魔法の森入り口付近にヒッソリと佇む一軒の建物、香霖堂。
博麗大結界の外から流れ着く品物を取り扱う店なのだが、その無造作に置かれた異型の物体による近づき難さとへんぴさから来客は年内でも指折り数える程度しか存在しない。
幻想郷の住人にとっては来店しても使い方が分からない代物ばかりなのでそれも客を寄せ付けない要因の一つとなっている。
しかしそんな商店でも常連と呼べるかもしれない人物が数人存在する。
最も、常連といっても一生借りていったりツケにしたり勝手に物々交換としてもって行ったりする人物ばかりなので正直に常連「客」と言えるかどうかは危うい。
そんな常連の一人、魔法の森の住人である霧雨魔理沙は今日も商品を買わずに定位置である大きな壺の口に腰掛けて店内にあった商品を物色していた。
「魔理沙、人の商品をいじくり回すのはお金を払ってからにしてもらいたいんだけどな」
「そう堅い事言うなよ。どうせ客なんて来ないんだ、そのまま埃を被るより人の手で使われる方が道具だって本望なはずさ」
「自分の憶測で行動しないでくれよ」
「香霖に言われたくないぜ。それに、誰も買っていかないくせに次から次へとガラクタ持ってきて店を埋めていくから私や霊夢が持っていかないとすぐに足の踏み場もなくなるじゃないか」
「ぬぅ……」
商品を物色している魔理沙に香霖堂の店主、森近霖之助は眉をひそませて不機嫌を表しながら問い掛けるが、魔理沙はそれを皮肉をこめて口を歪めながら屁理屈を返す。
屁理屈ではあるが魔理沙が言っているとおり香霖堂に客が来るのは実に稀であり、魔理沙を始めとする数人がいじらないと埃を被ったままなので強く反論はできない為そのまま口を塞ぐ。
そんな霖之助の姿を見た魔理沙は満足気に頷くと、再び手元の物体をいじり始める。
魔理沙が手に持っているのは一冊の本で、店内に置いてあったところを偶然目に入り手に取っていたのだ。
「それにしてもこの本面白いな。文章じゃなくて絵を中心にするなんて思わなかったぜ」
「それは外の世界の書物で『アメリカンコミック』と呼ばれる物でね、外からそれと似たような物が流れてくるんだ。そして読むなら代金を払ってから読んでくれ」
「ふーん、そーなのかー」
見開かれたページには単純な彩色の施されたイラストで物語が描かれており、変わった眼鏡から破壊光線を発射する男や黄色い全身タイツを着た男が手から飛び出したかぎ爪で敵をなぎ払う様が描かれていて、魔理沙はそれを食い入る様に見つめて霖之助の言葉を空返事で返し本の世界へと没頭していく。
あまりの熱心な様子に霖之助もこれ以上突っ込む気も失せ、諦めて魔理沙と同じ様に読みかけだった本の続きを読む事に決め込んだ。
近年、幻想郷には結界の外から紙が流れ着く事が多くなっていて、同じく紙を媒体としている本もまた頻繁に流れ着くようになってきていた。
おかげで香霖堂には外の世界からの本が増え始めており、既に本棚の一つを埋め尽くすまでに至っていた。
だが本を読む事が嫌いではない霖之助にとっては店番中の暇つぶしの材料が絶えなくなったし、紅魔館の魔女からの注文も増えて収益にも繋がっている。
この調子で増えたならいずれ香霖堂は本屋へと転進してしまうのではないかとも考えたが、その時には増築なり何なりして済ませれば良いと思い深く考えない事にした。
そうして結論に達した霖之助は読みかけを意味しているしおりが挟まれたページを開き、本の世界へと没頭していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二人が読書を始めたから大分時間が経った。
窓から射す光は大分傾いてきており、そろそろ夕食の支度に取り掛からないと食事が遅くなるような黄昏時だ。
霖之助の読んでいる本はびっしり論文の詰まった本の為、まだ読んでいないページが半分近く残っている。
一方の魔理沙は既に何冊も読み終えており、隣には読み終えた本が積み重なっていた。
そして手に持っていた一冊を閉じた魔理沙の瞳は良い物を見つけたと言いたげに光り輝いている。
「私はもう帰る。この本は一生借りていくぜ」
「ん……あ、おい魔理沙」
時間の経過も忘れて読書に集中していた霖之助はその一言で我に返ると、勢い良く壺から飛び降りて出口まで駆け出す魔理沙の後姿だった。
「ちょっとまて魔理沙、勝手に持っていくな。ちゃんと代金を払え」
「新しい技になりそうなものを見つけてすごくワクワクしてるんだ、代金なんかじゃ私を止める事はできないぜ、じゃあな!」
「それとこれとは関係な――」
最早恒例となってしまっている魔理沙の文句で返されても更に食いつこうとした霖之助だったが、皆を言う前に魔理沙は扉を開けて外へと飛び立ってしまっていた。
魔理沙が居なくなり静まり返った室内には、何か言いた気に腕を伸ばして硬直した霖之助だけが残された。
結局また持っていかれた、と一つ溜息をついた霖之助はふと視線を横に流す。
するとそこには魔理沙が読んでいた本の束が片付けられる事もなく放置されているのを見てまた一つ溜息をつく。
「まったく、代金を払わないどころか商品を片付けさえしないなんてね……ここをなんだと思っているんだ」
姿の見えない張本人に愚痴をこぼしつつも本を手に取り本棚の元にあった位置へと順番に並べていく。
そんな中、店を出ていく際に発していた魔理沙の台詞が不意に頭の中で再生されてきた。
その時の魔理沙は「新しい技になりそうなものを見つけた」と発言したのを思い出し、霖之助は少しだけ不満そうに眉を顰める。
「あの本は魔理沙が好みそうな内容だったからな、まさか登場人物の使ってる攻撃を真似たりしなければ良いんだけど……」
霖之助の頭の中では、だぜだぜ言いながら可愛くデフォルメされた魔理沙が目から破壊光線を発射したり、鋼鉄の体になっていたりして幻想郷を暴れまわる姿が映し出されていた。
それはそれは想像した本人でさえ訳が分からないカオスな為に、それは無いと自分に言い聞かせ頭を振って想像を払う。
「いや流石にそれは無いな、無いに決まってる……とにかく、そろそろ夕飯の支度をしないと……」
不安を拭いきれないが今はどうする事もできない霖之助はひとまず夕食を作る事で紛らわす事にするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔理沙が本を持っていってから数日。
あれから魔理沙は香霖堂に訪れる事もなく、これといった被害を被ったという話も霖之助は聞いていない。
最初は波乱が起きるのではないかと危惧していたが、何もない平穏な日々によって次第に記憶の中から薄れていった。
「それにしても、今日も客が来ないな」
今日も今日とで客の来ない昼下がり、霖之助はいつもの机、いつものチェアに座りながら暇潰しであり日課でもある読書をしながらぼやく。
商売をする者にとって閑古鳥が鳴くのは何よりも嫌うべきものなのだが、霖之助は口にするほど客が来ない事を嘆いていない。
客が来たら読書を中断しなくてはいけないし、もしその道具がとんでもない代物だった場合、相手の手に渡った後では手遅れになってしまう。
ならば客は少人数のお得意様だけで済ませれば読書に集中できるし貴重品を持っていかれる心配も少ないから理想的だと思っている。
だから霖之助は商人としての建前としてそう嘆くが、今のままで良いとも思っている。
「まぁ、商品を持っていかれるよりはマシか」
「邪魔するぜ香霖」
一通りぼやいた後、霖之助は読書を再開しようと視線を本に下ろしたその時、扉の開かれる音と共に昔から聞きなれた声が店内に響く。
嗚呼、平穏な日々も今日でおしまいかと思う霖之助が視線を上げると、毎度お馴染みの白黒衣装を纏った魔理沙が嬉しそうな顔で佇んでいた。
良く不敵な顔をしている事が多い魔理沙だが、今日は特に機嫌が良さそうだと思いつつも霖之助は普段通り冷静に対処する事にした。
「久しぶりだね魔理沙。そんな嬉しいそうな顔をして、今まで溜めていた僕へのツケを返すだけのお金でも入ったのかい?」
「ツケ? なんの事だかさっぱりだな」
「君という奴は……」
「そんな事より、この前ついに新しい技が出来上がったんだ、それでちょっと香霖に手伝ってもらいたくてな」
「今度は一体なんだい。新技の試し撃ちの的とかは丁重かつ全力でお断りさせてもらうけど」
「そんなんじゃないさ、ちょっとその場でジッとしてれば良いだけだからな」
「おいおい、やっぱり的にする気なんじゃ――」
魔理沙の答えに霖之助は訝しく思い眉を顰めて抗議しようとした。
が、その先を紡ごうとした口は何か柔らかい物によって塞がれてしまう。
何事かと思う霖之助の視界には毎日の様に見てきた為すっかり見慣れてしまった魔理沙の顔。
抗議の言葉を発している間に魔理沙は呼吸音も聞き取れる程の近い距離まで詰めていたのだ。
そして体の中から唇を通して何かが吸い取られていく感じるを感じながら反応する事もできず呆然としていると、暫くして魔理沙の顔が離れそれと同時に口を塞いでいた物が離れる。
近くにあった顔、顔が離れたのと同時に離れた柔らかい物、それらから口を塞いでいた物の正体は魔理沙の唇であったと霖之助は理解した。
ようやく現状を把握できるだけ正常に回りだした霖之助の思考だったが、把握したのが魔理沙に突然キスされたという事態から再び思考が真っ白になって唖然としてしまう。
そんな霖之助の様子も気にしない魔理沙は店内の端にある棚へと近づき、適当に置いてあった物を掴む。
すると、嬉しそうだった顔はますます歓喜に溢れて堪らずその場でガッツポーズをした。
「よっしゃー、新技は大成功だ! 今からちょっと神社行ってくるぜ。それと香霖の能力って意外と便利だったんだな、じゃあなー!」
喜びを声と体で目一杯に表現した魔理沙は達成感に浸りつつもはやる思いを抑え切れず、駆け足で扉を潜り抜けて天狗もかくやという速度で空へと飛んでいった。
返事をする事もする暇さえなかった霖之助は再び静寂が戻った店内の中で呆然としながらもなんとか現状を把握しようと努力していたが、正常に回らない頭の中は魔理沙にキスされたと言う場面だけが何度も映し出され一向に回復しようとしない。
だが、それでも霖之助は一つだけ確かで絶対な答えがあった。
「唇……柔らかかったな……」
無意識の内に指を唇にいまだ残る触れ合った唇の感触を確かめながら霖之助はぽつりと呟くのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おーい、霊夢ー」
「あら魔理沙じゃない、もしかしてまたご飯たかりに来たんじゃないでしょうね」
「そんな事よりちょっとキスさせろ」
「……はぁ? あなたいきなり何を言って、ンンっ!?」
「アリスー、居るのは分かってるんだ。大人しく出てこーい、お母さんも泣いてるぞー」
「ちょっと、私を立て篭もり犯みたいな言い方しないでよ!」
「スキあり!」
「ンっ!?」
「これで良し、勢いでちょっと舌が入っちまったけど……まぁ良いか、それじゃあな」
「っーー! っっー!?」
「よう、本と一緒にお前の唇借りに来たぜ」
「この白黒はまたいつの間に……門番は何をしてるのかしら」
「門番は私のキスで黙らせてきた」
「……それは新しいスペルカードの名前かしら?」
「そうかどうかは自分で確かめな」
「え、ちょっ、ンムっ!?」
「ぷはっ、引き篭もりのわりには良い肌してるんだな。それじゃ、用は済んだしこの本を借りて私は帰るぜ」
「むちゅー、じゃなかった……むきゅー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とある日の文々。新聞の一面記事に霧雨魔理沙に関する情報が掲載された。
以下がその記事内容の一部である。
「 『幻想郷の全てを盗む!? 霧雨魔理沙氏、新手の手法で大泥棒』
近頃、幻想郷では新手の泥棒の被害が相次いでる。
新手の手法で盗みを働くのは以前より泥棒家業を営んでいるとして名高い霧雨魔理沙氏である事が判明している。
目撃者の報告によると、霧雨氏は突如として空から舞い降りて有無を言わさず被害者に接吻をしていくそうだ。
しかもその後に、霧雨氏は接吻した相手の能力をコピーして被害者の目の前で使ってみせたそうだ。
接吻して相手の能力を盗む、今まで聞いた事のない情報を確かめるべく本人に直接アポイントを取ってみたところ、
霧雨氏は快くインタビューに応じてくれた。
「きっかけは香霖堂で見つけた漫画本に描かれていた人物のイラストにある。
その人物は相手に触れただけで相手の記憶と能力をコピーできる力を持っており、これは使えると思い研究した。
そして見事習得し、自分が気に入った能力者を見つけては接吻して回っている」との事だ。
全くもって迷惑このうえない。
己の私欲の為に相手の能力どころか唇さえ奪っていくのだから霧雨氏には軽蔑の念を抱いてしまう。
この事態に人間の里や妖怪の山など、幻想郷の各所では霧雨氏への警戒を強めていく方針をとっている。
霧雨氏は気まぐれで物事を起こす傾向があり、暫くしたらこの事態も収束すると思われるが、
外出の際は口元を覆える物を着用し、頭上には常に注意を払った方が得策だろう。
なお、私もインタビュー終了後に霧雨氏から被害を受けており、風を操る能力を盗まれている。
その時は自分の唇を通して感じる相手の唇の柔らかさ、鼻をくすぐるほのかに甘い香りが私を支配していた。
同じ女性同士なのにそれはもう破裂しそうなくらいに胸が高鳴って、その時の霧雨氏の笑顔を思い出しただけで……
あややややややや……」
こうして幻想郷に一人の唇泥棒、恋泥棒が誕生した。
ということは
こーりんは道具に触れても何がなんだかわからないし
アリスやパチュリーは魔法を操れなくなるし
中国は気を使うことができなくなるし
霊夢は空を飛べなくなる
なんという迷惑な
スキマやフラン、咲夜とキスしたら最強じゃないか
キメェwww
しかしこう考えてみると○ーンの能力はかなり反則臭いですねw
>呼ばれ物でね、外から
呼ばれる、では?
>それを似たような物が流れてくるんだ。そして読むなら代金を払ってから
それと似たような、それを真似たような、のどちらかでは?
>呼んでくれ
読んでくれ、では?
>閑古鳥は鳴くのは
閑古鳥が、では?
作者にはお賽銭を投げつけておきます
⊃◎
そして返信タイム
>能力を『盗む』ということは盗まれた相手は能力を無くしてしまうのか・・・
>スキマやフラン、咲夜とキスしたら最強じゃないか
盗むといっても相手の能力をコピーするだけなので相手から能力そのものが消える事はない、という設定となっています。
少し説明不足でしたでしょうかね。
それでもスキマや妹やメイド長の能力をコピーしたらとんでもない事になるのは事実ですけどね。
>キメェwww
作者も驚きのシュールさである。
>なんという「魔理沙は大変なものを盗んでいきました。貴方の心です」wwwww
>しかしこう考えてみると○ーンの能力はかなり反則臭いですねw
実は当初はそんな感じのタイトルを考えてましたが、あまりにもベタなのでもう少し捻ろうって事でこんなタイトルだったりします。
かなり反則臭い能力が集う、それがミュータントクオリティ
>作者にはお賽銭を投げつけておきます
痛い、お賽銭嬉しいけど痛い。