「布団で天井のしみを数えてた時かな」
あどけない表情で諏訪子がそう答えると、がぼっと音を立てて数人が酒を吹き出し、
残りは「意味が分からない」と言いたげな顔で固まった。
私も吹き出しかけたが、自分の世界に入って事なきを得た。
「神である貴方にとって、一番怖かった瞬間って何かしら」と質問をした当のお嬢様は無論後者である。
お嬢様がじろりと私を見る。説明しなさい咲夜、と目で訴えてくる。しかしそれはできぬ相談だ。
周りでは半霊と、白黒と、巫女その二と、大穴にも天狗のブン屋が首を傾げている。
飛び回る拡声器こと天狗の前で何と破廉恥な発言!と私は諏訪子の肝に驚嘆したのだが、
事前の酒宴で、天狗の彼女が意外と清純であることを承知していたのだろう。
このケロちゃん、天然に見えて抜け目がない。
「参考になった?吸血鬼のお嬢ちゃん」
「ええ。神も恐れるシミとやら、夜の王たる私がいずれ必ず支配してみせるわ」
お嬢様の、向かう先を派手に間違えた宣言に人形遣いがぷっと吹き出した。
他にも何人か笑いをこらえているのが肩の動きで分かる。巫女になにやら耳打ちされた白黒が、ちょっと俯いて、
しきりに帽子のつばを触りはじめる。かがり火に照らされているためか顔が赤い。
お嬢様はアドリブで考えた自分のセリフに酔っている。
冬の凍り付くような月をバックに、ちょっと満足そうな顔である。
私はと言えば、どうしようか本気で悩んでいた。お嬢様のカリスマに傷がつくのを見過ごした。
現にお嬢様の威光はあの人形遣いによって貶められてしまった。
いや、たとえあの場で私が口添えしたにしろ結果は同じだろう。
「咲夜とれみりゃのひみつサイン」にもあのような語句はない。
否、あってはならない。繰り返す。あってはならないのだ。
巧妙なのは諏訪子――私はあの帽子に相まみえた時にはもう負けていた。
かくなる上は喉を突いて…と考えたがあの帽子を見るとどうにも死ぬ気が起きない。
私は次に打つべき行動が思いつかず、しばらく固まった。そして、チキショウ、もうどうにでもなれ、
とあまり瀟洒ではない飲み方で無闇に酒を煽った。神が、天狗が、巫女が私の鯨飲を囃し立てる。
私は一升瓶をすぅっと胃の腑に納めると、ふっと余裕の笑みを浮かべ、しかる後にブッ倒れた。
心配したお嬢様がしきりに私を揺する。ああお嬢様、咲夜は大罪人にございます。
そのようにお揺すりにならずとも、でもたまんねぇなこのシチュ、と混濁した私の意識はそこでふつりと途絶えた。
・・・・・・・
目が覚めると風が冷たい。酔いも手伝ってだいぶ体が冷えている。
「お嬢様?」
私はお嬢様におぶわれて夜空を飛んでいた。力の強い吸血鬼とはいえ体格差がある。
夜風が吹くと少しよたよたして危なっかしい。
そんな畏れ多い、と言いかけて視界が回った。
さほど時間は経っていない感じがする。私の酔いはいまだ醒めていない。
「動かないでよ。危ないから」
感情を殺したような声でお嬢様が言う。
どうすればいいのか、またしても分からない。
すぐに降りるべきだろうが、体は言うことを聞かないし、
お嬢様におぶわれて帰るなんてとんでもないから神社に戻してくれ、
と言うわけにもいかない。黙っているのはなお悪い。
とりあえず先ほどと、それからいまの出来事を謝ろうかと口を開きかけた時、
「あー、咲夜が起きたと思ったけれど、気のせいだったみたいね。
私も少し酔っているし、独り言でも言うことにしましょう」
とお嬢様が大声で言った。
ごくごく希にそうするように私は黙って続きを待つ。
「あいつらの喋ってたことの意味聞いたら、ずいぶん馬鹿らしい答えだったわ。
白黒が得意になって私に喋ったの。神なんて言ってもずっと下等なのね。
吸血鬼にあんな行為は必要ないし、私が知る必要もないことなのよ。
…なのに子供、ですって。
ヘンな話よね。子供は『大きくなる』ものだって知らないのかしら。あははっ、
本当にヒトの話の身勝手なことといったら。高等な私はこの姿で完成されているのだもの、
子供なわけないでしょう?」
お嬢様はひとしきりおかしそうに笑った。
そしてぽつりと、
「――子供じゃないもん」
私は、お嬢様の胸に回った手を強めにぎゅっと組んだ。大した理由なんてない。
私は眠っているのだから、落ちそうになって、危なくて、それで無意識に強くしがみついただけで。
お嬢様も何も言わない。お嬢様の背中と密着したぶん、体がじんわりあったかい。
沈む間際になった月もようやく優しい、穏やかな色を帯びている。
私はお嬢様の手でベッドに運ばれるまで、「眠った」。
・・・・・・・
翌日の夕方、お目覚めになったお嬢様の着替えを手伝い、付き従って階段を下りた。
「何の真似よ。これ」
先に階段を下りていたお嬢様はあきれ顔で私にそう言った。
エントランスにはずらりと紅魔館の従業員が全員並んでいる。
湯気を立てる料理の数々は、我ながらいつも以上の出来だ。
「ちょっとした、パーティです」
私はお嬢様の顔を見ながら言った。
「昨日の今日でねぇ」
私はお嬢様の顔をじっと見る。
貴女はご自分の責任を果たしている。
巫女が神社で秩序を守り、
魔法使いが森で自活し、
私がメイドとして勤めるように、
貴女はこの館の当主として、
他の大人達と何変わらず義務を果たしている。
その証は、皆がこうしてここにいることです。
そんな貴女を、馬鹿にできる者などいるはずがないではありませんか。
…というのは、あくまで私が思っただけであって口には出していない。
「全く、私は寝起きだって言うのに」
伝わったかどうかは分からないが、お嬢様はフンと鼻を鳴らし、
それからまんざらでもないようにふっと表情を緩めた。
始まりの挨拶でお嬢様が一歩前に出た。
私に背中が向いたとき、お嬢様の羽根が二度、ぱたぱたと私に向けて振られた。
久しぶりに見る仕草に、私は顔がほころぶのを意識する。
そして結局、その晩も私は飲み過ぎてしまうわけだが、
それについてはまあ、温かいご理解を頂きたいと思う次第。
あたたかいな紅魔館
諏訪子様のお相手は神奈子ですかな
意味が分かる=大人ってことで。お嬢様には悪いですが。
それはさておき、耳年増霊夢に純情魔理沙・文はガチだと思うw
これはこれで満足なんだけどね。
やはり神奈子さまのオンバシラをお相手したのか
でも皆のコメントでニュアンスは伝わって来たぜ。
「――子供じゃないもん」のお嬢萌え。たまんねぇなっ!
一般的なものなの?
あやちゃん純情すぎて吹いたw
それはともかくあやちゃん意外に・・・
私自身は分からないでもないんですが、一般的にはどうだろう、なんか微妙っぽい。
それはそうとお嬢様萌え。
まで連想した、天井の染を数えるの意味は知ってるけど