無知との遭遇作者: しかばね

――神、いわゆるGOD。

それが、随分と派手な引越しによって幻想郷に入居した新入りの一人・八坂神奈子の職業であった。
職業、というのもおかしな言い方ではあるが、先日神社に訪ねてきた天狗に新聞購読の勧誘を受けた際に

「まあ、これは形だけのものですけど……」

と渡された紙切れに“職業”と言う欄があったので、神奈子はしばし悩んだのち「神」と書き込んだのである。

そう、自分は神様だ。
自分で「神」などと書くとどこか白々しい感じもするが、事実だから仕方が無い。
弾幕ごっこで人間に負けたりもしたけれど、神様は神様だ。

さて。

幻想郷に移り住んでからいくらか時間が経ち、周囲の環境にも少しずつ馴染み始めた神奈子たちではあったが、
山の麓に棲む人妖たちから信仰を集めたいという目的はまだ完全には達成されていなかった。
別に急ぐことでもないし、これから時間をかけてのんびりやっていこう……と考えるようにはなっていたが、
湖に縁のある身としては、真っ赤な屋敷のそばにある湖がどうにも気になっていた。
かつてと同等の力を取り戻すためには、湖周辺の信仰を得ておくことは必要不可欠だろう。

……そうだ、湖行こう（BGM:My Favorite Things）。

こうして、とある日の昼下がり。
のどかな陽気に気も向いたので、神奈子はぶらりと紅魔館そばの湖へと向かったのである。

「のどかで良いところねえ」

さて、どのようにして信仰を集めようか。

……まずは信仰が足りなくなったら幻想郷に如何なる災いが起こるか、を描いた自作小冊子「愛は幻想郷を巣食う（←誤字ではない）」で
じわじわと不安を煽るとしよう。
純粋そうな妖精たちのこと、きっと不安に駆られて私を信じてくれるに違いない。

「我を呼ぶのは何処の人ぞー（空中に胡坐をかいて）」
「信じるものは救われるのよ（オンバシラがいきり立つ！）」
「祈りは力なり、力は祈りなりー（お粥は詐欺判定）」
「我をアガメヨー（両腕を広げて）」
「見せてあげよう、ラピュタの雷を！（意味も無く天を指差しながら）」

いくらかのデモンストレーションを小声で行ったあと、神奈子はいかにもフレンドリーそうな笑みを浮かべて、
浮島のそばでしゃがみこんでいる妖精に近寄った。
ふふふ……いかにも何も考えて無さそうな子ね。ちょろいもんだわ！

「こんにちは。何してるの？」

穏やかに声をかけたところ、妖精はくるりと向き直って朗らかな笑みを浮かべながらこう言った。

「カエルを凍らせてるの！　なかなか面白いわよ！」

……なんと……！！

諏訪子が聞いたら卒倒しそうな台詞を、こんなチョロそうな妖精が吐くとは。
やはり幻想郷、一筋縄では行かない奴らばかりのようだ。

「へ、へえー。まあ、ほどほどにね。あんまりやってるとカエルに祟られちゃうわよ」
「“たたられる”って、どう言うこと？　……それに、あんたここら辺では見ない顔ね。どっかで会ったことあったかしら？」

まるで田舎の番長のような事をほざく水色妖精。
神奈子はあくまで穏やかな表情を保ったまま、「祟られる」から神様系トークへと突入するタイミングを見計らっていた。

「祟られる、って言うのはね……と、その前に自己紹介をしておこうかしら。私は八坂神奈子っていうの、ついこの間幻想郷へ来たのよ」
「へえー。あたいはチルノ。よろしくね！」

つかみはまずまずだ。
次はさり気無く「祟り」の話をして、彼女がこちらの話に興味を持ったところで小冊子を……完璧だ。

「見たところ、霊夢たちニンゲンとは違うみたいだけど……神奈子は何の妖怪？」

チルノの　こうげき！

かみさまを　よびすてに　した！

「ふふふ……何に見えるかしら？」

しかし　かんろくの　ディフェンス！

ふところの　ふかい　かみさまは　これくらいでは　おこらない！

「うーん……」

チルノは　かんがえこんでいる！

神奈子の　こうげき！

とくしゅコマンド　「しんこうを　あつめる」！

「神様なのよ（慈母のような笑みを湛えつつ）」

チルノはキョトンとした表情を浮かべ、唐突にこんな事を言った。

「え？　あたいは神様じゃないよ」

神奈子は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

「……ん？　神様は私であって、チルノじゃないわよね？」
「えーっと……？」
「私が神様。あなたは妖精でしょ？」
「あたいは妖精じゃなくてチルノよ」
「！？！？！？」

ダメだこいつ……早くなんとかしないと……！

「かみさま。かみさま、よ。聞いたことくらいあるでしょ？」
「あたいはチルノよ」
「かみさまっていうのはね、その、つまり……超自然的な……」
「ヤマザナDoみたいな人のこと？」

何だ、そのヤマザナ堂とかいうのは。薬局？

「ヤマザナ……？」
「あたいが今まで会った中で、いちばん偉そうだったのはヤマザナDoだよ。叱られちゃったこともあるし……」
「叱られ……？？」

薬局に叱られるとは、いったいどういう……？

「ま、まあいいわ。私は神様でね、ちょっと信仰を集めてるの。幻想郷の平和を保つには、バランスの取れた信仰を……」

思わぬところでペースを崩された神奈子は、ついつい難しそうな単語を使ってしまった。
しかし、それはチルノの混乱に拍車をかける悪循環を生み出してしまった。

「この湖は信仰じゃないよ？」
「！？！？！？！？」
「あたいは今の幻想郷、それなりに平和だと思うし……」
「えーっと、話を戻しましょう。つまり私は神様で、つい先日ここへ引っ越してきたのね」
「うん」
「それで、山や湖の周りから信仰を集めたいのね。信仰っていうのは……」
「神様のこと？」
「え……？」
「信仰が神様を集めると、ちょーしぜんてきな神奈子が幻想郷に引っ越してきたんだよね？」

こ　い　つ　は　何　を　言　っ　て　い　る　ん　だ。

「あのね、神様は私。まずそこから話を始めましょう。何も焦ることないわ、時間はたっぷりあるんだもの」
「カミサマはカナコ」
「そう。OKよ。リピートアフタミー“神様は神奈子”」
「カミサマはカナコ！」
「そう、チルノは賢いわねー。それでね、私は神様として、信仰というものを集めたいの。
　はい、リピートアフタミー。“風の神・八坂神奈子は信仰を集める！”」
「かぜのかみ、やさかかなこはしんこうをあつめる！」
「良いわ、その調子よ。それでね、なぜ私が信仰を集めたいかと言うと……」
「幻想郷に引っ越すからだよね！　あたいよく分かるよ、そういうの」
「……へっ？」

あら、さっきまで私は何の話を……？

「いやその、えーっとね？　もう一度話をしましょう。私はすでに幻想郷に引っ越してきてるの。
　ほら、今こうしてチルノと話をしてるでしょう？」
「カミサマがヤサカカナコを集めると、ちょーしぜんてきなヤマザナDoがしんこうするのね！　あたいったら頭いい！」
「……あれ？」

――――風の神と氷精ののどかな語らいは、穏やかな時の中で日が暮れるまで続いた。
平和を絵に描いたようなファンタジックな光景であった。

「神奈子さま、ずいぶん遅くまで信仰を集めてらっしゃるのね。私も風祝として、もっと頑張らなくちゃ……
　今のうちに神棚の掃除をしておこうかな」
「……早苗」
「あっ、神奈子さま。今日は随分と遠くまで行かれていたのですね。麓の様子はいかがでしたか？」
「ちょっと、早苗に聞きたいことがあるんだけど……」
「はあ。何でしょう？」

「カミサマって、なに？」

――――そう尋ねた神奈子の瞳は、ひどく虚ろだった。

信仰が集まる日は、随分と遠いようである。