冬の始まりのことで、窓の外では小雪がちらついていた。
ストーブの火入れを済ませた霖之助は顔を上げ、華奢なテーブルに腰掛けた紫にちらと微笑みかけた。
「今年も大丈夫なようです。いや、燃料についてはそちらの御厚意に甘えるばかりだ」
愛想の悪い霖之助にしては出来すぎた素振りだったが、大妖怪は真意の読めない微笑みのまま、眉一つ動かさない。
後ろには妖狐が不動の体で畏まっている。紫たちは稀にしか店に来ることはないが、
やはり二人の威圧感には居心地の悪さを感じる。
「お茶でも淹れますか」
思わずそう言った後でなにやら自分が卑屈に出ている気がして、霖之助は心中で苦い塊を飲み下した。
この妖怪には、自分の振るまいと内心の間にできた隙間など、手に取るように分かるに違いない。
そう思うと霖之助はもはや苦い塊が次々押し寄せるのを止められなかった。
とそのとき、紫は手を目一杯伸ばすと、テーブルの傍らの木棚から外の世界の商品を二つばかり手に取った。
んしょ、と少し高めの声が漏れた。
「藍は苦手なのよね」
と傍らの式に問いかけ、紫はことり、ことりと二本の金属缶に入った珈琲をテーブルの上に並べた。
「店主、良い具合にストーブの所の盥に湯も張ってあることですし、これを温めて飲むことにしましょう」
「燗、ですか」
「違うわよ。休み時間に買ってきたのを飲み忘れて、冷めちゃったのを次の時間にここで。
燗っていうか、外の世界の学生の所業」
もちろん霖之助にはそんな光景はちっとも実感が湧かない。
なので返事もできずに、缶を沈める紫の、冬のような白さの指先をぼんやり見ていた。
「では藍さんにはお茶を」
「いえ…私は」
「藍、せっかくの御厚意だもの。甘えなければね」
「その…ご主人、つかぬ事を伺いますが…、この匂い、昼餉はひょっとして油揚げの御味噌汁では…」
「あなたって子は、それこそ品が…いいか。うん、別に良いわ」
瀟洒な透かし彫りの入った細い足のテーブルにはちょっと似合わないが、
無機質な缶に満たされた珈琲は意外なほど甘い。
「油揚げの味噌汁ならこの前も食べたでしょうに。それとも、私の手製よりもここの店主さんの方が良いわけ?」
紫に普段の気取った素振りはない。缶を無造作に片手でにぎり、こくりと一口飲み下した。
視線はずず、と味噌汁を口に含む藍に向いている。
「あれには茗荷が入っていました。
大体夏なんてとうに過ぎたのに、わざわざ嫌がらせのために茗荷を見つけてきたんですか」
「あら、気に入らなかった?外の世界は一年中何でも収穫できるのよ」
「そんな無茶な」
二人の険のない姿を霖之助は意外に思う。飲んでいるものは缶に入った甘い泥水のような液体と、味噌汁。
味噌汁にしたところで、自分のような男一人が手慰みに作った物など、それこそ泥水だ。茶会と呼ぶのもとんでもない。しかし、
「悪くない。――」
ぼそりと声が出た。
「捨てたもんじゃないでしょ」
勿体ないのに。と紫は棚を見ながらふくふくと笑う。
もっと人付き合いをしろ、と暗に仄めかしているのか、単に缶珈琲は美味いものだと力説しているのか。
歯を覗かせて笑う紫を見るのは、たしか初めてだった。
飲むものを飲んで、二人は帰っていった。次回の燃料の引き渡しの際には、紫には何やら「マックスな」コーヒーを、藍には赤味噌の味噌汁を用意するよう一方的に要求していった。取り立てて不快な気はしない。
ストーブの暖かさが自分の角を落としていっている気がする。思考がふんわり溶けていく。
本を読む気にもなれず、霖之助は雪が止むまで外を眺めていた。
日が落ちた。辺りには一寸ばかりの雪が積もっている。
店の外から、年端もいかない少女二人の声が聞えてきて、足音のあと戸が開いた。
「なんだこりゃ、暑い!ストーブじゃないか!やっほう!暑い!暑いぜ!」
「今晩は、霖之助さん。晩ご飯。」
霖之助は椅子から腰を上げて、馴染みの二人を出迎える。
―――あいにく、汁がないんだ。いや、飯はある。味噌汁でいいから霊夢が作ってくれ。赤味噌で。うん、今日は赤味噌で頼むよ。分量の加減が分からなくてね。…女の匂いがするって、馬鹿。境界の妖だよ。そこのそれの燃料をもらっただけだ。別に嬉しい出来事も何もない。ただ、
ただ、彼女が缶珈琲好きって分かっただけだよ。もてなし甲斐ができたってもんだ。
アレクソ甘いからなー
人気無くて幻想境行きになったかww
ちょっと恥ずかしそうに、でもどことなく嬉しそうな顔をしてそれをすすっている藍さまの姿が想像できます。
心持ち尻尾が嬉しそうに揺れてるんだろうな~とか思うと可愛らしいですw
マックスなコーヒーは木更津キャッツアイ観てはじめて知ったなぁ
一度飲んでみたい東海人の自分
そういえば最近見かけないけどまだ売ってるのかな?
いい雰囲気。ごちそうさまでした。
紫さんは千葉に!!!
私に会えるチャンスがあるのですね!!
所で、500mlペットボトルのもあったりします>MAX
玄人にお勧め