「さて何か言うことはあるかしら?」
笑顔と威圧感を一緒にして永琳が、てゐの目の前で仁王立ちしている。
「いつものように悪戯には愛を込めたので大目に見てください」
「その言い訳は5617回目ね」
「数えてた!?」
「月の頭脳という名は伊達ではないわ」
その記憶力の優秀さは誇れるかもしれないが、才能を無駄にしてると断言したい。
「今回のお仕置きはこれよ」
「なんですかその紫の泡ぶくは」
「興味本位で昨日作ったばかりの薬」
「ふ、副作用とかは?」
永琳の持つフラスコからじりじりと離れながらてゐが聞く。
なんとなく答えはわかっていたが、一応聞いてみたてゐ。
「それを知るために実験体になってもらうのよ」
瞬間てゐは、逃げる兎、まさに脱兎の如く逃げる。
それを予期していた永琳は天井からぶら下がる紐を引っ張る。
部屋のそこかしこからマジックハンドが現れてゐを捕まえようと追う。
しかし、てゐも幸運の素兎と呼ばれたもの。その幸運を自分に向けたかのような回避率で逃げ続ける。
いつまでも続くかのように思われた逃走劇も、数の暴力には勝てず捕まってしまった。
「諦めて飲みなさい」
そう言ってゆっくりと近づいてくる永琳。ぶんぶんと首をふって拒否するのはてゐ。
絶対嫌だと口はしっかり閉じている。
「あなたが悪戯しなくても飲むことになっていたのだから諦めなさい?」
「そんなー!? れーせんでもいいじゃないですか!」
「この薬で効果が出て、副作用に耐えられそうなのあなたしかいないのよ」
ほかのイナバじゃ耐えられそうにないしねぇと、困ってないのに困った表情を作る。
永琳はマジックハンドに命じててゐの顔を上向きにする。そしててゐの口と鼻を塞いで待つ。
できるかぎり我慢していたてゐにも限界は来て、酸素を求めて口を開いた。その隙に紫の液体は流し込まれた。
「すっぱにがっ!?」
味の感想だけ言っててゐは蹲る。マジックハンドは薬を飲んだ時点で放れていた。
さすが八意印の薬だけあって効果はすぐに現れる。
永琳の予想通りの変化を起こしていくてゐ。
とそこに、
「師匠ー」
ウドンゲがやってきて障子越しに永琳を呼ぶ。
「入っていいわよ」
「失礼します。てゐ見ませんでしたか?」
「てゐに何か用?」
「てゐったら、私が楽しみにとっておいた人参のバウンドケーキを食べちゃったんですよ!
そのことを怒ろうと思って」
そこまで言って蹲っているてゐに気づいたのか、指差し聞く。
「師匠、その人誰です?」
「この子? この子はね……」
永琳が答える前に顔を上げたてゐを見て、
「わかりました! でもてゐにお姉さんいたんですね。初めて知りました。
はじめまして。私は鈴仙・優曇華院・イナバと言います。
妹さんには、いつも手を焼かされています」
そうウドンゲと永琳のそばにいるのは、大きくなったてゐ。
肩までだった髪は腰まで伸びて、ふっくらとしていた顔はすらっと鋭さを帯びて、体つきも大人のものへと変わっていた。
しかし服までは変化しなかったのでぱっつんぱっつんだ。
「違うのよウドンゲ。この子は……」
「でもその姿でここまで来たんですか? 痴女って思われますよ?」
「さっきから絶好調じゃない、どうしたのウドンゲ?
それといい加減話を聞きなさい。この子はてゐよ」
「なに言ってるんですか師匠。てゐはもっと小さいですよ。それに雰囲気もどこか違いますし」
「私が作った薬の効果よ」
「なるほど!」
永琳の短い説明ただそれだけで、全てを納得できたウドンゲ。
いままで色々な薬を作り出してきた永琳だ、これくらいのことはできて当然だという認識がウドンゲにはある。
「どうして飲ませたんですか?」
「悪戯にたいするお仕置きよ」
「それじゃあ自業自得ですね」
さっきから一言も喋らないてゐの体が震えだす。怒ったのだろうか。
その瞳の端にじわりと水滴が浮く。
「ひどいですわ!」
「「ですわ!? っていうか泣いた!?」」
さすが師弟、息がぴったりだ。
泣くてゐをほおっておいて、二人でひそひそと話し合う。
「師匠」
「なにかしらウドンゲ」
「てゐがあれくらいで泣くと思います?」
「思わないわね」
「でしたらあれは」
「「嘘泣き」」
決め付けた!
「て~ゐ~嘘泣きで誤魔化そうたってそうはいかないわよ」
「今の体の状態を詳細に教えてくれたら、もう叱らないから嘘泣きやめていいわよ」
「嘘泣きなんかじゃないです!」
「「またまた~」」
笑いがなら嘘泣きだと言う師弟。
それを見ててゐはさらに泣き出した。
今この状況だけを見ると、泣いてる人をさらに泣かした非道二人。
このあとずっと泣き続けるてゐをさすがに変だと思った二人は、なんとかてゐを泣き止ませて詳しい話を聞く。
「永琳失敗しちゃった♪」
握った拳を軽く頭に当て、ぺろりと舌を出す。
可愛い仕草の永琳に男ならば胸ときめくものがあるが、ウドンゲの感想は違ったようで、
「千才超えた人がそういうことやると厳しいものがあります」
「ていっ」
「め゛っ」
目潰しが炸裂。目がぁ目がぁと転げ回ることになったウドンゲ。元から赤い目がさらに赤く。
そんなウドンゲを心配そうに見る大てゐ。服は着替えて永琳のものと似たものを着ている。ウドンゲの服ではサイズが合わなかった。
「痛かった」
「そんなことは置いといて、状況の再確認といきましょう。
成長の薬を作ったら性格まで変わって、あら大変ということでいいわね?」
そんな薬を作った理由は、若返りの薬は作ったことあるけれど急成長の薬はなかったかららしい。
失敗の理由は、おそらく細かいところは適当にやったせいだと言う。
「すぐ解毒剤で元に戻しましょう。あのてゐは違和感ありすぎて疲れます」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、解毒剤作ってないの。
いまから作れないこともないけど、熟成させる必要もあって完成は最低でも明日」
「それまであのてゐのままですか」
疲れそうだと溜息をつくウドンゲ。
そんなとき永遠亭の入り口からイナバの二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら急患が来たようだ。
「とりあえずてゐのことは先延ばしにして、患者を診るわよ」
「はい」
「てゐはほかのイナバに預けておきなさい」
「わかりました。てゐ、こっちに来て」
ウドンゲの呼びかけに素直に頷いて近寄ってくる。
そのまま連れられてイナバたちのところへ。
知らない人を見て首を傾げたイナバたちは説明を受け、普段と違いすぎるてゐに盛大に引いた。
てゐのことをイナバに丸投げしてウドンゲは永琳の手伝いへと向かう。
イナバたちは今のてゐにどうやって接すればいいかわからず、てゐに近づくのは優しげな雰囲気に魅せられた子供イナバのみ。
大てゐには子供の相手をしてもらうことに皆賛成した。
「今日はやけに患者が多いわね」
「牛が暴れて大変なことになっとります。それでそこらの医者じゃ治せないものはここへと連れてこられとります」
永琳に診てもらいながら患者がなんとか理由を答える。
それを聞いて永琳は納得する。ここいる患者は皆一定以上の重傷で、命に関わるものばかりだ。人間の医者では手を出せなくて当然だ。
「師匠~そろそろ姫様を迎えに行く時間ですけど、どうしましょう?」
時計を見てウドンゲは聞く。
輝夜は、てゐが薬を飲む前に妹紅と弾幕をやりに出て行った。
体力が残っていれば自分で帰ってくるが、この時間になるまで帰ってこないとなると体力が尽きて帰ってこれないのだろう。
「てゐに行かせて! 今暇なのあの子だけでしょう!」
「え? いいんですか?」
「忙しいのよ! 悩んでないで伝えてきなさい!」
「わかりました!」
ウドンゲは急いで部屋を出て行き、すぐに帰ってきて治療を手伝う。
1時間ほど経ち、ようやく治療を終えて一段落ついたとき、ウドンゲは再び聞いた。
「ほんとにてゐを行かせてよかったんですか? あんな状態ですよ?」
「あんな状態? …………あ」
「あってなんですか師匠ー!?」
「ただいま帰りました」
「……ただいま……」
玄関から礼儀正しい大てゐと疲れきった輝夜の声が聞こえてくる。
玄関まで出迎えにいくとそこには、輝夜を背負った大てゐがいた。
輝夜には回復したのか怪我はない。ただ表情に精神的な疲れが見えている。
「お帰りなさい姫、てゐ」
「お帰りなさい姫様、てゐ」
「永琳どういうことか説明してくれるかしら?」
ただいまと返すことなく説明を求める。
何をと聞かなくともわかるのは、同じ疲れを味わったものの共感か。
主に求められれば拒否することもない、永琳はすべての経緯を話していく。
その間に大てゐは夕食の準備に台所へと行っている。
「そう元に戻るのは明日なのね」
「てゐが迎えにいって何があったか、聞いてもよろしいですか?」
「いいわよ聞きなさい永琳。そして自分の罪を自覚しなさい!
あれは気分がのって私と妹紅が再戦しようとしていたときよ、私たちの間に入って身を挺して弾幕を止めたのがイナバ。
付き合いは長いし、面影は残っているから誰かはすぐに気づいたわ。
でも目に涙を溜めて、争いの虚しさをとうとうと説かれるなんて予想してなかったわ。
新手の悪戯かと思っている間は、正直言って面白がっていられた。
でも本気だとわかった瞬間の脱力感は言葉で言い表せない。精神的な余裕を全部持っていかれたのよ?
妹紅相手に見せたことのない、疲れた表情を見せる私を妹紅は心配するし。
イナバの一言一言で崩れ落ちる私を見て、今日はもう帰れって生暖かい目で見てくるし。
イナバも心底心配そうな表情で接してくるし、疲れるのよ! 疲れたのよ!」
「申し訳ありません」
「謝ってすむかー!」
「そんな言葉遣いは、はしたないですよ姫」
「誰のせいよ!?」
「ウドンゲです」
「ちょっ!? 師匠、責任押し付けないでください!」
はっちゃけていると大てゐが、夕食ができたと三人を呼びに来た。
今三人は自分が汚れているんだなと思い知らされている。
なぜかというと、子供イナバの世話をしている大てゐの慈愛に満ちた表情を見て、何か裏があるんじゃないかと思ってしまったからだ。
これ以上の精神的疲労は勘弁願いたい三人は、解毒剤の完成を心底心待ちにする。
その夜はぐっすりと熟睡できたらしい。
一晩経ち、待ち望んだ解毒剤が完成した。
早く飲ませようと急かせる心を押さえ込み、永琳は最終確認を済ませる。
「大丈夫です、完成しました」
「早く飲ませて! そして平和を取り戻すのよ!」
「わかりました。てゐ、これを飲んでちょうだい」
大てゐはきょとんとして素直に永琳から薬を受け取る。
この反応だけでも昨日と違いすぎて、疲れが出てくる。
フラスコを傾け、コクコクと美味しそうな色をしていない液体を飲み込んでいく。
ぼふんと煙が現れ大てゐの姿が隠れる。煙はすぐに晴れて、てゐが姿を現した。
ただし若返った状態ではなく、年取った状態で。
「師匠ー!?」
「あ、あら?」
「あらじゃないですよ!?」
「若い娘さんが大声出すものじゃないですよ、もっとお淑やかにしなさい」
「てゐに説教された!?」
再びはっちゃけそうな空気を阻止したのは輝夜。
「永琳あなたもしかして」
そう言って輝夜は永琳の額に手を当てる。
「やっぱり……永琳、あなた風邪ひいてるわね」
「風邪ですか? そういえば心なしか熱いような?」
そう言ったとたん、健康そうだった永琳の顔が真っ赤になって目を回し倒れた。
「病は気からとはよく言ったものね。
昔からあなたの風邪はすごくわかりづらいのよ」
「え、えーとそれじゃあ、昨日今日の師匠は病気故の暴走だったってことですか?
って姫様? 姫様!?」
ウドンゲが周囲を見ても輝夜はいない。
逃げたのだ。TVゲームで鍛えた面倒事察知能力を思う存分発揮して逃げたのだ。
ウドンゲは老てゐに淑女としてのたしなみを説かれながら、永琳の看病をするという混沌とした状況に放り込まれたのだった。
成長させる薬や魔法は既にでてるのだよ
けど、別にいいじゃない
作品がいいかどうかは既出かどうかじゃないし
しかし一番可哀想なのは鈴仙だと言うもの悲しさww
最低でも、鈴仙より年上らしいですし