【前書き】
いつもの様に、雛のお話です。
オリキャラ? が出てきますが、名前はありません。
読まれる方のイメージで、そのオリキャラの設定を想像しながら読んで頂くと幸いです。
読まれる方は、文章を脳内補完しながらお読み頂くといいかもしれません。
あと、相変わらず唐突すぎる部分もあるかもしれませんので、ご容赦を。
なお、試験的に今回すべて「雛目線」で書いています。
では、マッタリとお読みください。
※ ※ ※
「ねぇ! おねえちゃん!」
不意に声を掛けられ、一瞬ドキッとする。
「……誰?……」
私は、身構える。
厄を集め終わって、家に帰る途中。
こんな場所…妖怪の森と呼ばれる人が寄り付かない様な場所で、
私だけ住んでいる様な異質な空間で、声を掛けられる……
一体誰よ?
神経を研ぎ澄まし、周囲に気を配る。
「こっちだよ!」
重たい空気を無にするかのような、幼く明るい声がまた聞こえてくる。
私は、声のした方向を特定し、目線をその方向へ向ける。
その先には……
まだ幼い……小さな女の子が草むらの影にポツンと座ってコッチを見ている姿があった。
つぶらな瞳を大きく開き、こちらに興味がある視線を私に送っている。
『妖怪……? いや…人間…よね?』
相手の気を調べるが、どうやら人間である事は間違いなさそうね。
それが分かると、私はさっきまでの緊張感を解き、「フゥ」と息をつく。
そして、体の周りに漂っている厄を体に収納してからその幼い女の子に近づき、
地面にひざを付いて女の子に目線をあわせ声を掛けた。
「どうしてこんな所にいるの? ここは危ない場所なのよ?」
その言葉を聞いた女の子の顔色が少し暗くなり、さっきよりか低い声で答える。
「散歩していたら、迷っちゃった」
やれやれ……私だからいい様な物を、これが他の妖怪とかだったら、間違いなく食べられているわ。
「じゃあ、おねえちゃんと外まで帰ろうか?」
私は笑顔で女の子に聞いてみた。
「ありがとう……でも、まだ帰りたくない……」
意外な返事に私は少し驚いた。
話を聞くと、どうやら夕方まで両親が仕事で家にいないらしい。
さらに、あの里に引っ越してきたばかりなので、友達と呼べる人が居なくって……
だから、里の周りを時間つぶしに散歩していて、迷ってしまって……
それで、ここにいたのね。
けど、ここでは危険なので、2人で開けた所にある池のところまで移動する。
池からなら、森の外までは近いし、人間を食べてしまう様な妖怪も出没しないわ。
池のほとりにあった切り株に二人で腰掛けて、色々とおしゃべりをしたわ。
女の子も、久しぶりに両親以外の人との話に興奮しているのかしら?
言葉がどんどん溢れてくる。
私も、こういう会話は久しぶり。
何かすごい懐かしい感じを味わいながら、女の子の話を聞いていたわ。
ただ、この女の子に私の厄の影響が無いように、いつも体の周りにある厄を体内に収納しているんだけど、
時折体から漏れた厄があって、その厄が女の子に取り付いちゃうの。
その度に気が付かれない様に、女の子に取り付いてしまった厄を吸い取っていたわ。
それから、数時間後……
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
森の外の里から、夕刻を知らせる半鐘の音がかすかだが聞こえてきたわ。
その音を聞いた女の子は、話を停めたの。
「あ、もうすぐお父さんとお母さんが帰ってくる!!」
今まで私と会話していた時よりも笑顔になった。
「私、そろそろ帰らないと!!」
「じゃあ、おねえちゃんが一緒に外まで行こうかな?」
私は、座っていた切り株から立ち上がり、女の子の手を握る。
「うん! ありがとう!」
女の子は、私が握った手を、小さい手で握り返して一緒に森の外まで行く。
手を握りながら、女の子に厄が残っていないか?を確認して、取り付いてしまった厄を取り除く。
数分ほど歩いて森の外へ。
「じゃあ、おねえちゃんはここで……」
「うん、ありがと~」
私は女の子の目線に合わす様にしゃがみ、しゃがんだまま手を軽く振った。
それを見た女の子も小走りに里に向かいながらも、振り返りこちらに手を振ってくれた。
『こういうのも、悪くはないわね……』
久しぶりの感覚に少し機嫌がいい私は、笑顔で家に戻っていったの。
※ ※ ※
次の日。
昨日と同じ様に厄を集め終わり家に向かっている途中で、同じ所で声を掛けられる。
「おねえちゃん!」
まさか!……と思い、その声の方向を見る。
……昨日の女の子……
昨日とまったく同じ様にこちらを見つめる女の子。
「あらあら、また来たの?」
もう、仕方ないわね……ちょっと諦めた感情もあったけど、昨日の楽しかった思い出の方が
強くあったので、私は笑顔で少女と一緒に池の方に向かっていったの。
昨日と同じく女の子は色々と話しかけてきたわ。
私も昨日を思い出し、その話を喜んで聞いていたの。
またも楽しい時間はあっという間に過ぎていったわ。
里から聞こえる夕刻を告げる半鐘の音を聞き、森の外まで女の子を見送る。
「また明日ね~!!」
女の子の明るい声が響く。
「明日も……来るの?」
けど悪い気はしなかったわ。
家に帰った私は、明日女の子が来てもいい様に、ある準備をしていた。
「これでいいかな?」
数種類の千代紙を束ねて、机の上においておく。
そして、布団に入り明日の女の子の訪問を楽しみにしながら、私は眠りに落ちていった。
※ ※ ※
次の日も、厄を集め終わり家に帰る途中で女の子に声を掛けられる。
手をつないで一緒に池の所まで行き、切り株に座りながら色々と女の子の話を聞いたわ。
さすがにここ数日毎日来ていると、女の子も話題が少なくなってきたみたい。
そこで私は昨日用意した千代紙を取り出してみる。
「わぁ、綺麗な千代紙!!」
女の子は、千代紙に目を奪われていたわ。
「これで折り紙でもしない?」
私の提案に女の子は素直に返事をしてくれたわ。
好きな色の千代紙を選んで貰い、私が知っている折り紙……「流し雛」を女の子に教えたの。
「う~ん……難しいなぁ……」
女の子は小さな手を一生懸命に使い、なんとか折り始める。
「大丈夫よ、紙はたくさんあるからね」
そう言い、私は女の子のペースに合わせて教えながら流し雛を折る。
「出来た!!」
自分の好きな色の紙を使って初めて折った流し雛。
女の子の顔に満面の笑みが浮かぶ。
「よかったわね、上手よ」
「ありがと~、おねえちゃん!」
そうして、夕刻を告げる半鐘の音が聞こえる。
「もう帰らないと……」 女の子は寂しそうな顔をする。
「けど、お父さんとお母さんが帰ってくるのでしょう?」
「うん…」
「なら、その流し雛を見せてあげれば? きっと喜ぶと思うわ」
「…うん、そうだね!…」
そして、いつもの様に一緒に手をつないで森の外まで女の子を見送る。
「今日もありがと~!!」里に向かって帰りながら、女の子が元気に手を振ってくれたわ。
それに、私も手を振って答えた。
※ ※ ※
それから、雨の日や天候が悪い日以外は、ほとんどその女の子は、私が厄を集め終わって
家に帰る時にいつも場所にいる様になったの。
多感な時期の女の子の特性なのかしら? こういう時の話題は尽きないのね。
毎日池で聞く女の子の話はいつも違った話で、聞いている私も楽しみになっていた。
時折、私も折り紙を教えたりして、夕刻を告げる半鐘が鳴る時間までが本当に短く感じられるわ。
……そうして月日が経過する……
女の子も、もう「少女」と言ってもいい年頃になった。
初めて出会った時に比べて、背も高くなり、考えも少しだけ大人っぽくなってきているみたいね。
池での話も、今までの様な楽しい話もあったが、悩みとかの話も時折混じる様になってきていたわ。
時折、少女から里の話を聞くの。
まだ小さい里なので、そんなに話はないのだが、多感な年頃なので色々と目に付く事が多いみたい。
他愛のない話でも、私からすれば新鮮なお話よ。
少女の話では、やっと里にも寺子屋が出来たそうね。
ただ、年齢的には少女の対象ではなく、もうちょっと下の年齢の子供が対象らしいの。
なので、少女は悔しがっていたわ。
「私……字の読み書きが出来ないから……行きたかったなぁ……寺子屋…」
少女がポツリとつぶやいた。
その姿を見て、私は少し微笑んだわ。
「やっぱり人間なのね……成長するっていいことよね……」
その日も夕刻を告げる半鐘の音を聞いて、少女は里へと帰っていく。
いつも通り、少女に取り付いてしまった厄を気が付かれない様に吸い取り、森の入り口まで少女を送る。
「また、明日ね~!!」
元気良く少女は私に手を振ってくれる。
私も手を振り返す。
手を振り返しながら私は思ったの。
『……この楽しい日々は、いつまで楽しめるのだろう……?』
私は厄神。
この姿のまま永遠に生き続ける。
そして、「厄を集める」という使命を人間が存在する限り永遠に続けていく。
少女は人間。
神や妖怪などに比べると非常に短い寿命。
私の様な使命はなく、子孫の繁栄という行動で成長、発展していく。
少女もいつかは、結婚をして、家庭に入る。
そうなったら、この楽しい時間もおしまい。
フッとそんな事を思い、少し寂しい気分になったわ。
※ ※ ※
それから数年経っても相変わらず少女は、夕方近くに池の所にいたわ。
私も厄を集め終わってからすぐに池に向かうの。
私が池に行くとすでに少女は池のほとりにある切り株に座っていたの。
「あら、早いわね」
「いえ、今来たばかりですよ」
いつも通りの会話、いつも通りの笑顔、そして、いつも通りの楽しい時間。
私自身、すでに日課となりつつあるこの行動。
しかし、今日は少し違っていたわ。
少女がいきなり話を切り出してきたの。
「あのね…私…告白されちゃった…」
少女は顔を赤らめて、ボソボソといいながら、うつむいてしまった。
「あらあら…」私はその仕草がとても可愛くみえた。
そして、少女は話を続ける。
里に来ている行商人の男性から口説かれた……みたいね。
ただ、まだ少女は返事をしていない。
どうしよう……っていう気持ちで一杯らしいわ。
「貴女はその人の事が好きなの?」と少女に聞いてみたの。
少女は、さらに顔を真っ赤に染め、両手をその真っ赤になった頬を隠すように当ててから、
小さくコクンとうなずいた。
『いいわね……私には縁の無い話だけど……』
そう思いながらも、目の前にいる幸せそうな少女を見ると、コッチも微笑んでしまう。
それから、少女の恋愛相談が始まったわ。
が、私自身無縁な世界の話なので、正直どう答えていいのか分からない。
しどろもどろになりながらも、少しだけある憶測の知識でなんとか答えていったの。
そして、夕刻を告げる半鐘の音が響く。
「あ、もう時間…帰らないと!」
私は心の中で思ったわ。
『……私の中では、今日は、すごい長い時間だったわよ……
ある意味、ちょっと苦痛とも思える時間だったわ……
恋愛って、こんなに疲れる物なの? まあ、私には縁のない話だけどね……』
と苦笑し、少し疲れた顔になりつつ、少女をいつも通り森の外まで見送る。
「また、明日ね~!!」
いつも通りの元気な笑顔。
私も手を振って、少女に答えた。
※ ※ ※
それから数日後。
いつも通りに厄を集め終わり、池に向かっている。
池に到着すると、いつもと様子が違うの。
いつも少女が座っている切り株の所に、もう一人座っているわ。
「ん?誰かしら?」と思いながら、私は池のほとりに歩み寄る。
その気配を感じた少女が後ろを振り返る。
「あ、来た来た!!」
こちらを笑顔で見つめる少女。
その横には……見たことが無い男性の姿があったの。
「あ、この人が……この前言っていた行商人の……」
少女がそう言うと、横にいた男性が立ち上がり私に軽く会釈した。
「あらあら……じゃあ……?」 察した私は笑顔になる。
「はい、お付き合いすることになりました!」
さらに笑顔になった少女は、その男性の腕を握りながら笑顔で答えた。
「よかったじゃない、おめでとう」
「うん、ありがとう!!」
幸せそうな笑顔の二人。
その姿を見て、私は安堵感と不安感に襲われていたの。
「よかった」という安堵の感情はいいんだけど、
「じゃあ、これからは少女はここに来なくなってしまうのでは?」という不安が湧き上がったの。
数年続いた楽しい時間。 すでに日課となりつつある少女との会話。
それが無くなってしまう…という不安感を強く感じていたの。
夕刻を告げる半鐘の音が鳴るまで、私はその不安と戦い続けたわ。
正直、半鐘がなるまでの間、少女が何を言ったのかなど、まったく耳に入っていなかったの。
私の心の中で、二つの意識が戦っていたわ。
「この楽しい時間を無くしたくない」という感情と、
「やはり人間は人間と一緒に居なければ成らないのよ…」という感情。
少女と男性が帰った後も、私は家で葛藤し続けたの。
※ ※ ※
その日を境に、少女が池に来る頻度が減ってきたの。
厄を集め終わって池に行ってみた時に少女の姿がないと、なにか寂しい感情に襲われるの。
「もしかしたら、遅れて来ているのかも?」と思い、何度も池の所に行って確認したりしてみたわ。
しかし、少女は居なかった。
私は得も知れぬ不安に襲われたわ。
『もしかしたら、少女はもうここには来ないのでは?』
夕刻を告げる半鐘の音を聞くと、さらに悲しい気持ちに襲われる。
……あの少女の存在が、ここまで私の中で大きなものになっていたのね……
そう改めて思ってしまう。
そして、一人孤独に家でその不安に襲われる。
そして……考えに考えたあげく、やっと私の中で結論が出たわ。
「そうよね……本来はこうあるべきなのかもしれない……」
そう思い、私は決意した。
そして、私はある物を作ったの。
とても大事に……丁寧に……思いを込めて。
この世に一つしかない物。
……それは……
※ ※ ※
数日後。
厄を集め終わって家に帰る途中、池に立ち寄り池のほとりを見る。
……あの少女がいたわ……
私は逸る気持ちを抑えつつも、小走りで池のほとりへ向かう。
「あ、来た来た!」
あのいつも通りの笑顔で少女は私を迎えてくれた。
「なんか…久しぶりね」
「ええ、ごめんなさい…色々とあって…」
そういった少女の顔は、何か嬉しさと寂しさ? が同居した様な表情だった。
切り株に座り、唐突に少女が話し始めたの。
「おねえちゃん……私……今度結婚するの……」
私の中で多少の予測は出来ていたわ。
ここ数日、ここに来なかった事。
それに、彼を連れてきた時の少女のあの笑顔。
少女のその言葉を聞いて、私はこの前決意した事を今日実行しないといけないわ……
と感じ取ったの。
「そう……おめでとう!! じゃあ、これをあげるわ」
そう言い、私は服のポケットからひとつのお守りを取り出したの。
この前作ったのは、このお守りなの。
袋は、すべて自分の手縫いで仕上げ、中には私の髪の毛を数十本切って束ねて、
和紙に包んだ物が入っているの。
髪の毛とはいえ、厄神の物……
微量ではあるが、持っている者の近くにある厄なら吸い取ってくれる。
真っ赤な袋は、私が来ている服と同じ素材のもの。
厄神の手作りの確かな効果のお守り。
それを少女に手渡したの。
「うわぁ~、ありがとう!!」
少女は喜んで受け取ってくれたわ。
そして、その姿を見ながら私は大きく深呼吸をして、決意して少女に向かって言葉を発した。
「……今日で、貴女がここに来るのはおしまいよ……」
その言葉を聞き、一瞬訳が分からすにお守りを持ったままキョトンとする少女。
「……な……何を言っているの? おねえちゃん?」
私の言葉に少女の顔色が一瞬で変る。
「貴女は人間……そして、私は……人間じゃないのよ」
今まで私は自分の正体を少女には明らかにしていなかったの。
知られたら、この少女はここに来なくなってしまうという恐怖感があったから。
少女の中では、私は「森の中に住んでいるおねえちゃん」という認識でしかなかったはず。
少し少女から離れて、体の中に収納した厄を周囲に展開する。
一気に池のほとりにドス黒い厄の塊が広がり始める
その光景をみた少女は、目を見開き言葉を失う。
「……これが私の正体よ……人間から忌み嫌われる存在……私は厄神なのよ……」
しばらく周囲を静寂が支配する。
普通の人間……まれに森に迷い込んだ人間に忠告する時に、同じ様に厄を展開すると、
ほとんどの人が「化け物!!」と叫びながら逃げていく。
私は、少女も同じ様な行動をするかと思っていたの。
やはり、「神」と「人間」では住む世界が違うわ……
このままこの関係を続けて行ったたら、お互いに良くない事になりかねない。
それに、少女は「結婚」という自分の人生においての最大の幸せの中にいる。
その中に不幸や厄と言った存在は不必要よ。
今日から、貴女は人間として人間の世界で生きていくのよ……
そう思いながら、私は呆然とこちらを見つめている少女を見つめ返していたの。
池のほとりに広がるドス黒い厄の塊を見て呆然と言葉を失った少女だったけど、
しばらくして落ち着きを取り戻した少女がその静寂を打ち破ったの。
少女は、大きく息を吸い、フゥとため息を漏らす。
そして、ニッコリと笑顔で私に語りかけたわ。
「やっと教えてくれましたね。 おねえちゃん……ううん、『厄神様』」
笑顔で私を見つめる少女。
なんで? なんで逃げないの? 他の人間の様に「化け物!」と言って逃げないの?
少女は話を続ける。
「ええ、貴女が厄神である事は数年前から里の噂で分かっていました。 けど、私からしたら貴女の正体がなんであろうと、
『やさしいおねえちゃん』でしかありませんよ」
「……!」 私は少女の予想外の言葉に驚いた。
私は展開した厄を体内に収納する。
池の周りに展開していたドス黒い厄の塊はドンドン消えて行って、池の周囲は前と同じ光景に戻った。
「じゃあ……私の正体を知っていてここに来ていたの?」
驚いた私は少女に問いかけた。
「はい」笑顔で少女が答える。
お互いの顔に笑みが浮かび、緊張が解ける。
私は少女の横の切り株に座る。
この重たい空気の中で何を話していいものか……沈黙が続く。
しばらく沈黙が続き、夕刻の半鐘の音がもうすぐ聞こえ始める時間……その時、少女が突然手紙を私に渡したの。
私は渡された手紙を見る。
それには「結婚式のご招待」と書かれていたわ。
場所や日時が細かく書かれていたの。
「もう分かっているから言うけど……私は行けないわよ……こんな幸せな日に厄はいらないでしょ?」
私は手紙を見ながら申し訳なさそうに少女に言った。
「ええ、でも知っていて欲しいの。 遠くからでもいいの。 結婚式をおねえちゃん……いや厄神様に見て欲しいの……」
少女もそれが出来ないという事を理解して言葉を選んで話してくれている。
場所は……博麗神社。
確か若い巫女が取り仕切っている神社ね。
「……行けるかどうか分からないけど……」私は言葉を濁す。
「ええ、無理はして欲しくはないわ。 来れたらでいいから……」 少女も言葉を選ぶ。
そして、夕刻を告げる半鐘の音が聞こえてくる。
「じゃあ、私は帰らないと……」
「そうね……外まで送るわ」
森の外へ向かう途中で、少女は何かを言いたそうな表情を浮かべている。
時々、口に出そうとするが、思いとどまって止めてしまう……そんな事を数回繰り返していたわ。
そして、森の外へ。
いつもなら、「また明日~!」と元気良く言うはずなのだが、今日は寂しそうな顔で少女はこちらを見ている。
「おねえちゃん……私、結婚式が終わるまでここに来れないんだ……」
ああ、それが言いたかったのね。
私は笑顔をつくり答えたわ。
「ええ、分かったわ。 いい結婚式になるといいね!」
「うん! ありがとう! ……それじゃあ……」
と言い、少女は無理に笑顔を作りながら手を振って里へ帰って行ったわ。
家に帰り、少女から貰った手紙を再度見る。
「……行けるのかしら……私……」
私は家の中で手紙を見ながら一人苦悶の表情を浮かべたわ。
※ ※ ※
数日後。
少女の結婚式当日。
もちろん私は参列は出来ない。
私は手紙を目の前に置き、まだ悩んでいたの。
「……行っていいのかしら……」
とりあえず、日課の厄を集めに行く為に準備を始めたわ。
準備をしながらも、頭の中は、少女の結婚式の事で一杯だったの。
時間が経ち、日が高くなってから家を出る。
森の外に出た時に、里から博麗神社に向かって行く行列が見えていた。
「……あの行列がそうね……」
そうつぶやくと、私の足は自然と博麗神社へと向かっていた。
そして神社へ。
建物の中からは、荘厳な音が響いている。
私は、境内へ続く敷石の道の始点……つまり、階段を登ってすぐの所にある、鳥居の脇にいたの。
ここなら、この建物の中にいる人や近くにいる人には厄の影響はないわ。
私は鳥居に体を寄りかからせて、空を見上げる。
「あんな小さかった女の子が、今日結婚式をあげている」
「フフッ」と微笑みながら感慨に耽っていてると、建物の中から響いていた音が止まったの。
しばらくすると、建物の中から人が列を作って出てきた。
先頭にいたのは……今日の主役の二人。
私は鳥居の柱の陰から身を出してその光景を見つめる。
とても綺麗な白無垢を着て、いつも見る雰囲気とは違った少女の姿がそこにはあったわ。
少女は建物から境内に降りる階段をゆっくりと下りると目線を前に向けた。
そして、視線の先にある鳥居の横にいる私と目線が合う。
少女は遠くに見えた私の姿を見て驚いた顔をして手を顔に当てる。
それを見た新郎も私を見て、会釈する。
お互いに笑顔で微笑み合う。
私は軽く手を振り、その場を離れたの。
もう、これ以上ここに居たら他の人にも迷惑が掛かるから。
それに、少女の美しい白無垢姿も見られたしね。
わずかな時間だったけど、少女の美しい姿を見られたという満足感を味わいながら私は厄を集めに向かって行ったわ。
※ ※ ※
少女の結婚式から数日後。
厄を集めに出かけて帰ってきた時に、森の中で不意に声を掛けられる。
「おねえちゃん!」
その声は!
声のした方向を見ると、あの少女……いや、もう立派な女性ね。
その彼女が私と初めて会った時の様にこちらを見ていた。
「あらあら、久しぶりね」
「フフッ、そうですね」
お互い笑顔で微笑み、池へと向かう。
ここ数日、誰とも会わずに彼女と出会う前の様に厄を集めるだけの生活を送っていた私にとって、
彼女の久しぶりの訪問はとてもうれしかったわ。
池のほとりにある切り株に座り、以前の様に話が始まる。
ただ、今日の話は内容が違ったの。
それは、「少女からのお別れの話」だったから。
結婚をして家庭に入った今、旦那の仕事…つまり行商人の妻としてもっと大きな里へ行かなければ
ならなくなった……
つまり、今日で彼女はもうここには来れない。
それを伝えに来た……そういう事らしいわ。
私は、彼女が結婚をすると聞いた時から、いつかはこうなるのでは?と思っていたわ。
けど、それが今日とはね……
覚悟はしていた……けど、いざそうなるとやはり動揺してしまう。
「もう会えない」という気持ちが強く私の心を襲う。
『けど……本当はこれでいいのよ。 彼女の幸せを私が邪魔をするわけにはいかない』
そう強く思い、彼女をキチンと送り出してあげようと決めたの。
そして時間になるまで、色々と話をしたわ。
昔の話、思い出話、楽しかった話……色々と。
そして、里の方から夕刻を告げる半鐘の鐘の音が無情にも聞こえてきたわ。
その音を聞いた彼女は、寂しそうな表情になる。
「本当に……お別れです。 今までありがとうございました!」
彼女は、涙目になりながらも、私に向けて深々と頭を下げる。
「こちらこそ……楽しかったわ……私はいつでもここにいるわ。 もし、近くに来たら立ち寄ってね」
「はい」 彼女は涙を拭きながら答えた。
いつもの様に森の外まで見送る。
初めて会った時の様に手をつなぎながら森の外まで一緒に行く。
森の外へ向かう一歩一歩が、彼女との別れに繋がっている。
そう思うと、歩みを止めたくなる。
けど……それは出来ない。
そして……森の外へ。
最後に、彼女に取り付いてしまった私の厄を取り除く。
彼女の前に立ち、手をかざす。
手に気を込めると彼女の体から取り付いてしまった厄が浮かび上がる。
「本当に厄神様なんですね……」 その光景を見た彼女がつぶやいた。
「ええ、そうよ」 微笑みながら私は彼女の体から出た黒い厄の塊を右手で受け取る。
「それでは……本当にお別れです」
一番聞きたくない言葉ね……けど、これも仕方のないこと。
「ええ、お元気でね」
「厄神様も……ううん、おねえちゃんもお元気で!」
そういうと、彼女は先日あげたお守りを取り出して手にとって私に見せた。
「このお守り……一生大事にします! なんたって本物の神様が作ってくれたお守りですから!」
「……うん……」 私もすでに涙で前が見えていない。
「じゃあ……本当にお元気で! ありがとうございました! おねえちゃん!!」
そう元気良く言うと、私に背を向けて里へ向かって彼女は歩き出した。
本当は引き止めたい。
けど、それはしてはいけない事。
私は涙を拭いて、彼女の姿を目に焼き付ける。
時折、彼女はこちらを振り向いて立ち止まる。
……彼女が里に入るまで見送ろう……
そう思い、彼女の姿が米粒位の大きさになるまで、私はその場で立ち、彼女の姿を追っていた。
そして、その米粒位の大きさだった彼女の姿が完全に里の中へ消えていったのを見て、私は森の中へと帰っていった。
我慢しても涙が溢れる。
頬を伝う涙がとめどなく溢れてくる。
家に着くと、今まで抑えていた感情を解放するかのように泣きはらした。
今までこんなに泣いた事はない位に声をあげて泣いた。
私は泣きつかれていつの間にか眠っていたわ。
……気が付いたら朝になっていたわ……
※ ※ ※
彼女と別れた後の数日。
心の中になにかポッカリと穴の開いた様な感覚に襲われていた私は、厄を集めにいく気力がなかったわ。
一日中、池のほとりで切り株に座り、ボーッとしていたり、森の外へ出て、彼女と別れた場所で立ち尽くしたり。
まるで気の抜けた様な生活を送っていたの。
けど、時間が経つにつれて、その生活も前の様に厄を集めに行かなければという使命感によって、
以前の様な生活に少しずつ戻っていく様に思えたの。
厄を集め終わって家に帰る途中、「もしかしたら?」という淡い期待をしながら、
少女と出会った場所を通るが、その声はするはずもない。
池のほとりに、もしかしたら居るかも?という期待も、打ち砕かれる。
いつもの様な、誰もいない殺風景な池のほとり。
私は孤独という物が、これほど辛く、悲しいものという事を初めて知った。
ダメね……まだ心の中で彼女の事を引きずっているわ……
そして私は思い決意した。
「もう……忘れよう…… 所詮、私と彼女では住む世界が違うのよ……」
その日から、私は少女と出会う前の時と同じように、厄を集め溜め込む生活に完全に戻ったの。
その生活を続けて行って、時間の経過と共に、彼女の思いも少しづつ消えていく。
たまに思い出す事もあるが、もう思い出話として思い出す程度。
私の記憶の中からも彼女の記憶が少しずつ欠落して行っている。
顔や声、結婚式の白無垢姿などはハッキリと覚えてはいるが、池での会話などはほとんど忘れて行っている。
ただ、「楽しかった」という事しか思い出せない。
少しずつ彼女の存在が私の中で楽しかった思い出となりつつあったわ。
※ ※ ※
もうどれくらい経ったのかしら?
あそこにあった小さな苗木が立派な大木になっている。それくらいの時間が経過したの。
私はいつも通りに厄を集めに散歩へ向かう。
ただ、何か今日はおかしいわ。
森の木々がざわざわしているの。
フッと上を見上げると、紅白の巫女と白黒の箒に乗った魔法使いが山に向かって飛んでいたの。
「あれは……あの方向は危ないわ……」
そう思い、私はその二人を止めようと前に立ちはだかる。
が、その二人は人間とは思えない力で私を打ち倒して山の方へ向かって行ったわ。
……あの二人に何もなければいいんだけど……
そう思いながら、傷ついた体を直す為に家に戻る。
傷はそんなに深くもなく数日で完治したわ。
※ ※ ※
そして、平凡に月日が経過する。
いつも通りに厄を集め、家に帰る。
その繰り返し。
たまに、この前戦った紅白の巫女からお誘いがあり、宴会に参加することもあるが、
それ以外は、以前とまったく変らない毎日。
今日も厄を集めて家に帰ろうと森の中を歩いていた。
その時、突然声が聞こえてきた。
「おねえちゃん」
しゃがれた声だが、私の耳にそう聞こえてきたの。
私の脳裏にある事が一瞬で思い出される。
「もしかして!」 そう思い、ある方向を見る。
その視線の先には……数人の男性に囲まれた中の中心にある椅子に座っている一人の老婆の姿があった。
その老婆は、やさしい顔で私を見つめていたの。
「覚えていますか?」 老婆はそう言って、手を上にあげた。
その手には、赤いお守り……忘れるはずがないわ!
その老婆の手には、私が作ったお守りその物があったの。
「……! 貴女は!!……」
私は急いでその老婆のそばに駆け寄って行ったわ。
彼女の前でひざを付き、目線を合わせて、その顔を良く見る。
面影があったわ。
間違いない……彼女よ。
すでに立っているのも困難な位に腰も曲がり、座っているのですら息が切れている様な感じだったが、
間違いなくあの少女だった人よ。
「お久しぶりですね……おねえちゃん……」
言葉を発するのも体力を使うのであろうか? 途切れ途切れではあったが、ちゃんと聞き取れる声で
私に語りかけてきた。
「ええ……本当に……久しぶりね……」
そう答えると、私の頭の中に忘れかけていたすべての楽しかったあの記憶が鮮明に甦る。
二人で感慨に耽っていると彼女が自分の周りにいた、たくさんの人……自分の子供や孫に、
少しこの人と二人きりにして欲しいと告げる。
彼女の子供達は、安全な森の外まで移動して行った。
そうして、何十年ぶりかに池のほとりで二人きりになった。
……とても懐かしい……
私は厄を完全に体内に押し込め、彼女の真横に座る。
そして、座っているのも体力を使うのであろう、片手で彼女の背中を支えて、
少しでも彼女が体力を使わない様に心がける。
呼吸を整えた彼女が話を始めた。
「やっぱり、貴女は何もお変わりないのですね……」
「ええ、だって神様ですもの……」
「フフッ、私なんて、こんなに醜くなっちゃって……」
「そんな事はないわよ、とても素敵になったわよ」
長い年月を埋めるかの様に会話が弾む。
時折呼吸を整えないといけないようだったので、休息を入れながら会話を続けた。
「で、今日はこれをお返しに来たんですよ」
唐突に彼女が話を始めた。
そして手に持っていた物を私に差し出した。
それは……私があげたお守り?
「え? これは私が貴女にあげたものよ。 貴女が持っていてもいい物なのよ」
私は困惑した。
「でも……今日来たのはこれが目的なのよ…これを貴女にお返しする事が」
彼女は、手に持っていたお守りを私の手に載せる。
「……なんで……?」 私は疑問を彼女にぶつけた。
「このお守りのおかげで、私はこの今までとても幸せな生活を送ることが出来ました。
これも、すべてこのお守りのおかげです。
でも、もうすぐ私の命も尽きます。もう先がないのですよ。
だからこそ、このお守りが今まで吸い取ってくれた厄を厄神様にお返しに来たのです」
「でも……だったらそれをお子さんとかに渡せば……」
「いえ、これは厄神様から直接私が頂いた大切なもの。 他の人にお渡しする気はありません。
だからこそ、お返しに来たのです」
彼女の強い決意と、その真剣な視線を感じ、「分かりました。では厄をお引取りいたします」と私はお守りを受け取る。
私がそのお守りを大事に服の中にしまうのを見て、彼女はしわだらけの顔をさらにしわを増やしながらニッコリと微笑んだ。
「これで、長年の思いが果たせたわ」
そう彼女は笑顔でポツリとつぶやいた。
※ ※ ※
しばらくすると、森の外にいた親族が戻ってきたわ。
もうそんな時間なのね。
それに、彼女にしてみれば、長い時間ここにいるでのすら体力を消耗する。
「それでは……多分もうお会いすることもないでしょう……」
彼女は、荒い呼吸を整えながら私に語りかける。
私も、彼女の命があとわずかである事を察知した。
もう、老婆の命の灯火は消えかかっている。
『……もって、あと2~3日……』
多分、彼女は私に最後のお別れに来たのだろう。
そうしていると、親族の者が老婆が座っている椅子を数人で抱えあげる。
もう長い距離を歩けない老婆を運ぶ為に、こうやって里から来たのね。
親族に抱えられた彼女は満足そうな笑みを浮かべていた。
「森の外まで送るわ」
昔の様に……椅子の上にいる彼女と手をつなぎ森の外まで見送る。
「懐かしいわね」
「ええ……本当に……」
こうしていると、昔を思い出すわ。
……まだ幼い貴女と出会った頃を……
数え切れない位見送ったこの道を。
……そして、今……
もう、二度と一緒に歩く事はない道を彼女と手をつないで歩いている。
私は森の外へ向かう一歩一歩を大切に踏みしめる。
永遠のお別れに続く一歩がこんなに重たく、切ない物なの?
嫌よ! こんなのは嫌っ!
……また、昔みたいに「また明日~!!」って……
彼女とつないだ手から感じる彼女のもう朽ちる寸前の皮膚の感触を感じ、
私は、それが不可能である事を痛烈に実感する。
彼女の手から伝わる微弱な生命の鼓動。
『これが……人間なのね……』
もう、目の前には森の外の景色が見えてきているわ。
あとホンの少しで、本当に永遠のお別れになってしまう。
一歩を踏み出すと心がどこかに持っていかれそうになるわ。
『けど、これは避けられない運命なのよ』
私は覚悟した。
そして、森の外への残り少ない数歩を心を込めて歩く。
彼女もそう思ったらしく、私の方を笑顔で見つめていたわ。
そして……とうとう森の外へ来てしまったの。
彼女は笑顔で両手で強く私の手を握る。
その目には涙が浮かんでいた。
「おねえちゃん、本当に……本当にありがとうね」
彼女は精一杯の力で私の手を握る。
「ええ、こちらこそ……本当にありがとう…… 楽しかったわ」
私も強く手を握り、それに答える。
そして、ゆっくりと手が離れる。
お互いに同時に口から言葉が出る。
「……さようなら……」
「……さようなら……」
しばらくして、親族の一人が頃合を見計らって私に声をかける。
「では、失礼します」
親族の方々が私に会釈をすると、親族一同は里へ向かってゆっくりと歩き出していった。
椅子の上では、彼女が仕切りにこちらを振り向いている。
私は昔の様に笑顔で彼女に手を振る。
それを見た彼女も、もうあまり動かない手を動かし手を振り返してくれる。
そうして、その姿が里の中に入り見えなくなるまで、私は手を振り続けた。
私の目からはとめどなく涙が溢れていた。
※ ※ ※
2日後。
いつもなら夕刻になるはずの半鐘がお昼ごろに鳴り響く。
とても悲しい音色の鐘の音。
里で誰かが亡くなった時の鐘の音。
その音を聞いて、私は急いで森の外へ向ったの。
……そして、森を抜けた先で見た光景は……
里の入り口から黒い着物を来たたくさんの人が、棺を抱えて列を作っている光景。
その黒い着物を着ている人の中に、先日老婆を池までつれて来ていた親族の人の顔を見つける。
「そう……本当に永遠のお別れなのね……」
たくさんの人に担がれて、豪華な台車に載せられた小さな棺。
その光景を見た私は、彼女から返却されたお守りを手に取り、手を合わせてその棺に向かって祈る。
その行列の先頭で、この前私と戦った巫女が何か死者を弔う様な文面を読み上げている姿が見えるわ。
その時、私は手にあったお守りに違和感を感じたの。
両手でお守りをはさむ様にしていたんだけど、なにか感触がおかしいわ?
記憶では、私の髪の毛が数本入っているだけで、他には何も入れては居ないはず。
そう思い出し、私はお守りの口の紐を緩め、中を覗いてみる。
お守りの袋の中には、当時のあのままの、私の髪の毛が入っている和紙の袋と、
何か半紙が綺麗に折りたたんで入っていたわ。
私は、その紙をお守りから取り出して、丁寧に開く。
……開いた紙には……
私はその紙に書いてあるものを見て、言葉に詰まる。
決して上手いとはいえない、が一生懸命書いたのが分かる文字が書かれていたから。
「 ありがとう 」
あの彼女は文字の読み書きが出来なったはずよ?
多分、子供や孫から必死に教わって書いた文字だと思うわ。
……そうして、また鐘の音が聞こえてくる……
死者が冥界に向かう為の鐘の音。
ゆっくりと棺を先頭に列が里のはずれに向かい移動を始める。
その数時間後。
里のはずれにある施設の煙突から、綺麗な紫煙が立ち昇る。
風もないので、空へ向かって一本の綺麗な線が空に描かれる。
お守りに入っていた手紙を見て、さらにその紫煙を見て、私は涙を流し続けた。
煙突から紫煙が消えるまで、私はその光景を目に焼きつけていた。
煙が消えたのを確認した私は、涙を拭きながら森の奥へと帰って行ったわ。
※ ※ ※
次の日の夕方頃。
「おーい! 雛! いるか~!!」
と、声が聞こえ、私の家の玄関をノックする音が聞こえる。
一体誰よ?
まだ涙で腫れぼったい目をこすりながら、私は玄関のドアを開ける。
「おお、いたいた!」
玄関を開けた先にいたのは……白黒の魔法使いこと、「霧雨 魔理沙」
この前、私を打ち負かした人間の一人よ。
「で、一体何よ?」
今まで泣いていた為に腫れぼったくなった目を悟られない様に、目線を外しながら魔理沙と話す。
「今晩、博麗神社で宴会があるんだぜ! だから雛も来ないかな?と思ってさ」
今は正直そんな気分じゃないわ。
けど、このまま家にいても、気分がドンドン滅入っていくだけね。
この悲しい気持ちの気晴らしにはいいか……そう思った私は魔理沙に答えたわ。
「いいわ……後で行くわよ」
その返事を聞いた魔理沙は「お、じゃあ後で神社でな! 待ってるぜ!」と言って足早に飛び立っていったわ。
相変わらずあわただしい人ね……
そして、顔を洗い目の腫れを取って、しばらくしてから私は博麗神社へ向けて出発したの。
※ ※ ※
博麗神社へ到着すると、すでに宴会が始まっていたわ。
私が来たのを見つけた魔理沙が陽気にお酒をもって近づいてきたわ。
「お! 遅かったじゃないか! まあ一杯!」
と言いながら、お猪口を私に差出してその中にお酒を注いできたの。
「ほら! 駆けつけ3杯だぜ!」
そう言うと、魔理沙は笑いながら私が飲み終わったお猪口にまた並々と酒を注ぐ。
「……キツイわね……」
なんとか3杯を飲み終わり、宴会の輪の中に入って行ったの。
軽く酔った私は、いい気分になりながら、周りの楽しい会話を聞いて楽しんでいたわ。
まだ、面識のない人も多数いるけど、そんな事は関係なく楽しんでいる姿を見ると、
私の落ち込んでいた気分も少しは和らいでいく様に感じたわ。
漆黒の闇に覆われた夜空をフッと見上げ、その美しい景色に目を奪われる。
とても綺麗な満天の星空が私達を見下ろしている。
その星空を見て、私はある事を思いついたの。
そして、近くにあったお猪口を二つ持ち、お酒の入った徳利と簡単なつまみを持って、
宴会の席をコッソリと抜け出して行ったの。
宴会場では、うどんげと呼ばれていたウサギの耳がある人と、早苗と呼ばれていた紅白の巫女の色違いの人が、
色々な妖怪や神様に脱がされてかけている所だったわ。
「「いやぁ~! やめてくださ~い!!」」という声が響いていたがあれでは脱がされるのは時間の問題ね。
宴会に来ていた他の人も、その光景に夢中になっていたので、私が抜けた事など誰も気が付いていないみたい。
コッソリと宴会を抜け出した私は、そのまま鳥居をくぐり、下の道に繋がっている階段の所へ行き、
階段の途中で腰を下ろす。
持っていた二つのお猪口をそっと階段のところに置き、持っていた徳利のお酒をお猪口に注ぐ。
おつまみも汚さない様に皿に載せて階段の所に並べて置く。
私は服の中から、彼女から返却されたお守りを取り出して、
片方のお猪口の脇にそっと置く。
そして、もうひとつのお猪口を手に取り、階段に置いてある方のお猪口に軽くぶつける。
「キンッ!」という陶器同士のぶつかる音が夜の闇の中にかすかに響く。
「本当は貴女と、こうやって時間を気にせずにお酒を飲みながらお話してみたかったわ」
お守りを見ながら、小さくつぶやく。
手にしたお猪口の中身を一気に飲み干す。
「……フゥ……」
……溜息、ひとつ……
飲み干して、空になった自分のお猪口に徳利の酒を注ぎ足す。
酒が入ったお猪口を持ち、その手を満天の星空に向けて差し出す。
あの少女の顔を思い浮かべながら、私は笑顔で満天の星空に向かって語りかけた。
「ほら? 見えるかしら。 私はもう孤独じゃないんだよ…だから安心してね」
後ろで聞こえる宴会の喧騒を聞きながら、煙となって空に上っていった彼女を思い出して私は微笑みかけた。
いつもの様に、雛のお話です。
オリキャラ? が出てきますが、名前はありません。
読まれる方のイメージで、そのオリキャラの設定を想像しながら読んで頂くと幸いです。
読まれる方は、文章を脳内補完しながらお読み頂くといいかもしれません。
あと、相変わらず唐突すぎる部分もあるかもしれませんので、ご容赦を。
なお、試験的に今回すべて「雛目線」で書いています。
では、マッタリとお読みください。
※ ※ ※
「ねぇ! おねえちゃん!」
不意に声を掛けられ、一瞬ドキッとする。
「……誰?……」
私は、身構える。
厄を集め終わって、家に帰る途中。
こんな場所…妖怪の森と呼ばれる人が寄り付かない様な場所で、
私だけ住んでいる様な異質な空間で、声を掛けられる……
一体誰よ?
神経を研ぎ澄まし、周囲に気を配る。
「こっちだよ!」
重たい空気を無にするかのような、幼く明るい声がまた聞こえてくる。
私は、声のした方向を特定し、目線をその方向へ向ける。
その先には……
まだ幼い……小さな女の子が草むらの影にポツンと座ってコッチを見ている姿があった。
つぶらな瞳を大きく開き、こちらに興味がある視線を私に送っている。
『妖怪……? いや…人間…よね?』
相手の気を調べるが、どうやら人間である事は間違いなさそうね。
それが分かると、私はさっきまでの緊張感を解き、「フゥ」と息をつく。
そして、体の周りに漂っている厄を体に収納してからその幼い女の子に近づき、
地面にひざを付いて女の子に目線をあわせ声を掛けた。
「どうしてこんな所にいるの? ここは危ない場所なのよ?」
その言葉を聞いた女の子の顔色が少し暗くなり、さっきよりか低い声で答える。
「散歩していたら、迷っちゃった」
やれやれ……私だからいい様な物を、これが他の妖怪とかだったら、間違いなく食べられているわ。
「じゃあ、おねえちゃんと外まで帰ろうか?」
私は笑顔で女の子に聞いてみた。
「ありがとう……でも、まだ帰りたくない……」
意外な返事に私は少し驚いた。
話を聞くと、どうやら夕方まで両親が仕事で家にいないらしい。
さらに、あの里に引っ越してきたばかりなので、友達と呼べる人が居なくって……
だから、里の周りを時間つぶしに散歩していて、迷ってしまって……
それで、ここにいたのね。
けど、ここでは危険なので、2人で開けた所にある池のところまで移動する。
池からなら、森の外までは近いし、人間を食べてしまう様な妖怪も出没しないわ。
池のほとりにあった切り株に二人で腰掛けて、色々とおしゃべりをしたわ。
女の子も、久しぶりに両親以外の人との話に興奮しているのかしら?
言葉がどんどん溢れてくる。
私も、こういう会話は久しぶり。
何かすごい懐かしい感じを味わいながら、女の子の話を聞いていたわ。
ただ、この女の子に私の厄の影響が無いように、いつも体の周りにある厄を体内に収納しているんだけど、
時折体から漏れた厄があって、その厄が女の子に取り付いちゃうの。
その度に気が付かれない様に、女の子に取り付いてしまった厄を吸い取っていたわ。
それから、数時間後……
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
森の外の里から、夕刻を知らせる半鐘の音がかすかだが聞こえてきたわ。
その音を聞いた女の子は、話を停めたの。
「あ、もうすぐお父さんとお母さんが帰ってくる!!」
今まで私と会話していた時よりも笑顔になった。
「私、そろそろ帰らないと!!」
「じゃあ、おねえちゃんが一緒に外まで行こうかな?」
私は、座っていた切り株から立ち上がり、女の子の手を握る。
「うん! ありがとう!」
女の子は、私が握った手を、小さい手で握り返して一緒に森の外まで行く。
手を握りながら、女の子に厄が残っていないか?を確認して、取り付いてしまった厄を取り除く。
数分ほど歩いて森の外へ。
「じゃあ、おねえちゃんはここで……」
「うん、ありがと~」
私は女の子の目線に合わす様にしゃがみ、しゃがんだまま手を軽く振った。
それを見た女の子も小走りに里に向かいながらも、振り返りこちらに手を振ってくれた。
『こういうのも、悪くはないわね……』
久しぶりの感覚に少し機嫌がいい私は、笑顔で家に戻っていったの。
※ ※ ※
次の日。
昨日と同じ様に厄を集め終わり家に向かっている途中で、同じ所で声を掛けられる。
「おねえちゃん!」
まさか!……と思い、その声の方向を見る。
……昨日の女の子……
昨日とまったく同じ様にこちらを見つめる女の子。
「あらあら、また来たの?」
もう、仕方ないわね……ちょっと諦めた感情もあったけど、昨日の楽しかった思い出の方が
強くあったので、私は笑顔で少女と一緒に池の方に向かっていったの。
昨日と同じく女の子は色々と話しかけてきたわ。
私も昨日を思い出し、その話を喜んで聞いていたの。
またも楽しい時間はあっという間に過ぎていったわ。
里から聞こえる夕刻を告げる半鐘の音を聞き、森の外まで女の子を見送る。
「また明日ね~!!」
女の子の明るい声が響く。
「明日も……来るの?」
けど悪い気はしなかったわ。
家に帰った私は、明日女の子が来てもいい様に、ある準備をしていた。
「これでいいかな?」
数種類の千代紙を束ねて、机の上においておく。
そして、布団に入り明日の女の子の訪問を楽しみにしながら、私は眠りに落ちていった。
※ ※ ※
次の日も、厄を集め終わり家に帰る途中で女の子に声を掛けられる。
手をつないで一緒に池の所まで行き、切り株に座りながら色々と女の子の話を聞いたわ。
さすがにここ数日毎日来ていると、女の子も話題が少なくなってきたみたい。
そこで私は昨日用意した千代紙を取り出してみる。
「わぁ、綺麗な千代紙!!」
女の子は、千代紙に目を奪われていたわ。
「これで折り紙でもしない?」
私の提案に女の子は素直に返事をしてくれたわ。
好きな色の千代紙を選んで貰い、私が知っている折り紙……「流し雛」を女の子に教えたの。
「う~ん……難しいなぁ……」
女の子は小さな手を一生懸命に使い、なんとか折り始める。
「大丈夫よ、紙はたくさんあるからね」
そう言い、私は女の子のペースに合わせて教えながら流し雛を折る。
「出来た!!」
自分の好きな色の紙を使って初めて折った流し雛。
女の子の顔に満面の笑みが浮かぶ。
「よかったわね、上手よ」
「ありがと~、おねえちゃん!」
そうして、夕刻を告げる半鐘の音が聞こえる。
「もう帰らないと……」 女の子は寂しそうな顔をする。
「けど、お父さんとお母さんが帰ってくるのでしょう?」
「うん…」
「なら、その流し雛を見せてあげれば? きっと喜ぶと思うわ」
「…うん、そうだね!…」
そして、いつもの様に一緒に手をつないで森の外まで女の子を見送る。
「今日もありがと~!!」里に向かって帰りながら、女の子が元気に手を振ってくれたわ。
それに、私も手を振って答えた。
※ ※ ※
それから、雨の日や天候が悪い日以外は、ほとんどその女の子は、私が厄を集め終わって
家に帰る時にいつも場所にいる様になったの。
多感な時期の女の子の特性なのかしら? こういう時の話題は尽きないのね。
毎日池で聞く女の子の話はいつも違った話で、聞いている私も楽しみになっていた。
時折、私も折り紙を教えたりして、夕刻を告げる半鐘が鳴る時間までが本当に短く感じられるわ。
……そうして月日が経過する……
女の子も、もう「少女」と言ってもいい年頃になった。
初めて出会った時に比べて、背も高くなり、考えも少しだけ大人っぽくなってきているみたいね。
池での話も、今までの様な楽しい話もあったが、悩みとかの話も時折混じる様になってきていたわ。
時折、少女から里の話を聞くの。
まだ小さい里なので、そんなに話はないのだが、多感な年頃なので色々と目に付く事が多いみたい。
他愛のない話でも、私からすれば新鮮なお話よ。
少女の話では、やっと里にも寺子屋が出来たそうね。
ただ、年齢的には少女の対象ではなく、もうちょっと下の年齢の子供が対象らしいの。
なので、少女は悔しがっていたわ。
「私……字の読み書きが出来ないから……行きたかったなぁ……寺子屋…」
少女がポツリとつぶやいた。
その姿を見て、私は少し微笑んだわ。
「やっぱり人間なのね……成長するっていいことよね……」
その日も夕刻を告げる半鐘の音を聞いて、少女は里へと帰っていく。
いつも通り、少女に取り付いてしまった厄を気が付かれない様に吸い取り、森の入り口まで少女を送る。
「また、明日ね~!!」
元気良く少女は私に手を振ってくれる。
私も手を振り返す。
手を振り返しながら私は思ったの。
『……この楽しい日々は、いつまで楽しめるのだろう……?』
私は厄神。
この姿のまま永遠に生き続ける。
そして、「厄を集める」という使命を人間が存在する限り永遠に続けていく。
少女は人間。
神や妖怪などに比べると非常に短い寿命。
私の様な使命はなく、子孫の繁栄という行動で成長、発展していく。
少女もいつかは、結婚をして、家庭に入る。
そうなったら、この楽しい時間もおしまい。
フッとそんな事を思い、少し寂しい気分になったわ。
※ ※ ※
それから数年経っても相変わらず少女は、夕方近くに池の所にいたわ。
私も厄を集め終わってからすぐに池に向かうの。
私が池に行くとすでに少女は池のほとりにある切り株に座っていたの。
「あら、早いわね」
「いえ、今来たばかりですよ」
いつも通りの会話、いつも通りの笑顔、そして、いつも通りの楽しい時間。
私自身、すでに日課となりつつあるこの行動。
しかし、今日は少し違っていたわ。
少女がいきなり話を切り出してきたの。
「あのね…私…告白されちゃった…」
少女は顔を赤らめて、ボソボソといいながら、うつむいてしまった。
「あらあら…」私はその仕草がとても可愛くみえた。
そして、少女は話を続ける。
里に来ている行商人の男性から口説かれた……みたいね。
ただ、まだ少女は返事をしていない。
どうしよう……っていう気持ちで一杯らしいわ。
「貴女はその人の事が好きなの?」と少女に聞いてみたの。
少女は、さらに顔を真っ赤に染め、両手をその真っ赤になった頬を隠すように当ててから、
小さくコクンとうなずいた。
『いいわね……私には縁の無い話だけど……』
そう思いながらも、目の前にいる幸せそうな少女を見ると、コッチも微笑んでしまう。
それから、少女の恋愛相談が始まったわ。
が、私自身無縁な世界の話なので、正直どう答えていいのか分からない。
しどろもどろになりながらも、少しだけある憶測の知識でなんとか答えていったの。
そして、夕刻を告げる半鐘の音が響く。
「あ、もう時間…帰らないと!」
私は心の中で思ったわ。
『……私の中では、今日は、すごい長い時間だったわよ……
ある意味、ちょっと苦痛とも思える時間だったわ……
恋愛って、こんなに疲れる物なの? まあ、私には縁のない話だけどね……』
と苦笑し、少し疲れた顔になりつつ、少女をいつも通り森の外まで見送る。
「また、明日ね~!!」
いつも通りの元気な笑顔。
私も手を振って、少女に答えた。
※ ※ ※
それから数日後。
いつも通りに厄を集め終わり、池に向かっている。
池に到着すると、いつもと様子が違うの。
いつも少女が座っている切り株の所に、もう一人座っているわ。
「ん?誰かしら?」と思いながら、私は池のほとりに歩み寄る。
その気配を感じた少女が後ろを振り返る。
「あ、来た来た!!」
こちらを笑顔で見つめる少女。
その横には……見たことが無い男性の姿があったの。
「あ、この人が……この前言っていた行商人の……」
少女がそう言うと、横にいた男性が立ち上がり私に軽く会釈した。
「あらあら……じゃあ……?」 察した私は笑顔になる。
「はい、お付き合いすることになりました!」
さらに笑顔になった少女は、その男性の腕を握りながら笑顔で答えた。
「よかったじゃない、おめでとう」
「うん、ありがとう!!」
幸せそうな笑顔の二人。
その姿を見て、私は安堵感と不安感に襲われていたの。
「よかった」という安堵の感情はいいんだけど、
「じゃあ、これからは少女はここに来なくなってしまうのでは?」という不安が湧き上がったの。
数年続いた楽しい時間。 すでに日課となりつつある少女との会話。
それが無くなってしまう…という不安感を強く感じていたの。
夕刻を告げる半鐘の音が鳴るまで、私はその不安と戦い続けたわ。
正直、半鐘がなるまでの間、少女が何を言ったのかなど、まったく耳に入っていなかったの。
私の心の中で、二つの意識が戦っていたわ。
「この楽しい時間を無くしたくない」という感情と、
「やはり人間は人間と一緒に居なければ成らないのよ…」という感情。
少女と男性が帰った後も、私は家で葛藤し続けたの。
※ ※ ※
その日を境に、少女が池に来る頻度が減ってきたの。
厄を集め終わって池に行ってみた時に少女の姿がないと、なにか寂しい感情に襲われるの。
「もしかしたら、遅れて来ているのかも?」と思い、何度も池の所に行って確認したりしてみたわ。
しかし、少女は居なかった。
私は得も知れぬ不安に襲われたわ。
『もしかしたら、少女はもうここには来ないのでは?』
夕刻を告げる半鐘の音を聞くと、さらに悲しい気持ちに襲われる。
……あの少女の存在が、ここまで私の中で大きなものになっていたのね……
そう改めて思ってしまう。
そして、一人孤独に家でその不安に襲われる。
そして……考えに考えたあげく、やっと私の中で結論が出たわ。
「そうよね……本来はこうあるべきなのかもしれない……」
そう思い、私は決意した。
そして、私はある物を作ったの。
とても大事に……丁寧に……思いを込めて。
この世に一つしかない物。
……それは……
※ ※ ※
数日後。
厄を集め終わって家に帰る途中、池に立ち寄り池のほとりを見る。
……あの少女がいたわ……
私は逸る気持ちを抑えつつも、小走りで池のほとりへ向かう。
「あ、来た来た!」
あのいつも通りの笑顔で少女は私を迎えてくれた。
「なんか…久しぶりね」
「ええ、ごめんなさい…色々とあって…」
そういった少女の顔は、何か嬉しさと寂しさ? が同居した様な表情だった。
切り株に座り、唐突に少女が話し始めたの。
「おねえちゃん……私……今度結婚するの……」
私の中で多少の予測は出来ていたわ。
ここ数日、ここに来なかった事。
それに、彼を連れてきた時の少女のあの笑顔。
少女のその言葉を聞いて、私はこの前決意した事を今日実行しないといけないわ……
と感じ取ったの。
「そう……おめでとう!! じゃあ、これをあげるわ」
そう言い、私は服のポケットからひとつのお守りを取り出したの。
この前作ったのは、このお守りなの。
袋は、すべて自分の手縫いで仕上げ、中には私の髪の毛を数十本切って束ねて、
和紙に包んだ物が入っているの。
髪の毛とはいえ、厄神の物……
微量ではあるが、持っている者の近くにある厄なら吸い取ってくれる。
真っ赤な袋は、私が来ている服と同じ素材のもの。
厄神の手作りの確かな効果のお守り。
それを少女に手渡したの。
「うわぁ~、ありがとう!!」
少女は喜んで受け取ってくれたわ。
そして、その姿を見ながら私は大きく深呼吸をして、決意して少女に向かって言葉を発した。
「……今日で、貴女がここに来るのはおしまいよ……」
その言葉を聞き、一瞬訳が分からすにお守りを持ったままキョトンとする少女。
「……な……何を言っているの? おねえちゃん?」
私の言葉に少女の顔色が一瞬で変る。
「貴女は人間……そして、私は……人間じゃないのよ」
今まで私は自分の正体を少女には明らかにしていなかったの。
知られたら、この少女はここに来なくなってしまうという恐怖感があったから。
少女の中では、私は「森の中に住んでいるおねえちゃん」という認識でしかなかったはず。
少し少女から離れて、体の中に収納した厄を周囲に展開する。
一気に池のほとりにドス黒い厄の塊が広がり始める
その光景をみた少女は、目を見開き言葉を失う。
「……これが私の正体よ……人間から忌み嫌われる存在……私は厄神なのよ……」
しばらく周囲を静寂が支配する。
普通の人間……まれに森に迷い込んだ人間に忠告する時に、同じ様に厄を展開すると、
ほとんどの人が「化け物!!」と叫びながら逃げていく。
私は、少女も同じ様な行動をするかと思っていたの。
やはり、「神」と「人間」では住む世界が違うわ……
このままこの関係を続けて行ったたら、お互いに良くない事になりかねない。
それに、少女は「結婚」という自分の人生においての最大の幸せの中にいる。
その中に不幸や厄と言った存在は不必要よ。
今日から、貴女は人間として人間の世界で生きていくのよ……
そう思いながら、私は呆然とこちらを見つめている少女を見つめ返していたの。
池のほとりに広がるドス黒い厄の塊を見て呆然と言葉を失った少女だったけど、
しばらくして落ち着きを取り戻した少女がその静寂を打ち破ったの。
少女は、大きく息を吸い、フゥとため息を漏らす。
そして、ニッコリと笑顔で私に語りかけたわ。
「やっと教えてくれましたね。 おねえちゃん……ううん、『厄神様』」
笑顔で私を見つめる少女。
なんで? なんで逃げないの? 他の人間の様に「化け物!」と言って逃げないの?
少女は話を続ける。
「ええ、貴女が厄神である事は数年前から里の噂で分かっていました。 けど、私からしたら貴女の正体がなんであろうと、
『やさしいおねえちゃん』でしかありませんよ」
「……!」 私は少女の予想外の言葉に驚いた。
私は展開した厄を体内に収納する。
池の周りに展開していたドス黒い厄の塊はドンドン消えて行って、池の周囲は前と同じ光景に戻った。
「じゃあ……私の正体を知っていてここに来ていたの?」
驚いた私は少女に問いかけた。
「はい」笑顔で少女が答える。
お互いの顔に笑みが浮かび、緊張が解ける。
私は少女の横の切り株に座る。
この重たい空気の中で何を話していいものか……沈黙が続く。
しばらく沈黙が続き、夕刻の半鐘の音がもうすぐ聞こえ始める時間……その時、少女が突然手紙を私に渡したの。
私は渡された手紙を見る。
それには「結婚式のご招待」と書かれていたわ。
場所や日時が細かく書かれていたの。
「もう分かっているから言うけど……私は行けないわよ……こんな幸せな日に厄はいらないでしょ?」
私は手紙を見ながら申し訳なさそうに少女に言った。
「ええ、でも知っていて欲しいの。 遠くからでもいいの。 結婚式をおねえちゃん……いや厄神様に見て欲しいの……」
少女もそれが出来ないという事を理解して言葉を選んで話してくれている。
場所は……博麗神社。
確か若い巫女が取り仕切っている神社ね。
「……行けるかどうか分からないけど……」私は言葉を濁す。
「ええ、無理はして欲しくはないわ。 来れたらでいいから……」 少女も言葉を選ぶ。
そして、夕刻を告げる半鐘の音が聞こえてくる。
「じゃあ、私は帰らないと……」
「そうね……外まで送るわ」
森の外へ向かう途中で、少女は何かを言いたそうな表情を浮かべている。
時々、口に出そうとするが、思いとどまって止めてしまう……そんな事を数回繰り返していたわ。
そして、森の外へ。
いつもなら、「また明日~!」と元気良く言うはずなのだが、今日は寂しそうな顔で少女はこちらを見ている。
「おねえちゃん……私、結婚式が終わるまでここに来れないんだ……」
ああ、それが言いたかったのね。
私は笑顔をつくり答えたわ。
「ええ、分かったわ。 いい結婚式になるといいね!」
「うん! ありがとう! ……それじゃあ……」
と言い、少女は無理に笑顔を作りながら手を振って里へ帰って行ったわ。
家に帰り、少女から貰った手紙を再度見る。
「……行けるのかしら……私……」
私は家の中で手紙を見ながら一人苦悶の表情を浮かべたわ。
※ ※ ※
数日後。
少女の結婚式当日。
もちろん私は参列は出来ない。
私は手紙を目の前に置き、まだ悩んでいたの。
「……行っていいのかしら……」
とりあえず、日課の厄を集めに行く為に準備を始めたわ。
準備をしながらも、頭の中は、少女の結婚式の事で一杯だったの。
時間が経ち、日が高くなってから家を出る。
森の外に出た時に、里から博麗神社に向かって行く行列が見えていた。
「……あの行列がそうね……」
そうつぶやくと、私の足は自然と博麗神社へと向かっていた。
そして神社へ。
建物の中からは、荘厳な音が響いている。
私は、境内へ続く敷石の道の始点……つまり、階段を登ってすぐの所にある、鳥居の脇にいたの。
ここなら、この建物の中にいる人や近くにいる人には厄の影響はないわ。
私は鳥居に体を寄りかからせて、空を見上げる。
「あんな小さかった女の子が、今日結婚式をあげている」
「フフッ」と微笑みながら感慨に耽っていてると、建物の中から響いていた音が止まったの。
しばらくすると、建物の中から人が列を作って出てきた。
先頭にいたのは……今日の主役の二人。
私は鳥居の柱の陰から身を出してその光景を見つめる。
とても綺麗な白無垢を着て、いつも見る雰囲気とは違った少女の姿がそこにはあったわ。
少女は建物から境内に降りる階段をゆっくりと下りると目線を前に向けた。
そして、視線の先にある鳥居の横にいる私と目線が合う。
少女は遠くに見えた私の姿を見て驚いた顔をして手を顔に当てる。
それを見た新郎も私を見て、会釈する。
お互いに笑顔で微笑み合う。
私は軽く手を振り、その場を離れたの。
もう、これ以上ここに居たら他の人にも迷惑が掛かるから。
それに、少女の美しい白無垢姿も見られたしね。
わずかな時間だったけど、少女の美しい姿を見られたという満足感を味わいながら私は厄を集めに向かって行ったわ。
※ ※ ※
少女の結婚式から数日後。
厄を集めに出かけて帰ってきた時に、森の中で不意に声を掛けられる。
「おねえちゃん!」
その声は!
声のした方向を見ると、あの少女……いや、もう立派な女性ね。
その彼女が私と初めて会った時の様にこちらを見ていた。
「あらあら、久しぶりね」
「フフッ、そうですね」
お互い笑顔で微笑み、池へと向かう。
ここ数日、誰とも会わずに彼女と出会う前の様に厄を集めるだけの生活を送っていた私にとって、
彼女の久しぶりの訪問はとてもうれしかったわ。
池のほとりにある切り株に座り、以前の様に話が始まる。
ただ、今日の話は内容が違ったの。
それは、「少女からのお別れの話」だったから。
結婚をして家庭に入った今、旦那の仕事…つまり行商人の妻としてもっと大きな里へ行かなければ
ならなくなった……
つまり、今日で彼女はもうここには来れない。
それを伝えに来た……そういう事らしいわ。
私は、彼女が結婚をすると聞いた時から、いつかはこうなるのでは?と思っていたわ。
けど、それが今日とはね……
覚悟はしていた……けど、いざそうなるとやはり動揺してしまう。
「もう会えない」という気持ちが強く私の心を襲う。
『けど……本当はこれでいいのよ。 彼女の幸せを私が邪魔をするわけにはいかない』
そう強く思い、彼女をキチンと送り出してあげようと決めたの。
そして時間になるまで、色々と話をしたわ。
昔の話、思い出話、楽しかった話……色々と。
そして、里の方から夕刻を告げる半鐘の鐘の音が無情にも聞こえてきたわ。
その音を聞いた彼女は、寂しそうな表情になる。
「本当に……お別れです。 今までありがとうございました!」
彼女は、涙目になりながらも、私に向けて深々と頭を下げる。
「こちらこそ……楽しかったわ……私はいつでもここにいるわ。 もし、近くに来たら立ち寄ってね」
「はい」 彼女は涙を拭きながら答えた。
いつもの様に森の外まで見送る。
初めて会った時の様に手をつなぎながら森の外まで一緒に行く。
森の外へ向かう一歩一歩が、彼女との別れに繋がっている。
そう思うと、歩みを止めたくなる。
けど……それは出来ない。
そして……森の外へ。
最後に、彼女に取り付いてしまった私の厄を取り除く。
彼女の前に立ち、手をかざす。
手に気を込めると彼女の体から取り付いてしまった厄が浮かび上がる。
「本当に厄神様なんですね……」 その光景を見た彼女がつぶやいた。
「ええ、そうよ」 微笑みながら私は彼女の体から出た黒い厄の塊を右手で受け取る。
「それでは……本当にお別れです」
一番聞きたくない言葉ね……けど、これも仕方のないこと。
「ええ、お元気でね」
「厄神様も……ううん、おねえちゃんもお元気で!」
そういうと、彼女は先日あげたお守りを取り出して手にとって私に見せた。
「このお守り……一生大事にします! なんたって本物の神様が作ってくれたお守りですから!」
「……うん……」 私もすでに涙で前が見えていない。
「じゃあ……本当にお元気で! ありがとうございました! おねえちゃん!!」
そう元気良く言うと、私に背を向けて里へ向かって彼女は歩き出した。
本当は引き止めたい。
けど、それはしてはいけない事。
私は涙を拭いて、彼女の姿を目に焼き付ける。
時折、彼女はこちらを振り向いて立ち止まる。
……彼女が里に入るまで見送ろう……
そう思い、彼女の姿が米粒位の大きさになるまで、私はその場で立ち、彼女の姿を追っていた。
そして、その米粒位の大きさだった彼女の姿が完全に里の中へ消えていったのを見て、私は森の中へと帰っていった。
我慢しても涙が溢れる。
頬を伝う涙がとめどなく溢れてくる。
家に着くと、今まで抑えていた感情を解放するかのように泣きはらした。
今までこんなに泣いた事はない位に声をあげて泣いた。
私は泣きつかれていつの間にか眠っていたわ。
……気が付いたら朝になっていたわ……
※ ※ ※
彼女と別れた後の数日。
心の中になにかポッカリと穴の開いた様な感覚に襲われていた私は、厄を集めにいく気力がなかったわ。
一日中、池のほとりで切り株に座り、ボーッとしていたり、森の外へ出て、彼女と別れた場所で立ち尽くしたり。
まるで気の抜けた様な生活を送っていたの。
けど、時間が経つにつれて、その生活も前の様に厄を集めに行かなければという使命感によって、
以前の様な生活に少しずつ戻っていく様に思えたの。
厄を集め終わって家に帰る途中、「もしかしたら?」という淡い期待をしながら、
少女と出会った場所を通るが、その声はするはずもない。
池のほとりに、もしかしたら居るかも?という期待も、打ち砕かれる。
いつもの様な、誰もいない殺風景な池のほとり。
私は孤独という物が、これほど辛く、悲しいものという事を初めて知った。
ダメね……まだ心の中で彼女の事を引きずっているわ……
そして私は思い決意した。
「もう……忘れよう…… 所詮、私と彼女では住む世界が違うのよ……」
その日から、私は少女と出会う前の時と同じように、厄を集め溜め込む生活に完全に戻ったの。
その生活を続けて行って、時間の経過と共に、彼女の思いも少しづつ消えていく。
たまに思い出す事もあるが、もう思い出話として思い出す程度。
私の記憶の中からも彼女の記憶が少しずつ欠落して行っている。
顔や声、結婚式の白無垢姿などはハッキリと覚えてはいるが、池での会話などはほとんど忘れて行っている。
ただ、「楽しかった」という事しか思い出せない。
少しずつ彼女の存在が私の中で楽しかった思い出となりつつあったわ。
※ ※ ※
もうどれくらい経ったのかしら?
あそこにあった小さな苗木が立派な大木になっている。それくらいの時間が経過したの。
私はいつも通りに厄を集めに散歩へ向かう。
ただ、何か今日はおかしいわ。
森の木々がざわざわしているの。
フッと上を見上げると、紅白の巫女と白黒の箒に乗った魔法使いが山に向かって飛んでいたの。
「あれは……あの方向は危ないわ……」
そう思い、私はその二人を止めようと前に立ちはだかる。
が、その二人は人間とは思えない力で私を打ち倒して山の方へ向かって行ったわ。
……あの二人に何もなければいいんだけど……
そう思いながら、傷ついた体を直す為に家に戻る。
傷はそんなに深くもなく数日で完治したわ。
※ ※ ※
そして、平凡に月日が経過する。
いつも通りに厄を集め、家に帰る。
その繰り返し。
たまに、この前戦った紅白の巫女からお誘いがあり、宴会に参加することもあるが、
それ以外は、以前とまったく変らない毎日。
今日も厄を集めて家に帰ろうと森の中を歩いていた。
その時、突然声が聞こえてきた。
「おねえちゃん」
しゃがれた声だが、私の耳にそう聞こえてきたの。
私の脳裏にある事が一瞬で思い出される。
「もしかして!」 そう思い、ある方向を見る。
その視線の先には……数人の男性に囲まれた中の中心にある椅子に座っている一人の老婆の姿があった。
その老婆は、やさしい顔で私を見つめていたの。
「覚えていますか?」 老婆はそう言って、手を上にあげた。
その手には、赤いお守り……忘れるはずがないわ!
その老婆の手には、私が作ったお守りその物があったの。
「……! 貴女は!!……」
私は急いでその老婆のそばに駆け寄って行ったわ。
彼女の前でひざを付き、目線を合わせて、その顔を良く見る。
面影があったわ。
間違いない……彼女よ。
すでに立っているのも困難な位に腰も曲がり、座っているのですら息が切れている様な感じだったが、
間違いなくあの少女だった人よ。
「お久しぶりですね……おねえちゃん……」
言葉を発するのも体力を使うのであろうか? 途切れ途切れではあったが、ちゃんと聞き取れる声で
私に語りかけてきた。
「ええ……本当に……久しぶりね……」
そう答えると、私の頭の中に忘れかけていたすべての楽しかったあの記憶が鮮明に甦る。
二人で感慨に耽っていると彼女が自分の周りにいた、たくさんの人……自分の子供や孫に、
少しこの人と二人きりにして欲しいと告げる。
彼女の子供達は、安全な森の外まで移動して行った。
そうして、何十年ぶりかに池のほとりで二人きりになった。
……とても懐かしい……
私は厄を完全に体内に押し込め、彼女の真横に座る。
そして、座っているのも体力を使うのであろう、片手で彼女の背中を支えて、
少しでも彼女が体力を使わない様に心がける。
呼吸を整えた彼女が話を始めた。
「やっぱり、貴女は何もお変わりないのですね……」
「ええ、だって神様ですもの……」
「フフッ、私なんて、こんなに醜くなっちゃって……」
「そんな事はないわよ、とても素敵になったわよ」
長い年月を埋めるかの様に会話が弾む。
時折呼吸を整えないといけないようだったので、休息を入れながら会話を続けた。
「で、今日はこれをお返しに来たんですよ」
唐突に彼女が話を始めた。
そして手に持っていた物を私に差し出した。
それは……私があげたお守り?
「え? これは私が貴女にあげたものよ。 貴女が持っていてもいい物なのよ」
私は困惑した。
「でも……今日来たのはこれが目的なのよ…これを貴女にお返しする事が」
彼女は、手に持っていたお守りを私の手に載せる。
「……なんで……?」 私は疑問を彼女にぶつけた。
「このお守りのおかげで、私はこの今までとても幸せな生活を送ることが出来ました。
これも、すべてこのお守りのおかげです。
でも、もうすぐ私の命も尽きます。もう先がないのですよ。
だからこそ、このお守りが今まで吸い取ってくれた厄を厄神様にお返しに来たのです」
「でも……だったらそれをお子さんとかに渡せば……」
「いえ、これは厄神様から直接私が頂いた大切なもの。 他の人にお渡しする気はありません。
だからこそ、お返しに来たのです」
彼女の強い決意と、その真剣な視線を感じ、「分かりました。では厄をお引取りいたします」と私はお守りを受け取る。
私がそのお守りを大事に服の中にしまうのを見て、彼女はしわだらけの顔をさらにしわを増やしながらニッコリと微笑んだ。
「これで、長年の思いが果たせたわ」
そう彼女は笑顔でポツリとつぶやいた。
※ ※ ※
しばらくすると、森の外にいた親族が戻ってきたわ。
もうそんな時間なのね。
それに、彼女にしてみれば、長い時間ここにいるでのすら体力を消耗する。
「それでは……多分もうお会いすることもないでしょう……」
彼女は、荒い呼吸を整えながら私に語りかける。
私も、彼女の命があとわずかである事を察知した。
もう、老婆の命の灯火は消えかかっている。
『……もって、あと2~3日……』
多分、彼女は私に最後のお別れに来たのだろう。
そうしていると、親族の者が老婆が座っている椅子を数人で抱えあげる。
もう長い距離を歩けない老婆を運ぶ為に、こうやって里から来たのね。
親族に抱えられた彼女は満足そうな笑みを浮かべていた。
「森の外まで送るわ」
昔の様に……椅子の上にいる彼女と手をつなぎ森の外まで見送る。
「懐かしいわね」
「ええ……本当に……」
こうしていると、昔を思い出すわ。
……まだ幼い貴女と出会った頃を……
数え切れない位見送ったこの道を。
……そして、今……
もう、二度と一緒に歩く事はない道を彼女と手をつないで歩いている。
私は森の外へ向かう一歩一歩を大切に踏みしめる。
永遠のお別れに続く一歩がこんなに重たく、切ない物なの?
嫌よ! こんなのは嫌っ!
……また、昔みたいに「また明日~!!」って……
彼女とつないだ手から感じる彼女のもう朽ちる寸前の皮膚の感触を感じ、
私は、それが不可能である事を痛烈に実感する。
彼女の手から伝わる微弱な生命の鼓動。
『これが……人間なのね……』
もう、目の前には森の外の景色が見えてきているわ。
あとホンの少しで、本当に永遠のお別れになってしまう。
一歩を踏み出すと心がどこかに持っていかれそうになるわ。
『けど、これは避けられない運命なのよ』
私は覚悟した。
そして、森の外への残り少ない数歩を心を込めて歩く。
彼女もそう思ったらしく、私の方を笑顔で見つめていたわ。
そして……とうとう森の外へ来てしまったの。
彼女は笑顔で両手で強く私の手を握る。
その目には涙が浮かんでいた。
「おねえちゃん、本当に……本当にありがとうね」
彼女は精一杯の力で私の手を握る。
「ええ、こちらこそ……本当にありがとう…… 楽しかったわ」
私も強く手を握り、それに答える。
そして、ゆっくりと手が離れる。
お互いに同時に口から言葉が出る。
「……さようなら……」
「……さようなら……」
しばらくして、親族の一人が頃合を見計らって私に声をかける。
「では、失礼します」
親族の方々が私に会釈をすると、親族一同は里へ向かってゆっくりと歩き出していった。
椅子の上では、彼女が仕切りにこちらを振り向いている。
私は昔の様に笑顔で彼女に手を振る。
それを見た彼女も、もうあまり動かない手を動かし手を振り返してくれる。
そうして、その姿が里の中に入り見えなくなるまで、私は手を振り続けた。
私の目からはとめどなく涙が溢れていた。
※ ※ ※
2日後。
いつもなら夕刻になるはずの半鐘がお昼ごろに鳴り響く。
とても悲しい音色の鐘の音。
里で誰かが亡くなった時の鐘の音。
その音を聞いて、私は急いで森の外へ向ったの。
……そして、森を抜けた先で見た光景は……
里の入り口から黒い着物を来たたくさんの人が、棺を抱えて列を作っている光景。
その黒い着物を着ている人の中に、先日老婆を池までつれて来ていた親族の人の顔を見つける。
「そう……本当に永遠のお別れなのね……」
たくさんの人に担がれて、豪華な台車に載せられた小さな棺。
その光景を見た私は、彼女から返却されたお守りを手に取り、手を合わせてその棺に向かって祈る。
その行列の先頭で、この前私と戦った巫女が何か死者を弔う様な文面を読み上げている姿が見えるわ。
その時、私は手にあったお守りに違和感を感じたの。
両手でお守りをはさむ様にしていたんだけど、なにか感触がおかしいわ?
記憶では、私の髪の毛が数本入っているだけで、他には何も入れては居ないはず。
そう思い出し、私はお守りの口の紐を緩め、中を覗いてみる。
お守りの袋の中には、当時のあのままの、私の髪の毛が入っている和紙の袋と、
何か半紙が綺麗に折りたたんで入っていたわ。
私は、その紙をお守りから取り出して、丁寧に開く。
……開いた紙には……
私はその紙に書いてあるものを見て、言葉に詰まる。
決して上手いとはいえない、が一生懸命書いたのが分かる文字が書かれていたから。
「 ありがとう 」
あの彼女は文字の読み書きが出来なったはずよ?
多分、子供や孫から必死に教わって書いた文字だと思うわ。
……そうして、また鐘の音が聞こえてくる……
死者が冥界に向かう為の鐘の音。
ゆっくりと棺を先頭に列が里のはずれに向かい移動を始める。
その数時間後。
里のはずれにある施設の煙突から、綺麗な紫煙が立ち昇る。
風もないので、空へ向かって一本の綺麗な線が空に描かれる。
お守りに入っていた手紙を見て、さらにその紫煙を見て、私は涙を流し続けた。
煙突から紫煙が消えるまで、私はその光景を目に焼きつけていた。
煙が消えたのを確認した私は、涙を拭きながら森の奥へと帰って行ったわ。
※ ※ ※
次の日の夕方頃。
「おーい! 雛! いるか~!!」
と、声が聞こえ、私の家の玄関をノックする音が聞こえる。
一体誰よ?
まだ涙で腫れぼったい目をこすりながら、私は玄関のドアを開ける。
「おお、いたいた!」
玄関を開けた先にいたのは……白黒の魔法使いこと、「霧雨 魔理沙」
この前、私を打ち負かした人間の一人よ。
「で、一体何よ?」
今まで泣いていた為に腫れぼったくなった目を悟られない様に、目線を外しながら魔理沙と話す。
「今晩、博麗神社で宴会があるんだぜ! だから雛も来ないかな?と思ってさ」
今は正直そんな気分じゃないわ。
けど、このまま家にいても、気分がドンドン滅入っていくだけね。
この悲しい気持ちの気晴らしにはいいか……そう思った私は魔理沙に答えたわ。
「いいわ……後で行くわよ」
その返事を聞いた魔理沙は「お、じゃあ後で神社でな! 待ってるぜ!」と言って足早に飛び立っていったわ。
相変わらずあわただしい人ね……
そして、顔を洗い目の腫れを取って、しばらくしてから私は博麗神社へ向けて出発したの。
※ ※ ※
博麗神社へ到着すると、すでに宴会が始まっていたわ。
私が来たのを見つけた魔理沙が陽気にお酒をもって近づいてきたわ。
「お! 遅かったじゃないか! まあ一杯!」
と言いながら、お猪口を私に差出してその中にお酒を注いできたの。
「ほら! 駆けつけ3杯だぜ!」
そう言うと、魔理沙は笑いながら私が飲み終わったお猪口にまた並々と酒を注ぐ。
「……キツイわね……」
なんとか3杯を飲み終わり、宴会の輪の中に入って行ったの。
軽く酔った私は、いい気分になりながら、周りの楽しい会話を聞いて楽しんでいたわ。
まだ、面識のない人も多数いるけど、そんな事は関係なく楽しんでいる姿を見ると、
私の落ち込んでいた気分も少しは和らいでいく様に感じたわ。
漆黒の闇に覆われた夜空をフッと見上げ、その美しい景色に目を奪われる。
とても綺麗な満天の星空が私達を見下ろしている。
その星空を見て、私はある事を思いついたの。
そして、近くにあったお猪口を二つ持ち、お酒の入った徳利と簡単なつまみを持って、
宴会の席をコッソリと抜け出して行ったの。
宴会場では、うどんげと呼ばれていたウサギの耳がある人と、早苗と呼ばれていた紅白の巫女の色違いの人が、
色々な妖怪や神様に脱がされてかけている所だったわ。
「「いやぁ~! やめてくださ~い!!」」という声が響いていたがあれでは脱がされるのは時間の問題ね。
宴会に来ていた他の人も、その光景に夢中になっていたので、私が抜けた事など誰も気が付いていないみたい。
コッソリと宴会を抜け出した私は、そのまま鳥居をくぐり、下の道に繋がっている階段の所へ行き、
階段の途中で腰を下ろす。
持っていた二つのお猪口をそっと階段のところに置き、持っていた徳利のお酒をお猪口に注ぐ。
おつまみも汚さない様に皿に載せて階段の所に並べて置く。
私は服の中から、彼女から返却されたお守りを取り出して、
片方のお猪口の脇にそっと置く。
そして、もうひとつのお猪口を手に取り、階段に置いてある方のお猪口に軽くぶつける。
「キンッ!」という陶器同士のぶつかる音が夜の闇の中にかすかに響く。
「本当は貴女と、こうやって時間を気にせずにお酒を飲みながらお話してみたかったわ」
お守りを見ながら、小さくつぶやく。
手にしたお猪口の中身を一気に飲み干す。
「……フゥ……」
……溜息、ひとつ……
飲み干して、空になった自分のお猪口に徳利の酒を注ぎ足す。
酒が入ったお猪口を持ち、その手を満天の星空に向けて差し出す。
あの少女の顔を思い浮かべながら、私は笑顔で満天の星空に向かって語りかけた。
「ほら? 見えるかしら。 私はもう孤独じゃないんだよ…だから安心してね」
後ろで聞こえる宴会の喧騒を聞きながら、煙となって空に上っていった彼女を思い出して私は微笑みかけた。
人間のために厄を取り続ける雛はいつもこういう風に考えているのかもしれませんね
とてもいい話、ありがとうございました
神様だって、つらい思いをしているんですよね。努力した結果が化け物ですもんね。それを受け入れる雛様は立派とです。
…が、うどんげと早苗さんが、とんでもないことに!!
氏の書く雛はすごくいいぜ!
厨設定だなんてとんでもない。
色々な意味で感謝の気持ちが湧く良いお話でした。
もはやそれ以外の言葉は浮かびませんね。
おそらく貴方の作品によって、雛ファンは今後も増え続けるでしょう。がんばって下さい。
PS,あと、うどんげと早苗も素晴しいと思いますww
>うどんげ、早苗
・・・単に「幸薄そう・・」というイメージだけで書いてしまいました。
ファンの方には申し訳ないです。
>欠片の屑様。
ここで書くのもなんですが、
掲示板での貴方のコメントで立ち直れました。
ありがとうございます。
って程ではないですが、とてもいい話で感動しました
雛っていい神様だよなー
あと、うどんげと早苗っちにも入れました。
たくさんのコメントありがとうございます。
本当にうれしいです。
>厄を取り続ける雛はいつもこういう風に考えているのかもしれませんね
この部分は、「厄神様の通り道」の歌詞からヒントを得たものです。
常に相手の事を優先して考える・・・自己犠牲の綺麗な形・・・
私は少なくとも雛はそういう心があると思って書いています。
>神様だって、つらい思いをしているんですよね。
多分、神奈子や諏訪子などの他の神様も、同様につらい過去を持っていると・・・
ただ、雛の場合は、その立ち位置からして一番辛く苦しい思いをしているのでは?と思っています。
>氏のおかげで雛が好きになりそうです
>氏の書く雛はすごくいいぜ!
本当にありがと~!!
>厨設定だなんてとんでもない
いや・・自分ではそうだと思っていたりする部分があるんですよ・・・
なんか、部分的に「ご都合主義」じゃないかな~っと思ったり・・・
>雛ファンは今後も増え続けるでしょう。がんばって下さい。
増えてくれるとうれしいですね。
でも、ネチョとか百合は勘弁ですがw
>雛っていい神様だよなー
私もそう思います。
>人気投票で雛に入れてきました。
私も雛&風神2面しか入れていません!w
良いお話をありがとうございます。
しかし、あなたの書く雛を見ているとどんどん雛人気が私の中で高まって来ますねー……。
雛さんにとっては一瞬の時間かも知れませんが
少女と共に過ごした時間は輝いていた時間です。
その時間を忘れないで下さい。
少女も雛さんに出会って本当に輝いていた時間です。
コメントってあると本当にうれしいものですね。
>三文字様
私が東方内で一番好きなキャラですからね。
多分、今後どんな最新作が出ようとも・・・
>翼様
今回の話は、あとがきにも書いた曲の影響が非常に強いです。
悲しげな歌詞が多く、自分の事よりもまず人間の事を・・・
そういう事を考えながら、書いてみたつもりです。
雛・・・いいですよw。
>時空や空間を翔る程度の能力様
例えばペットとかの、寿命が人間と比べると短い生物・・・という風に考えると、そのペットが亡くなった時の感情というのが今回の話に近い物なのな?って自分は思いました。
やはり、美しく楽しい思い出は忘れてはいけませんね。
厨設定ということはないと思うのです。確かに王道といえば王道なお話かもしれませんが、だからこそこれだけ感情移入できるお話を書けるのは凄いと思います
次回作、お待ちしておりますw
なるほど、こういう風に持っていくのもアリですね
>厨設定ということはないと思うのです
そう言っていただけると、ありがたいです。
>人里の男との恋を連想していたんですが
はははw。
単に私がその流れは書きたくなかっただけだったり・・w
けど、この場合は、愛も友情も同義語では?と思ったりします。
あとがきにある3曲を聞きながら読んだら、
マジで泣いた・・・