に来ていた八雲藍、橙も興奮の目の色をしていた。
が、小悪魔と言えば熱心そうな目でそれを後ろからこっそり覗いている。
その日最後の対戦を飾ったのは、紫の操る、小悪魔が最初に目を引いたさくらという少女。
そしてパチュリーはというと、白い胴着姿に赤い鉢巻をした男。
「あら、リュウを使うとは面白いわね。何事?」
「ふふふ、三種の神器とまで言われて語り継がれる程の技の使い方、見せてあげるわ」
「あなた、何時の間にそんな古臭い専門用語を……」
「なんですか、さんしゅのじんぎって?」
「えー? 確か、波動拳と竜巻旋風脚と昇竜拳、だったかな。あれをベースにしている他のキャラを、所謂「リュウケンタイプ」とか言うらしい」
「へー、そーなんですかー」
もっぱら、後ろの小悪魔は勉強熱心みたくふんふんと頭をかくかくさせていた。ちょっと熱心すぎないかね。
「って、そこの攻略本に書いてあった」
「あ、ちょっとパチュリー! なんでこの本ココに置いてあるの!?」
「あんたが忘れてったんでしょうが」
随分と仲良くなったように見受けられる2人である。
で、その本はと言うと、すぐ近くの椅子に丁寧に置いてあった。
ゲームに集中し始めた一行を横目に、小悪魔は無意識的にその本を手に取る。
最初の方のページにある目次から、さくらという少女の項目に移る。
ごくふつうの女子高生だったが、ある日偶然出会った「あのひと」の戦う姿に憧れ、もう一度出会うために自らストリートファイトの世界に身を投じる。
本には、以上のような記述がなされてあった。
「あのひと? ……あぁ」
小悪魔は後ろを振り向き、ある種白熱の場となっている場所を見据える。
「あのひとか」
今現在、パチュリーが操っている人物。確か先程、紫が「リュウ」とか言っていたか。
確かに、見惚れる程かっこいい。ちなみに、現在パチュリーが優勢。紫、焦る。
その状況を見送り、今度はそのリュウさんとやらの項目に移る。このページが彼のかっこよさを更に引き立てていた。
キャッチコピーに「永遠の挑戦者」とか、好きな物に「武道一般、水羊羹」とか渋いし、ライバルは非常に多いとか。
挙句の果てに特技は「どこでも寝られる・ヒッチハイク」と来た。もうかっこいいとかいう次元を超えている。なんか丁寧に身長体重スリーサイズとか書いてあるし。
「身長が175cmか……いいなぁー」
身長がもっぱら低い小悪魔であった。
で、ここで更に小悪魔の目を引く記述を見つける。
それは、「暗殺拳を昇華させた格闘術を使う」とかいう物。自分が目指していたのは暗殺拳だったのかっ!
が、幻想郷だし構わないかと軽く受け取る事にする。そもそも本人は自分の拳で殺せる奴なんて限られてるだろうと思っていた。事実そうかもしれないが、後でどうなっても知らんよワシは。
読み進む内にどんどん小悪魔はその男に引かれて、いやすでに惹かれていた。
「誰もが認める一流の格闘家となった今でも自分自身は満足しておらず」とか「富や名声に執着がない」とか
「彼に惹きつけられる者は多く、世界中に友人がいる」とか、って小悪魔がすでに惹かれている。ものの数分で。
ここまで来たら、小悪魔の心はすでにノックアウト。見惚れる以前の問題である。すでに惚れた。
「かっこいい……」
すでに顔がほんのり桃色である。ある種の重症。誰か診てやって。たすけてえーりん。
が、切り替えが早いのが小悪魔。ご丁寧にあれやこれやと書いてあるリュウの持つ技の解説ページにまで移る。
彼女の目は何故か真剣そのもの、図書館の司書を務める彼女の頭脳力でそれを覚え、あとは実際に頑張る。
彼女にそれだけの吸収力があるかどうかといえばないと思われるが、意外にもあの魔理沙と対峙する内に、魔理沙の特技の一つである吸収力をちゃっかり身につけていたらしい。
後ろで遊んでいた一同が解散した後、彼女は屋上に位置する時計台で寝る間も惜しんで修行していたとか。あぁ、ちなみに紫が逆転勝利、パチュリー黒星を増やす。
そして、本当に寝ずに修行を終えた小悪魔。時間は朝の9時。
それはやってきた。
「警報! 警報! コールカラー白黒! 現在、ターゲットは図書館まで残り500m以内に侵入! 総員、ただちに対処せよ! 繰り返す――」
小悪魔にとっては、まるで狙ったかのようにやってきた霧雨魔理沙が、図書館まであと僅かの位置にいるという警報が発せられる。
時計台から図書館へと戻ろうとしていた小悪魔は、その足を急ぎ足に変えて、一気に図書館へと向かった。
あの花の異変以来、魔理沙は堂々と図書館入り口から殴り込むようにして本を盗んでいくようになった。
小悪魔は、彼女が元より進入経路として使っていた裏の道を使用し、図書館に入る。
「パチュリー様っ!」
「あら、小悪魔。ちょうど良かった」
どうやら魔理沙は図書館に侵入しつつあるようだ。
現在、殆どの防衛陣が順調に看破され、すぐにでもここまでやってくると言う事。
万一に備え、数十人のメイドがここに配置されているが、一同は総員、焼け石に水だと思っていた。
「……なるほど」
それでも小悪魔はあくまで冷静だった。
確かに、本を盗んでいく魔理沙は盗人猛々しいという言葉が似合うくらいに厄介である。
壊す物は壊していくし、宣言無しにマスタースパークを撃ちかましていく程の問答無用さ。
正直言って、この紅魔館の空気を濁す理由の一つとして大々的に知られている。
「……随分と余裕があるのね、小悪魔」
「まぁ、一応、ですけど」
この状況下で、確かにパチュリーの目には小悪魔のいつもと違う余裕と自身が見受けられた。
最近、メイド達から「ある噂」という物を耳にした事があるパチュリーであったが、まさか。
「みなさん、ちょっといいですか? 案があります」
当の本人は、顔の緩くなっているメイド達を集めて、その案とやらを話し始める。
満ち溢れる程でもないのに、パチュリーには十分に見える余裕っぷりからは、彼女を更にその気にさせた。
「とにかく、あの広い地点で私が待機しますから、皆さんはそこに誘うようにしてください。その後は、パチュリー様」
「……え?」
突然の呼び掛けに焦ったパチュリーに、小悪魔は自信たっぷりに答えた。
「サイレントセレナで、結界みたいにあの広い地点を出れないように囲んでください」
「……小悪魔、それは危険よ。あなたの身が危うくなる」
「それなら大丈夫です。私に考えがあります。他の皆さんも、サイレントセレナの穴を埋めるようにして弾幕を使ってください」
その場の全員を、小悪魔に視線を集めさせた。
ほぼ完全なる密室の中で、小悪魔は一体何をするつもりなのかと。
明らかに危機感を感じる状況の中、小悪魔は自身に溢れたような笑顔をしていたとか。
「いやっほーい! 邪魔するぜ!」
「総員、かかれー!」
霧雨魔理沙の進入と、メイド達の弾幕の展開は、ほぼ同時だった。
「荒っぽい扱いだなぁ」とぼやく彼女は、メイド達の弾幕の大きな穴である場所をスイスイと進んでいく。
メイド達は当初の作戦を悟られないようにしてその穴を屈折させつつ、目的地へと魔理沙を運んでいく。
当の魔理沙は、調子良くその穴を、高速で駆け抜けていた。ここまで、計画通り。
問題は、そこに待ち構える小悪魔が、一体何をするか。いつまで経ってもこれだけが疑問に残り、彼女達も不安の顔で魔理沙を相手にする。
いよいよ、小悪魔の待ち構える地点に魔理沙がやってきた。
「邪魔だぜ、小悪魔!」
そう叫ぶと、それが宣言代わりだと言わんばかりに魔理沙が突っ込んでくる。その箒の後ろからは、メイド達を狙うかのように星屑がばら撒かれる。
俗に言う、スターダストレヴァリエ。本当に宣言無しである。
が、そのターゲットである小悪魔は、それを相手に構えて一向に動かない。遠くに待機していたパチュリーはますますそれを不信に思う。
だが、その次に起こった事に、事態は一変した。
「そこだっ!」
魔理沙が小悪魔にぶつかる寸前、突如として小悪魔の腕が魔理沙の体を被せるようにして振った。フックをしているかのようだ。
「おわっ!?」
見事にそのフックは魔理沙に当たり、箒から落とされる。その箒は勢いを止めず、図書館の奥まで吹っ飛んで行った。
一瞬驚いたパチュリーも、それが合図かと言うように小悪魔と魔理沙の下に魔方陣を展開し、壁を作った。サイレントセレナである。
外からは見えない程に分厚く張った壁である。脱出は容易ではないだろう。が、それに伴い中の状況がなかなか確認出来ない。
パチュリーも、メイド達も、小悪魔に全てを託した。
「ったく、いきなり箒から叩き落すとは、それでもお前司書か?」
「今の私は、あなたを追い返す為の門番みたいなもんです」
「成る程、門番ね。じゃあちゃちゃっと終わらせてもらって構わないんだな」
そう自信満々な態度を見せた魔理沙だが、内心焦っていた。
まさか自分のスペルの一つでもある種の脅威である突進技を、フック一つで看破されるとは思わなかった。
更に箒は遥か彼方へ旅立ってしまい、一人取り残された魔理沙はこの現状に焦る。
仕方なく、小悪魔の攻撃に備えて構える魔理沙。だが、先程フック一つで叩き落された魔理沙は、小悪魔は弾幕でない別の何かで仕掛けて来る事に不安を覚えた。
見れば小悪魔はこれから格闘でもするかの様に構え、その表情はなかなか険しい。
(……このペースに飲み込まれたら、負けだな。なら)
そう考え、魔理沙は牽制ついでにミサイルを数発射出。
三方から迫る牽制の弾幕に、小悪魔は動かない。魔理沙の顔に疑問の色が映る。
――直後、魔理沙は目を疑った。
「な……んだって?」
魔理沙の放ったミサイルは、消えてしまったのだ。
小悪魔は美鈴から習った気の使い方を利用して、それを手に集中させ、手の甲一つで魔理沙のミサイルを全て弾いてしまった。
俗に言う、ブロッキングとかいう奴である。
「さ、撃つならバンバン撃ってください」
当の本人の顔は、未だに余裕満点だった。
この挑発に乗った魔理沙は更にミサイルを放った後、弾幕寄りであるスターダストレヴァリエの攻撃を展開する。
が、小悪魔はあくまでもその場から動かず、両の手の甲だけでその全てを弾いてしまった。
おいおい、これあくまでも避けゲーだぜ? と更に焦る魔理沙も、その手を休めず、弾幕を張り続ける。
張り続けつつ、小悪魔へと徐々に近寄っていく。意表を突き、小悪魔を叩き込むつもりである。
はずだった。
「いつまでも調子に乗るんじゃないぜ、小悪魔!」
弾幕に隠れながら近寄った魔理沙は、小悪魔に対して渾身の蹴りをお見舞いする。
が、小悪魔はこれを屈んで対処し、魔理沙の死角へとまわる。
しまった、と魔理沙が顔を向けた時には、その屈んだ状態で拳を構える小悪魔がいた。
「昇竜拳っ!!」
叫ぶと同時に、小悪魔はその拳を魔理沙の胸元へと突き上げ、飛び上がった。
その拳は胸と腹の間の骨の部分をえぐるようにして突き上げられ、魔理沙の顔が歪む。
「ぐっ……!」
その攻撃と、吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた衝撃で、一時呼吸困難になる魔理沙。しばらく起き上がれずにその場から動けない。
まさか、小悪魔にあんな特技があろうとは。なんだよしょーりゅーけんて。
……一瞬、魔理沙の頭に何かがひっかかった。
「あれ、早いですね。もうギブアップですか?」
その声に、そのひっかかった何かはすぐに消え失せてしまった。
なんとか顔を上げた魔理沙は、構えを解かずに、それでいて魔理沙にとっては非常に不快な笑顔をしていた。
「くそ、お前……」
何とか立ち上がる魔理沙。だが、思った以上にダメージが強く、足が震える。
……非常にマズイ。今日はグリモワールを2、3冊頂いていく予定だったのだが、これでは追い返されるぐらいじゃ済まなくなるかもしれない。
「あんまり時間もかけられないです。パチュリー様も、そろそろこの結界作るのに疲れてる頃だと思いますし」
(……? な、なんだ?)
突如、小悪魔が構えの形を変える。それは魔理沙がマスタースパークを放つようなそれと似ていた。
その手元が、急に青くなり始める。
(……あの中国が使ってた気、みたいな物か?)
その小悪魔の手元が、目に見える程にピリピリとしていた。電撃か何かだろうか。
それは徐々に拡大されていき、魔理沙の体にもその威圧感がひしひしと伝わってきた。
美鈴の使う七色の華やかなのとは違い、圧倒的な圧迫感を感じた。
(五つの波動を、まとめて撃つ!)
小悪魔は叫び、そして放つ。
「真空っ!」
魔理沙の足の震えが止まるのと、それは同時だった。
「波動拳!!」
真っ青に、電撃を帯びたその気は、確実に魔理沙を捉えていた。
魔理沙はそのたった一つの弾ですら、避ける事が出来なかった。
そうして時間は今に至る。
結局、パチュリーがサイレントセレナを解いてものの数十秒で魔理沙は回復、隙を突いて箒を回収、暴れるだけ暴れて、グリモワールを1冊盗まれた。
「小悪魔が武道を会得した」という情報はその日から紅魔館中にまわり、一躍有名人となった。
外の方にも小悪魔に関わる半数がそれを知った。勿論情報源は小悪魔と対峙した魔理沙であった。
当の本人は「発掘だ」と言って、思い出したかのようにゴチャゴチャな家の中を漁っていたという。アリス談。
「ふーん……」
興味深そうにメイド達の話を聞く咲夜であった。
「お昼だー」
「うわーい」
と、仲良さげにその場に現れたのは美鈴と小悪魔。
ちょうどいい時に現れた、と言わんばかりにメイド達は小悪魔に駆け寄る。
「……美鈴」
「はい、なんですか?」
咲夜は美鈴を呼び、問う。
「武道を教えたの、あなた?」
「はぁ、そうですけど」
「何故? そんなに門番が暇だったから?」
「いやいや違いますよー。なんか突然「正しい気孔の使い方が知りたいです!」から始まって、いろいろ教える事になったんですよ」
最初に気孔だと言っておいて、武道に移るとはこれ如何に。
「それで、手取り足取り?」
「最初はそうだったんですけど、その後は自主的に一人で修行してましたね。主に時計台とかで」
「へぇ?」
「紅魔館から電撃帯びた気の弾が飛んできた時は何事かと思いましたけどねー。いやー、凄い成長だなぁって」
「それであの子、どれくらいつよくなったの?」
「そんなに気になるんですかぁ?」
我が教え子が評価されている、なんて考えに浸っている美鈴はニヤニヤした顔で聞き返す。
良いから言いなさいと催促する咲夜に対してもしょうがないなぁとにやついた顔で応える。
「いやー、これが凄いんですよぉ。ちょっと前に手合わせしたんですけど、牽制で放った弾幕、ほとんど手の甲で弾かれちゃいました」
「手の甲で?」
「しかもこっちが近寄ったら「たつまきせんぷーきゃく」とか言って連続蹴りやられたし。「しょーりゅーけん」は凄かったなぁ。あんなに的確に人体の弱点狙ってくるもんだからビックリしたなぁ」
「ふむ……」
技の名前はともかくして、そこまでの実力を会得したという事だ、小悪魔は。
元よりあまり目をつけていなかったが、ここまで成長の余地を見せるとは。惜しい人材を見逃していた。
「小悪魔」
「はい、なんでしょー?」
笑顔でメイド達と会話を楽しんでいた小悪魔は、咲夜へと顔を向ける。メイド達も小悪魔から離れる。
それを確認した咲夜の行動は、突然だった。
「え!?」
近くにいた美鈴が、驚きの声をあげる。
突然、咲夜が十数本のナイフを小悪魔に向けて投げた。
が、驚いた事に、小悪魔はすぐに表情を変え、その弾幕の先端に位置したナイフをそれぞれ両手に掴んだ。
そのナイフを盾にするかのように構え、こちらに向かってくるナイフをすべて弾いてしまった。
場の空気が驚きで固まる中、咲夜の顔は驚きの色を表しつつも、感嘆を示していた。
「……素晴らしいわ、小悪魔」
「えへへ、ありがとうございます」
その日から、更に小悪魔の名声は上がったという。
時を別として、八雲一家の住むマヨヒガにて。
「紫様、最近いろんな場所に赴くようになりましたね」
藍が思い出すようにポツリと言う。
「だって楽しいじゃない、このゲーム。結構他のみんなも楽しんでるじゃない?」
「まー、そーですけどねー」
「霊夢以外とはほとんど遊んだわねー。霊夢ったら人付き合い悪いんだから」
「あの巫女の所にも行ってたんですか……」
「当たり前じゃないの。……でね、これが以外と影響力高いのよ」
「はぁ?」
「知ってる? あの紅魔館の図書館の司書やってる」
「あぁ、あの小悪魔」
「あの子、武道を会得して、魔理沙を一歩手前にまで追い詰めたっていうのよ。凄い株価が上がってるわ」
「株価って……。それより、本当なんですか?」
「本当。それが知れ渡って、幻想郷のあちらこちらで異種格闘技が流行りだしてるのよ。スペルカードルールに次ぐ新しい決闘法ができるかもね」
「……どうでしょう?」
それについては、また今度にでもすると思うよ。
ちなみに本名とか言われても困ります。これそこ、ペンネームかっこよく気取ってんじゃねーとか言うな。
やってるお仕事としては、司書として図書館の本の整理とか、パチュリー様のお世話、たまに紅魔館の資金状況を整理したり、一般メイドさんからのお悩みを聞いてあげたりしてます。
一般メイドさんにも多くの悩みを持つ人が多くってですね。コレ聞いてると面白いんですよー。たまに恋の悩みを持ってる人が来て
「魔理沙さんのあの勇姿が忘れられなくて……でも紅魔館で働いてる以上、こんな事考えてると……もう耐えられない!」
とか、笑い耐えるこっちの身にもなれって。
こういうのにカッコよく意見渡すのが楽しくてですねー、
「あなたの勇姿をあの魔理沙に見せてやるのですっ! そうすれば、きっと魔理沙さんもその姿が忘れられなくなりますよ!」
とか。鵜呑みにしたメイドさんの姿見てるとニヤニヤするんだよなー、こぁー。
そうそう、あの白黒ったら未だに強奪癖が絶えないんですよねー。最近じゃ図書館中に
「この白黒を見たらヒャクトーバン!」
とかいろいろやってんですけど、てんで効果ないです。つか、ヒャクトーバンてナニ。
そんな私に、転機が訪れた。
天気は晴天。趣味でやってるミステリ小説執筆の大半を終わらせたこあはパチュリー様のもとへとれっつらごーしました。
そしたら何事かと。胡散臭いぐーたら妖怪で知られる八雲紫がパチュリー様の隣に座っているんですよ! コラテメェそこ私の指定席じゃぁ! 何勝手に紫ってる!?
【紫ってる:紫色に関する何かが共にある事、何かをしている事を示す。読みは「ゆかりってる」「むらさきってる」どちらでも構わない】
で、その隣にスッパネタもある程度途絶え、今は親馬鹿キャラで知られる八雲藍と、そのお隣にお子さん役の橙が座っておるのです。何か仲良さそーにしてるな。
……と、ここで嫌に目に付く物が。
「あの、パチュリー様?」
「何? 今忙しいから後で、ってあー!?」
「うふふ、私にかかれば秒とフレームの境界もお手の物。ウメハラブロッキングもこの通りよ、おほほ」
「くぅーっ、流石幻想郷のウメハラと言われる紫様! で、藍様、ウメハラって誰ですか?」
「さ、さぁ……?」
「くっ、今のブロッキングから真空波動拳は……って、それでトドメさすとか、私に対する侮辱? 他に技あるでしょ? ゲージもあるのに」
「んー、さくらがんばるぅ~」
なんかあっちで勝手に話進んでるんですけど、全くわかりません。
というか、得体の知れない四角がいくつか置いてあって、そこから糸がにょろーんなんですけど。にょろーんですよにょろーん。あるっはれーたひーのことー、まほーいじょーのゆーかいがーって奴ですかこれ。
で、そのにょろーんの二つがこれ、ぐーたらゆかりんとパチュリー様の手元に伸びてるんですよ。後で聞いたんですけど、あれコントローラって言うんですね。へぇー。
でもそんなの関係ねぇ。
私の視点が捉えたのはたった一つの四角に移った物。
紅いスーツの様なのを着た紳士みたいなのを、たった一つの弾で倒した少女。さっきの八雲氏の言葉から察するに、さくらちゃんだそうですね。可愛い名前。
それなのに、なんだ、今の強さは。彼女はどこからどうみても人間であった。それが、雰囲気だけでもクソつよそーな相手を、ただの人間には出せなさそうな弾で、倒した。
……あのメイドを笑った事を悔んでしまう。一度、いや、一瞬見ただけなのに。見惚れた。あのメイドの気持ちがわかった。
「……こぁー……」
溜め息が出てきた。
そうとも。私が目指しているのは、あーいうのを倒せるぐらい強い小悪魔になる事じゃないか。あの白黒を倒すのとか。
なのに私は、あんなただの人間の少女にまで劣るのか。実際そうでもないと思うのに、そう思い込んでしまった。
私も、あんな風になりたい。その時から、私は変わった。
「お願いします!」
「…………」
前途のような事が起こり、現状は紅魔館の門の前にて、小悪魔が通称中国としてしられる紅美鈴に「気孔の正しい使い方」を習う事に至る。
といっても、頼まれた本人と言えば無言で困っているところである。確かに気を使える事は使えるのだが、他人に教えるような事をした事は殆どない。
というか、小悪魔自体弾幕が使えるんだからいーんじゃねーの? とか内心思っている投げやり中国なのだが、彼女が本気である事を察するに、断り切れないのである。
まぁ百歩譲って教えてやってもいいだろう。中国は考えを改め、別の視点から悩む。
何故、気孔なんぞ使いたがる?
確かに見た目も中身も子供っぽいし、名前からして小悪魔である程な事は知っている。
が、それ以前に図書館の司書をやってるくらい真面目なのだ。悪戯癖があるともっぱらの噂だが。
うーむ、さしずめ子供っぽいし、誰かに何か吹き込まれた、みたいな事なのだろうか。がしかし、身近にいる人物といえばあのパチュリーだし、何か吹き込むような人柄ではないと思ふ。
……まぁ、いいとしよう。小悪魔なら、変な方向に気孔を使うような真似はしないと思われ。
美鈴の考えもここでようやくまとまり、返事を返す。
「……まぁ、いいでしょう。変な事に使わなければ」
「やったぁっ!!」
こうやってはしゃいでいる姿を見ると、ますます子供である。本当に大丈夫だろうか、と美鈴も首を捻る。
「あ、あとついでに体術についても。空手とか柔道みたいなのとか、一応出来ますよね?」
……本当に、大丈夫なんだろうか。誰に答えを求めるのでもなく、美鈴は自分に問いかけるようにして思った。
この幻想郷で、彼女は一体どんな事に気孔やら体術やらを使うのやら。まぁ、それを会得している美鈴自身、同じ立場である。
2ヶ月半が経ち。
あれから、紅魔館での小悪魔の名は大きく轟いていた。
「……本当に?」
紅魔館メイド長、十六夜咲夜も、近々一般メイドからその話を聞いていた。
「そうなんですよ! あの白黒を再起不能一歩手前にまで追い込んだんですよ!」
それはつい数週間前の話であり、それ以前ではひっそりと知られていた小悪魔の修行。
そして最近、通称白黒と言われる霧雨魔理沙が図書館に侵入した時、その成長した実力が紅魔館内で公にされた。
「いやー、最近あの門番と一緒にいる所をよく見かけるんですけど、まさかあーいう事だとは」
「素晴らしい体術でしたよ、あれ。一度咲夜さんにも見せてみたいくらいに」
「……小悪魔が、体術を?」
実は咲夜にも体術にはちょっとした心得があるのだが、勿論熱心に学ぶような物でない。
彼女は時を止める能力やらを持ち合わせているが故に、それを最大限に活用している。体術なぞそこまで真面目に学んでも応用が厳しい。
だが、その自分の利点を用いても手間をかける相手というのは、やはりいつもの様に対峙し、手を焼いている霧雨魔理沙である。
そんな彼女を上回ろうとしているのが、あの小悪魔と聞けば、流石の咲夜もそちらに考えが行く。しかも、彼女に似つかわしくない体術だ。
時はその数週間前に遡る。
その日、魔理沙が図書館に襲来する前日、冒頭のように八雲一家が小悪魔の目を引かせた、「ゲーム機」を持ってきた。
紫曰く、「弾幕に浸ったこの幻想郷で、こういう異質の塊で遊んでみるのも面白くない?」とか言い出したんだとか。
彼女自体、幻想郷の外に存在する機材をまともに扱うような事はまるでない為、非常に珍しい行動である。
図書館に来てそれを遊ぶという理由こそ理解できないのだが、それを紫に聞く事自体間違いであろう。そういう考えは幻想郷中のある程度が持ち合わせている為、パチュリーもそれに習って、その遊びに付き合っている。
結局その日も、紫とパチュリーは遊んでいた。
以外にもパチュリーの適応力は早く、2ヵ月半前に紫に散々やられていた彼女は、意外にも紫と良い勝負ができるまでに上達していた。
こう見てみると、非常に楽しそうである。一緒に来ていた八雲藍、橙も興奮の目の色をしていた。
が、小悪魔と言えば熱心そうな目でそれを後ろからこっそり覗いている。
その日最後の対戦を飾ったのは、紫の操る、小悪魔が最初に目を引いたさくらという少女。
そしてパチュリーはというと、白い胴着姿に赤い鉢巻をした男。
「あら、リュウを使うとは面白いわね。何事?」
「ふふふ、三種の神器とまで言われて語り継がれる程の技の使い方、見せてあげるわ」
「あなた、何時の間にそんな古臭い専門用語を……」
「なんですか、さんしゅのじんぎって?」
「えー? 確か、波動拳と竜巻旋風脚と昇竜拳、だったかな。あれをベースにしている他のキャラを、所謂「リュウケンタイプ」とか言うらしい」
「へー、そーなんですかー」
もっぱら、後ろの小悪魔は勉強熱心みたくふんふんと頭をかくかくさせていた。ちょっと熱心すぎないかね。
「って、そこの攻略本に書いてあった」
「あ、ちょっとパチュリー! なんでこの本ココに置いてあるの!?」
「あんたが忘れてったんでしょうが」
随分と仲良くなったように見受けられる2人である。
で、その本はと言うと、すぐ近くの椅子に丁寧に置いてあった。
ゲームに集中し始めた一行を横目に、小悪魔は無意識的にその本を手に取る。
最初の方のページにある目次から、さくらという少女の項目に移る。
ごくふつうの女子高生だったが、ある日偶然出会った「あのひと」の戦う姿に憧れ、もう一度出会うために自らストリートファイトの世界に身を投じる。
本には、以上のような記述がなされてあった。
「あのひと? ……あぁ」
小悪魔は後ろを振り向き、ある種白熱の場となっている場所を見据える。
「あのひとか」
今現在、パチュリーが操っている人物。確か先程、紫が「リュウ」とか言っていたか。
確かに、見惚れる程かっこいい。ちなみに、現在パチュリーが優勢。紫、焦る。
その状況を見送り、今度はそのリュウさんとやらの項目に移る。このページが彼のかっこよさを更に引き立てていた。
キャッチコピーに「永遠の挑戦者」とか、好きな物に「武道一般、水羊羹」とか渋いし、ライバルは非常に多いとか。
挙句の果てに特技は「どこでも寝られる・ヒッチハイク」と来た。もうかっこいいとかいう次元を超えている。なんか丁寧に身長体重スリーサイズとか書いてあるし。
「身長が175cmか……いいなぁー」
身長がもっぱら低い小悪魔であった。
で、ここで更に小悪魔の目を引く記述を見つける。
それは、「暗殺拳を昇華させた格闘術を使う」とかいう物。自分が目指していたのは暗殺拳だったのかっ!
が、幻想郷だし構わないかと軽く受け取る事にする。そもそも本人は自分の拳で殺せる奴なんて限られてるだろうと思っていた。事実そうかもしれないが、後でどうなっても知らんよワシは。
読み進む内にどんどん小悪魔はその男に引かれて、いやすでに惹かれていた。
「誰もが認める一流の格闘家となった今でも自分自身は満足しておらず」とか「富や名声に執着がない」とか
「彼に惹きつけられる者は多く、世界中に友人がいる」とか、って小悪魔がすでに惹かれている。ものの数分で。
ここまで来たら、小悪魔の心はすでにノックアウト。見惚れる以前の問題である。すでに惚れた。
「かっこいい……」
すでに顔がほんのり桃色である。ある種の重症。誰か診てやって。たすけてえーりん。
が、切り替えが早いのが小悪魔。ご丁寧にあれやこれやと書いてあるリュウの持つ技の解説ページにまで移る。
彼女の目は何故か真剣そのもの、図書館の司書を務める彼女の頭脳力でそれを覚え、あとは実際に頑張る。
彼女にそれだけの吸収力があるかどうかといえばないと思われるが、意外にもあの魔理沙と対峙する内に、魔理沙の特技の一つである吸収力をちゃっかり身につけていたらしい。
後ろで遊んでいた一同が解散した後、彼女は屋上に位置する時計台で寝る間も惜しんで修行していたとか。あぁ、ちなみに紫が逆転勝利、パチュリー黒星を増やす。
そして、本当に寝ずに修行を終えた小悪魔。時間は朝の9時。
それはやってきた。
「警報! 警報! コールカラー白黒! 現在、ターゲットは図書館まで残り500m以内に侵入! 総員、ただちに対処せよ! 繰り返す――」
小悪魔にとっては、まるで狙ったかのようにやってきた霧雨魔理沙が、図書館まであと僅かの位置にいるという警報が発せられる。
時計台から図書館へと戻ろうとしていた小悪魔は、その足を急ぎ足に変えて、一気に図書館へと向かった。
あの花の異変以来、魔理沙は堂々と図書館入り口から殴り込むようにして本を盗んでいくようになった。
小悪魔は、彼女が元より進入経路として使っていた裏の道を使用し、図書館に入る。
「パチュリー様っ!」
「あら、小悪魔。ちょうど良かった」
どうやら魔理沙は図書館に侵入しつつあるようだ。
現在、殆どの防衛陣が順調に看破され、すぐにでもここまでやってくると言う事。
万一に備え、数十人のメイドがここに配置されているが、一同は総員、焼け石に水だと思っていた。
「……なるほど」
それでも小悪魔はあくまで冷静だった。
確かに、本を盗んでいく魔理沙は盗人猛々しいという言葉が似合うくらいに厄介である。
壊す物は壊していくし、宣言無しにマスタースパークを撃ちかましていく程の問答無用さ。
正直言って、この紅魔館の空気を濁す理由の一つとして大々的に知られている。
「……随分と余裕があるのね、小悪魔」
「まぁ、一応、ですけど」
この状況下で、確かにパチュリーの目には小悪魔のいつもと違う余裕と自身が見受けられた。
最近、メイド達から「ある噂」という物を耳にした事があるパチュリーであったが、まさか。
「みなさん、ちょっといいですか? 案があります」
当の本人は、顔の緩くなっているメイド達を集めて、その案とやらを話し始める。
満ち溢れる程でもないのに、パチュリーには十分に見える余裕っぷりからは、彼女を更にその気にさせた。
「とにかく、あの広い地点で私が待機しますから、皆さんはそこに誘うようにしてください。その後は、パチュリー様」
「……え?」
突然の呼び掛けに焦ったパチュリーに、小悪魔は自信たっぷりに答えた。
「サイレントセレナで、結界みたいにあの広い地点を出れないように囲んでください」
「……小悪魔、それは危険よ。あなたの身が危うくなる」
「それなら大丈夫です。私に考えがあります。他の皆さんも、サイレントセレナの穴を埋めるようにして弾幕を使ってください」
その場の全員を、小悪魔に視線を集めさせた。
ほぼ完全なる密室の中で、小悪魔は一体何をするつもりなのかと。
明らかに危機感を感じる状況の中、小悪魔は自身に溢れたような笑顔をしていたとか。
「いやっほーい! 邪魔するぜ!」
「総員、かかれー!」
霧雨魔理沙の進入と、メイド達の弾幕の展開は、ほぼ同時だった。
「荒っぽい扱いだなぁ」とぼやく彼女は、メイド達の弾幕の大きな穴である場所をスイスイと進んでいく。
メイド達は当初の作戦を悟られないようにしてその穴を屈折させつつ、目的地へと魔理沙を運んでいく。
当の魔理沙は、調子良くその穴を、高速で駆け抜けていた。ここまで、計画通り。
問題は、そこに待ち構える小悪魔が、一体何をするか。いつまで経ってもこれだけが疑問に残り、彼女達も不安の顔で魔理沙を相手にする。
いよいよ、小悪魔の待ち構える地点に魔理沙がやってきた。
「邪魔だぜ、小悪魔!」
そう叫ぶと、それが宣言代わりだと言わんばかりに魔理沙が突っ込んでくる。その箒の後ろからは、メイド達を狙うかのように星屑がばら撒かれる。
俗に言う、スターダストレヴァリエ。本当に宣言無しである。
が、そのターゲットである小悪魔は、それを相手に構えて一向に動かない。遠くに待機していたパチュリーはますますそれを不信に思う。
だが、その次に起こった事に、事態は一変した。
「そこだっ!」
魔理沙が小悪魔にぶつかる寸前、突如として小悪魔の腕が魔理沙の体を被せるようにして振った。フックをしているかのようだ。
「おわっ!?」
見事にそのフックは魔理沙に当たり、箒から落とされる。その箒は勢いを止めず、図書館の奥まで吹っ飛んで行った。
一瞬驚いたパチュリーも、それが合図かと言うように小悪魔と魔理沙の下に魔方陣を展開し、壁を作った。サイレントセレナである。
外からは見えない程に分厚く張った壁である。脱出は容易ではないだろう。が、それに伴い中の状況がなかなか確認出来ない。
パチュリーも、メイド達も、小悪魔に全てを託した。
「ったく、いきなり箒から叩き落すとは、それでもお前司書か?」
「今の私は、あなたを追い返す為の門番みたいなもんです」
「成る程、門番ね。じゃあちゃちゃっと終わらせてもらって構わないんだな」
そう自信満々な態度を見せた魔理沙だが、内心焦っていた。
まさか自分のスペルの一つでもある種の脅威である突進技を、フック一つで看破されるとは思わなかった。
更に箒は遥か彼方へ旅立ってしまい、一人取り残された魔理沙はこの現状に焦る。
仕方なく、小悪魔の攻撃に備えて構える魔理沙。だが、先程フック一つで叩き落された魔理沙は、小悪魔は弾幕でない別の何かで仕掛けて来る事に不安を覚えた。
見れば小悪魔はこれから格闘でもするかの様に構え、その表情はなかなか険しい。
(……このペースに飲み込まれたら、負けだな。なら)
そう考え、魔理沙は牽制ついでにミサイルを数発射出。
三方から迫る牽制の弾幕に、小悪魔は動かない。魔理沙の顔に疑問の色が映る。
――直後、魔理沙は目を疑った。
「な……んだって?」
魔理沙の放ったミサイルは、消えてしまったのだ。
小悪魔は美鈴から習った気の使い方を利用して、それを手に集中させ、手の甲一つで魔理沙のミサイルを全て弾いてしまった。
俗に言う、ブロッキングとかいう奴である。
「さ、撃つならバンバン撃ってください」
当の本人の顔は、未だに余裕満点だった。
この挑発に乗った魔理沙は更にミサイルを放った後、弾幕寄りであるスターダストレヴァリエの攻撃を展開する。
が、小悪魔はあくまでもその場から動かず、両の手の甲だけでその全てを弾いてしまった。
おいおい、これあくまでも避けゲーだぜ? と更に焦る魔理沙も、その手を休めず、弾幕を張り続ける。
張り続けつつ、小悪魔へと徐々に近寄っていく。意表を突き、小悪魔を叩き込むつもりである。
はずだった。
「いつまでも調子に乗るんじゃないぜ、小悪魔!」
弾幕に隠れながら近寄った魔理沙は、小悪魔に対して渾身の蹴りをお見舞いする。
が、小悪魔はこれを屈んで対処し、魔理沙の死角へとまわる。
しまった、と魔理沙が顔を向けた時には、その屈んだ状態で拳を構える小悪魔がいた。
「昇竜拳っ!!」
叫ぶと同時に、小悪魔はその拳を魔理沙の胸元へと突き上げ、飛び上がった。
その拳は胸と腹の間の骨の部分をえぐるようにして突き上げられ、魔理沙の顔が歪む。
「ぐっ……!」
その攻撃と、吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた衝撃で、一時呼吸困難になる魔理沙。しばらく起き上がれずにその場から動けない。
まさか、小悪魔にあんな特技があろうとは。なんだよしょーりゅーけんて。
……一瞬、魔理沙の頭に何かがひっかかった。
「あれ、早いですね。もうギブアップですか?」
その声に、そのひっかかった何かはすぐに消え失せてしまった。
なんとか顔を上げた魔理沙は、構えを解かずに、それでいて魔理沙にとっては非常に不快な笑顔をしていた。
「くそ、お前……」
何とか立ち上がる魔理沙。だが、思った以上にダメージが強く、足が震える。
……非常にマズイ。今日はグリモワールを2、3冊頂いていく予定だったのだが、これでは追い返されるぐらいじゃ済まなくなるかもしれない。
「あんまり時間もかけられないです。パチュリー様も、そろそろこの結界作るのに疲れてる頃だと思いますし」
(……? な、なんだ?)
突如、小悪魔が構えの形を変える。それは魔理沙がマスタースパークを放つようなそれと似ていた。
その手元が、急に青くなり始める。
(……あの中国が使ってた気、みたいな物か?)
その小悪魔の手元が、目に見える程にピリピリとしていた。電撃か何かだろうか。
それは徐々に拡大されていき、魔理沙の体にもその威圧感がひしひしと伝わってきた。
美鈴の使う七色の華やかなのとは違い、圧倒的な圧迫感を感じた。
(五つの波動を、まとめて撃つ!)
小悪魔は叫び、そして放つ。
「真空っ!」
魔理沙の足の震えが止まるのと、それは同時だった。
「波動拳!!」
真っ青に、電撃を帯びたその気は、確実に魔理沙を捉えていた。
魔理沙はそのたった一つの弾ですら、避ける事が出来なかった。
そうして時間は今に至る。
結局、パチュリーがサイレントセレナを解いてものの数十秒で魔理沙は回復、隙を突いて箒を回収、暴れるだけ暴れて、グリモワールを1冊盗まれた。
「小悪魔が武道を会得した」という情報はその日から紅魔館中にまわり、一躍有名人となった。
外の方にも小悪魔に関わる半数がそれを知った。勿論情報源は小悪魔と対峙した魔理沙であった。
当の本人は「発掘だ」と言って、思い出したかのようにゴチャゴチャな家の中を漁っていたという。アリス談。
「ふーん……」
興味深そうにメイド達の話を聞く咲夜であった。
「お昼だー」
「うわーい」
と、仲良さげにその場に現れたのは美鈴と小悪魔。
ちょうどいい時に現れた、と言わんばかりにメイド達は小悪魔に駆け寄る。
「……美鈴」
「はい、なんですか?」
咲夜は美鈴を呼び、問う。
「武道を教えたの、あなた?」
「はぁ、そうですけど」
「何故? そんなに門番が暇だったから?」
「いやいや違いますよー。なんか突然「正しい気孔の使い方が知りたいです!」から始まって、いろいろ教える事になったんですよ」
最初に気孔だと言っておいて、武道に移るとはこれ如何に。
「それで、手取り足取り?」
「最初はそうだったんですけど、その後は自主的に一人で修行してましたね。主に時計台とかで」
「へぇ?」
「紅魔館から電撃帯びた気の弾が飛んできた時は何事かと思いましたけどねー。いやー、凄い成長だなぁって」
「それであの子、どれくらいつよくなったの?」
「そんなに気になるんですかぁ?」
我が教え子が評価されている、なんて考えに浸っている美鈴はニヤニヤした顔で聞き返す。
良いから言いなさいと催促する咲夜に対してもしょうがないなぁとにやついた顔で応える。
「いやー、これが凄いんですよぉ。ちょっと前に手合わせしたんですけど、牽制で放った弾幕、ほとんど手の甲で弾かれちゃいました」
「手の甲で?」
「しかもこっちが近寄ったら「たつまきせんぷーきゃく」とか言って連続蹴りやられたし。「しょーりゅーけん」は凄かったなぁ。あんなに的確に人体の弱点狙ってくるもんだからビックリしたなぁ」
「ふむ……」
技の名前はともかくして、そこまでの実力を会得したという事だ、小悪魔は。
元よりあまり目をつけていなかったが、ここまで成長の余地を見せるとは。惜しい人材を見逃していた。
「小悪魔」
「はい、なんでしょー?」
笑顔でメイド達と会話を楽しんでいた小悪魔は、咲夜へと顔を向ける。メイド達も小悪魔から離れる。
それを確認した咲夜の行動は、突然だった。
「え!?」
近くにいた美鈴が、驚きの声をあげる。
突然、咲夜が十数本のナイフを小悪魔に向けて投げた。
が、驚いた事に、小悪魔はすぐに表情を変え、その弾幕の先端に位置したナイフをそれぞれ両手に掴んだ。
そのナイフを盾にするかのように構え、こちらに向かってくるナイフをすべて弾いてしまった。
場の空気が驚きで固まる中、咲夜の顔は驚きの色を表しつつも、感嘆を示していた。
「……素晴らしいわ、小悪魔」
「えへへ、ありがとうございます」
その日から、更に小悪魔の名声は上がったという。
時を別として、八雲一家の住むマヨヒガにて。
「紫様、最近いろんな場所に赴くようになりましたね」
藍が思い出すようにポツリと言う。
「だって楽しいじゃない、このゲーム。結構他のみんなも楽しんでるじゃない?」
「まー、そーですけどねー」
「霊夢以外とはほとんど遊んだわねー。霊夢ったら人付き合い悪いんだから」
「あの巫女の所にも行ってたんですか……」
「当たり前じゃないの。……でね、これが以外と影響力高いのよ」
「はぁ?」
「知ってる? あの紅魔館の図書館の司書やってる」
「あぁ、あの小悪魔」
「あの子、武道を会得して、魔理沙を一歩手前にまで追い詰めたっていうのよ。凄い株価が上がってるわ」
「株価って……。それより、本当なんですか?」
「本当。それが知れ渡って、幻想郷のあちらこちらで異種格闘技が流行りだしてるのよ。スペルカードルールに次ぐ新しい決闘法ができるかもね」
「……どうでしょう?」
それについては、また今度にでもすると思うよ。
……そうそう、一つだけお願いが、誰かにスクリューパイルドライバーお願いしますww(レティとか美鈴とか)
>紫色に関する何かが共にある事、何かをしている事を示す
なんでもよくね?特定の意味が無い
>「ゆかりってる」「むらさきってる」
ってさ、むらさきは紫だけのイメージカラーじゃないし。そもそもパチュリーもあたるのでこの場合「ゆかりあってる」てとこかな?
>脇役氏
書いた自分も恐ろしいくらいに強くなっちまったこぁーですが、その(一応)師匠の立場にある美鈴だし、多分大丈夫な筈。
なんだけどー、ぶっちゃけ満足そうにしてるからほっといてもよくねとかいう甘い考えが過ぎるような。どないしょww
>名無し妖怪氏①
萃夢想、コマンド判定が厳しくて涙目っす。
今も昔も頼りにしていた昇竜が出し辛いじゃないか! 何故だっ!?
>名無し妖怪氏②
うーん、あくまで「紫色」でなく「紫」と表記すべきだったかもしれませぬ。
柔軟な発想っつーか、激流に身を任せて思いついた究極の駄文ですので、黒歴史って事で一つ宜s(蹴