面倒見の良い慧音の所には、よく悩みを抱えた連中が相談をしにやってくる。
根が真面目な慧音はその悩みを真摯に聞き、時に熱く、時には突き放すようにアドバイスを与えていた。
「最近、抜け毛がひどいんですけど……」
「ソープへ行け」
今日も悩める子羊たちの相談に答える慧音。
その方向性は、時折間違ったりするのだが。
そんな慧音の元へ、一風変わった相談者が現れたのは冬も深まった二月のことである。
ふさふさ尻尾を九本も携えた式神が、暗い顔で慧音の家へと訪れた。
「どんな悩みでも即解決。慧音先生のお悩み相談室はここですか?」
宣伝は全て妹紅に任せていた。
少しぐらい名前が変でも気にしてはいけない。
「その通り。それで、悩みというのは?」
九尾の狐は尻尾をもじもじとさせながら、頬を染めて口を開く。
「最近、橙が冷たいような気がして……」
「はぁ」
「昔は一緒にお風呂に入っていたんですけど、近頃はそれも嫌がって」
そもそも、猫は風呂に入りたがらない生き物だと聞いている。
嫌がるのは当たり前だ。
昔は一緒に入っていたというのは、単に無理矢理入れていたからではないのか。
「ウチへ泊まりにきても、私と一緒の布団で寝るのは嫌だと言って……」
「泊まりにということは、家は別なんだな」
「はい。本当は一緒に住んでいたいんですけど、どうしてもと言うものですから」
別居中とは。
これはもう破局も秒読みかもしれない。夫婦なら、の話だが。
「後ろから抱きつけば『藍様、獣臭い』と罵られ、酷いと思いませんか? 私もお前も同じ獣同士だというのに! おーいおーい」
「誰を呼んでいるんだ?」
「泣き声です」
「狐は変わった声で鳴くのだな」
正直、どうでもいい話だったので返事も段々と適当になってくる。
「紫様に相談にしても、反抗期なんでしょの一言で片づけられ! 橙が反抗期だなんて、そんな馬鹿な事があるわけないです! あの優しくて可愛い橙が!」
「橙と円って発音が似てると思わないか?」
「それが何か?」
「いや、別に」
円が反抗期。
ドルの青春時代。
ならユーロはどうなるのだろう。
慧音は、そんなどうでも良い事を考えていた。
「教えてください! どうしたら橙が元に戻ってくれるんですか!」
「夜空を見上げると良い。お前の求めていた橙は、あの星空の下で輝き続けているじゃないか」
窓の外を指さす。
今日も快晴、気持ちがいい。
太陽も絶好調のようだ。
「そうか、橙はあそこにいたんだ! ありがとう、上白沢慧音!」
瞳を輝かせながら、八雲藍は飛び出していった。
星すら出ていないというというのに、どこへ行ったのやら。
呆れながら筆を取る。
とりあえず報告書を書かないと、後々で色々と面倒なのだ。
『相談者:八雲藍
相談内容:橙との不一致
解決策:イカロス』
雪がしんしんと降り注ぐ二月。
変わった帽子に雪を積もらせながら、また新たな子羊が慧音の家へとやってきた。
「マジカル☆ロジカル上白沢慧音~恋のお悩みにドッキドキ~はここ?」
何度も言うが宣伝は妹紅に任せてあった。
頭のネジが何本か抜けているネーミングセンスだったとしても、咎めてはいけない。
「違うけど、そうだ」
「違うなら違うでしょ。まぁ、悩みを聞いてくれるならどっちでもいいけど」
しかしまた、帽子に劣らぬ変わった客が来たものである。
さしもの慧音も神様から相談された経験は無い。
洩矢諏訪子は体中に積もった雪を払い、畳の上にぺたんと腰を下ろした。
「唐突なんだけど、最近早苗が私に構ってくれないの」
「はぁ」
またかと、心の中で呆れかえる。蛙だけに。
「正確には神奈子にべったりと言った方がいいかもね。とにかく、何かあれば八坂様、八坂様って。なにさ、あの神社の本当の神様は私なんだぞぉ!」
跡継ぎ問題なのだろうか。
神社の内情まで詳しくはないので、その辺りはよく分からない。
「大体、神奈子のことは八坂様って様付けで呼ぶのに、私のことはケロちゃんだよ! 大阪弁で喋れってことか!」
「そういうのは国営放送に相談しろ」
「神奈子も神奈子だよ。ちょっとぐらい私に気を遣ってもいいのにさ、これみよがしに早苗の頭を撫でたりして! 私の方が背が低いから自慢してるんだよ、あの女」
嫁姑問題にすら発展しそうな勢いだ。
「あーうー、このままじゃ早苗に忘れ去られそうで……」
「その早苗という子が持ってる携帯の機種は?」
「A-U-。って、なにを言わせる」
「いや、思ったことを口に出しただけだ」
正味、神様でも解決できないことを慧音が解決できるはずもなかった。
慧音としては早く切り上げ、できれば自己解決して貰いたい。
だからやる気が無いのもしょうがないのである。
「どうすれば早苗は私のことを構ってくれるようになるか、教えてちょうだい」
「とりあえず、自分のことを意識させるために語尾を自分の名前にするといい」
その手があったかと驚いた表情をする諏訪子。
普通に考えて、その手は無い。
「わかった、試してみる諏訪子」
「頑張れ、ロリ諏訪子」
「去り際に変なことを言うのは止めてよ」
「諏訪子は語尾だ」
「ロリを止めろって」
などと、ちょっとギスギスしながらも無事、悩みを解決することができた。
できた事にしよう。
そう自分に言い聞かせながら、慧音は筆を取る。
『相談者:洩矢諏訪子
相談内容:古典的嫁姑問題
解決策:語尾諏訪子』
とうとう吹雪き始めて、外には人っ子一人いなくなった二月の終わり。
こんな吹雪の日に相談へくる酔狂はおらず、慧音は暇をもてあましていた。
押し掛けてくれば鬱陶しいものだが、いないとなると、それはそれで寂しい。
仕方がないので、自分が相談者になることにした。
「湯煙美人狼天狗殺人事件~花札に隠された特急因幡の白兎伝説はオーエンなのか1969~はここですか?」
しつこいようだが、宣伝をしているのは妹紅である。
例え慧音がいま思いついたものだとしても、そう言い張る自信があった。
「違いますけど、犯人は永琳だ」
「いきなりネタバレとは失礼ですね、あなた。でも美人だから許します」
「ありがとう。見知らぬ美人」
一人で場所を入れ替わりながら、婉曲的な自画自賛を繰り広げる慧音。
誰が見ても、今の自分は奇妙に映るだろうと本人も自覚していた。
それでも止めない辺りが、いかに退屈だったのかが伺える。
「こんなことを言っていいのか分からないんですけど、この頃変な相談者ばかりがやってくるようになりまして」
「はぁ」
「相談される側としても、出来ることならもっと普通の人に相談して貰いたいのです。例えばカラスに畑を荒らされて困っているとか、チルノとチルドをよく間違えるとか」
老眼にでもなったのか。
チルド食品をチルノ食品と間違えたのは良い思い出。
「ではこれからは、表札に変人お断りと書いておけばいい。そうすれば普通の連中しかやってこない」
「なるほど」
自分のアイデアに感服しつつ、表札に注意書きを加える。
これでもう変な奴が来ることはないだろう。
などと思っていたら、五分で来客があった。
「よう」
雪まみれになった魔理沙が気さくな感じで入ってくる。
注意書きに効果など無かったようだ。
それにしても、この気楽そうな少女に悩みなどあるのか。
「どうした、こんな雪の中」
「いやなに、仕事の帰りにちょっと面白そうな看板が見えたんで。興味をそそられやってきた」
その仕事がどういうものかは問わないとして、面白そうな看板とはこれいかに。
魔理沙は瞳を輝かせながら尋ねる。
「で、誰をやるんだ?」
「は?」
「だから誰をやるんだって聞いてるんだ。霖之助あたりか?」
どうにも話が噛み合わない。
魔理沙は一体、何を見たというのだろう。
表に出て、慧音は全てを理解した。
『変人おとこわり』
漢字で書けばよかったと、少し後悔したらしい。
それはそうとこーりんの八卦炉ってミニなのかwwwwwwwwwwwwwwwwww
「おとこわり」じゃなくて
「おことわり」でしょうw