「ふっふっふっふ……」
悪意を押し隠したような笑みを浮かべて、じりじりと詰め寄られる。
手を伸ばしてそれを牽制しながら、東風谷早苗は何とか声を絞り出した。
「や、やめて……来ないで下さい……」
「そんな怯えなくたって、悪いようにはしないさ」
更に一歩、距離を詰められる。
後ずさろうにも背後に聳え退路を塞ぐ大木に、早苗は恨めし気に爪を立てた。
「大人しく言うとおりにした方が身の為だよ?見つかれば只じゃ済まないだろうから」
相手はわざとらしく、きょろきょろと周囲を見渡した。
山道から外れた林の中では、誰も助けは来ないぞとでも言いたげに。
「いやです……私、そんな事出来ません……!」
「へぇ。言ってみなよ、どんな事だって?」
そう言って、肩に担いだ凶器を弄ぶ。
丸腰の早苗が抵抗するには、あまりに分の悪い得物だった。もっとも言葉すらもう通用しそうには無かったが。
早苗は零れ落ちそうになる涙を必死に堪えた。
「まったく埒があかないな。ほら、早く……」
一瞬で残りの距離を縮められて、早苗の手首が掴まれる。
「いやぁっ!」
「早く、あたいとサボタージュしようって!」
「いーやーでーすーっ!」
我慢しきれず、早苗は泣いた。それを意にも介さず、相手……小野塚小町は彼女の手を引っ張り、連れ去ろうとする。
「良いスポットがあるんだって!絶対見つからないから!」
「お買い物の途中なんですから、邪魔しないで下さいー!」
「神様に仕えるのって肩凝りそうじゃない。偶には休んじゃいなって!」
人を気遣うような言葉とは裏腹に、その顔はやけに嬉しそうである。
噂は聞いていた。三途の川で渡し舟を漕ぐ、サボり魔の死神。
最近ではそのサボり癖に他人を巻き込むようになったと言うが、こんな山の麓で遭遇してしまったのは不運としか言いようが無かった。
「八坂様に叱られますー!」
「神様に叱られるのも閻魔様に舌抜かれるのも、大して変わらないでしょ?」
「一人で怒られたくないだけじゃない!」
「わかってるなら話は早い!」
巨大な鎌を担ぎ直して、小町は俄然腕に力を込める。それに対し、早苗は背後の木を掴んで抵抗した。
「さぁ、一緒に寝転がって空を眺めてレティみたいな雲を見つけて笑いあおう!」
「なんで妙に恋人チックー!?誰か助けてー!」
その時だった。
「待ちなさい!」
「!?」
突如として響いてきた高らかな声に、思わず二人は掴んでいた手を離してしまう。
尻餅をついた死神から距離を取り、早苗はきょろきょろと周囲を見渡した。
「何処?何処にいるの!?」
「この世の白黒つける為……あの世の逝く先裁く為……」
「……あ、あそこだ!」
声の方向を探り当てたのか、起き上がった小町が林の奥を指差す。早苗もまたその方向へと目をやった。
太陽に照らされ立ち並ぶのは、五人の人影。それは……
「高く聳える大地、ヤマザナドゥ!」
「せせらぐ三途の清流、カワザナドゥ!」
「地上を抉る傷痕、タニザナドゥ!」
「広く澄み渡る蒼穹、ソラザナドゥ!」
「波打つ生命のゆりかご、ウミザナドゥ!」
「五人揃って!」
「「「「「閻魔戦隊、シキレンジャー!!」」」」」
轟く爆発音と共に背後から吹き出るカラフルな爆煙を受けて、決めポーズを取るのは。
まったく同じ姿をした、五人の閻魔だった。
「…………は?」
事態についていけず、早苗は呆然と立ち尽くす。
しかし状況を整理する間もなく、五人の閻魔のうち中央の一人が大仰に腕を振りかざした。
「こら小町、またこんな所で油を売って!」
続いて切り出したのは右隣の閻魔。
「お仕置きが必要なようね!?」
「くっ!出ましたね、シキレンジャー!」
「え、ノるの!?」
驚愕の声と共に、勢いよく小町の方へと振り返る。
彼女はいつの間にか閻魔達と対峙するように立ち位置を変え、鎌を構えていた。
「今日こそサボらせてもらいますよ!」
「そうはさせません!」
「大人しく、閻魔の裁きを受けるがいい!」
もはや誰が喋っているのかも定かでない閻魔達は、一箇所に集まってさながら組み体操のように複雑な態勢を取る。
今度は全員一斉に口を開いた。
「「「「「必殺、ラストジャッジメント!!」」」」」
五人の閻魔から放たれた凄まじい弾幕が、小町を巻き込んで大爆発を引き起こす。
「きゃーんっ!?」
意外と可愛らしい悲鳴を上げて、死神は遠く彼方へと吹き飛んでいった。
「…………」
服の袖をそよがせる爆風が止んでも、早苗はまだその場から動けずにいた。
ぽかんと口を開け、小町の飛んでいった空を見上げる。
「大丈夫ですか?守矢の巫女」
「……え、あ。はい」
はっと振り返ると、閻魔達が歩み寄ってきていた。錯覚を眺めているようで、早苗は軽く酔いそうになる。
それでも一応、礼だけは述べる事にした。どの閻魔に対してかは考えずに。
「……ありがとうございました」
「「「「「礼など無用です。正義を司る閻魔として当然の事です」」」」」
間近からサラウンドで返事を返され、早苗は鳥肌が立つのを感じた。
頭がくらくらする。早くこの緑髪率100%の状況から抜け出したかった。
が、しかし。
「ふはははははは、それであたいを倒したつもりですか、シキレンジャー!」
「!?」
地響きと共に、木々を薙ぎ倒して遠くから現れたのは。
巨大な姿に変貌した小町だった。
「いやいやいやいや!?」
脳の中枢がパンクしたのをはっきりと自覚する。早苗はその場にへたりこみ、ひたすらかぶりを振った。
しかし視界に映る巨躯が消える事は無く、死神はのしのしと近づいてくる。
「くっ、また巨大化したのですね!」
「またって!?」
「こうなったら!」
早苗を守るように彼女の前に立ち並ぶ、閻魔達。
視界に入っている時点で気がおかしくなりそうだったが、そんな事には構いもせず五人は叫んだ。
「「「「「「出動せよ、ジャッジメントロボ!!」」」」」
「いやぁぁぁぁぁぁ!?」
早苗の悲鳴を無視して、空から飛来する巨大な物体。小町と対峙するように降り立ったのは、
ゆっくりと瞼を開ける。
眼に映ったのは、腑抜けた顔で涎を垂らす赤い髪の寝顔。
露出した肩が冷えるのを感じるながら、早苗は嘆息した。
「……やってしまった」