「きっと咲夜さんは二人いるんです」
美鈴のトンデモ発言に、レミリアは目を丸くした。
お茶会の最中だというのに、この門番は何を言い出すのだろう。
栄養が脳に届いていないのか。
レミリアの哀れみの視線を浴びても、美鈴に怯む様子はない。タフなガールだ。
「これはもう衝撃的な事実ですよ! 天狗だって掴んでいない大スクープです!」
「そりゃまあ、あれだって一応ガセネタには気を付けてるだろうし。そんなゴシップに飛びつくわけないでしょ」
レミリアの冷静なツッコミもなんのその、美鈴は鼻息を荒くしながらテーブルを叩いた。
止めろ。紅茶が零れる。
「ゴシップなんかじゃありません! 紅色の脳みそが導き出した、確固たる推理です」
推理に確固も糞も無いと思うが。
「ちょっと待ちなさい。紅と聞いては黙ってるわけにはいかないわ。誰の脳みそが紅ですって?」
「もういいじゃないですか、そんな話は。それより今は咲夜さんです」
「ねえ、グングニルしてもいい? てか、させろ」
涙目で土下座をする美鈴。
しかして、その先にあるのはただの紅茶。
紅魔館の力関係が、紅茶>レミリアだとでも言っているのか。
「もういいわ。こんな事で力を使うのも億劫だし。特別に許してあげる」
「さすがお嬢様。伊達に上げ底ブーツを履いてませんね」
~少女掴み合い中~
「それで、何の話だったかしら?」
棒で身体を支えながら、息も絶え絶えに美鈴は言った。
「咲夜さんがですね……実は二人いるという……」
「ああ、思い出したわ。まったく、くだらない与太話を思いついたものね」
肩をすくめるレミリア。傷一つないところは、さすが吸血鬼といったところか。
「今は咲夜が出かけているからいいけど。いたらあなた、きっとボロボロにされてたわよ」
「いや、今でも充分にボロボロなんですけど」
言われてみれば、そうかもしれない。
自業自得だから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
美鈴はよろめきながらも、咲夜さん二人説を必死にアピールしてくる。
「でも考えてください。霊夢や魔理沙が紅魔館に乗り込んで来たときと、鬼と戦ったとき。明らかに違和感があると思いませんか」
「言われてみれば、確かにそうかもしれないわね」
主に胸とか。胸とか。
「多くの人は偽造工作だと主張しますけど、私はたった一つの真実に至ったのです。そう、幻想郷に咲夜さんは二人いる!」
目を輝かせながら、さも大発見とばかりに声を上げる。
偽装説の方がよっぽど真実味があるというのに、どうしてそっちに思考がいくのか。
常人には理解し難かった。
「そうか! それなら確かに咲夜の違和感にも説明がつくわね!」
そして、吸血鬼は常人ではなかったわけで。
「咲夜さんは私たちにばれないように入れ替わっていた。だけど、胸の違和感だけは隠しきれなかった」
「つまり、咲夜には咲夜(大)と咲夜(小)がいるってことね」
「その通りです。何が目的かはわかりませんけど」
杜撰な隠蔽に、目的不明。
仮に咲夜が二人いるのだとすれば、これほど無駄な工作もあるまいて。
そんなことに気が付かない二人は、背後に炎を纏わせながら、熱く語り合っていた。
「ちょっと待ちなさい。ということはひょっとしたら、私も二人いるかもしれないんじゃない?」
「なるほど。確かに咲夜さんが二人いるのなら、私やお嬢様が二人いてもおかしくはないですね」
いや、おかしいから。
「きっとこの幻想郷のどこかには、美鈴(小)がいるはずです」
懐かしいものを見るような目で、美鈴は窓の外を見遣る。
レミリアも、釣られるように同じ方を見た。
「そして、お嬢様(幼)もどこかにきっと」
「(幼)!? 私ってば既に成熟期!?」
「だって永遠に赤い幼き月ですから」
「そんなはずはないわ。レミリア(大)だってどこかにいるはずよ」
「お嬢様(笑)ならいるかもしれませんよ」
~少女取っ組み合い中~
相変わらず傷一つないレミリアは言った。
「決めたわ、私はレミリア(大)を捜しに行く」
「捜すって……どこをです?」
頭から大量の血を流しながら美鈴は答える。
この程度、最早慣れっこであった。
「幻想郷中をよ。なにせ相手は二人目の私だもの。きっと溢れんばかりのカリスマで、すぐに見つかるわ」
「じゃあ、何で今まで見つけられなかったんでしょうね」
「とっくの昔に見つけていたわ。そう、彼女は私の心の中に……」
「お嬢様……」
胸を抱き留めるレミリア。
美鈴は何も言わず、そっとレミリアを抱きしめた。
「馬鹿な私。捜す必要なんてなかったの。要は私の内に眠る、レミリア(大)を具現化させればいいだけの話よ」
「さすがお嬢様。冴えてますね」
「ふふっ、紅の脳細胞は伊達じゃないわ」
いつのまにか肩書きが譲渡されていた。
だが相応しいと認めたのか、美鈴は何も言わない。
二人は互いに笑みを交わし、呼吸を整える。
そして溜めた酸素を、欲望と共に吐き出した。
「背の高い私! 胸の大きい私! レミリア(大)!」
「赤巻紙、青巻紙、寝間着神!!」
若干一名、趣旨を理解していない奴がいた。
しかも噛んでるし。
その頃、遠く離れた神社の一室では。
「はっ!」
何かに取り付かれたように、神奈子が布団から飛び起きる。
「どうしたんですか、八坂様」
目を擦りながら、早苗も身体を起こす。
「今、私を呼ぶ声がしたの」
「空耳じゃないですか。もしくは神社に誰か願い事でもしたんでしょう」
いかなる現象か、神社か祠に託された願いは、神奈子と諏訪子の耳に届くようになっていた。
おかげで時折、狐憑きかと思うような言動を取ることがある。
「いや、これは願い事なんて生やさしいもんじゃないの。言うなれば、怨念」
「怨念がおんねんってことですか。あはは、面白い」
よっぽど眠たいのか、早苗は少し壊れ気味だった。
さすがにこれ以上は神奈子とて眠かったし、早苗の精神も危ない。
「とりあえず、何か適当に御利益があるように手回ししておこうか」
「じゃあ私がやっておきますよ。奇跡だけに奇跡を起こす。なんちゃって」
最早ダジャレですら無かった。
神奈子は優しく早苗を寝かしつけ、自分も寝ることにした。
御利益のことなど、すっかり忘れたまま。
「ご覧なさい美鈴! あの煙を!」
「おおっ、あれはきっと具現化した私たちが登場するための演出!」
二人の前に立ち上がるのは、白く視界を覆った煙。
そしてその中から、二人に瓜二つの影が現れた。
少なくとも早苗にそういった力が無いことは確かなのだが。
二人の思いが物理法則をねじ曲げたとしか思えない。
「ご覧なさい、私とそっくり。胸や背だって……私そっくり?」
おかしい。
あれがレミリアの望む自分だとするならば、背や胸が一緒であるはずがない。
首を傾げるレミリアをよそに、もう一人のレミリアは威風堂々と椅子に腰掛ける。
そして足をレミリアに差し出し、見下すように言った。
「まったく、どうして私がお前如き下等吸血鬼に呼び出されないといけないのよ。とりあえず、靴を舐めなさい」
態度がでかかった。
当然、それに従うレミリアではない。
自分との弾幕ごっこを始めるレミリアを尻目に、美鈴はもう一人の自分へと向き直る。
さて、早口言葉を言っただけなのに、どうしてもう一人の自分が現れるのか。
もう一人の美鈴は目を開き、聖母のような微笑みを浮かべた。
その眩しさに、思わず手で遮る。
「私はあなたが生み出した、もう一人の紅美鈴。願望ではなく、いわば副人格とでも呼ぶべき存在」
二重人格の片割れみたいなものだろうか。
自分にそんなものがあるとは知らず、美鈴は軽い驚きを覚えた。
「私はタンスに小指をぶつけた時、代わりに痛みを受ける人格です」
なんという無駄な神々しさ。
目を細めた自分が馬鹿みたいだった。
「しかし、私ばかりが痛みを受けるのは狡いと思って現れました。さあ、タンスの角に小指をぶつけなさい」
そう言うと、もう一人の美鈴が脚に飛びついてきた。
「な、なにをするんですか!」
必死に抵抗する美鈴。
しかし不意をつかれたのが大きかったか、あえなく小指をタンスにぶつけさせられた。
紅魔館に絶叫が木霊したという。
時は流れて次の日。
「きっと咲夜さんは二人いるんです」
小悪魔のトンデモ発言を、パチュリーは黙殺した。
そして、小悪魔の肩を叩くレミリアと美鈴。
二人は口を揃えてこう言った。
「やめとけ」
ところで早苗さん、それは道頓堀から拾ってきたんか?かつての奇跡の分だけ呪われるで。当時の子が高校生になる位まで。
それともう一つ、SS師の皆さんにとって神奈子の名前は鬼門なんでしょうか。
ただちに修正しました。一応、名前の誤字には気をつけていたつもりなんですが、まだまだ。
ご指摘ありがとうございます。
最後の最後まで面白い。まったくもー。お嬢様(笑)とかとくにひどい。