Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ふゆのおもひかね

2008/01/12 16:57:35
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 ふゆのおもひかね




 冬の山。木々は骨身だけを冷気にさらし幹を軋ませていた。

 永琳は冬に採れる薬草の幾つかを集めて山裾を歩いていた。そこは緩やかな斜面に落葉樹がまばらに散る林だった。歩きやすく目当ての草木もそこに揃っていた。手馴れたもので半時もせずに背負った籠はいっぱいになった。今日の仕事は薬草採取だけだったのであとは自由にできた。

 しかし永琳はすぐ屋敷に戻ろうとはせず山裾を散策しはじめた。湿ったところや草の多いところは避けた。しばらく歩くと広場に出た。ぽっかりとそこだけ木がなかった。何となく広場の真ん中まで歩いた。そこで籠を下ろした。

「はぁ」

 吐く息は白い靄となって消えてゆく。手袋を外して外気に触れてみた。ゆっくりとした冬の風に指先のぬくもりは急速に奪われて冷たくなった。

 こんな冬の山で静かにただひとり息をしているといろいろなことが思い出された。

 永琳はこうした日常というのを久しく忘れていた。それを取り戻したのは永夜異変からだった。あれから全て変わってしまった。元気のいい人間と妖怪がつめかけてきてちょっと問題になった。ただそれだけのことだった。なのに今こうして外を出歩けるようになったことはどうも不思議な感じがした。以前の窮屈さはなかった。

 環境というやつは突然変わることがある。最近の急変は永夜異変だった。しかし、それ以外ではここで過ごす一秒はやたらと長い。変化に乏しい。とりわけ問題もない。最近は暇を作るようになった。以前は単なる休息の時間だった。手を抜いてゆっくり休むか知り合いと交流を交わすか、その二つぐらいしかなかった。しかし今では暇が一番忙しいような気がする。

 やりたいことができた。
 初めは幻想郷に馴染むための作業だったいろいろの計画。単純で煩わしいことは一切ない穏やかな親睦。それがどうも面白くなってきたようだった。この新鮮な忙しさが気に入っていた。最近では妙な客までできた。毎度迷惑をかけてくるような客たちだった。この間は白黒の泥棒が研究室にまで忍び込もうとしてきた。宴会場の提供をして欲しいと言ってきた妖怪もいた。ここの住人はみんな好き勝手に生きていた。それが意外と肌に合った。
 規制の行き届いた文明にはないここだけの暗黙のルール。それだけで平穏が維持されているのは妙な感じがした。たびたびそういった幻想郷のあり方について疑問に思い考えることがあった。

 永琳は適当に落ち葉の上に膝を下ろした。地面はひんやりしていた。地面はやはり地の匂いがした。いきれといってもいい。彼女は古い時代にこのいきれの中で育った。そんなことがあった。
 なんとなしにこの地面に体を預けてみようという気になって、仰向けに寝ころがった。倒れる最中、地面に触れるまでのほんの一秒程度の間、地面がなくなってしまうような錯覚をわずかに覚えた。この星に対する不信があったせいかもしれない。永琳にとって自分がこの星にいることはなんとなく不思議な心地がするものだった。

 かつては上と下に本物と偽物の違いがあった。上が本物で下が偽物だった。そう信じていた。しかし今はそうは思わない。時間の流れは永琳の意識を変えてしまっていた。それは小さな出会いが重なってもたらした変化だった。これが穢れなのだろうかと、ふとそんなことを思った。偽物も本物も実際に触れてみて、そんなものはないのだと知った。それは思い出したという感覚に近かった。自分はもっと昔にそれを知っていたはずだ。しかし忘れてしまっていた。どうしてかなんてわからない。時間は未来に向かって流れていて、私はもう過去の自分のことを知る術はないのだった。あったとしてももう信じられないだろうし、信じる必要もない。

 永琳はひたすらに取り留めのないことを考えた。暇になるとそういうことがあった。一度考え出すときりのいい答えが出るまで一人問答を続けてしまって時間はすぐに経った。なかなか忙しい。そう思った。

 天高く、真昼の月が出ていた。あそこは自分が一番長く居た場所だった。しかし、自分は月に愛着を持っていないことを最近になって知った。最近というのは感覚的なことだから百年とか千年とかそのくらい前から思っていたのかもしれない。離れても別段名残惜しいようなものはなかった。懸念といえばほんのわずかの知り合いのことぐらいだった。あの人たちはどうして居るだろうかと思うことがあり、逆に波をひくように頭から全員が消え去ることもあった。しかし長く忘れることはなかった。結局はどこに行ってもしがらみからは逃れ得ないのだろうと思った。自分がこうして生きている間はずっと……

 空を眺めたまま雲の流れなんかを追っているとだんだんと軽い眠気を催してきた。外で寝るのはとても心地よさそうな予感がしたが、それはさすがに理性が咎めた。立ち上がって体についた落ち葉や土を払い、籠を背負いなおした。

「んっ……」

 大きく背伸びをした。それから手袋をしてもと来た道を歩き出した。落ち葉がくしゃくしゃ音を立てた。吹き降ろしの風がゆるゆると吹いていた。冬はもうしばらく続くようだった。こんな暇な時間ももうしばらくは続いてくれるような気がした。



 短い永琳の随想でした。最近は連載中の漫画が終わったときに彼女のどこまでが明かされているのかなぁと、そんなことが気になります。
シドロモドロ
コメント



1.名無し妖怪削除
雰囲気はいいのですが文章が細かく区切られていて文の終わりが「~だった」ばかりなので読みづらい感じがします。
2.転寝削除
えーりんには何だかミステリアスな印象持ってましたけど、平穏に馴染んだ純朴な彼女も素敵ですね。