霧に覆われた湖のほとりに建つ、紅魔館。
立ち込める朝露がその輪郭をぼやけさせ、悪魔の館に相応しい幽玄さを醸し出している。
儚く、また悲しげに映える真紅の屋敷。その庭の片隅に。
一軒のゲルがあった。
「いい加減にしてよ!」
彼女は力の限り叫んだ。しかし、それは悲痛な慟哭だった。
紅魔館の正門。
普段からその前に立っている、珍しくもない赤い髪の門番と。
普段ならその上空を素通りしていた筈の、やはり珍しくもない黒白の魔法使い。
後者が、きょとんと首を傾げる。
「……熱いの苦手だったか?」
「湯加減じゃない!」
「ダイエット中?」
「カロ減でも無くて!」
「じゃあ何なんだよ?中国」
「だーかーらー!」
全く噛み合わない会話を受け、魔法使いは困ったように眉をひそめる。
が、困り果てているのはどう見ても門番のほうだった。目に涙すら浮かべて、魔法使いへと詰め寄る。
「私の名前は中国じゃない!」
「知ってるよ。中華人民共和国だろ」
「略称でもないわよ!」
「じゃあ清か」
「遡るな!」
「わかった、夏」
「なんでそんな事は知ってて私の名前は覚えられないの!?」
門番と魔法使いの関係は、そう親しいものではない。
むしろ、紅魔館の正面を守る職に就く者と紅魔館の蔵書を狙う侵入者とでは、敵対しているに等しい間柄である。
それでも……というより、だからこそ遭遇する機会は多く、また知り合ったのもそう最近の事ではない。
だというのに、この魔法使いが彼女の本名を口にした事は、一度としてなかった。
「冗談だよ、お前の名前くらいばっちり覚えてるさ」
「……なら言ってみなさいよ」
「いとこうみきんれい」
「ばらすな!」
「べにさそり」
「どこが蠍!?」
「スカーレットみすず」
「むしろ誰!?」
何度も絶叫を重ねたせいで流石に息を切らし、門番はぜぇぜぇと肩を揺らした。
それを横に、魔法使いは「どうして欲しいんだ」と不満げな表情を浮かべている。
と、
「あら、珍しいわね。貴女がちゃんと侵入者を阻んでるなんて」
呟きと共に門の奥から歩いてきたのは、紅魔館のメイド長だった。マフラーを巻き、手には買い物袋を提げている。
それを見て、門番の顔は途端に明るくなった。
「咲夜さんっ、お買い物ですか?」
「えぇ、輸血パックを切らしてしまったから。留守を頼んだわよ」
「はいっ、お任せ下さい!」
「……犬が犬を手懐けてるぜ」
門番は即座に振り返り、きつく目を吊り上げる。が、睨まれた魔法使いはそっぽを向いてその視線を受け流した。
そんな二人を見比べながら、メイド長が怪訝な顔をする。
「……犬猿って感じね」
「私が猿か。霊長類なのに犬より嫌なのは何故だ?」
「国名で呼ばれるほうがよっぽど嫌よ……そうだ、聞いてくださいよ咲夜さぁん!」
門番は瞳を潤ませてメイド長に駆け寄った。両手を広げ抱きつこうとするが、その手に握る冷ややかな光の反射がふと目に入り、すんでで立ち止まる。
仕方なくその場で、
「この白黒ってば、私の本名をちゃんと呼んでくれないんですよ!?」
「…………」
「…………」
「…………へぇ。そう」
数秒の間を空けて、メイド長は冷や汗を垂らしてそれだけを答えた。
門番はわずかな眩暈を覚えつつ、メイド長の顔を覗きこむ。
「……酷いですよね?」
「そうね」
「咲夜さん?」
「何かしら」
「なんで目を逸らすんですか?」
「もういかないと」
「覚えてないんですね、咲夜さんも!?」
滝のように涙を溢れさせ泣き崩れる門番に、メイド長はさすがに慌てたらしい。手をぱたぱたと振り、
「いえ、違うのよ?全く記憶になくなんてないわ。ちっとも覚えてるわ」
「なら名前で呼んでくださいぃ!」
「えっと、ほ……ほ……」
メイド長はこめかみを指で叩きながら、きつく目を閉じる。しばらく空を仰いでいたが、やがて諦めたようにうつむいてしまった。
「……門番」
「やっぱりぃぃぃぃぃぃ!」
「―――ちょっと待ってくれ!」
一歩後ろからやり取りを見ていた魔法使いが、突然大声で二人を制した。
先ほどとは打って変わって真剣な表情で、呪文を唱えるかのようにぶつぶつと呟き始める。門番とメイド長は、呆然とそれを見つめた。
「……中国……門番……」
「……何よ?」
何を言いたいのか判らず、困惑しながら立ち尽くす。
「……門……こく……もん……ごく……」
「…………?」
そして、魔法使いは閃いたように顔をぱっと輝かせた。
「…………モンゴル!」
「は?」
「……それよ!」
突然声を上げるメイド長。
びくっとして振り返ると、彼女は驚嘆と歓喜の入り混じった表情で、魔法使いと指を示し合わせた。つかつかと、互いに歩み寄る。
「咲夜さん?どうしたんですか……」
「モンゴル!それよ、まさにそれだわ!」
「だろ?いいよな、モンゴル!」
門番を除け者にして、魔法使いとメイド長は見つめ合って何やら結託している。その光景は、どうしようもなく嫌な予感を匂わせていた。
「いい加減飽きてたところなのよ。ネタ的に」
「使い古されてたからなぁ。ネタ的に」
「あの、何を……?」
不安を抑えきれず、恐る恐る尋ねる。すると、二人は息を合わせたように門番へと振り向いた。
その清々しい笑顔には、ひとかけらの悪意すら込められてはいなかった。
ゲルの中から、彼女は顔を出した。
仕事の始まりは、常に朝早い。
高貴なる吸血鬼の居城を、汚れた者達に侵させぬ為。
紅魔館の門を護る為。
幻想郷史上かつてなく高い露出度の衣装を身に纏い、正門の前へ悠然と歩いていく。
赤い髪をたなびかせた、誇り高き門の番人。
人は彼女をこう呼ぶ。
モンゴル。
でもさすがにモンゴルは流行ってほしくないなぁ…
美鈴はこのあと下克上に走ります
脇役さんのコメント見て爆笑してしまったwwwwwwwwwwww
なるほど・・・・モンゴルマンか・・・
その発想は無かったわ
風邪ひいた中国が邪気洗浄マスクと称されるモンゴルマンマスクを被らされる同人誌があったな
男性用も上半身スッパなんでまあ、その辺は皆さんに任せます