―東方幻想郷 腕相撲大会―
「私に決まっているでしょ、優勝なんて」
と伊吹萃香。
「あら、判らないわよ」
と、八雲紫。
「判らない? 何よ紫、私に勝つつもり?」
「さあ……どうかしらね」
紫は胡散臭そうに笑う。
萃香は、それに見向きもせず、瓢箪を呷る。
「まいうー」
「腕相撲大会は明日の夜に、人間の里に開かれるわ」
「ふーん。あっそう。どうせ紫が考えたんだろ」
紫は胡散臭い笑みを崩さない。
萃香の瓢箪を引ったくり、豪快に飲んだ。
「あ、こら!」
「無限に沸いて来るんだから、ちょっとくらいいいじゃないの」
「いやよ。紫の涎がついたじゃないの」
「それくらいで、死にそうな顔をしないの」
紫は楽しそうに萃香のほっぺをつんつんした。
紫は、萃香が可愛くて仕方がないようだった。
「それでね」と紫は続ける。
「人間と妖怪じゃパワーが違いすぎてお話にならないでしょう?」
「そりゃそうね」
「だから、人間クラスと妖怪クラスに分けるの」
「へえへえ。まあ私は誰とやっても負けないけど」
「はいはい。んで、妖怪クラスと言っても、
ピンからキリまであるからねえ。
妖怪クラスもさらに上クラスと下クラスに分ける」
萃香はとりあえず黙って聞いているようだ。
「つまり、人間クラスと、妖怪弱クラス、
妖怪強クラスに分かれて、それで、競うの」
「そんで、
なんでそんなことをするのかしら?」
「だって、暇じゃない? 博霊神社での宴会しか、最近やることないし。
それに、たくさんの種類の妖怪を呼ぶから、
萃香の知らないやつも来るかもしれないわよ」
と紫は萃香の顔を覗き込む。
萃香は、まんざらでもない顔つきだった。
紫は笑みを深くした。
「へえ、私の知らない妖怪ねえ」
萃香は空を仰いだ。
空は青かったが、どこか鈍い色だった。
「そ、楽しみでしょ」
「うーん……なるほどね。でも、その中に張り合いのあるやつはいるのかしら」
「幻想郷は広いもの。貴方を楽しませてくれる妖怪はきっと居るわ。
ほら、たとえば、レミリアなんか、悪くなかったでしょ?」
「ああ、あいつは、まあ私には及ばないけど、まあまあだったわね」
萃香は、レミリアと弾幕格闘をしたことを思い出した。
レミリアはそれまでの相手とは次元が違った。
格闘戦タイプらしく、その点では萃香と気が合いそうではある。
しかし、戦いが終わったあと、萃香を含めて再度宴会をしたとき、
レミリアは勝手に瓢箪をひっくり返して遊んでたりした。
そこまで思い出すと萃香は嫌そうな顔になった。
「そうなの。んで、レミリアには実は妹がいて、これが面白いわよ。
萃香、絶対面白がると思う。
なんせ、戦闘能力ならレミリアをはるかにしのぐからねえ」
「へええ」
「んで、そのほかにも、花を操る年増とか。
あいつもいい相手になってくれるでしょう」
「年増って、………」
萃香は突っ込もうとしたが、やめた。
あとで何をされるかわからない。
勝つ自信はあるのだが、非常に面倒だ。
そこへ、幽々子がやってきた。
「あら、幽々子」
「いつの間にひとんち庭で酔っ払ってたのねえ」
特に嫌そうな顔もしない幽々子は、萃香と紫がいるのには気づいていた。
そう、ここは白玉楼なのだ。
「妖夢は?」
紫が問う、幽々子は紫の傍に腰掛けながら、
「買い物よ」
「幽々子、腕相撲強い?」
唐突に萃香に質問され、? と幽々子は首をかしげた。
紫は説明する。
幽々子は何を考えているか判らない酷く曖昧な笑みを浮かべて、
「ふつうの人間の女の子くらいの腕力しかないわ」
「じゃ、人間クラスだねえ」
萃香は言いながら、幽々子の顔をじっと見つめる。
宴会騒ぎの時には戦わなかったが、
かなり強力な妖怪だということが判るのだろう。
幽々子は、すっとぼけた顔で瓢箪を呷った。
「ああっ!」
「おいひー」
鬼の所有物を平気でひったくった幽々子に、萃香は楽しそうな顔になる。
ぜひお手合わせしたいところだ、とそんなふうに萃香は、笑った。
紅魔館。
図書館の隅の小さな机でパチュリーはページをめくっていた。
向かいには、レミリアが本を読んでいた。
その隣にフランドールが、フランドールの向かいに魔理沙が本を読んでいた。
静寂。
メイド長はいない。
買い物に出かけているのだろう。
魔理沙も今日は大人しいようだ。
急に、レミリアの目の前の空間が、裂けた。
長い金髪の女の顔が突き出、レミリアの小さな鼻と女の高い鼻がぶつかった。
レミリアと女の目が合った。
レミリアは特に驚いた様子もない。
胡散臭くレミリアに微笑んでみせる紫は、
自分の微笑が天使のようだと自惚れているに違いなかった。
本に目を戻したレミリアは、
「最初はグー」
「……??」
紫は胡散臭い笑みを少しだけ傾けた。
「ジャン、ケン、チョキっ」
レミリアのチョキが紫の鼻の穴にガポッと突き刺さった。
しかし、レミリアは怪訝な顔になる。
「いきなり何をするの」
紫は別の隙間――今度はレミリアのすぐ横――を作り、全身を現した。
瞬時に鼻の穴に隙間を作ったらしい。
鼻血は出ていない。
「もう一度言うわ。いきなり何をするの」
「ジャンケン」
とレミリアは言って、
「何のよう?」
「腕相撲大会よ」
「そりゃ、聞いたわよ」
「へえ?」
紫はわざとらしく大げさな身振りで、驚いてみせる。
「誰に?」
「……誰って言うか、文々。新聞」
「あら、情報が早いわねえ。……貴方も出席するんでしょう?」
紫はにんまりと唇を笑みの形にする。
「ええ。するに決まってるじゃない」
レミリアは、そこで初めて笑顔を見せた。
「楽しそうだもの」
「そういってくれると思ったわ。んで、ものはついでというか」
「ああ、フランね?」
レミリアのその声に、
「?? お姉様呼んだ?」
「呼んだわ。腕相撲大会だってさ。フランも出たい?」
「ええ? どこで?」
「人間の里よ」
「え! お外でやるの」
「ええ」
「ええっ? 私出ていいのかしら?」
「いいわ。そのかわり常に私の傍から離れないこと」
「うわー! 出る出る」
フランドールがはしゃいで、机をガタガタ揺らした。
「妹様、机が」
パチュリーが早口かつ小声で注意した。
大人しくなったフランドールは、
「パチュリーは行くの?」
「………」
本を閉じたパチュリーは、お茶が尽きた巫女のように動かなくなった。
「……」
その三十分後、
「…………そうね。行かせてもらおうかしら」
「長いぜパチュリー。……しかし最近パチュリーも行動的になったな。悪いことだぜ」
「悪いことなのか」
突っ込みを入れつつレミリアが魔理沙の帽子をひったくって、もてあそび始めた。
「こら、魔法使いの衣装を勝手に取るんじゃないぜ」
「別にいいじゃないの帽子なんて。私の帽子と交換しようか」
レミリアが、ふわふわしたピンクの帽子を魔理沙の頭にズボッと被せた。
目が帽子で隠れた魔理沙は「う、わぁああ」とよくわからない発音をした。
レミリアは魔理沙の帽子をくるくると人差し指で回し、ピンッと弾いた。
帽子はレミリアの頭に納まった。
どころか、レミリアの顔はあごの下まで隠れてしまい、
レミリアの頭は魔理沙の帽子になってしまった。
魔理沙帽子レミリアはそのうち窒息して倒れたふりをした。
「魔理沙はもちろん来るのよね」
糞ガキを無視し紫は魔理沙に念を押す。
魔理沙はレミリア帽子を剥ぎ取りつつ、
「もちろんだぜ。ただ、妖怪相手だと絶対に勝てないな」
「そこは大丈夫よ。人間は人間と。妖怪は妖怪と、だからね」
「それなら安全だぜ」
「それなら安全じゃないぜ。
魔理沙の帽子がにんにくの匂いがして、それなら安全じゃないぜ」
と魔理沙帽子レミリアが絨毯の上をうねうねしながら、もごもごと呟いた。
「嘘をつくな。舌を引っこ抜くぞ」
魔理沙がレミリアに飛び掛り、圧し掛かる。
「私の舌は二十枚舌だぜ。だから大丈夫なんだぜ……ゴホッ。取れないぜこの帽子」
「おい。それは私の物まねか? 物まね師は私独りで十分なんだぜ」
魔理沙はレミリアの顔を帽子の上からペタペタ引っ叩いた。
それでもレミリアは「魔理沙の帽子はにんにく臭いぜ」と強調するのを怠らなかった。
「こら魔理沙、お嬢様を虐めない」
「メイド長か」
「あ、咲夜。ヘルプミー」
魔理沙帽子がぼそぼそと従者の名前を呼ぶ。
「……お嬢様、何をやっているのです?
はしたないまねはしないで下さいといったはずです」
「咲夜、美鈴も腕相撲参加させなさい」
「お嬢様、人の話をしっかり聞いてください。
絨毯を転がるなと言っているんです。
魔理沙もお嬢様に乗っかってないで退きなさい」
「あ、でも美鈴がいなくなると、紅魔館が手薄になり過ぎるわね……うーん」
「お嬢様」
「ま、いっか。咲夜、紅茶あー」
「……」
咲夜はため息をつくと、忽然と姿を消した。
すぐに戻ってきた。
「お嬢様、紅茶ですよ。おねんねしながら紅茶は、メッ、ですよ」
魔理沙帽子仕様レミリアはようやく立ち上がるも、
視界が見えないので酔っ払っているふうにふらふらした。
咲夜はつかつかと魔理沙帽子に近づくと、それをむしりとった。
レミリアが現れた!
「ちゃちゃーん」
「ちゃちゃーんじゃない。髪が乱れていますって」
「乱したのは咲夜じゃないの。人のせいにしないの」
「……まったく、ああいえばこういう!」
「さあ、私、レミリアお嬢様が復活したわ、
みんなでこういいなさい、
れみ・りあ・うー! ……はいっ、続いてっ」
しかし誰も反応しなかったから、
レミリアは裏切られたような表情になった。
咲夜がポンポン、とレミリアの頭を軽く叩くと、
櫛をとりだし、レミリアの癖っ毛を梳き始めた。
その様子を見ていた紫が、くすくす笑った。
「ほんと、しょうもない吸血鬼ね、この子も」
「うわあ! 涎でべとべとだぜ! レミリア、なんてことするんだ!」
「お、お姉様、泣かないで……れみ・りあ・うー……」
「あなたたち、うるさくなってきたわよ、静かにしなさい、
レミィも何回言ったら判るのよ」
「パチュリー様、恐いですわ。あっ、お嬢様、まだ髪の乱れが、」
「パチェ、ほらほら、フランがれみ・りあ・うーってやってくれたよ!
パチェも、……さん、はいっ!」
「ロイヤルフレア」
博霊神社。
「結局紫も来なかったし、紅魔館のやつらも来なかったし」
「いいじゃないの萃香。幽香と腕相撲して楽しかったんでしょ?」
「そうだけどさー。いったい、
何してるのかしらあいつら……楽しみが半減したよ」
「まあ………うーん。何をしでかしたんだか」
霊夢はそういいながら、萃香の瓢箪をひったくり、轟然と飲んだ。
「ああーッ! 瓢箪!」
「いいじゃないの少しくらい」
「紫みたいなこと言わないの」
「紫みたいな? えー……」
霊夢は自殺しかねない表情になった。
「そ、それくらいでそんな表情をしないの。……返しなさい」
萃香はひったくり返すと、くびり、と昇天しかねない表情で飲む。
「アンタが飲むのを見てると、ひったくり返したくなるわ」
「これは私の」
「どうせ無限に出てくるじゃないの」
「それも紫みたいな台詞」
「……」
「だから人生に絶望したような顔をするなってば」
「だってー」
霊夢は、右手首を擦った。
「……あーもー痛いなー」
「それ、妖夢にやられたんだっけ?」
「そうよ! あいつ、妖怪クラスにいけばいいのに」
霊夢が「心底遺憾である」というような顔で愚痴る。
「妖夢が人間クラスで優勝したものねえ。
妖夢とは真っ先に当たってたね、霊夢」
「そうよ!」
霊夢は鼻息を荒くした。
「いつもは運がいいのに……どうしてだろう」
「いや……しかし、多分霊夢。
あんた、普通の里の人間に当たってても負けてると思うけど。
だって腕力自体は普通の女の子なんだから」
「う!」
霊夢は喉に魚の骨が引っかかったように呻いた。
「それを言うんじゃないわよ」
「それでいいのよ。女の子なんだから」
「でも嫌なものは嫌なの! あーあ。
多分相手がアリスだったらいい勝負だったに違いないわ。
いや、魔理沙だったらむしろ勝ってたのに……ん?
そういえば、魔理沙、来ていなかったわね」
白玉楼では。
「妖夢の筋肉だるま!」
幽々子が悲壮な顔をして叫んでいた。
「ううううううっ!」
妖夢が唸る。
「あなたどうして女の子なのに優勝なんてしたの。信じられません!」
「うううっ!
ですから私は妖怪の方へ行くべきだったんです! 私も一応妖怪なんですから、」
「私だって妖怪よ。でも人間のトーナメントに出たじゃない。
それでも一回戦で負けたのよ!」
幽々子はヒステリックに妖夢を責めまくる。
「幽々子様は腕力を鍛えたりしてないからです!
私は毎日鍛えていたのです!
半分妖怪なので鍛えたら半分妖怪並に強くなるのです!」
「きんにくううううう」
「ううううううっ」
紅魔館。
「ううううううううっ!」
「くううううう」
ロイヤルフレア事変からすっかり治った魔理沙とパチュリーが、腕相撲をしていた。
魔理沙は常に動き回っている生活をしているからパチュリーに圧勝かと思いきや、
「だてに毎日本を持って歩いているわけじゃないのよ。ううううう」
「くうううう! なんてこったあああああ」
「パチュリー様、ファイトです」
咲夜は涼しい顔でパチュリーを応援している。
ちなみに、先ほど魔理沙を腕相撲で秒殺した。
さすがナイフを日ごろ振り回しているだけのことはあった。
ちなみに、今の勝負はしっかりと魔理沙は休憩時間をとったので、フェアである。
スカーレット姉妹と紫は、地下室でやっぱり腕相撲をしようとしていた。
レミリアと紫が向かい合って、手を握り合っている。
フランドールは早く自分も腕相撲をしたいので
うずうずとレミリアの後ろで体を揺らしている。
「……誇り高き力を見せてあげるわ」
「……ふふ。吸血鬼と腕相撲だなんて……生まれて初めてね。
なんでこんなことになってるんだか」
机についている二人は真剣な表情で、お互いをにらみ合う。
「フラン。合図」
「うん。レディー……ッ……」
二人の表情がさらに険しくなり、
「ゴーッ!!」
「「っしゃああああああああ!!」」
いきなり二人とも魔力を放出し始めた。
始まった途端にひじを置いていた机が消し飛んだ。
そのついでに地下室が崩壊し、紅魔館が木っ端微塵になった。
紅魔館周辺は、ただの荒野となり、
妖精メイドや人間メイド、人間魔法使いや魔女に、
門番が気絶してそこへ転がっている。
馬鹿でかいクレーターに突っ立っている妖怪二人はそんなことはどうでもよく、
ただお互いの腕をもぎ取らんとしている。
フランドールはその横で、平気な面をしてお姉さまを応援していた。
勝負は一ヵ月後、レミリアがついにヘバり、勝負がついた。
そのあと休憩なしで紫はフランドールとの勝負になり、三週間後に果てた。
こうして腕相撲大会は終わり、幻想郷は本日も大変平和である。(終わり)
それと紅魔館に居る人外どもは自重しろwww
すでに腕相撲じゃねえだろ、それはww
その後、二ヶ月近くやってた紫は正真正銘の化け物だな
笑わしてもらいましたW